1. はじめに——問題の所在
両手取引という語は、不動産をめぐる議論のなかで、しばしば道徳の語彙とともに使われる。一方の当事者だけを担当する片手取引が健全であり、売主と買主の双方を担当する両手取引は疑わしい、という語り口である。この二分法は、制度の理解としても経済分析としても粗い。両手取引は法令で禁じられていない。それどころか、媒介という業務が構造上ふつうに生み出す帰結の一つである。売却の依頼を受けた業者が自ら買主を見つけること自体は、依頼された仕事をしただけである。
同時に、次のことも事実である。同じ物件が同じ価格で成約したとしても、買主を自社で見つけたか他社が見つけたかによって、その業者が受け取る報酬は変わる。上限まで受け取るなら、前者は後者の二倍になる。ここに、他社へ情報を流すことの機会費用が生じる。両手取引が不当でないことと、両手取引に誘因の非対称が伴うことは、矛盾しない。両立するからこそ、この問題は難しい。
本稿の問いは、この両立を前提にして立てられる。すなわち、両手という報酬構造は、どのような条件のもとで売主の利益と衝突する行動を引き出し、どのような条件のもとでは引き出さないのか。問われているのは「両手は善か悪か」ではなく、「誘因はいつ実現するか」である。
1.1 誘因と行動を混同しない
本稿を貫く方法上の前提を先に置いておく。ある構造が特定の行動を経済的に有利にすることと、その構造の下にいる個人が実際にその行動を選ぶことは、別の命題である。誘因の分析が明らかにするのは、集団としてどちらの方向に確率が傾くかであって、目の前の担当者が何をしたかではない。前者から後者を演繹すれば、それは分析ではなく決めつけになる。
この区別は実務的にも重要である。混同すると、売主は二つの誤りを犯す。一つは、両手になりうる相手をすべて排除しようとして、自社の買主候補に最初に当たるという媒介の基本的な機能まで捨ててしまう誤り。もう一つは、売れない原因をすべて業者の作為に帰し、価格や情報の設計という自分で動かせる要因を点検しない誤りである。どちらも手取りを削る。
1.2 方法と構成
方法は三つの道具立てによる。第一に、宅地建物取引業法と報酬に関する告示から、報酬関数の形を確定する。第二に、依頼人と代理人の利害がずれる構造を扱うエージェンシー理論を用いて、その報酬関数がどの努力を促し、どの努力を抑えるかを見積もる。第三に、繰り返しゲームと評判の理論を用いて、誘因が抑制される条件を特定する。
以下、第2節で両手取引の定義と法的な位置づけを確認し、報酬の上限がどう定まっているかを整理する。第3節で報酬関数から誘因の大きさを見積もる。第4節では囲い込みと呼ばれる現象を、観察できるものと観察できないものに分けて読み直す。第5節で誘因が実現しやすい条件を、第6節で実現しにくい条件を挙げ、あわせて両手を一律に否定する立場への応答を行う。第7節を売主の実務に、第8節を結論と課題に充てる。
なお筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者であり、自ら買主となる買取を率先して行わない。この事業構造が本稿の論点とどう関わるかは第6節で扱う。ただし本稿は、特定の事業者の行動を評価するものではない。分析の対象はあくまで報酬と情報の構造であり、個別の会社や担当者ではない。
2. 両手取引とは何か——定義と法的位置づけ
議論の前に、言葉を確定しておく。両手取引をめぐる混乱の相当部分は、定義の曖昧さと、隣接する別の制度との混同から生じている。
2.1 定義と三つの型
両手取引とは、一つの売買契約について、同一の宅地建物取引業者が売主側と買主側の双方の媒介を担い、双方から報酬を受け取る形をいう。これに対し、売主側と買主側を別々の業者が担当し、それぞれが自分の依頼者からのみ報酬を受け取る形を片手取引、実務では分かれと呼ぶ。
この二つと明確に区別すべき第三の形が、業者自身が買主となる買取である。買取では業者は媒介の当事者ではなく、売買の当事者である。受け取るのは報酬ではなく、再販時の売買差益である。報酬の上限規制は適用されない。両手取引を論じるときに買取を混ぜてしまうと、規制の枠組みも誘因の向きも異なるため、議論が噛み合わなくなる。
