1. はじめに——問題の所在
不動産の売却を検討する所有者が、はじめに直面する分岐がある。市場に公開して買主を探すか、不動産会社に直接買い取ってもらうか。前者は時間がかかり、後者は速い。そして後者の金額は、たいてい前者より低い。この低さをどう理解するかで、その後の判断のすべてが変わる。
実務の現場で最も多く聞かれる説明は、買取業者が利益を取るから安い、というものである。この説明は間違ってはいない。しかし、これだけでは足りない。もし利益の分だけが差額なのであれば、業者間の競争が働けば差額は限りなく小さくなるはずである。ところが現実には、複数の会社から見積もりを取っても、いずれも市場価格を明確に下回る水準に収まることが多い。競争で消えない部分がある。その部分は何か。
金融経済学は、この問いにひとつの答え方を用意している。すぐに換金できるという性質——流動性——それ自体が、価格を持つという考え方である。流動性の高い資産は高く評価され、低い資産は割り引かれる。この割引を流動性プレミアムと呼ぶ。買取価格と市場価格の差額を、業者の取り分ではなく、売主が購入している財の価格として読むことができるとすれば、問いの立て方が変わる。搾取されているかではなく、妥当な値段で買っているか、である。
本稿の問いは三つである。第一に、不動産の非流動性はどこから生じているのか。第二に、買取価格と市場価格の差額のうち、どこまでが流動性の対価であり、どこからがそうでないのか。第三に、その対価の水準は誰がどのように決めているのか。
この問いを金融経済学の側から立てることには理由がある。不動産の実務では、価格差は物件の良し悪しや業者の姿勢として語られやすい。個別の事情に還元してしまうと、どの物件にも共通して働いている力が見えなくなる。流動性という概念は、財の種類を問わず働く力を取り出すために鍛えられてきた道具である。不動産に固有の事情を一度括弧に入れ、共通する構造から見ることで、個別の交渉では見えない部分が見えてくる。
方法は理論的整理である。金融市場における流動性の議論——ケインズの流動性選好、デムセッツの即時性の対価、アミハド=メンデルソンの資産価格研究——を手がかりに、不動産という財の性質に合わせて概念を組み替える。金融市場と不動産市場は多くの点で異なるため、概念をそのまま移植することはできない。どこが移植でき、どこが移植できないかを明示することが、本稿の作業の中心になる。
以下、第2節で流動性という概念の構造を確認する。第3節で不動産の非流動性を四つの源泉に分解する。第4節で買取価格差を流動性プレミアムとして読み直し、当サイトの試算例を用いて金額の大きさを可視化する。第5節では差額の内訳を分解し、流動性の対価ではない部分を切り出す。第6節で流動性の価格が誰によって決まるかを論じ、第7節で売主の実務に落とし、第8節で限界と残された課題を述べる。
はじめに筆者の立場を明示しておく。筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者であり、自社で買主となる事業を持たない。買取および買取保証を率先して行わない立場である。ただし本稿は、買取という売り方そのものを否定しない。流動性には価値があり、それを買う判断が合理的である局面は確かに存在する。問題は、買っていることに気づかないまま買ってしまう場合である。
2. 流動性という概念の構造
流動性という語は日常語としても使われるため、かえって曖昧になりやすい。ここで金融経済学がこの語をどう使ってきたかを整理しておく。この整理を飛ばすと、不動産に当てはめたときに何が言えて何が言えないかの境界を見失う。
2.1 流動性とは換金の速さではない
第一に確認すべきは、流動性が単なる換金の速さではないという点である。どんな資産でも、価格を十分に下げれば速く売れる。極端に言えば、無償で譲渡するなら即日で手放せる。したがって速さだけを取り出しても意味がない。流動性とは、価格を大きく譲らずに換金できる度合いを指す。速さと価格の二つを同時に見て初めて、この概念は測れるものになる。
