1. はじめに——問題の所在
不動産会社の広告を並べてみると、同じ会社が「仲介もいたします」「買取もいたします」と併記していることが多い。読む側はこれを、品揃えの豊かさとして受け取る。相談先が一つで済み、どちらの方法にも進めるのだから、選択肢が多いほうがよいという理解である。実務の説明も、たいていはその線に沿って行われる。
しかし経営学の言葉に置き直すと、これは品揃えの話ではない。買取事業を持つとは、それまで市場の相手方に委ねていた「買主になる」という機能を、自社の内部に取り込むことである。企業がどの活動を組織の内部で行い、どの活動を市場に委ねるか。これは企業の境界の問題であり、垂直統合の意思決定にほかならない。
この置き換えには実益がある。品揃えの問題として見るかぎり、選択肢は多いほどよいという答えしか出てこない。境界の問題として見れば、統合には便益と費用の両方があり、条件によってどちらが上回るかが変わる、という別の答えが視野に入る。本稿が採るのは後者の見方である。
本稿の問いは二つある。第一に、仲介業者が買取事業を内部に持つことの便益と費用は、それぞれ何か。第二に、持たないという選択に、単なる能力の欠如ではない戦略上の合理性はあるか。前者は理論から導き、後者は市場の条件に即して検討する。
方法は理論的な構造分析である。統計による検証ではない。垂直統合をめぐる古典的な議論——コース(1937)、ウィリアムソン(1975)、グロスマン=ハート(1986)——を不動産仲介の価値連鎖に当て、そこに何が起きるかを追う。個別の会社の優劣を判定するものではなく、どの位置に立つとどの力が働くかを述べる。
はじめに筆者の立場を明示しておく。筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者であり、自社で買い取る事業を持たない。したがって本稿は、統合しないという選択を採った側から書かれている。ただし、買取という売り方そのものを否定するものではない。近隣に知られたくない、残置物が大量にある、建物の状態に不安がある、期限が動かせない——こうした事情のもとで買取が最も合理的な選択になることは、現に起こる。当社が率先して行わないのは、その取引の買主を自ら務めることと、自らの側からその方法を先に勧めることの二つである。
以下、第2節で垂直統合の理論的枠組みを確認する。第3節で不動産仲介の価値連鎖を分解し、買取がそのどこに入るのかを特定する。第4節で統合の便益を、第5節でその費用を検討する。第6節では、便益と費用の観測しやすさの差がもたらす評価の歪みと、予想される反論への応答を扱う。第7節で統合しない戦略が成り立つ条件を、第8節で売主の実務への含意を述べ、第9節で残された課題を記す。
2. 垂直統合の理論——企業の境界はどこで決まるか
垂直統合を論じるには、そもそもなぜ企業というものが存在するのかという問いから始める必要がある。市場の価格機構がすべての資源配分を担えるのなら、人を雇い、指揮命令の系統をつくり、内部に階層を抱える理由がない。この素朴な問いに最初に答えたのがコース(1937)であった。
2.1 コース——市場を使うことにも費用がかかる
コースの答えは短い。市場を使うこと自体に費用がかかるからである。取引の相手を探し、相手の質を見きわめ、条件を交渉し、契約を書き、履行を監視し、破られたときに救済を求める。これらはすべて費用であり、価格表には載らない。この費用が十分に大きいとき、企業は当該の活動を内部に取り込み、価格ではなく指揮によって調整するほうが安上がりになる。
ただし内部化にも費用がかかる。組織が大きくなれば、情報が上に届くまでに歪み、決定が遅れ、部門ごとの利害が食い違う。コースはこれを組織化の費用と呼び、企業の境界は市場取引の費用と組織化の費用が釣り合うところに定まると述べた。したがって統合の是非は、原理の問題ではなく比較の問題になる。どちらが安いかは、活動の性質と市場の条件によって変わる。
2.2 ウィリアムソン——何が市場取引を高くつかせるのか
コースの枠組みは正しいが抽象的である。どんな条件のとき市場取引の費用が跳ね上がるのかを具体化したのが、ウィリアムソン(1975、1985)の取引費用経済学であった。彼が挙げた条件は、資産の特殊性、環境の不確実性、取引の頻度の三つである。