2.2 報酬の上限はどう定まっているか
宅地建物取引業者が受け取れる報酬の額は、宅地建物取引業法第46条により、国土交通大臣の定めるところによるとされ、その具体的な水準は昭和45年建設省告示第1552号(およびその後の改正)が定めている。売買の媒介については、代金の額に応じて段階的な上限が置かれ、代金が400万円を超える部分については3パーセントという料率が用いられる。実務で使われる速算式でいえば、代金400万円超のとき、一方の依頼者から受け取れる上限は代金の3パーセントに6万円を加えた額(いずれも消費税相当額を別に加算する)となる。
ここで決定的に重要なのは、この上限が「一方の依頼者から受け取れる額」として定められている点である。売主からと買主からとで、それぞれ別に上限が適用される。したがって両手が成立すると、業者が一つの取引から受け取れる報酬の上限は、片手の場合の二倍になる。両手取引の経済分析とは、突き詰めればこの「二倍」が何を引き起こすかの分析である。なお、価格の低い空き家等の売買については、現地調査等に要する費用を勘案した別の上限の定めが設けられている。
| 取引の型 | 業者が受け取るもの | 上限規制 | 情報流通に対する誘因 |
|---|---|---|---|
| 片手(分かれ) | 自分の依頼者からの報酬 | 一方から代金の3パーセント+6万円(400万円超の場合・税別) | 他社の買主でも成約すれば報酬は同じ |
| 両手 | 売主と買主の双方からの報酬 | 同じ上限が双方それぞれに適用される | 自社で買主を見つけた場合に報酬が増える |
| 買取(業者が買主) | 報酬ではなく再販時の売買差益 | 報酬規制の適用外 | 仕入れ価格を抑えるほど利益が増える |
2.3 双方代理の禁止とは別の問題である
両手取引は民法第108条が禁じる双方代理にあたるのではないか、という指摘がしばしばなされる。同条は、同一人が当事者双方の代理人となってした行為を、原則として無権代理とみなす。しかし媒介と代理は、法的性質が異なる。代理人は本人に代わって意思表示そのものを行うが、媒介業者は契約の成立に向けて相手方を探し、条件を調整し、事実行為として尽力する立場にとどまる。意思表示を行うのは売主と買主自身である。したがって、双方の媒介を担うこと自体に第108条が直接適用されるわけではない。
この整理は、両手取引が制度上正面から禁じられていないことの説明として重要である。同時に、それは両手に何の問題もないという意味ではない。第108条が双方代理を原則として禁じているのは、一人の者が対立する二つの利益を同時に代表することの危うさを法が認めているからである。媒介にはその条文が及ばないというだけで、危うさの実質が消えるわけではない。制度は入口を塞がず、出口——すなわち第34条の2の登録義務・報告義務や、信義誠実の義務——で規律する設計を採っている。
註:本節は制度の骨格のみを扱う。媒介契約の三類型(専属専任・専任・一般)の違いと、それぞれが売主と業者のあいだで何を交換しているかは、本稿の射程を超えるため別稿に譲る。
3. 報酬関数が生む誘因の大きさ
誘因を語るには、その大きさを見積もらなければならない。「誘因がある」という指摘だけでは、対処すべき力なのか無視できる力なのかが分からない。ここでは報酬関数の形から、二つの誘因を比べる。
3.1 依頼人と代理人の利害はどこでずれるか
ジェンセン=メックリング(1976)が定式化したエージェンシー関係とは、ある主体(依頼人)が別の主体(代理人)に自分のための意思決定を委ねる関係をいう。両者の目的関数が一致しない限り、代理人は依頼人にとって最善ではない選択をしうる。売主と媒介業者の関係は、この枠組みにほぼそのまま乗る。売主の目的関数は、諸費用を差し引いたあとに手元に残る金額、すなわち手取りの最大化である。業者の目的関数は、受け取る報酬から自らの投入した費用を差し引いた残りの最大化である。
この二つは、成約が成立するという一点では一致する。売れなければ売主の手取りはゼロであり、業者の報酬もゼロだからである。ずれが生じるのは、そこから先の二つの次元においてである。第一に、いくらで売るか。第二に、誰に売るか。前者は価格の次元、後者は買主の経路の次元である。両手取引が問題になるのは、後者である。