この定義から、ひとつの帰結が導かれる。非流動的な資産の売主は、常に速さと価格の交換比率に直面している。速く売れば安く、高く売るなら待つ。買取と仲介の選択は、この交換比率上のどこに自分を置くかという選択にほかならない。どちらが正しいかを一般論として言うことはできない。売主が時間をどれだけ必要としているかによって、答えが変わるからである。
2.2 ケインズの流動性選好——なぜ人は流動性を欲しがるのか
ケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936)で論じた流動性選好は、人々がなぜ利子の付かない現金を保有したがるのかという問いから出発している。彼が挙げた動機は、日常の支払いに備える取引動機、不測の事態に備える予備的動機、そして有利な機会を待つ投機的動機であった。いずれも共通しているのは、流動性が将来の不確実性に対する備えとして評価されている点である。
不動産の売主に引き移せば、この三つはそれぞれ、決済期日の支払い、想定外の出費への備え、より良い条件を選べる余地に対応する。売主が現金を急ぐとき、その動機がどれなのかを区別することは重要である。取引動機であれば期日は特定でき、段取りで対応できる余地がある。予備的動機であれば、必要な金額は全額ではないかもしれない。この区別は第7節で具体的に扱う。
2.3 デムセッツの即時性の対価
流動性に価格がつくという考えを、市場の観察から明確に取り出したのがデムセッツ(1968)である。株式市場では、買い手が支払う価格と売り手が受け取る価格の間に差がある。この差はビッド・アスク・スプレッドと呼ばれる。デムセッツは、この差を、待たずに取引したい者が支払う即時性の対価として説明した。
構造はこうである。市場には、相手が現れるまで待てる参加者と、いま取引したい参加者がいる。後者のために在庫を抱えて相手役を務める者がいれば、取引は即座に成立する。しかし在庫を抱える側は、その間の価格変動リスクと資金の拘束を負う。スプレッドは、そのリスクと資金コストに対する報酬である。つまり即時性は無料ではなく、誰かが負ったリスクの対価として値付けされている。
2.4 流動性は資産価格に織り込まれる
この考えを資産価格の理論に接続したのがアミハド=メンデルソン(1986)である。取引費用の大きい——すなわち流動性の低い——資産ほど、その分だけ割り引かれて取引され、結果として期待収益率が高くなるという関係を示した研究群がある。流動性の低さは資産固有の欠陥として償却されるのではなく、価格そのものに恒常的に織り込まれる。
また、ダイアモンド=ディビッグ(1983)が銀行について論じたように、非流動的な資産を流動的な負債に転換する主体が存在すると、経済全体としては流動性が供給される。ただしその主体は、転換に伴うリスクを引き受けている。買取を業とする会社は、不動産という非流動的な資産を、売主にとっての即時の現金に転換している。この機能自体は経済的に意味がある。問題は、その転換サービスの価格が何によって決まるかである。
註:本稿は金融市場の理論を不動産に援用するが、両者の市場構造は大きく異なる。株式のように同質な財が継続的に取引される市場と、一つひとつ異なる財が稀に取引される市場では、流動性の意味も測り方も変わる。第3節でこの相違を扱う。
3. 不動産の非流動性はどこから来るか
不動産は非流動的である、という命題は繰り返し語られる。しかし、それがどのような性質から生じているのかを分解しなければ、対処のしようがない。源泉ごとに、短縮できるものとできないものが分かれるからである。本節では四つの源泉に分けて検討する。
3.1 不均質性——相手役を務める者が立てない
第一の源泉は、財が一つひとつ違うことである。株式には銘柄という単位があり、同じ銘柄であればどの一株も同じである。だからこそ在庫を抱えて相手役を務めることができる。買った株はそのまま次の買い手に渡せる。不動産にはこの前提がない。隣り合う二筆の土地でさえ、間口・接道・地盤・日照・隣人が違う。同一の物件は世界に一つしかない。
この不均質性は、即時性を供給する側の費用を押し上げる。買い取った物件は、そのまま次の買い手に渡せるわけではない。次に誰が欲しがるかを、物件ごとに考え直さなければならない。株式のマーケットメイカーが在庫を数分で回転させられるのに対し、不動産の買主となる会社は数か月から年単位の在庫を抱える。即時性の対価が大きくなるのは、この構造による。