とりわけ重要なのが資産特殊性である。ある取引のためだけに価値を持ち、他に転用すると価値が大きく落ちる資産——特定の場所に固定された設備、特定の相手のためだけに蓄えた知識——が関与するとき、いったん投資した側は相手に足元を見られる。これがホールドアップ問題である。クライン=クロフォード=アルチアン(1978)は、この構造が自動車部品の供給関係で実際に統合を招いた事例を分析し、専有可能な準レントという概念で説明した。
2.3 グロスマン=ハート——所有とは残余支配権である
第三の系譜が、グロスマン=ハート(1986)に始まる所有権アプローチである。契約は将来起こりうるすべての事態を書き尽くせない。書かれていない事態が起きたとき、誰が決めるのか。その決定権を残余支配権と呼び、所有とはこの権利を持つことだと彼らは定義した。
この定義は、本稿の主題に直結する。仲介業者は物件を所有していない。売るかどうか、いくらで売るか、誰に売るかを最終的に決めるのは売主である。仲介業者が持つのは、助言と実行の役割にすぎない。ところが自社が買主になった瞬間、その会社は残余支配権を取得する側の当事者に変わる。取得後の物件をどう扱い、いくらで転売し、どの範囲を修繕するかは、もはや前の所有者の関与しない領域になる。統合とは、この権利の移転を自社が引き受けることである。
以上の三つの系譜を束ねると、統合を検討するときに見るべき変数が出そろう。市場で相手方を探す費用はどれだけ高いか。関係に固有の資産と情報はどれだけ蓄積されるか。統合によって誰の手にどの決定権が移るか。次節では、この三つを不動産仲介の工程に当てて見ていく。
註:本稿は取引費用経済学と所有権アプローチを対立する学説としてではなく、同じ現象の異なる断面を照らす道具として用いる。前者は費用の大小を、後者は決定権の所在を可視化する。買取事業の評価には両方が要る。
3. 仲介の価値連鎖のどこに買取が入るか
垂直統合という語は、通常、原材料から製造・流通・小売へと連なる工程のいずれかを自社に取り込むことを指す。チャンドラー(1977)が描いた近代企業の成立も、ポーター(1980)が競争戦略の一手段として論じた統合も、この工程の連鎖を前提にしている。不動産仲介に同じ語を当てるには、まず何が工程の連鎖にあたるのかを特定しなければならない。
3.1 売却という工程の分解
所有者が不動産を手放すまでの工程は、おおむね次のように分解できる。物件と権利関係の調査、価格の査定、販売計画の作成、市場への公開と広告、内覧の運営、買主候補の選別、条件交渉、契約、決済と引渡し。仲介業者が担うのはこの全体であり、その対価が仲介手数料である。
この連鎖のどこにも、買主そのものは含まれていない。買主は工程の外にいる相手方である。したがって買取事業を持つことは、連鎖の一工程を取り込むというより、連鎖の向こう側に立つ相手方を自社の内部に置くことを意味する。上流でも下流でもなく、対岸を取り込む。ここが製造業の垂直統合と決定的に違う点である。
3.2 買取は別の事業である
取り込まれるものの中身を見ると、この差はさらに明確になる。買取は、単に代金を払う行為ではない。仕入れ、保有し、必要に応じて残置物を撤去し、修繕や改装を施し、再び市場で売る。保有期間には固定資産税がかかり、資金には金利がかかり、価格が動けば損益が動く。これは仲介とは別の事業——在庫を持つ卸売・小売に近い事業である。
経済学の分類でいえば、仲介はブローカー、買取はディーラーである。ブローカーは自己勘定を持たず、売り手と買い手を結びつけた手数料で稼ぐ。ディーラーは自己勘定で在庫を持ち、買値と売値の差で稼ぐ。両者は収益の源泉が異なり、必要な資本が異なり、負うリスクが異なり、成功を測る指標が異なる。
| 観点 | 仲介(ブローカー) | 買取・再販(ディーラー) |
|---|---|---|
| 収益の源泉 | 取引が成立したときの手数料 | 買値と売値の差(売買差益) |
| 自己勘定 | 持たない | 持つ(物件が在庫になる) |
| 必要な資本 | 小さい(人と情報が主) | 大きい(仕入資金と保有費用) |
| 価格に対する利害 | 高いほど手数料が増える | 仕入は安いほど利幅が広がる |