3.2 価格を上げる誘因は、思われているほど強くない
まず前者を見る。報酬が売買代金に比例するのだから、業者にも価格を上げる誘因があるはずだ、というのが素朴な理解である。しかし料率を当てはめると、その誘因は弱い。代金が400万円を超える範囲では、料率は3パーセントである。売り出し価格を100万円引き上げる交渉に成功しても、一方から受け取る報酬の増加は3万円にとどまる。売主にとっての100万円と、業者にとっての3万円。同じ交渉から生じる利得の大きさが、三十倍以上も違う。
しかも、価格を上げる交渉には費用が伴う。成約が遅れる、買主候補を失う、交渉が決裂する。その費用を負担するのは業者であり、得られる追加報酬は3万円である。合理的に振る舞う業者ほど、価格を上げる努力より、成約を確実にする努力へ資源を振り向ける。これは怠慢ではなく、報酬関数が指し示す方向にすぎない。売却価格に比例する報酬体系は、価格を上げる誘因としては弱く、早く決める誘因としては強い。
3.3 両手化の誘因は、価格の誘因より一桁大きい
次に後者を見る。ここで報酬関数の形が効いてくる。代金2,000万円の物件を例に取る。上限まで受け取るとすれば、一方からの報酬は代金の3パーセントに6万円を加えた66万円(税別)である。片手であれば、業者の受け取りはこの66万円で終わる。両手が成立すれば、売主からと買主からで合計132万円になる。差は66万円である。
この66万円を、先ほどの価格の誘因と並べてみる。価格を100万円引き上げて得られる追加報酬は3万円だった。両手化によって得られる追加報酬は66万円である。比率にして二十二倍。言い換えれば、買主を自社で見つけることの経済的価値は、この例では売り出し価格を2,200万円分引き上げることに匹敵する。両手取引の分析が報酬構造から始めなければならない理由が、ここにある。誘因の大きさが桁として違うのである。
3.4 観察しやすい成果に報酬が偏るとどうなるか
ホルムストローム(1979)は、代理人の努力が直接観察できないとき、報酬は観察可能な成果に基づかざるをえず、その結果として努力水準が最適から乖離することを示した。さらにホルムストローム=ミルグロム(1991)は、代理人が複数の仕事を同時に担う場合、測りやすい仕事に報酬を結びつけると、測りにくい仕事への努力が犠牲になることを明らかにした。マルチタスク・エージェンシーと呼ばれる問題である。
媒介業務は典型的なマルチタスクである。成約したかどうかは明瞭に観察できる。これに対して、他社からの問い合わせにどう応答したか、価格交渉でどこまで粘ったか、売主に不利な見通しをいつ伝えたかは、外からはほとんど観察できない。報酬が成約という一点に結びついている以上、資源は観察可能な成果へ集まる。両手をめぐる問題は、担当者個人の資質の問題としてではなく、この測定と報酬の構造の問題として立てるほうが、対処の見通しが立つ。
念のため繰り返す。誘因が存在するという命題は、行動が実際にそちらへ動くという命題を含まない。多くの取引で、自社の買主が最も早く条件に合っただけという単純な事実によって両手が成立している。誘因の大きさを見積もる作業は、その事実を疑うためではなく、疑うべき場面とそうでない場面を分けるために行う。
4. 囲い込みという現象をどう観察するか
誘因が行動として現れたとき、それは囲い込みと呼ばれる。ここでは、その現象が何であり、なぜ観察が難しいのかを整理する。観察の難しさこそが、この問題を長く未解決にしてきた原因だからである。
4.1 囲い込みの定義と、その段階
囲い込みとは、売却の依頼を受けた業者が、両手の成立を優先して、他社からの買主紹介の申し出に応じず、物件情報の流通を抑える行為をいう。重要なのは、これが一つの行為ではなく段階をなしている点である。もっとも露骨な形は、他社からの問い合わせに対し、実際には申込がないにもかかわらず商談中と伝えて紹介を断ることである。しかし現実には、より弱く、より判別しにくい形が並んでいる。
- 他社からの照会に対し、事実と異なる進捗(商談中・書面申込あり)を伝えて断る
- 連絡を折り返さない、回答を数日遅らせるという形で、実質的に紹介を成立させない
