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契約理論

依頼人と代理人としての売主と仲介

仲介手数料が動機づけているのは、価格か、それとも早期の成約か

富士ヶ丘サービス株式会社代表取締役 大石 浩之初出 2026.08.23

要旨

売主と仲介業者の関係は、経済学の言葉でいえば依頼人(プリンシパル)と代理人(エージェント)の関係である。ジェンセン=メックリング(1976)が定式化したこの枠組みが示したのは、代理人が依頼人と完全に同じ目的を持つことはなく、その乖離が費用として現れるという事実であった。本稿の問いは、媒介における報酬——売買価格に比例する仲介手数料——が、代理人の何を動機づけているかである。

答えは数値例に集約される。報酬告示の上限額で計算すると、売買価格が1,000万円から1,100万円へ100万円上がったとき、仲介業者の受け取る報酬の増分は消費税込みでおよそ3万3千円にとどまる。同じ100万円に対する売主の増分はおよそ96万7千円である。両者が受け取る額は30倍近く隔たっている。一方、成約が2か月遅れたときに失われるものは、売主にとっては保有費用の数万円にすぎないが、仲介業者にとっては時間あたりの報酬率そのものである。

価格を上げる誘因は弱く、早期に成約させる誘因は強い。本稿はこの非対称を報酬構造から導き、宅地建物取引業法が課す登録義務・報告義務・期間制限を、エージェンシー・コストを抑える補正装置として読み直す。そのうえで、売主が媒介契約の時点で設計できる範囲——価格改定の期日と報告の粒度——を実務の手順に落とす。

エージェンシー理論仲介手数料媒介契約誘因設計エージェンシー・コスト情報の非対称性

1. はじめに——問題の所在

不動産を売るとき、売主はほとんどの場合、自分では売らない。買主を探し、条件を詰め、契約書を作る作業を、宅地建物取引業者に任せる。この委任関係を、日本の法律は媒介と呼ぶ。そして媒介の報酬、すなわち仲介手数料は、成約した売買価格に一定の率を掛けて算出される。

この報酬の作り方は、一見すると売主にとって好都合に見える。売れなければ報酬はゼロであり、高く売れれば報酬も増える。利害は一致しているように思える。実務の現場でも「成功報酬だから、私たちも高く売りたいのです」という説明は繰り返し語られる。

本稿の問いは、この一致がどの程度の強さを持つのかである。方向が同じであることと、強さが同じであることは、まったく別の事柄である。売主にとって売買価格の100万円は、ほぼそのまま手取りの100万円になる。仲介業者にとって同じ100万円は、報酬の何万円かになるにすぎない。同じ方向を向いてはいても、その坂の傾きは大きく違う。

売主(依頼人)
委任
仲介(代理人)
媒介は、売主が仲介業者に売却の作業を委ねる委任関係である。経済学ではこれを依頼人と代理人の関係として扱う。

仲介業者をめぐる利益相反は、これまで主に二つの話題として語られてきた。売主と買主の双方から報酬を受け取ることと、他社からの問い合わせを断って自社で買主を見つけようとすることである。どちらも重要な論点だが、いずれも特定の慣行に対する批判であり、その慣行を改めれば消える種類の問題として扱われやすい。本稿が扱うのは、その手前にある。双方からの受領も囲い込みもない、ごく標準的な媒介契約においてすら、報酬の作り方それ自体が誘因を歪めるという構造である。

この傾きの違いを扱うのが、エージェンシー理論である。ジェンセン=メックリング(1976)は、依頼人が代理人に業務を委ねるとき、両者の利害が完全に一致することはなく、その乖離が何らかの費用として現れることを示した。彼らはそれをエージェンシー・コストと名づけた。この枠組みは企業の株主と経営者の関係を説明するために作られたが、委任がある場所ならどこにでも当てはまる。

媒介はその典型例である。売主は物件を売る目的を持ち、仲介業者は報酬を得る目的を持つ。二つの目的は重なるが、一致はしない。重なっていない部分がどこにあり、どの方向に力が働くのかを特定することが、本稿の作業になる。

先に結論を述べておく。売買価格に比例する報酬は、価格を上げる誘因としては弱く、早期に成約させる誘因としては強い。この非対称は、担当者の人柄や誠実さの問題ではなく、報酬の作り方そのものから生じる構造である。したがって対処もまた、人ではなく構造に向けられなければならない。

以下、第2節でエージェンシー理論の主要概念を数式なしで再構成する。第3節では媒介がどのような代理関係であるかを、宅地建物取引業法の定めに即して確認する。第4節で報酬の傾きを数値例で示し、第5節で時間の誘因を検討する。第6節で予想される反論に応答し、補正が働く条件を絞り込む。第7節を売主の実務に落とし、第8節で残る課題を述べる。