| 主なリスク | 成約しなければ収入がない | 相場下落・想定外の修繕・売れ残り |
| 成果の指標 | 成約件数と成約価格 | 在庫回転と粗利率 |
3.3 統合の対象は資産ではなく役割である
以上から、本稿が扱う統合の性格が定まる。取り込まれるのは工場でも物流網でもなく、役割である。同一の組織が、売主の代理人という役割と、取引の買主という役割を同時に持つ。二つの役割はそれぞれ独立に成立するが、同じ取引の中で同時に演じられたとき、互いに干渉する。
したがって、統合の便益と費用を数えるときの基準もここに置かれる。便益は主として、相手方を市場で探す手間が消えることと、在庫を持てることから生じる。費用は主として、二つの役割が同じ数字の上で重なることから生じる。第4節と第5節で、それぞれを順に検討する。
4. 統合がもたらす便益
統合を批判する立場から書くとしても、便益を小さく見積もることは分析として誤りである。買取事業が広く営まれているのは、それが実際に価値を生んでいるからである。ここでは四つに整理する。いずれも理論から演繹でき、かつ実務で観測できるものに限る。
4.1 相手方を探す取引費用が消える
第一の便益は、コースの枠組みがそのまま当てはまる。買主を探すには費用がかかる。広告を出し、問い合わせに応じ、内覧に立ち会い、条件を交渉し、資金の裏づけを確かめる。この過程には数か月を要し、途中で相手が離脱することもある。自社が買主になれば、この探索と交渉の費用がまるごと消える。
消えるのは費用だけではない。不確実性も消える。売却の可否と金額と時期が、市場の反応を待たずに確定する。ウィリアムソンが不確実性を統合の要因に挙げたのは、まさにこの効果を指している。売主にとって、この確定性それ自体が価値である。期限の決まった住み替え、相続税の納付期限、離婚に伴う財産分与——時期が動かせない事情のもとでは、確定性の価値は金額に換算しうるほど大きい。
4.2 在庫リスクを引き受け、流動性を商品化する
第二の便益は、リスクの移転である。売主が市場で売れば、売れるかどうか、いくらで売れるかの不確実性は売主が負う。買取ではこれを買取事業者が引き受ける。引き受ける以上、その対価が価格に織り込まれる。買取価格が市場での想定成約価格を下回るのは、値切っているからというより、この対価が差し引かれているからである。
この構造は、金融市場のマーケットメイカーと同じである。いつでも買う用意のある主体がいることで、市場に流動性が供給される。流動性には価格がある。すなわち買取事業は、不動産という本来流動性の低い資産に対して、流動性そのものを商品として売る事業である。この機能は市場にとって有用であり、これを否定する理由はない。
4.3 範囲の経済——査定情報の再利用
第三は、ペンローズ(1959)以来の議論に連なる範囲の経済である。仲介のために行う調査——周辺の成約事例、法令上の制限、建物の状態、売主の事情——は、そのまま仕入判断に使える。同じ情報を二つの事業で使えるなら、情報の取得費用は事実上半分になる。逆に、買取のために蓄えた再販の知見は、仲介の査定精度を上げる。
この便益は、統合の推進者が最も強調する点である。実際、地域の物件情報が一つの組織に集まることには、資源としての価値がある。ただし後述するように、同じ情報の集積が、第5節で扱う費用の源泉にもなる。便益と費用が同じ資源から生じるという点は、この統合の分析を難しくしている。
4.4 相談の取りこぼしを減らす
第四は、市場戦略上の便益である。売却を検討する所有者は、最初の段階では何を望んでいるのか自分でも分かっていないことが多い。高く売りたいのか、早く売りたいのか、静かに売りたいのか。両方の手段を持つ会社は、どの答えが返ってきても自社の中で受けられる。片方しか持たない会社は、答えによっては他社に譲ることになる。
これは顧客一人あたりの獲得費用に直結する。広告や紹介で相談を集めるには費用がかかり、その費用は受けられた案件だけで回収される。品揃えが広いほど回収率は上がる。統合が広く採用されている理由の相当部分は、この単純な採算計算にあると考えられる。
5. 統合がもたらす費用——内部化される利益相反