- 指定流通機構への登録を、期限内ではあるが可能なかぎり遅らせる
- 登録はするが、図面・写真・現地案内の条件など、他社が買主を案内するために要る情報を欠いたままにする
- 自社の顧客への案内を先行させ、一定期間が過ぎてから広告と他社への公開を開始する
上から下へ行くほど、違法性の判断は難しくなり、通常の営業判断との境目は曖昧になる。自社の顧客に先に声をかけること自体は、売主の利益に反しない場合も多い。段階として捉えるべき理由はここにある。囲い込みか否かの二値判断ではなく、情報流通がどれだけ絞られているかという程度の問題として見るほうが、実態に近い。
4.2 なぜ売主から見えないのか——欠測データの問題
売主の側に立つと、この現象は原理的に見えにくい。売主が観察できるのは、自分の物件に何件の問い合わせがあり、何件の内覧があったかである。観察できないのは、来なかったはずの問い合わせである。反響が乏しいとき、それは市場に買主候補がいなかったからなのか、いたけれども紹介の申し出が断られたからなのか。売主の手元にあるデータからは、この二つを区別できない。
統計の言葉でいえば、これは欠測データの問題である。観察されなかった事象は、観察されなかったという理由で記録に残らない。しかも欠測が生じる確率は、売主が確かめたい当の要因に依存している。この構造のもとでは、売主がいくら報告書を読み込んでも、囲い込みの有無を報告書から確定することはできない。制度が登録義務と報告義務を課しているのは、まさにこの見えなさへの対処としてである。
4.3 制度が用意している観察手段
宅地建物取引業法第34条の2は、専任媒介契約について指定流通機構への登録を義務づけ、専属専任媒介契約では契約日から5日以内、専任媒介契約では7日以内(いずれも業者の休業日を除く)としている。登録した業者は、登録を証する書面を売主に交付しなければならない。あわせて業務処理状況の報告義務が課され、専属専任は1週間に1回以上、専任は2週間に1回以上と定められている。
実務面では、指定流通機構において物件の取引状況を示すステータス(公開中、書面による申込あり、売主の都合による一時紹介停止中など)が管理され、売主が自分の物件の登録内容とステータスを確認できる仕組みが用意されている。登録を証する書面に記載された情報を用いて売主自身が閲覧できる点が要点である。売主が観察できる範囲を、業者の報告に依存しない形で一段広げる装置だといえる。
また国土交通省の「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」では、他の宅地建物取引業者から物件の紹介の申し出があった場合に、正当な理由なくこれを拒むことが、依頼者に対する信義誠実の義務に反しうるものとして整理されている。制度がこの点をわざわざ明示しているという事実は、放置すれば起こりうると立法・行政の側が判断したことの表れでもある。
4.4 滞留は囲い込みの証拠ではない
観察の難しさは、逆方向の誤りも生む。売れない期間が長いことを、そのまま囲い込みの徴候と読む誤りである。滞留の原因は少なくとも三つに分かれる。価格が市場の水準から離れていること、物件の情報が買主に届く形になっていないこと、そしてその地域にそもそも買主候補が少ないことである。第三の要因は、取引の薄い地域では日常的に効いている。
したがって売主が行うべきなのは、業者の作為を疑うことから始めることではなく、問い合わせ件数・内覧件数・申込件数という三段階の歩留まりを分けて数え、どの段階で詰まっているかを特定することである。問い合わせ自体が乏しいのか、内覧まで進むのに申込に至らないのか。段階が違えば打つ手も違う。誘因の分析は、この診断を置き換えるものではなく、診断の後に来る。
5. 誘因が実現しやすい条件
報酬構造は全国一律である。にもかかわらず、情報を止める誘因が行動として現れる程度は、場面によって大きく違うはずである。本節では、誘因が実現しやすくなる条件を四つに整理する。条件を特定することの意義は、それが同時に対処の手がかりになる点にある。
5.1 両手が成立する見込みが高いこと