なお筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者である。本稿が論じるのは、筆者自身が受け取っている報酬の構造でもある。自らの誘因を分析の対象に含めない議論は、この主題においては信用に値しないと考える。

2. エージェンシー理論の構造

議論の土台を先に固めておく。エージェンシー理論が何を主張し、何を主張していないかを曖昧にしたまま「仲介業者には利益相反がある」と述べても、批判として空回りする。

2.1 所有と支配の分離から始まった問い

出発点はバーリ=ミーンズ(1932)である。彼らは、近代の株式会社では所有者である株主が多数に分散し、実際に会社を動かすのは経営者になっていることを指摘した。所有と支配の分離と呼ばれるこの現象は、単なる組織論ではない。財産を持つ者と、その財産について判断を下す者が別人になったとき、判断は誰の利益に沿って下されるのか。この問いが残された。

ロス(1973)はこれを一般的な契約問題として定式化し、依頼人が代理人に意思決定を委ねる関係を「エージェンシー関係」と呼んだ。ジェンセン=メックリング(1976)はこの関係を、依頼人が代理人に権限を委ねる契約として捉え直し、そこには避けがたく費用が伴うことを論じた。

2.2 エージェンシー・コストの三つの成分

ジェンセン=メックリングは、エージェンシー・コストを三つに分解した。この分解が本稿の分析装置になる。

  • 監視費用——依頼人が、代理人が自分の利益に沿って動いているかを確かめるために負担する費用
  • 保証費用——代理人が、自分は依頼人の利益に沿って動くと示すために自ら負担する費用
  • 残余損失——監視と保証を尽くしてもなお残る、依頼人にとっての最適からの乖離

重要なのは三つ目である。監視を強めれば監視費用が増える。保証を厚くすれば保証費用が増える。どちらも無限に投じるわけにはいかない以上、乖離はゼロにならない。エージェンシー理論の含意は「代理人を信用するな」ではなく、「乖離をゼロにする契約は存在しないので、どこで折り合いをつけるかを設計せよ」である。

監視費用
保証費用
残余損失
エージェンシー・コストの三成分。監視と保証にはそれぞれ費用がかかり、尽くしてもなお残余損失は残る。ゼロにはできない。

2.3 観察できるのは結果だけである

この理論のもう一つの柱は、依頼人が代理人の努力そのものを観察できないという前提にある。観察できるのは結果だけである。ところが結果は、代理人の努力だけでなく、本人にはどうにもならない外部の事情によっても左右される。

不動産の売却で言えば、成約価格という結果は、仲介業者の販売努力によっても動くが、その時期の金利水準、地域の買主層の厚み、たまたま同じ町内に競合物件が出たかどうかによっても動く。高く売れたのが努力の成果なのか幸運なのか、安く決まったのが手抜きなのか市況なのかを、売主は結果だけからは切り分けられない。

ホルムストローム(1979)が示したのは、この状況で報酬契約に何を含めるべきかという原理である。彼の議論の要点は、代理人の努力について少しでも情報を持つ変数であれば、たとえ不完全であっても報酬の算定に含めたほうがよい、というものであった。情報性原理と呼ばれる。逆に言えば、努力についてほとんど情報を持たない変数だけで報酬を決めている契約は、誘因の設計として弱い。

2.4 測れる仕事に努力が寄る

ホルムストローム=ミルグロム(1991)は、代理人が複数の仕事を同時に担う場合を扱った。彼らが示したのは、測りやすい仕事と測りにくい仕事が併存するとき、報酬を測りやすい仕事に強く連動させると、測りにくい仕事への努力がかえって減るという逆説である。マルチタスク問題と呼ばれる。

媒介の仕事は、まさに複数のタスクからなる。買主を見つけることは測りやすい。成約したかどうかが明白だからである。一方、物件の欠点を正確に説明すること、売主に不都合な市況を率直に伝えること、急がなくてよい売主に急がせないことは、いずれも測りにくい。第5節と第6節で見るとおり、この非対称が媒介における誘因の歪みの中核をなす。

註:本稿はエージェンシー理論を厳密な最適契約の導出としてではなく、力の働く方向を特定するための枠組みとして用いる。個々の仲介業者の行動を予測するものではなく、報酬構造が生む圧力の向きを示すものである。

3. 媒介はどのような代理関係か

エージェンシー理論を当てる前に、媒介という関係の輪郭を法制度に即して確認しておく。ここを飛ばすと、株主と経営者の関係をそのまま持ち込む乱暴な議論になる。媒介には、株式会社の委任にはない固有の条件がいくつもある。