統合の費用は、組織の内部で発生する調整費用——部門間の摩擦、意思決定の遅れ、管理階層の増加——として語られるのが通例である。買取事業の場合、これらも当然生じるが、本質的な費用は別の場所にある。同じ取引の中で二つの役割が重なることから生じる、利益相反である。
5.1 一つの数字が二つの意味を背負う
査定額とは何か。仲介の文脈では、市場でこの水準なら売れるという予測であり、売主に対する推奨である。買取の文脈では、当社がこの金額なら支払うという意思表示であり、買主としての指値である。前者は高いほど売主の利益に近づき、後者は低いほど提示者の利益に近づく。方向が正反対である。
統合された組織では、この二つの数字を同じ担当者が同じ面談で口にする。売主から見れば、どちらの意味で語られているのかを外形から区別する手がかりがない。ジェンセン=メックリング(1976)が定式化したエージェンシー問題は、依頼人と代理人の利害がずれることから生じる。ここで起きているのはその極端な形である。代理人が、同じ取引の相手方でもある。利害のずれは、もはや程度の問題ではなく方向の問題になる。
5.2 情報の優位が交渉力に転化する
第4節で見た範囲の経済は、ここで裏返る。売却の相談を受けた会社は、物件の情報に加えて、売主の事情を知る。いつまでに現金が要るのか、他に相談している会社はあるか、家族の意見は割れているか、返済がどれだけ残っているか。仲介の役割においては、この情報は販売計画を組むために必要である。買主の役割においては、同じ情報が交渉上の優位に直結する。
情報そのものは中立である。問題は、その情報を持つ主体が、同じ取引でどちら側に立っているかである。相手方が自分の切迫を知っているという状態は、交渉理論のどの枠組みで見ても、知られている側に不利に働く。統合は、この状態を制度的に常態化させる。
5.3 組織の内部で資源配分が歪む
第三の費用は、組織の内部に現れる。買取部門が在庫を抱えているとき、その在庫は保有費用を毎月発生させる。組織としては早く回転させたい。一方、仲介部門が預かった物件は、市場に出せば買取在庫の競合になりうる。同じ地域・同じ価格帯であれば、広告の枠も、来店した買主候補も、有限の資源として奪い合う。
この競合をどう裁くかは、ルールではなく指標が決める。買取部門の在庫回転率と、仲介部門の成約件数が別々に評価されていれば、両者は競争する。統合された利益で評価されていれば、粗利率の高いほうへ資源が寄る。いずれの設計でも、預かった物件が最良の買主に届く保証は、設計の外に置かれる。この歪みは売主からは観測できない。
5.4 説明の情報価値が下がる
第四の費用は、統合していない部分にまで及ぶ。買取事業を持つ会社が「この価格が妥当です」と説明したとき、その説明は、買主になりうる立場からの発言でもある。聞き手が合理的であれば、この可能性を割り引いて受け取る。実際にその会社が誠実であっても、誠実さを外から確かめる方法がないかぎり、割引は生じる。
経営学ではこれを、シグナルの毀損として捉えることができる。専門的助言というサービスは、その内容を事前に検証できない。買い手が頼るのは、助言者の立場が自分と同じ方向を向いているかどうかである。立場が二つに割れていると、この手がかりが働かない。統合の費用は、その会社が買主にならなかった取引においても、説明の届き方を通じて発生している。
註:ここで論じているのは、統合された組織が不誠実だという主張ではない。誠実さの有無にかかわらず、外部から誠実さを検証できないという構造そのものが費用になる、という主張である。個別の会社の意図を問題にしていない。
6. なぜ費用は見えにくいのか——評価の非対称と反論への応答
第4節の便益と第5節の費用を並べると、一つの特徴が浮かぶ。便益はすべて測定できる。費用はほとんど測定できない。この観測しやすさの差が、統合の評価を系統的に歪める。本節ではまずその構造を述べ、次に予想される反論に応答する。
6.1 便益は帳簿に載り、費用は帳簿に載らない
探索費用の節約は、広告費と人件費の減少として計上できる。在庫リスクの引き受けは、売買差益として売上に現れる。範囲の経済は、案件あたりの調査時間として測れる。取りこぼしの減少は、相談件数に対する受注率として毎月集計できる。いずれも経営の指標に自然に載る。