第一の条件は、待てば自社の買主が現れるという見込みの高さである。他社への紹介を控えることには費用が伴う。成約が遅れ、その間の広告費と人件費が積み上がり、最悪の場合は売主に媒介契約を更新してもらえない。この費用を上回る期待利益がなければ、情報を絞る行動は割に合わない。
したがって、自社に買主候補の蓄積が厚い業者ほど、また広告投下量が大きく問い合わせが集まりやすい業者ほど、待つことの期待利益は高くなる。逆に、買主側の顧客をほとんど抱えていない業者にとって、他社の買主を排除することは自分の報酬をゼロに近づける行為でしかない。この条件は、業者の規模や集客構造によって誘因の強さが変わることを意味している。
5.2 売主との関係が一回限りであること
第二の条件は、関係の反復可能性である。売主にとって不動産の売却は生涯に一度か二度の出来事であり、同じ業者に再び依頼する機会はほとんどない。売主の側から見れば、この取引は一回限りのゲームである。一回限りのゲームでは、相手の将来の報復を恐れる必要がないため、短期の利得を優先する戦略が選ばれやすい。
ただし、この非対称には裏面がある。売主にとって一回限りでも、業者にとっては同じ地域で繰り返される取引の一つにすぎない。この非対称をどちらから見るかで、結論は正反対になる。反復性が業者側に働く条件については次節で扱う。ここで押さえるべきは、売主が遠方に住み、地域社会との接点を持たず、周囲に取引の経験を語る相手もいない場合に、反復性の規律が最も弱まるという点である。
5.3 監視の技術が売主の手元にないこと
第三の条件は、前節で述べた観察可能性に直結する。売主が指定流通機構の登録を証する書面を受け取っておらず、自分の物件のステータスを確認する手段を持たず、報告の内容が「反響がありました」「引き続き努力します」という水準にとどまっている場合、情報が絞られていても徴候は表に出ない。
エージェンシー理論はこの状況を、監視費用が高い状態と表現する。監視費用が高いほど、代理人の裁量の余地は広がる。逆にいえば、監視費用を下げる装置が売主の手元にあるだけで、誘因の実現確率は下がる。装置が実際に使われるかどうかは二次的である。使われうるという事実そのものが行動を変える。これは監視の経済学における標準的な帰結である。
5.4 社内の評価が両手率や粗利で測られること
第四の条件は、業者の内部にある。営業担当者の評価が、一件あたりの粗利や両手の成立率といった指標に強く結びついている場合、担当者個人の倫理観とは独立に、行動は指標のほうへ引き寄せられる。測定された指標が目標になると、その指標が本来代理していたはずの目的から乖離していく——グッドハートの法則として知られる現象である。
この条件が示唆するのは、囲い込みが個人の悪意によってではなく、評価設計の副産物として生じうるということである。したがって対処も、担当者への注意喚起や研修より、評価指標そのものの組み替えのほうが効く。何を成果と呼ぶかという定義が、現場の説明の内容にまで転写される。
| 条件 | 誘因が実現しやすい場面 | 誘因が実現しにくい場面 |
|---|---|---|
| 両手成立の見込み | 自社に買主候補が厚く、待てば現れる | 買主側の顧客が薄く、待つ費用が大きい |
| 関係の反復性 | 売主が遠方で、地域との接点がない | 同じ地域で紹介・再取引が続く |
| 監視の技術 | 登録証明も報告の粒度もない | 登録の確認手段と数値報告がある |
| 社内の評価軸 | 一件あたり粗利と両手率で測る | 説明品質や依頼者の評価を含めて測る |
| 市場の厚み | 買主候補が多く、待てば代替が現れる | 買主候補が稀で、一件を逃す損失が大きい |
表の最後の行に挙げた市場の厚みは、地方都市を論じるうえで見落とせない。買主候補が多い市場では、他社の買主を一件断っても代わりが来る。買主候補が稀な市場では、断ることが成約そのものを失う危険に直結する。同じ報酬構造の下でも、市場の厚みが誘因の実現確率を左右する。この点は次節でさらに掘り下げる。
6. 誘因が働かない条件と、両手否定論への応答
前節の条件を裏返すだけでは足りない。誘因を打ち消す方向に積極的に働く力があり、それらは別の理論から説明される。本節ではその力を四つ挙げ、あわせて両手取引を一律に否定する立場への応答を行う。
6.1 繰り返し取引と評判——地域という制約