3.2 分割不可能性と高額性——買主の母集団が絞られる
第二の源泉は、財が分割できず、しかも高額であることである。株式は一株から買える。不動産は、原則としてその物件を丸ごと買える者しか買主になれない。結果として、買主の母集団は資金力によって強く絞られる。
しかも多くの個人買主は自己資金だけでは買えず、住宅ローンを用いる。ここに金融機関の審査という関門が加わる。買主の信用力に加えて、物件そのものが担保として評価されるかが問われる。市街化調整区域で再建築の可否が不明な物件、境界が確定していない土地、既存不適格の建物では、この関門で母集団がさらに狭まる。買主候補の数が少ないほど、一人が現れるまでの待ち時間は長くなる。非流動性は、母集団の薄さとして現れる。
3.3 情報費用——探すことにも、確かめることにも費用がかかる
第三の源泉は情報費用である。スティグラー(1961)が示したように、価格や相手を探すこと自体に費用がかかる市場では、価格は一物一価に収束しない。不動産では、買主は物件を探す費用を負い、売主は買主を探す費用を負う。さらに双方が、その物件の質を確かめる費用を負う。
質の検証費用が大きいことは、アカロフ(1970)が論じた情報の非対称性の問題を伴う。確かめられない部分について、買主は安全側に見積もる。この見積もりの安全余裕は価格の割引として現れるが、それは流動性の対価とは別物である。ここを混同すると、開示や調査によって縮められる差額まで、流動性の代金として払ってしまう。両者の切り分けは第5節で行う。
3.4 制度的所要時間——短縮に限界がある工程
第四の源泉は、取引の完了に要する制度上の時間である。売買契約から決済までには、住宅ローンの本審査、登記の準備、抵当権の抹消、決済日の調整といった工程が並ぶ。物件によっては、確定測量のための隣地立会い、農地転用の許可、相続登記の完了が先行条件となる。これらは当事者の努力で多少は前倒しできるが、ゼロにはできない。
| 非流動性の源泉 | 何が起きているか | 売主が短縮できる余地 |
|---|---|---|
| 不均質性 | 相手役を務める在庫回転が効かない | 小さい(財の性質による) |
| 分割不可能性と高額性 | 資金力と融資審査で買主が絞られる | 中程度(担保評価の障害を先に除く) |
| 情報費用 | 探索と検証に双方が費用を負う | 大きい(調査と開示を先行させる) |
| 制度的所要時間 | 登記・測量・許認可の工程が並ぶ | 中程度(売り出し前に着手する) |
この分解から見えるのは、非流動性が一枚岩ではないということである。第一の源泉は財の性質そのものであり、売主にはどうにもならない。しかし第三と第四の源泉は、売り出す前の準備によって相当程度まで縮められる。買取という手段で流動性を買う前に、自力で縮められる部分を縮めておくかどうかで、支払う対価の大きさは変わる。
4. 買取価格差を流動性プレミアムとして読む
概念の整理を踏まえて、実際の金額に当てはめる。ここでは当サイトが掲げている試算例を用いる。前提を明示しないまま金額だけを引用すると、一般化された事実のように読まれてしまうため、前提と注記を先に置く。
4.1 試算例の前提
想定するのは、静岡県磐田市にある築25年の戸建てで、市場で2,000万円で売れると見込まれる物件である。買取価格は市場価格の75%と想定する。この割合は会社や物件によって変わり、これを下回ることも上回ることもある。仲介手数料は、売買価格が800万円を超える場合の上限額(売買価格の3%に6万円を加え、これに消費税を加えた額)で計算している。登記費用・印紙・その他諸費用は、いずれの場合も10万円と置いた。実際の金額は物件の状態・時期・市況によって異なる、あくまで想定にもとづく試算例である。
| 仲介で売る | 買取で売る | |
|---|---|---|
| 価格 | 2,000万円(成約価格) | 1,500万円(市場価格の75%と想定) |
| 仲介手数料 | △726,000円 | 0円(会社が直接の買主になるため) |