費用の側はどうか。査定額が推奨と指値のあいだで何円動いたかは、記録に残らない。売主の切迫を知っていたことが交渉にどう働いたかも記録されない。広告資源が在庫物件に寄ったことも、通常の管理会計では区別されない。説明が割り引かれて受け取られたことに至っては、当の会社が知りようもない。
この非対称は偶然ではない。統合の便益は組織の内部で発生し、費用は組織の外部——売主の側——で発生するからである。外部で発生する費用は、意思決定者の目に入らない。統合が過大に評価されやすいのは、経営者の判断が甘いからではなく、指標がそのように作られているからである。
6.2 反論1——組織を分ければ相反は防げるのではないか
第一の反論は、部門を分離し、情報の壁を設け、担当者を別にすればよいというものである。金融業でいう情報遮断の考え方である。これは有効な方向であり、実際に採用されている。ただし限界が三つある。
- 壁が守られているかを、外部の売主が検証できない。検証できない仕組みは、シグナルとして働かない
- 壁の維持そのものに費用がかかる。監視の費用は統合の便益を削り、削り方は外からは見えない
- 最終的な損益が一つに集計される以上、経営の判断の水準では利害は統合されている。部門の分離は、その水準までは届かない
つまり組織の分離は、費用を減らすが消しはしない。ここで重要なのは、残った費用を誰が負担するかである。負担するのは、検証できない側、すなわち売主である。
6.3 反論2——両方の数字を並べて示せばよいのではないか
第二の反論は、買取価格と仲介での想定成約価格を同時に提示し、売主に選ばせればよいというものである。この設計は、確かに相反を大きく緩和する。比較の土俵ができれば、売主は自分で判断できる。
ただし、その比較が意味を持つのは、二つの数字が独立に作られている場合に限られる。同一の組織が両方を出すとき、片方を低く見せることも高く見せることも同じ手で行える。比較が成立するかどうかは、比較対象が誰の手で作られたかにかかっている。複数の会社から買取の見積もりを取り、それを仲介での想定と並べるならば、比較は独立性を持つ。この点は第8節で実務に落とす。
6.4 反論3——規模が大きければ統合は正当化されるのではないか
第三の反論は条件付きで認められる。取引量が多く、資本が厚く、全国的なブランドを持つ組織では、統合の便益は大きくなる。在庫の回転が速ければ保有費用は薄まり、案件数が多ければ範囲の経済も効く。加えて、ブランドを毀損する行為の損失が大きいため、評判が規律として働く余地もある。
したがって本稿の主張は、統合が常に誤りだというものではない。統合の費用は市場と組織の条件によって変わり、便益が上回る場合がある。問われるのは、自社の条件においてどちらが上回るかである。次節では、その条件を地方の中小企業の側から検討する。
7. 統合しないという戦略——地方の薄い市場において
統合しないという選択は、しばしば能力の欠如として説明される。資本がないから買い取れない、という理解である。この理解は半分正しい。しかし資本の制約は、それ自体が戦略の前提条件であり、前提が違えば最適な境界も違う。本節では、地方の中小規模の仲介業者にとって統合しないことが合理的になる条件を四つ挙げる。
7.1 買取は在庫金融業であり、資本の薄さは決定的に効く
第3節で見たとおり、買取はディーラーの事業である。仕入資金を用意し、保有中の税と金利と管理費を負担し、売れるまで資金を寝かせる。回転が遅れれば、利幅は保有費用に食われる。資本が薄い事業者は、この遅れに耐えられない。耐えられない事業者が買取を行えば、仕入価格を下げて安全余裕を確保する以外に方法がなくなる。
ここに構造的な問題がある。資本が薄いほど、提示できる買取価格は低くならざるをえない。すなわち中小の事業者による買取は、売主にとって条件の面で不利になりやすい。統合しないという選択は、この不利を売主に転嫁しないという選択でもある。
7.2 市場が薄いほど、在庫リスクは大きくなる
地方都市の不動産市場は、都市部に比べて成約件数が少ない。静岡県磐田市は人口およそ16万3千人(磐田市の統計、2026年7月末現在)の市であり、住宅地の公示地価は1平方メートルあたり50,086円、前年比でおよそ0.16%の上昇にとどまる(2026年地価公示に基づく市町村平均)。値動きが小さく、取引の数も限られる市場である。