第一の力は評判である。クレプス=ミルグロム=ロバーツ=ウィルソン(1982)が示したのは、相手の性質について不確実性がある繰り返しゲームでは、当事者が協調的に振る舞う評判を築くこと自体が合理的な戦略になりうる、という点であった。将来の取引から得られる利得が十分に大きく、割引が十分に小さければ、目先の裏切りは割に合わない。
地域に根を張った業者にとって、この条件は現実的に満たされうる。同じ市町で数十年にわたり営業し、売主の親族・近隣・地元の士業と何度も顔を合わせる主体は、一件の取引で得る追加報酬と、地域での評判という長期の資産を天秤にかける。人口の少ない町ほど情報の伝播は速く、悪い評判も同じ速度で広がる。狭さは、しばしば規律として働く。
ただしこの力は無条件ではない。売主が地域外の相続人であり、以後その地域と関わらない場合、評判の経路は切れる。また、地域を離れて広域から集客する事業構造では、個別の地域における評判の重みは相対的に下がる。評判は自動的な保証装置ではなく、条件つきの装置である。
6.2 在庫を持たない専業構造
第二の力は、事業構造そのものにある。自社で買い取って再販する事業を併せ持つ場合、査定の局面で二つの目的関数が同居する。売主から媒介の依頼を受ける立場と、その物件を仕入れたい立場である。この同居は、行動規範や社内手続で管理することもできるが、そもそも相反する事業を持たないという構造的分離によっても解消できる。
筆者の会社は媒介のみを行い、自ら買主となる買取を率先して行わない。これは買取という売り方を否定する立場ではない。期限が動かせない場合や、近隣に知られずに処分したい場合など、買取が合理的な選択になる場面は現に存在する。売主が買取を選ぶときには、複数の買取会社へ同一条件で見積もりを求め、比較可能な形にすることを勧めている。否定しているのは売り方ではなく、同じ会社が査定する側と買う側を兼ねる構造である。
6.3 薄い市場では、両手を待つことが高くつく
第三の力は、地方の市場構造から生じる。静岡県磐田市は人口およそ16万3千人(2026年7月末現在)、周智郡森町は人口およそ1万5,900人(2026年4月1日現在)である。こうした市場では、一つの物件に対する買主候補の数がそもそも限られる。買主候補が稀であるとき、他社の紹介を一件断ることは、代替が現れるまで待つことを意味するのではなく、成約機会そのものを失うことを意味しかねない。
第3節で見た66万円という両手化の追加報酬も、成約確率が下がれば期待値としては目減りする。極端にいえば、成約確率が半分になるなら、両手で132万円を得る期待値は片手で66万円を得る期待値と変わらない。薄い市場は売主にとって不利な条件を多く抱えるが、こと囲い込みの誘因に関しては、市場の薄さが抑制の側に働く。ただしこれは誘因の話であって、薄い市場に固有の別の困難——価格発見の難しさ、買主の交渉力の強さ——を打ち消すものではない。
6.4 両手を一律に否定する立場への応答
以上を踏まえ、両手取引そのものを不当とする立場に応答しておく。両手には、売主の利益に資する面が確かにある。第一に、交渉の窓口が一本になることで、条件調整に要する時間と行き違いが減る。契約日や引渡し時期、残置物の扱いといった細部は、二社を介するより一社で調整するほうが速い。第二に、物件についての調査結果が一つの主体に集約されるため、買主側への説明の精度が上がる。第三に、双方から報酬を受け取る前提であれば、売主側の報酬について減額の交渉が成り立つ余地も生じる。
さらに実際的な問題として、両手を排除しようとすれば、売主は「自社の顧客に最初に紹介する」という媒介の基本的な機能を捨てることになる。売却の依頼を受けた業者が最初に思い浮かべる買主候補は、多くの場合その業者の顧客である。その経路を封じることは、最も近い買主を最初から除外することにほかならない。
結局のところ、問題は両手という形にあるのではなく、両手を成立させるために他の経路を止める行為にある。両手が結果として成立することと、両手を目的として情報を絞ることは、外形が似ていても内実がまったく違う。売主が見分けるべきはこの違いであり、形の名前ではない。次節では、その見分けを実務の手順に落とす。