| 登記費用・印紙・その他諸費用 | △100,000円 | △100,000円 |
| 手元に残る額 | 約1,917万円 | 約1,490万円 |
差は約427万円である。ここで注意すべき点がひとつある。買取であっても、当社のような媒介業者を通して買取会社へ売却する場合には、仲介手数料が別途かかる。この試算例では561,000円であり、手取りは約1,434万円となって差はさらに広がる。買取に手数料がかからないのは、不動産会社が直接の買主になる場合に限られる。
4.2 差額を、時間の値段に換算してみる
この約427万円を、流動性の対価として読み直す。買取を選んだ売主が手に入れたのは、販売期間を待たずに現金を得られるという結果である。すなわち、この差額は販売期間の短縮に対して支払われた金額と見ることができる。
仮に、仲介であれば成約までに3か月を要し、買取であれば1か月で決済に至るとしよう。この仮定のもとでは、短縮された時間は2か月であり、1か月あたりおよそ213万円を支払った計算になる。手取り約1,917万円に対して、月あたり11%前後を支払っていることになる。年率に引き直せば、通常の資金調達の金利とは比較にならない水準である。
註:ここで用いた3か月・1か月という販売期間は、計算の構造を示すための仮定であって、観測された平均値ではない。実際の販売期間は物件・価格設定・時期によって大きく異なる。読者は自分の物件について、仲介の場合に見込まれる期間を担当者と確認したうえで、同じ計算をやり直してほしい。
4.3 高いか安いかは、単独では判断できない
月あたり11%という数字を見て、高すぎると即断するのは早い。金利との比較が成り立つのは、資金の調達という同じ目的を果たす手段どうしを比べる場合である。しかし買取が提供しているのは資金だけではない。売れないまま持ち続けるリスクからの解放、販売活動に伴う手間からの解放、価格が下がるかもしれないという不確実性からの解放が、同時に含まれている。
したがって、この対価が高いか安いかは、売主がそれらをどれだけ必要としているかに依存する。期限が動かせない事情があり、しかも物件が市場で買い手を見つけにくい性質を持つなら、対価は正当化されうる。逆に期限に幅があり、物件に明確な難点がないのであれば、同じ対価は割高になる。単独の数字ではなく、自分の事情との関係で読む必要がある。
5. 差額のうち、どこまでが流動性の対価か
前節では差額の全体を流動性の対価として読んだ。しかしこれは第一次接近にすぎない。差額の中には、流動性とは無関係な要素が混じっている。混じったまま議論すると、圧縮できる部分と圧縮できない部分の区別がつかなくなる。本節では差額を五つの構成要素に分解する。
5.1 五つの構成要素
買取会社の立場から見れば、買い取った価格と再販価格の差は、次の順に費消されていく。第一に再販経費である。清掃、残置物の処分、修繕やリフォーム、広告費、そして再販時に自社以外の仲介が入ればその手数料。第二に資金の時間価値である。買い取ってから再販が完了するまでの間、資金は物件に拘束される。金融機関からの調達であれば金利が、自己資金であれば他の用途に回せなかったことの機会費用が発生する。
第三に保有リスクである。再販までに市況が変わるかもしれない。売り出してみたら想定より買い手が付かないかもしれない。解体してみたら地中に埋設物が出るかもしれない。これらは事前には確率でしか表せず、その分の余裕が価格から差し引かれる。第四に事業者の正常な利潤。第五に、以上のいずれにも該当しない部分——交渉力の差から生じる余剰の取り分である。
| 差額の構成要素 | 性質 | 競争や準備で縮むか |
|---|---|---|
| 再販経費 | 実費。物件の状態で決まる | 物件を整えれば縮む |
| 資金の時間価値 | 拘束期間と金利で決まる | 再販しやすい物件ほど縮む |
| 保有リスク | 不確実性への備え | 情報開示と調査で縮む |
| 正常利潤 | 事業の継続に要する報酬 | 競争があれば適正水準に収束する |
| 交渉力による取り分 | 流動性の対価ではない | 競争と情報で縮む |
5.2 流動性の対価と呼べるのは、どこまでか