この条件は、買取事業にとって二重に不利である。相場が大きく上がらないため、保有による値上がり益が期待しにくい。取引が薄いため、再販先が現れるまでの期間が読みにくい。回転の不確実性が高いほど、仕入時に見込むべき安全余裕は広がる。市場が薄い地域ほど、買取価格と市場価格の差は開きやすい構造がある。
7.3 繰り返し取引が、立場の一貫性を資源に変える
売主にとって不動産の売却は生涯に一度か二度の出来事だが、地域の業者にとっては同じ市町で何十年も続く繰り返しの取引である。繰り返しがあるところでは、評判が規律として働く。近隣の口伝、士業や金融機関からの紹介、行政の窓口での関わり。これらは長い時間をかけてしか蓄積されず、一度の不誠実で失われる。
この条件のもとでは、立場を一つに絞ることが資源になる。第5節で述べたとおり、専門的助言というサービスは事前に検証できない。検証できないものを買うとき、買い手は助言者の立場を見る。買主にならないという構造上の約束は、誠実さの表明と違って、外から確かめられる。これはスペンス的な意味でのシグナルであり、費用を伴うがゆえに機能する。費用とは、買取の便益を放棄することである。
7.4 統合しないことの費用と、その埋め方
統合しない選択にも費用がある。第4節で挙げた便益をすべて放棄することになるからである。とりわけ、期限が動かせない売主に対して、自社の中で確定性を提供できない。これは実務上の弱点である。
この弱点は、市場を使うことで埋められる。買取という売り方が適する事情があるとき、当社は買主にならず、買い取る意思のある会社を複数集め、同一の条件で見積もりを出してもらい、並べて比較していただく方法を採る。これは統合の代替として市場取引を選ぶという、コースの枠組みそのままの選択である。この場合、当社は媒介業者として仲介手数料を受け取る立場になり、その旨と金額を先に説明する。
重要なのは、この方法が第6節の反論2に答えている点である。比較の対象が独立に作られるため、比較が情報を持つ。並べる者が買主でないことが、並べ方の中立性を担保する。買取という売り方そのものを否定する必要はない。誰がその取引の買主を務めるかという、別の問いに答えればよい。
8. 売主の実務への含意
ここまでの議論を、売主が実際に取れる手順に落とす。統合の是非は業者側の経営判断であり、売主が決められることではない。売主が決められるのは、相手がどの構造の中にいるかを確かめ、そのうえで数字を読むことである。順序には理由がある。
8.1 金額より先に、相手の立場を確かめる
提案を受けたとき、最初に確認すべきは金額ではない。その会社がこの取引で買主になるのか、買主を探す仲介なのか、という一点である。同じ「査定額」という語が、第5節で見たとおり正反対の二つの意味を持つ。意味が分からないまま金額だけを比べても、比較にならない。
確認の仕方は単純でよい。この金額は御社が支払う金額ですか、それとも市場で目指す金額ですか、と尋ねる。買取と仲介の両方を扱う会社であれば、いま示されているのはどちらの数字かを尋ねる。答えを聞き取ってから、その数字を分類する。
8.2 すべての数字を手取りに直して並べる
立場が分かったら、提示された金額を、最終的に手元に残る金額に直す。仲介であれば仲介手数料と登記費用、必要に応じて測量や解体の費用を引く。買取であれば仲介手数料はかからないが、価格そのものに再販経費と保有費用と利益が織り込まれている。譲渡所得税は、どちらの方法でも売却価格に応じて生じる。
- その金額は、支払う側の金額か、市場で目指す金額か
- 手数料・登記費用・測量や残置物処分の費用を引いた後の金額はいくらか
- 現金化の時期はいつか。仲介の場合、価格を見直す判断日をいつに置くか
- 契約が白紙に戻る条件は何か。それが起きる確率をどう見ているか
- その説明をした会社は、この取引で買主になりうる立場か
8.3 買取を選ぶなら、比較の独立性を自分で作る
事情があって買取を選ぶ場合も、比較の構造は売主の側から作れる。同一の条件——引渡し時期、残置物の扱い、契約不適合責任の範囲、支払い方法——を書いた紙を用意し、複数の買取会社に同時に提示する。条件が揃っていなければ金額は比較できない。揃えること自体が、売主にできる最大の対処である。