3.1 媒介は代理ではない

まず用語の整理からである。日本の宅地建物取引業では、媒介と代理が区別されている。代理は、業者が本人に代わって契約を締結する権限を持つ関係である。媒介は、契約の成立に向けて尽力するが、契約そのものは売主本人が結ぶ関係である。実務で圧倒的に多いのは媒介であり、売買契約書に署名押印するのは売主自身である。

この違いは、本稿の議論を弱めるどころか、むしろ論点を鋭くする。最終的な意思決定権は売主の手元に残っている。にもかかわらず売主の判断が仲介業者の誘因に引きずられるとすれば、それは権限の委譲によってではなく、情報の経路を通じて起きているということになる。売主は「決める権利」を持ちながら、「決めるための材料」を代理人から受け取っている。

経済学的には、これは権限の委任というより情報の委任である。何件の問い合わせがあり、どのような買付が入ったかを、売主は自分の目では見られない。価格を下げるかどうかの判断に用いる材料は、ほぼすべて代理人から供給されている。

3.2 三つの媒介契約と、法が課した最低線

宅地建物取引業法第34条の2は、媒介契約について書面の交付を義務づけ、契約の型ごとに異なる義務を定めている。実務上は次の三類型が用いられる。

媒介契約の型有効期間指定流通機構への登録業務処理状況の報告他社への重ねての依頼
一般媒介契約法定の制限なし(標準約款は3か月以内)義務なし義務なしできる
専任媒介契約3か月以内契約日から7日以内2週間に1回以上できない
専属専任媒介契約3か月以内契約日から5日以内1週間に1回以上できない(自ら発見した相手との契約も不可)

註:登録期限の日数は、いずれも業者の休業日を算入しない。有効期間の3か月は上限であり、更新には売主からの申出が要る。自動更新の特約は認められていない。

この制度設計を、第2節の枠組みで読み直すと性格がはっきりする。指定流通機構への登録義務は、代理人が物件情報を市場に出したことを外形的に確認できるようにする装置であり、保証費用を代理人に負わせる仕組みである。業務処理状況の報告義務は、依頼人の監視費用を引き下げる仕組みである。三か月という期間制限は、乖離が大きくなったときに依頼人が関係を解消できる出口である。

つまり宅地建物取引業法は、エージェンシー・コストという言葉こそ使わないが、その三成分のそれぞれに手当てをしている。制度は無防備ではない。問題は、その手当てが何を測っているかにある。

3.3 制度が測っているのは頻度であって内容ではない

報告義務は頻度を定めている。専任媒介であれば2週間に1回以上、専属専任媒介であれば1週間に1回以上である。しかし、その報告に何を書くかについて、法は詳細な粒度を定めていない。業務処理状況を報告せよという定めの下では、「引き続き広告を実施しています」という一行でも形式的には報告になる。

第2節で見た情報性原理に照らせば、ここが弱点である。代理人の努力について情報を持つ変数——広告の掲載媒体と期間、問い合わせの件数、内覧の件数、内覧後に買主側から出た指摘の内容——は確かに存在する。ところがこれらは報告の必須項目ではなく、まして報酬の算定には一切入っていない。報酬に入っているのは、成約したかどうかと、その価格だけである。

そして次節で見るように、その価格が報酬に効く度合いは、売主が直感的に想像するよりもはるかに小さい。

4. 報酬の傾き——価格100万円あたり3万円

本節が本稿の中心である。売買価格が上がったとき、仲介業者の報酬はどれだけ増えるのか。これを具体的な金額で確認する。抽象的に「利害が一致している」と言うか「していない」と言うかの争いは、この数字を出せば終わる。

4.1 報酬の上限は法定されている

宅地建物取引業法第46条は、宅地建物取引業者が受け取れる報酬の額を国土交通大臣の定めるところによるとし、その額は告示で示されている。売買の媒介について、売買代金が400万円を超える場合の上限額は、実務では速算式として次のように用いられる。売買価格に3パーセントを掛け、6万円を加え、これに消費税を上乗せした額である。

この式の形が、そのまま誘因の形になる。売買価格に掛かる係数は3パーセントである。したがって売買価格が1円上がったとき、仲介業者の報酬は消費税込みで3.3銭増える。100万円上がれば3万3千円増える。式の中の6万円は定額であり、価格が動いても変わらない。

4.2 数値例

実際の金額で並べる。いずれも上限額いっぱいを受領した場合であり、消費税率は10パーセントとして計算している。

売買価格報酬上限(税別)報酬上限(税込)前の行からの増分(税込)同じ増分のうち売主に残る額
1,000万円36万円39万6千円
1,100万円39万円42万9千円3万3千円96万7千円
1,200万円42万円46万2千円3万3千円96万7千円
2,000万円66万円72万6千円
2,100万円69万円75万9千円3万3千円96万7千円