厳密に言えば、流動性の対価と呼ぶにふさわしいのは、第二と第三——資金の拘束と保有リスク——である。この二つは、非流動的な資産を流動的な現金に転換する主体が、その転換のために引き受けたものだからである。デムセッツの言う即時性の対価は、まさにこの部分に相当する。
第一の再販経費は、流動性ではなく物件の状態に対する費用である。第四の正常利潤は、どの事業にも必要な報酬であって流動性に固有ではない。そして第五は、流動性の対価ではまったくない。それは単に、情報と選択肢の差から生じた分配である。売主が同じ流動性を手に入れながら、第五の部分だけを縮めることは原理的に可能である。
5.3 縮められる部分を、先に縮める
この分解には実務上の含意がある。売主が買取を選ぶ場合でも、提示額を引き上げる余地は、価格交渉以外の場所にある。境界が確定していれば、買取会社は再販時の測量費用と紛争リスクを見込まなくてよい。再建築の可否が行政の窓口で確認済みであれば、担保評価に関する不確実性が減る。雨漏りや増改築の履歴が書面で整理されていれば、隠れた不具合に備える余裕を厚く取る必要がなくなる。
つまり、第三の保有リスクは売主の準備で縮む。これは値引き交渉ではなく、相手が見積もる不確実性そのものを減らす作業である。同じことは仲介にも当てはまるが、買取の場合はより直接的に価格へ反映される。買主が一社である以上、その一社の見積もる不確実性が、そのまま価格だからである。
なお、差額の内訳をより精密に推定する試みは、本稿の範囲を超える。再販経費と保有リスクをどのような手順で分離するかは、別稿で扱う論点である。本稿の主張は、差額が単一の性質を持つ塊ではなく、性質の異なる要素の合計であるという一点にある。
6. 流動性の価格は誰が決めるか
第5節で、差額の一部は競争によって縮むと述べた。では、その競争は現に働いているのか。流動性の価格がどのように決まっているかを、市場の構造から検討する。
6.1 相対取引では、価格は競争ではなく交渉で決まる
株式市場では、即時性の価格であるスプレッドは競争的に決まる。相手役を務めようとする者が複数いて、より狭いスプレッドを提示した者から順に取引が成立するからである。競争が働くのは、同じ財に対して複数の主体が同時に値付けできるためである。
不動産の買取は、この条件を満たさない。売主が一社にだけ相談し、その一社が提示した金額を受けるか断るかを決める。これは競争ではなく相対交渉である。相対交渉における価格は、双方の留保価格の間のどこかに落ち着き、どこに落ちるかは交渉力と情報で決まる。売主が市場価格を知らず、他社の水準も知らず、期限に追われているなら、落ち着く先は売主に不利な側に寄る。
ここから、実務上の帰結が導かれる。買取を選ぶ場合でも、同一の条件を書いた資料を複数の買取会社へ同時に提示し、期日を切って見積もりを並べれば、相対交渉は擬似的な競争に近づく。第5節の第五の要素——交渉力による取り分——は、この操作によって縮む。売主が買っている流動性の量は変わらないのに、支払う価格だけが下がる。
6.2 薄い市場では、流動性の価格が高くなる
地方都市では、この構図に市場の薄さが重なる。買取を手がける会社の数が限られていれば、比較の相手そのものが少ない。また、買い取った物件を再販する際の買主候補も限られるため、保有リスクの見積もりが厚くなる。両方向から、流動性の価格は上がりやすい。
静岡県磐田市を例に取る。人口はおよそ16万3千人(2026年7月末現在、磐田市公表値は163,224人・72,421世帯)。住宅地の公示地価の平均は1㎡あたり50,086円、前年比は+0.16%である(2026年地価公示にもとづく市町村別平均。実際の取引価格とは異なる)。
この数字は、市場が急落も急騰もしていないことを示している。理論的には、価格変動が小さい市場では保有期間中の値下がりリスクは小さいはずであり、その分だけ流動性の対価も小さくてよい。ところが実務で提示される割合が、変動の大きい都市部と大きく変わらないことがある。この乖離が生じるとすれば、原因は価格変動リスクではなく、再販までの期間の不確実性と、比較相手の少なさにあると考えられる。