7. 売主の実務への含意
ここまでの分析を、売主が実際に取れる手順に落とす。要点は一つである。誘因は事後に告発するものではなく、事前に無力化するものだということ。監視の装置を持たないまま売り出し、あとから疑うのは、順序として遅い。
7.1 媒介契約を結ぶ前に、報告の中身を決めておく
法が定めているのは報告の頻度であって、内容の粒度ではない。したがって粒度は当事者間で決めるほかない。媒介契約を結ぶ時点で、次の項目を報告に含めてもらうよう取り決めておく。書面でなくとも、依頼の内容として明示的に確認しておくだけで意味がある。
- 問い合わせ件数・内覧件数・申込件数を、それぞれ分けて数字で報告してもらう
- 問い合わせのうち、他社の宅地建物取引業者からの物件紹介の申し出が何件あったかを分けて報告してもらう
- 他社からの申し出に対してどう応答したかを、件数と応答内容の要約で報告してもらう
- 内覧後に買主側から出た指摘(価格・間取り・駐車台数・接道など)を、要約で伝えてもらう
- 価格を見直す判断をする日を、売り出し前に日付で決めておく
二つ目と三つ目が、本稿の主題に直接対応する。第4節で見たとおり、断られた紹介は放っておけば記録に残らない。記録に残す約束をしておくこと自体が、欠測を減らす操作になる。これは相手を疑う行為ではなく、観察できないものを観察可能にする設計である。信頼している相手にこそ、記録は残しておいたほうがよい。後で互いに確かめられるからである。
7.2 登録を証する書面を受け取り、自分で確認する
専任媒介契約または専属専任媒介契約を結んだ場合、業者は指定流通機構への登録を証する書面を売主に交付しなければならない。これを受け取っていない場合は、そのこと自体が最初の確認事項になる。書面に記載された情報を用いて、売主は自分の物件の登録内容と取引状況のステータスを自ら確認できる。
確認すべきは二点である。第一に、登録の内容が実際の売り出し条件と一致しているか。第二に、ステータスが公開中となっているか。書面による申込ありや、売主の都合による一時紹介停止中といった表示が、売主の認識していない時期に付いていないか。第5節で述べたとおり、この装置は実際に使われるかどうかにかかわらず、使いうるという事実によって働く。
7.3 疑いが生じたときの順序
反響が乏しいとき、いきなり作為を疑うのは診断として粗い。第4節で述べた順序を踏む。まず歩留まりを見る。問い合わせがそもそも乏しいのか、内覧までは来るが申込に至らないのか。後者であれば、価格か物件の条件の問題であり、情報流通の問題ではない。前者であれば、次に売り出し条件と広告の露出を確認し、そのうえでステータスを見る。
それでも説明がつかない場合、質問は具体的な数字で行う。「ちゃんとやっていますか」という問いには「やっています」としか答えようがない。「先月、他社からの紹介の申し出は何件ありましたか。それぞれどう応答しましたか」という問いには、数字で答えるほかない。抽象的な問いは抽象的な答えを招き、具体的な問いは具体的な答えを招く。これは相手を追及する技術ではなく、情報の粒度を上げる技術である。
納得のいく説明が得られない場合、売主が持つ最も強い手段は媒介契約の期間である。専任・専属専任の有効期間は3か月以内と定められており、更新には売主の申出が要る。更新しないという選択が常に用意されていること自体が、業者に対する規律として働く。この意味で、期間の制限は売主を縛る規定ではなく、売主を守る規定である。
7.4 両手になったときに確認すること
自社の顧客から申込が入り、両手になる場合もある。それは前節で述べたとおり、それ自体としては何ら不当ではない。確認すべきは形ではなく経緯である。申込が入るまでのあいだ、他社からの紹介の申し出は何件あり、どう応答されたのか。その物件が指定流通機構に公開中の状態で置かれていた期間はどれだけか。この二点に答えがあれば、両手であることは問題にならない。
加えて、価格交渉の局面では、業者が双方から報酬を受け取る立場にあることを踏まえて説明を求めるとよい。買主側からどのような理由で値引きの申し出があり、それに対して売主側としてどう応じるべきと考えるか。理由の説明が具体的であるほど、判断の材料は増える。売主が決めるのは価格であって、両手か片手かではない。