表から二つのことが読める。第一に、価格が100万円上がったときの報酬の増分は、価格の水準にかかわらず税込3万3千円で一定である。1,000万円の物件でも2,000万円の物件でも、追加の100万円が仲介業者にもたらすものは同じ3万3千円である。第二に、その100万円のうち売主の手元に残るのは96万7千円である。両者の受け取る額は、およそ29倍隔たっている。

価格+100万円
報酬+3万3千円
売主+96万7千円
売買価格が100万円上がったとき、仲介業者の報酬の増分は税込3万3千円、売主の増分は96万7千円。方向は同じでも坂の傾きが29倍違う。

4.3 逆向きに見ると、より鮮明になる

同じ構造を、値下げの側から見る。1,000万円で売り出した物件を900万円に下げて成約させた場合、仲介業者の報酬は税込39万6千円から36万3千円へ、3万3千円減る。減少率でいえば8パーセント強である。一方、売主の手取りはおよそ960万4千円から863万7千円へ、96万7千円減る。減少率は10パーセントである。

減少率だけを比べれば、8パーセントと10パーセントで大差ないように見える。しかし誘因を考えるうえで意味を持つのは率ではなく実額である。仲介業者にとっての3万3千円は、その物件をもう1か月市場に置くために必要な広告費・内覧の人件費・移動費と同程度か、それ以下でありうる。売主にとっての96万7千円は、その間の固定資産税と維持費を差し引いてもなお、圧倒的に大きい。

つまり値下げの提案は、仲介業者にとっては損得がほぼ拮抗する判断であり、売主にとっては明確に大きな損失を伴う判断である。同じ提案が、二人の当事者にとってまったく異なる重みを持つ。ここに、価格をめぐる助言が構造的に値下げ寄りに傾く理由がある。

4.4 傾きがさらに寝る帯——低廉な物件の特例

報酬告示は2024年に改正され、売買価格が800万円以下の宅地または建物については、あらかじめ売主に説明して合意した場合に限り、上限額を30万円(と消費税相当額)まで引き上げられることとされた。空き家など低廉な物件の取引で、調査に要する手間に報酬が見合わないという実情に対応したものである。

制度の趣旨は理解できる。しかし誘因の観点からは、この帯には別の性質が生じる。上限が定額になる領域では、売買価格が上がっても報酬は増えない。たとえば500万円で決まっても600万円で決まっても、上限まで受領するかぎり報酬額は同じである。価格を上げる誘因は、この帯では理論上ゼロになる。残るのは、早く決めるという誘因だけである。

この帯は、磐田市や周辺の町で相続された古い家屋を売る場面と、そのまま重なる。制度の趣旨と誘因の帰結が食い違う典型例として、記録しておくに値する。

5. 時間の誘因——なぜ早期成約は強く効くのか

前節では価格の軸を見た。本節では時間の軸を見る。エージェンシー理論の要点は、代理人が最大化しようとするのは依頼人の利得ではなく自分の利得だという点にある。仲介業者にとっての利得は、一件あたりの報酬額ではなく、一定の期間に得られる報酬の合計である。この違いが、時間をめぐる誘因を生む。

5.1 時間あたりの報酬率で見る

仲介業者が一度に扱える案件の数には限りがある。担当者の時間、内覧に立ち会える回数、資料を作る手間が制約になる。したがって業者にとって意味のある指標は、一件の報酬額そのものよりも、その報酬を得るまでに費やした時間で割った値になる。

前節の数値例を、時間で割ってみる。1,000万円の物件が3か月で成約すれば、報酬は税込39万6千円、1か月あたりに直すと13万2千円である。同じ物件を1,100万円で売るために5か月かかったとすれば、報酬は42万9千円、1か月あたりでは8万6千円ほどになる。報酬の総額は増えているのに、時間あたりの報酬率は3割以上下がっている。

売主の側は正反対である。同じ2か月の延長で、手取りは96万7千円増える。この間に売主が追加で負担するのは、固定資産税の月割分、火災保険料、電気や水道の基本料金、草刈りなどの維持管理費である。空き家の一戸建てで、これらを仮に月2万円と置けば、2か月で4万円にすぎない。差引でおよそ92万円の増加になる。

2か月の延長
報酬率は低下
早期の成約
成約を2か月延ばして100万円高く売った場合、売主の手取りは増えるが、仲介業者の時間あたり報酬率は下がる。時間の評価が両者で逆を向く。