6.3 買取保証は、流動性を前払いで買う契約である
買取保証——一定期間仲介で売却を試み、売れなければあらかじめ決めた価格で会社が買い取る仕組み——は、流動性の観点から見ると将来の流動性を先に買う契約である。売主は、将来のある時点で確実に換金できるという権利を得る。この権利には価値があり、したがって価格がつく。保証価格が市場価格より低く設定されるのは、その価格が権利の代金を含んでいるからである。
当社が買取および買取保証を率先して行わない理由は、この構造にある。保証を付けた会社は、売れれば仲介手数料を得られ、売れなければ市場価格より低い価格で仕入れられる立場に立つ。どちらに転んでも損をしない立場と、売主のために高く売る動機とは、同じ組織の中で緊張関係に置かれる。また、保証を結んだ時点で最後の買い手が一社に固定されるため、期限が迫った段階で複数社を比較するという選択肢が失われる。第6節の前半で述べたとおり、比較できるかどうかは価格を左右する。
ただし、買取という売り方そのものを否定しているのではない。流動性には価値があり、それを買う判断が合理的な場面は存在する。本稿が問題にしているのは、選択肢を早い段階で一つに減らすことが、支払う対価を押し上げるという点である。
7. 売主の実務への含意
以上の議論を、売主が実際に取れる手順に落とす。順序には意味がある。流動性をいくら買うかを決める前に、どれだけ必要かを測り、買わずに済ませられる部分を減らす。この順で進めなければ、必要以上の対価を払うことになる。
7.1 期限を分解する——本当に動かせない日はいつか
最初にすべきは、急いでいる理由を日付に翻訳することである。早く売りたいという言葉の下には、性質の異なる期限が混在している。法令が定める期限、契約が定める期限、生活上の期限、そして心理的な期限。これらは動かしやすさがまったく違う。
- 法令上の期限の例:相続税の申告と納付は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内である。これは動かせない
- 契約上の期限の例:買い替え先の引渡し日。これは相手のある話だが、交渉の余地が残ることがある
- 生活上の期限の例:施設の入居費用、転居先の家賃の二重負担。金額と時期を書き出せば、必要額が全額でないことが分かる場合がある
- 心理的な期限:早く終わらせたいという気持ち。正当な動機だが、金額に換算して比べる対象にはなる
第4節の試算例では、2か月の短縮に約427万円を支払う計算になった。この金額を目の前に置いたうえで、それでも動かせない日があるのかを確かめる。多くの場合、動かせない日は一つか二つであり、残りは調整可能である。
7.2 段取りで時間を作れないかを先に確かめる
第3節で見たとおり、非流動性の源泉のうち情報費用と制度的所要時間は、売り出す前の準備で相当程度まで縮められる。登記事項証明書と公図を取り、筆の数と地目を確認する。境界標が現地にあるかを見る。市街化調整区域であれば建築の可否を行政の窓口で確認する。相続登記が未了なら先に済ませる。農地が混ざっていれば農業委員会の手続きを調べる。
これらには費用と手間がかかる。しかし、その費用は流動性の対価と同じ土俵で比較できる。数万円から数十万円の準備で販売期間が短縮され、あるいは白紙解除のリスクが消えるのであれば、支出として成立することが多い。準備を怠ったまま買取を選ぶと、その怠りの分まで保有リスクとして価格に織り込まれる。
7.3 買うと決めたら、価格を競争させる
段取りで足りない分だけを買取で埋めると決めたなら、次は価格を競争させる。ここで重要なのは、金額を叩くことではなく、条件を揃えることである。条件が揃っていない見積もりは比較できない。
- 同一の物件資料(測量図、登記事項証明書、物件状況報告書、確認済の法令情報)を各社に同じ内容で渡す
- 決済希望日と引渡し条件を同じ文言で示す。残置物の扱い、契約不適合責任の免責範囲もそろえる
- 回答の期日を切る。同じ日に開封して並べる
- 提示額ではなく、手元に残る額に直して比べる。媒介を通す場合は仲介手数料を差し引く