このとき、並べる作業を誰が担うかを意識しておく。並べる者が買主候補の一社でもあるなら、並べ方に利害が入りうる。買主にならない立場の者が並べるなら、その懸念は構造的に生じない。第7節で述べた方法は、この点に着目した設計である。
8.4 統合していないことは、それ自体では品質の保証ではない
最後に、本稿の主張が過剰に読まれることを防いでおく。買取事業を持たない会社であれば安心だ、という結論は導かれない。立場が一つであることは、利益相反の一つの経路を塞ぐだけであり、調査の丁寧さ、価格の根拠、報告の質、交渉の力量を保証するものではない。
そこで確かめるべきことは、統合の有無とは別にある。査定の根拠を書面で示せるか。比較に用いた成約事例を開示できるか。売れなかった場合にどうするかを、売り出す前に日付で決められるか。販売活動の報告に、問い合わせ件数と内覧件数と買主側の指摘が分けて書かれるか。これらは統合の有無にかかわらず問える。立場の確認は、比較の入口であって出口ではない。
9. 結論と今後の課題
仲介業者が買取事業を持つべきか。本稿の答えは、条件によるが、条件を評価する物差しが歪んでいる、というものである。
統合の便益は実在する。買主を探す取引費用と不確実性が消え、在庫リスクを引き受けることで流動性そのものを商品化でき、査定の情報を仕入判断に再利用でき、相談の取りこぼしが減る。これらは経営の指標に載り、金額として数えられる。
統合の費用も実在する。ただし数えられない。売主の代理人と取引の買主という二つの役割が同じ組織に同居すると、査定という一つの数字が推奨と指値の二つの意味を背負う。売主の事情を知ることが交渉上の優位に転化する。組織内部の資源配分は指標の設計に従って歪む。そして、買主にならなかった取引においても、説明が割り引かれて受け取られる。
この費用は組織の外部で発生するため、意思決定者の目に入らない。統合が広く採用されているのは、便益が費用を上回っているからだとは限らない。便益だけが観測されているからかもしれない。これが本稿の中心的な主張である。
9.1 統合しないという選択の位置づけ
統合しない選択は、この非対称を前提としたときに意味を持つ。資本が薄く市場が薄い地域では、統合の便益は小さく、費用は相対的に大きい。加えて、繰り返し取引が評判の規律を働かせる地域では、立場を一つに絞ることが検証可能なシグナルになる。買取の便益を放棄するという費用を伴うがゆえに、そのシグナルは機能する。
放棄した便益は、市場を使って埋めればよい。買取が適する事情があるとき、買主を務めるのではなく、買い取る意思のある会社を複数集めて条件を並べる。これは統合の代替として市場取引を選ぶという、第2節で確認した枠組みそのままの選択である。買取という売り方を否定する必要はない。問われているのは、誰がその取引の買主を務めるかである。
9.2 残された課題
第一に、本稿は理論的な構造分析であり、実証ではない。統合した組織と統合していない組織のあいだで、売主の手取りに実際に差が生じるのかは、取引データによって確かめられるべき問いである。しかし比較には同等な物件と条件が要り、そのデータは公開されていない。方法論の設計自体が課題として残る。
第二に、制度設計の側の課題がある。宅地建物取引業法は、媒介契約と売買契約を別の類型として規律しているが、同一の会社が両方の立場を取りうることについて、開示の様式を定めているわけではない。提示された数字がどちらの立場からのものかを様式上で区別させる仕組みは、検討に値する。ただし様式は形式化を招きやすく、設計は容易でない。
第三に、本稿は買取と仲介という二つの役割の統合だけを扱った。同一の会社が管理・賃貸・リフォーム・介護など他の事業を併営する場合の効果は、別の分析を要する。範囲の経済が働く方向と、利益相反が生じる方向は、事業の組み合わせによって変わるからである。この論点は別稿に譲る。
企業の境界をどこに引くかは、経営者が自分で決められる数少ないことの一つである。決め方の基準を、数えられるものだけに置かないこと。本稿が述べたかったのは、その一点に尽きる。