同じ「2か月待つ」という選択が、売主にとってはおよそ92万円の利得であり、代理人にとっては報酬率の低下である。価格の軸では傾きが違うだけであったが、時間の軸では符号そのものが反転する。誘因の歪みとして深刻なのは、価格よりむしろこちらである。

5.2 実証研究が示してきたこと

この構造を実際の取引データで検証した研究がある。レヴィット=シヴァーソン(2008)は、不動産仲介業者が自分自身の所有する住宅を売る場合と、顧客の住宅を売る場合を比較した。自分の家であれば、代理人としての報酬構造ではなく所有者としての利害で動くはずだからである。彼らが見出したのは、業者が自宅を売るときには、顧客の家を売るときよりも高い価格で、かつ長く市場に置いてから成約させるという傾向であった。差の大きさは数パーセント程度と報告されている。

ラザフォード=スプリンガー=ヤヴァシュ(2005)も、同種の比較から近い結論に達している。二つの研究が示しているのは、代理人が不誠実だということではない。前節と本節で見た報酬構造のもとで合理的に振る舞えば、そうなるということである。仲介業者が自分の家では長く待つのは、そこでは待つ費用と待つ利得の両方を自分で引き受けているからにほかならない。

註:これらの研究はいずれも米国の住宅市場を対象としており、報酬水準・慣行・市場の厚みが日本と異なる。数値をそのまま日本に当てはめることはできない。ここで参照しているのは、報酬構造から予測される方向が実際のデータでも観察されたという点にとどまる。

5.3 なぜ「早く決めましょう」は言いやすいのか

第2節で触れたマルチタスク問題が、ここで効いてくる。仲介業者の仕事のうち、成約させることは測れる。成約したかどうかは誰の目にも明らかであり、報酬もそこに連動している。一方、売主に「まだ待ったほうがよい」と助言することは測れない。待った結果として高く売れても、それが助言のおかげか市況のおかげかは事後にも判別できない。

測れる仕事に報酬が連動し、測れない仕事には連動していない。この配置のもとでは、努力は測れる側へ寄る。値下げの提案が具体的な数字と根拠を伴って出てくる一方、待つという選択肢が同じ密度で提示されることが少ないのは、担当者の性格の問題ではなく、この配置の帰結である。

さらに、値下げの提案には代理人にとっての安全性がある。値下げして売れれば「提案が正しかった」ことになり、売れなければ「もっと下げるべきだった」という次の提案につながる。待つという提案には、この非対称な安全性がない。待って売れなければ、待たせた判断そのものが問われる。助言の非対称は、責任の非対称からも生じている。

6. 反論への応答と、補正が働く条件

ここまでの議論には、いくつかの当然の反論がありうる。順に取り上げ、どこまでが有効な反論で、どこからが有効でないかを切り分ける。反論を潰すことが目的ではない。補正がどの条件のもとで働くかを絞り込むことが目的である。

6.1 「双方から報酬を得られれば傾きは倍になる」

売主と買主の双方を同じ業者が媒介した場合、報酬は双方から受け取れる。この場合、売買価格が100万円上がったときの増分は税込6万6千円になる。傾きは確かに倍である。しかし96万7千円に対する6万6千円であり、依然として15倍近い隔たりがある。傾きの問題は解消しない。

むしろ双方を媒介する構造が生む誘因は、価格の軸ではなく取引の経路の軸に現れる。自社で買主を見つけた場合と他社が連れてきた場合とで報酬が2倍違えば、他社経由の買付を取り次ぐことの相対的な魅力は下がる。この論点は本稿の主題を超えるため別稿に譲る。ここで確認すべきは、双方からの受領が傾きの問題への解答にはならないという一点である。

6.2 「評判があるから代理人は手を抜かない」

最も有力な反論はこれである。仲介業者は一回きりの取引をしているのではなく、地域で長く営業している。悪い評判が立てば将来の依頼が減る。したがって短期の誘因に従って売主を損させることは、長期的には割に合わない。繰り返しゲームの論理である。

この反論は部分的に正しい。ただし成立には条件が要る。評判が誘因を補正するためには、売主が事後に代理人の働きの良し悪しを判定でき、その判定を他人に伝えられなければならない。ところが第2節で見たとおり、成約価格という結果は努力と市況の両方から生じており、売主には切り分けられない。高く売れた業者が有能だったのか、たまたま良い買主が現れたのかは、当事者にも分からない。

したがって、評判として流通するのは価格の巧拙ではなく、観察しやすい別のもの——連絡の速さ、説明の丁寧さ、手続きの正確さ——になる。これらは重要な美徳だが、価格や時期の判断とは別の次元にある。評判は誘因を補正するが、補正の対象がずれている。