四つ目は見落とされやすい。買取に仲介手数料はかからないと説明されることがあるが、それは不動産会社が直接の買主となる場合の話である。媒介業者を介して買取会社へ売る場合には手数料が発生する。第4節の試算例では561,000円であった。金額の比較は、同じ定義に揃えてからでなければ成立しない。
7.4 仲介で進める場合も、時間を管理する
仲介を選ぶということは、流動性を買わずに待つということである。ただし待つことは放置と同じではない。売り出す前に、いつ反響を検証し、いつ価格を見直し、いつ最終判断をするかを日付で決めておく。改定の時期と幅を先に決めておけば、切迫した印象を市場に与えずに価格を動かせる。
この計画を最初に作っておくことには、もうひとつの効果がある。期限が近づいたときに、その時点で改めて買取の見積もりを取るという選択肢が残る。準備を進めた分だけ物件の不確実性は減っており、同じ物件でも見積もりは以前より良くなりうる。選択肢を最後まで残すことが、支払う対価を下げる。
8. 結論と今後の課題
買取価格が市場価格を下回るのはなぜか。本稿の答えは、その差額の相当部分が、流動性という財の価格だからである、というものである。売主は損をさせられているのではなく、買っている。ただし、何をいくらで買っているかを知らされないまま買っていることが多い。
議論の骨格を要約する。第一に、流動性とは換金の速さではなく、価格を大きく譲らずに換金できる度合いである。速さと価格は交換関係にあり、買取と仲介の選択はその交換比率上の位置の選択にほかならない。第二に、不動産の非流動性は四つの源泉——不均質性、分割不可能性と高額性、情報費用、制度的所要時間——から生じており、後の二つは売主の準備で縮む。
第三に、買取価格差は単一の性質を持つ塊ではない。再販経費、資金の拘束、保有リスク、正常利潤、そして交渉力による取り分の合計である。このうち流動性の対価と呼ぶにふさわしいのは資金の拘束と保有リスクであり、残りは準備と競争によって縮む余地がある。第四に、不動産の買取は相対取引であるため、その価格は競争ではなく交渉で決まりやすい。地方の薄い市場では、比較相手の少なさがこの傾向を強める。
8.1 本稿の限界
限界を三点記す。第一に、本稿は理論的整理であって実証分析ではない。第4節で用いた75%という割合も、3か月と1か月という販売期間も、計算の構造を示すための想定であって観測値ではない。実際の水準は物件・会社・時期によって変わる。読者は自分の物件の条件で同じ計算をやり直す必要がある。
第二に、差額の内訳を要素ごとに分離する手順を、本稿は示していない。再販経費と保有リスクを実務上どう切り分けるかは、買取会社の内部情報に依存する部分があり、外部から推定するには別の方法が要る。この論点は別稿に譲る。
第三に、本稿は売主が合理的に比較できることを前提に議論を進めた。しかし現実には、期限に追われた状態での判断には認知的な偏りが働く。目の前の確実な金額が、将来の不確実な金額より過大に評価される傾向は広く知られている。流動性の対価が高く見えないのは、比較の土俵に載っていないからかもしれない。この点は行動経済学の枠組みで扱うべき論点である。
8.2 残された課題
今後の課題を三つ挙げる。ひとつは、待つことそれ自体の価値である。本稿は待つことを費用として扱ったが、市場が動く可能性がある局面では、売らずに保持することに選択権としての価値が生じる。この価値をどう評価するかは、別の枠組みを要する。
もうひとつは、薄い市場における流動性の測り方である。年間の成約件数が少ない地域では、価格と期間の関係を統計的に把握すること自体が難しい。測れないものに値段をつけるとき、値段は交渉力を映す。地方市場の流動性をどう可視化するかは、実務上も重要な課題である。
最後に、流動性の供給主体をどう設計するかという論点がある。買取を業とする会社は、非流動的な資産を即時の現金に転換する機能を果たしている。この機能は経済的に有用であり、これがなければ困る売主も存在する。問われるべきは、その機能の存否ではなく、価格が比較可能な形で提示されているかどうかである。比較できる形にすることは、制度でも、業界の慣行でも、そして個々の売主の一手間でも進められる。本稿が最も伝えたいのは、その一手間の効き目の大きさである。