8. 結論と今後の課題
本稿の結論を三つに整理する。第一に、両手取引はそれ自体として不当ではない。法令はこれを禁じておらず、媒介という業務が構造上生み出す帰結の一つであり、交渉の一元化や調査結果の集約という点で売主の利益に資する面も持つ。両手であることを理由に業者を評価することには、根拠がない。
第二に、しかし報酬の上限が依頼者ごとに定められている以上、両手が成立する局面では報酬が二倍になる。第3節で見たとおり、代金2,000万円の例では、価格を100万円引き上げて得られる追加報酬が3万円であるのに対し、両手化による追加報酬は66万円である。誘因の大きさは桁として違う。この非対称は、個々の業者の姿勢とは無関係に、制度の形から生じている。
第三に、その誘因が行動として実現するかどうかは条件に依存する。両手が成立する見込み、売主との関係の反復性、売主の手元にある監視の技術、社内の評価軸、そして市場の厚み。これらの条件を特定できれば、対処は限定的な作業になる。売主にとって実効性があるのは、事後に疑うことではなく、事前に観察可能性を高めておくことである。
8.1 制度側に残された課題
制度の面では二点を指摘しておきたい。一つは、報酬の上限が依頼者ごとに定められているという体系そのものである。この体系は、一方からの報酬を上限で規制するという点では明快だが、双方から受け取る場合の合計額に対する視点を持たない。両手を禁じるか否かという議論とは別に、報酬体系の設計として検討の余地がある論点である。ただし、片手を強制する制度が売主の利益を高めるかどうかは自明ではなく、買主の探索経路を狭める副作用も想定される。慎重な検討を要する。
もう一つは、業務処理状況の報告が頻度のみを定め、内容の粒度を定めていない点である。第7節で挙げた項目のうち、他社からの紹介の申し出の件数と応答内容は、標準的な報告項目として位置づけられていない。これを標準化すれば、売主が受け取る情報の質は底上げされる。ただし標準化は形式的な履行を招きやすく、設計は容易ではない。
8.2 測定という難問
囲い込みの実態を数量的に把握することは、第4節で述べた欠測構造のために難しい。断られた紹介は記録に残らず、残っていたとしても断った側の記録にしかない。レヴィット=サイヴァーソン(2008)は、不動産の売買仲介者が自宅を売る場合と依頼を受けて売る場合を比較し、自宅のほうが市場に長く置かれ高い価格で売れたことを示したが、これは代理人の情報優位が価格に及ぼす影響の証拠であって、情報流通の遮断そのものを測ったものではない。両者は隣接するが別の問題である。
測定の困難は、この論点が長く決着しない理由でもある。実務の場で語られる体験談は貴重だが、断られた側の視点からの記録であり、断られなかった無数の取引は語られない。標本の偏りを避けられない。本稿が構造の分析にとどまり、頻度の推定に踏み込まなかったのは、この理由による。
8.3 薄い市場という残された論点
第6節で触れたとおり、市場の厚みは誘因の実現確率を左右する。磐田市や森町のように買主候補が限られる市場では、両手が成立する頻度は高くなりやすいが、それは情報を絞った結果ではなく、買主を探せる主体がもともと少ないことの帰結でもある。両手率の高さがそのまま囲い込みの証拠にならないのは、この理由による。薄い市場における両手の解釈は、都市部の議論をそのまま持ち込むと誤る。
同時に、薄い市場には固有の困難がある。買主が一人しか現れない状況では、その買主の交渉力が構造的に強くなり、価格は下方に引っ張られる。この局面で売主が直面するのは両手の問題ではなく、比較の不在という別の問題である。薄い市場における価格発見と交渉力の非対称については、別稿で改めて論じる。
最後に本稿の限界を記しておく。ここで行ったのは理論的枠組みによる整理であり、実証分析ではない。示したのは誘因の向きと大きさ、そして条件の一覧であって、個別の取引で何が起きたかを判定する基準ではない。理論はどこを見ればよいかを教える。見るのは、その取引を前にした当事者の仕事である。そして本稿が繰り返し強調してきたとおり、構造を論じることは、その構造の下で働く個々の人を論じることとは別である。