評判
地域での反復
何が伝わるか
評判は誘因を補正するが、売主は成約価格の巧拙を事後にも判定できない。評判として伝わるのは説明や手続きの丁寧さである。

この条件を踏まえると、補正がよく働く場合も特定できる。相続で複数の物件を扱う相続人のように、売主の側に反復がある場合には判定の精度が上がる。また業者の側で地域内の反復が濃い場合——同じ町で長く営業し、依頼の多くが紹介で来る場合——には、将来の依頼という資産の価値が一件あたりの報酬を上回りやすい。地域密着の小規模業者において誘因構造が部分的に補正されるとすれば、その理由はここにある。

6.3 「決めるのは売主である」

媒介では売主が最終決定権を持つのだから、代理人の誘因は結果に影響しないという反論がある。第3節で述べたとおり、これは決定権と情報を混同している。売主が価格を下げる判断をするとき、その判断に用いる材料——反響の件数、内覧者の反応、近隣の成約事例、いまが売り時かどうかの見立て——は、ほぼすべて代理人が選んで提供したものである。

情報を選ぶ権限は、決定を左右する権限とほとんど区別がつかない。三つの事例を挙げれば低く見え、七つを挙げれば違って見える。市況の説明に金利の上昇を含めるか含めないかで、待つことの魅力は変わる。売主が自分の意思で決めたと感じていることと、その決定が代理人の誘因から独立していることとは、別の事柄である。

6.4 「報酬を成果連動にすればよい」

傾きが足りないなら、査定額を超えた分の何割かを業者に渡す契約にすればよい、という設計は理論的には考えられる。しかし報酬告示は上限額を定めているため、上限を超える上乗せはできない。上限規制は過大な報酬から依頼人を守るための規制であり、目的そのものは正当である。ここに制度設計上のトレードオフがある。報酬の上限を固定するほど、報酬を誘因の道具として使う余地は狭くなる。両者はどちらも依頼人の保護を目的としながら、互いに引き合う。したがって売主が実際に設計できるのは報酬の形ではなく、報告の内容と判断の期日という別の変数になる。次節はこの制約を前提に組み立てる。

6.5 「買取なら手数料の誘因はない」

仲介手数料に誘因の歪みがあるのなら、業者が自ら買主となる買取のほうが単純でよい、という見方がある。確かに媒介報酬の誘因は消える。しかし消えるだけで、別の誘因がその場所に入る。買主となった業者にとって、仕入れ価格は低いほど利益が大きい。価格に対する誘因は、弱い正の傾きから明確な負の傾きへ変わる。

本稿の立場は、買取という売り方そのものを否定するものではない。近隣に知られずに売りたい、期日が動かせない、修繕や残置物の処理を引き受けてほしいといった事情のもとでは、買取が最も合理的な選択になることがある。筆者の会社が率先して行わないのは、その取引の買主を自ら務めることと、自らの側からその方法を先に勧めることの二つである。誘因は消えず、場所を変える。どこに置くかを選ぶことが、設計という作業にほかならない。

7. 売主の実務への含意

以上を、売主が実際に取れる手順に落とす。第6節で確認したとおり、報酬の形を変えることはできない。売主が設計できるのは、報告の内容と、判断の期日と、比較の作り方の三つである。順序には理由がある。いずれも媒介契約を結んだ後では取り決めにくく、結ぶ前であれば費用なしに取り決められるからである。

7.1 自分の物件で、報酬の増分を計算しておく

最初にすべきは計算である。想定している売却価格に3パーセントを掛け、6万円を足し、消費税を上乗せする。それが仲介手数料の上限額である。次に、その価格が100万円上下した場合の額を同じ式で出す。差は税込3万3千円になるはずである。

この数字を持っているかどうかで、値下げの提案を受けたときの会話が変わる。提案が不当だと決めつけるためではない。市況からみて妥当な提案であることも多い。ただ、その提案が自分にとって96万7千円の問題であり、相手にとって3万3千円の問題であることを、双方が承知したうえで話すのと、片方だけが知って話すのとでは、話の質が違う。

7.2 報告に何を書くかを、契約の前に指定する

第3節で見たとおり、法が定めているのは報告の頻度であって内容ではない。内容は当事者が決められる。媒介契約を結ぶ時点で、次の項目を報告に含めてもらうよう申し入れる。断られる筋合いのものはほとんどない。

  • 指定流通機構への登録を証する書面(登録証明書)の写しを、登録後に受け取る
  • 問い合わせの件数と、内覧の件数を分けて報告してもらう
  • 内覧後に買主側から出た指摘の内容を、要約でよいので伝えてもらう
  • 掲載しているポータルサイトの名称と、掲載開始日を書いてもらう
  • 同じ地域で直近に成約した類似物件があれば、その概要を添えてもらう

これらは第2節の情報性原理を、報酬ではなく報告の側で実現する試みである。代理人の努力について情報を持つ変数を、報酬に組み込めない以上、せめて依頼人の目に見えるところへ置く。売主にとっては監視費用の削減であり、業者にとっては保証費用の負担である。負担を引き受ける業者と引き受けない業者の差は、そのまま選別の材料になる。

改定の期日
報告の項目
根拠の説明
売主が設計できるのは報酬の形ではなく、報告の内容と判断の期日である。いずれも媒介契約を結ぶ前なら費用なしに取り決められる。

7.3 価格を見直す日を、売り出す前に日付で決める

第5節で見たとおり、時間をめぐって両者の評価は逆を向く。この非対称に対する最も安価な対処は、判断の期日をあらかじめ固定してしまうことである。売り出す前に、たとえば「6週間後に反響の件数を見て価格を見直す」「その時点で内覧が3件に満たなければ幅を検討する」と決め、媒介契約書の特約または覚書に書き込む。

この取り決めには二つの効果がある。第一に、値下げの提案が来たときに「決めた日まで待つ」という応答が可能になる。判断が誘因ではなく事前の合意に基づくものになる。第二に、逆方向にも効く。決めた日が来て条件を満たしていれば、売主の側が迷わずに動ける。待つことを目的化して市場から取り残されることを防ぐ。

期日を決めない場合、価格の改定は「そろそろどうしますか」という会話から始まる。その会話を切り出すのはたいてい代理人であり、切り出す時期は代理人の都合に左右される。期日を先に決めることは、その主導権を売主の側に戻す操作である。

7.4 三か月の更新を、惰性で行わない

専任媒介と専属専任媒介の有効期間は3か月が上限であり、自動更新は認められていない。更新には売主からの申出が要る。この制度は、第2節でいう残余損失が大きくなったときに関係を解消するための出口として設計されている。

したがって3か月目は、単なる手続きの節目ではなく、設計上の点検日である。この3か月で、何件の問い合わせがあり、何件の内覧があり、どのような指摘が出たか。当初の販売計画のうち、実施されたものと実施されなかったものは何か。これらを書面で確認したうえで、継続するか、他社に切り替えるか、一般媒介に変えるかを決める。同じ相手に更新するとしても、点検を経た更新と惰性の更新では、その後の3か月が違ってくる。

7.5 買取の提案は、立場を確かめてから読む

買取の提案を受けたとき、最初に確認すべきは金額ではなく、その会社がその取引において何者であるかである。買主なのか、買主を探す媒介者なのか。第6節で述べたとおり、この一点で価格に対する誘因の符号が変わる。

そのうえで、提案額を手元に残る金額に直して比較する。媒介であれば仲介手数料と登記費用を引く。買取であれば仲介手数料はかからないが、価格そのものに再販の経費と保有のリスクと利益が織り込まれている。同じ土俵に並べるまでは、どちらが有利かは判断できない。買取を選ぶ場合も、同一の条件を書いた紙を複数の買取会社に同時に示し、見積もりを並べれば、比較の構造は作れる。

8. 結論と今後の課題

仲介手数料は何を動機づけているか。本稿の答えは、価格については弱く、時期については強く動機づけている、というものである。

価格について弱いという判断の根拠は、報酬告示の速算式そのものにある。売買価格が100万円上がったときの報酬の増分は、消費税を含めて3万3千円である。同じ100万円のうち売主に残るのは96万7千円であり、両者の受け取る額はおよそ29倍隔たっている。双方から報酬を受け取る場合でも、隔たりは15倍近く残る。そして800万円以下の物件では、上限額が定額になる領域が制度上生じ、価格に対する傾きは理論上ゼロになる。

時期について強いという判断の根拠は、仲介業者が最大化するのが一件あたりの報酬ではなく時間あたりの報酬率だという点にある。成約を2か月延ばして100万円高く売る選択は、売主にとってはおよそ92万円の利得であるが、代理人にとっては時間あたり報酬率の低下である。価格の軸では傾きが違うだけであったが、時間の軸では符号が反転する。誘因の歪みとして深刻なのは後者である。

契約で決める
測る指標
残る乖離
報酬の形は変えられないが、報告の内容と判断の期日は契約で決められる。それでも残余損失はゼロにならない。

そのうえで本稿が強調したいのは、この構造が担当者の誠実さの問題ではないという点である。エージェンシー理論の含意は、代理人を疑えということではなく、乖離をゼロにする契約は存在しないから設計で折り合いをつけよということであった。実際、誠実な代理人ほど、自分の誘因が売主の利益と食い違う地点を売主に開示する動機を持つ。開示は保証費用であり、負担できる者と負担できない者を分ける。

8.1 制度側に残された課題

制度の面では、報告義務が頻度のみを定め内容の粒度を定めていない点が、本稿の観点からは最も弱い。問い合わせ件数と内覧件数を分けて記載する程度の標準様式であっても、売主の監視費用は目に見えて下がるはずである。ただし標準化は形式的な記入を招きやすく、様式の設計は容易ではない。

低廉な物件についての報酬の特例も、検討に値する論点として残る。調査に要する手間に報酬を見合わせるという趣旨は正当であり、この特例がなければ扱われない物件が増えることも考えられる。しかし上限が定額に近づく帯では、価格を上げる誘因が失われる。趣旨と帰結のこの食い違いをどう扱うかは、空き家の流通を論じるうえで避けられない。

8.2 薄い市場という残された論点

本稿は誘因の構造を一般的に論じたが、市場の厚みによって力の働き方は変わる。年間の成約件数が少ない地域では、待つという選択の価値そのものが下がる。買主候補が一人しか現れない状況では、待っても次の買主が来る保証がないためである。静岡県磐田市は人口およそ16万3千人(2026年7月末現在)の市であり、周辺の町ではさらに市場が薄い。

薄い市場では、第5節で示した時間の非対称が緩む可能性がある。売主にとっても待つことの期待利得が小さくなるからである。同時に、業者にとっては一件あたりの重みが増すため、評判による補正は強く働きうる。どちらの効果が優越するかは、理論だけでは決まらない。別稿で改めて論じたい。

8.3 本稿の限界

最後に限界を記す。本稿が用いたのは報酬構造からの演繹と、既存の実証研究が示した方向の確認であり、日本の市場を対象とした新たな実証分析ではない。参照した実証研究は米国の住宅市場を扱ったものであり、報酬水準も慣行も日本とは異なる。

また本稿は、報酬を受け取る仲介業者の側から書かれている。自らの誘因を分析の対象に含めたことは、隠された利害がないことを意味しない。読者にできる最善の点検は、本稿が示した計算をご自身の物件の金額で実行し、目の前の代理人にとってその提案がいくらの問題であるかを確かめることである。理論が示せるのは、どこを見ればよいかまでである。見るのは、その取引の当事者の仕事になる。

参考文献

  1. マイケル・C・ジェンセン/ウィリアム・H・メックリング(1976)「企業の理論——経営者行動、エージェンシー・コスト、所有構造」
  2. アドルフ・A・バーリ/ガーディナー・C・ミーンズ(1932)『近代株式会社と私有財産』
  3. スティーヴン・A・ロス(1973)「エージェンシーの経済理論——依頼人の問題」
  4. ベングト・ホルムストローム(1979)「モラル・ハザードと観察可能性」
  5. ベングト・ホルムストローム/ポール・ミルグロム(1991)「マルチタスクのプリンシパル=エージェント分析」
  6. スティーヴン・D・レヴィット/チャド・シヴァーソン(2008)「代理人がよく知っているときの市場の歪み——不動産取引における情報の価値」
  7. ロナルド・C・ラザフォード/トーマス・M・スプリンガー/アブドゥラー・ヤヴァシュ(2005)「依頼人と代理人の利益相反——住宅仲介からの証拠」
  8. ジョージ・A・アカロフ(1970)「レモンの市場——品質の不確実性と市場メカニズム」
  9. 宅地建物取引業法(昭和27年法律第176号)第34条の2・第46条
  10. 建設省告示第1552号「宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買等に関して受けることができる報酬の額」(昭和45年、令和6年改正)
  11. 国土交通省「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」
  12. 磐田市「磐田市の人口 令和8年度」(2026年7月末現在)
富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役 大石 浩之

大石 浩之

富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役
宅地建物取引士(静岡県知事 第027186号)

富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役。宅地建物取引士(静岡県知事 第027186号)。静岡県磐田市見付5789番地1で不動産業を営む。

自社で買い取る事業を持たず、仲介一本で売主の側に立つことを事業の前提に置いている。買主になれば「安く買いたい人」になり、同じ口で価格の妥当性を説明できなくなる、という理由による。買取・買取保証という売り方そのものは否定せず、売主が選んだ場合は買主にならずに複数社の見積もりを比較する立場に回る。

同社は不動産業のほか、磐田市内で介護事業を営む。高齢期の住み替え、施設入居、実家の処分という一連の局面に事業として接してきたことが、本シリーズの問題意識の背景にある。

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論を、実際の一件に当てはめて考えます。

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