1. はじめに——問題の所在
利益相反への対処には、二つの語り方がある。一つは「そのようなことはいたしません」という言い方であり、もう一つは「そのような立場に立ちません」という言い方である。前者は行為を約束し、後者は状態を否定する。日常の会話では、この二つはほとんど同じ響きを持つ。約束する側の誠実さを疑わないかぎり、どちらを聞いても安心できるからである。しかし制度として眺めると、両者はまったく別の設計思想に属している。効き方が違い、費用のかかり方が違い、失敗したときに損を負う者も違う。
本稿はこの違いを主題とする。前者を規範型の統制、後者を構造型の統制と呼ぶ。規範型とは、行動の基準を文章にし、研修で共有し、重要な判断に承認手続を置き、経過を記録し、内部監査で確かめ、必要に応じて相手方に開示して同意を得るという一連の装置である。構造型とは、そもそも相反する二つの立場を同時に持たないよう、事業・資産・情報・人・評価指標・損益のいずれかを切り離してしまう装置である。前者は人の行為に介入し、後者は組織の形に介入する。
問いは三つある。第一に、二つの統制手段は、それぞれどのような条件のもとで実際に働くのか。第二に、それぞれの費用は誰がいつ負担するのか。第三に、統制が破れたとき、残った損失を負うのは誰か。この三つを揃えて比べないかぎり、「規範で足りる」とも「構造でなければ駄目だ」とも言えない。実務の議論が噛み合わないのは、多くの場合、比べる土俵が用意されていないためである。
1.1 方法——比較制度分析という道具
方法は比較制度分析による。ある問題に対して、異なる社会や異なる産業が異なる解を採用しているとき、それぞれの解が成立するための条件を洗い出し、条件の違いによって解の優劣が入れ替わる様子を記述する手法である。ノース(1990)が制度を、成文の規則・非成文の規範・それを執行する仕組みの三層で捉えたこと、青木昌彦(2001)が制度を当事者の予想が自己拘束的に安定した状態として定式化したことは、いずれも本稿の枠組みの下敷きになっている。重要なのは、制度の良し悪しを普遍的に決めようとしないという構えである。
参照点としては、不動産よりも早くから利益相反を制度化してきた業種を用いる。金融業における顧客資産の分別管理と部門間の情報遮断壁、監査における独立性の確保、法曹における職務を行い得ない事件の規定である。いずれも同種の問題に対して異なる比重で規範型と構造型を配分しており、比較の材料として適している。他業種の制度を不動産にそのまま移植せよという主張ではない。移植の可否を決めている条件を取り出すために参照する。
1.2 本稿が扱わないこと
三点を先に断っておく。第一に、本稿は特定の企業や特定の業態を評価するものではない。論じるのは構造と誘因であって、個々の主体の誠実さではない。第二に、本稿は実証研究ではない。制度の設計思想を比較し、条件を整理する理論的な作業である。第三に、隣接する二つの論点は別稿に譲る。同一業者が売主と買主の双方から報酬を受け取る形の誘因構造と、仲介と買取を同一組織が営むかどうかという企業の境界の決定である。それらは「相反がどこに、どれだけあるか」を測る作業だった。本稿が引き受けるのはその次の問いである。相反が存在すると分かったあと、それをどの手段で抑えるのか。
筆者の立場も明示しておく。筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者であり、自ら買主となる買取を率先して行わない。これは構造型の統制を一つ採用しているということであり、本稿の結論はその選択と無関係ではない。したがって第7節では、この選択によって消える相反と、消えずに残る相反を分けて示す。以下、第2節で利益相反という概念を整理し、第3節で二つの統制手段を定義して対比する。第4節で金融業などの設計を参照し、第5節と第6節でそれぞれの型の実効性と限界を検討する。第7節で選択の条件を提示し、第8節で売主の手順に落とし、第9節で結論と課題を述べる。
2. 利益相反とは何か——行為ではなく状態である
議論の前に言葉を確定しておく。利益相反をめぐる混乱の多くは、この語が「不正を働くこと」の婉曲な言い換えとして使われることから生じている。制度の設計を論じるには、この用法を捨てなければならない。
2.1 定義——判断する義務と、別の利益の同居
利益相反とは、ある主体が他者のために判断する義務を負いながら、その判断の内容が自分自身の別の利益にも影響を及ぼす状態をいう。定義の中に、不正も悪意も含まれていないことに注意したい。相反しているのは立場であって、行為ではない。相反する立場に置かれた者が、他者の利益を損なう判断を実際に下したときには、それは相反の実現であって相反そのものではない。医師が自分の経営する検査施設を患者に紹介するとき、弁護士が対立する二人から相談を受けるとき、監査人が監査先から別の業務の報酬も受け取るとき、いずれも状態としての相反が生じている。何も起きないまま終わることも多い。
この区別には実益がある。相反を行為として捉えるかぎり、対処は事後の摘発しかない。摘発には証明が要り、証明には記録が要り、記録は往々にして残っていない。相反を状態として捉えれば、事前の設計が対処になる。状態は行為より観察しやすい。誰がどの立場を兼ねているかは、外形から確かめられることが多いからである。予防と摘発では、必要な情報の量がまるで違う。
2.2 信認関係という系譜
この状態が問題になるのは、当事者の関係が対等な売買ではなく、一方が他方に判断を委ねる関係だからである。バーリ=ミーンズ(1932)は、株式会社において所有と支配が分離し、財産を持たない経営者が他人の財産について決定する構造が常態化したことを記述した。ジェンセン=メックリング(1976)はこれを、依頼人が代理人に自分のための意思決定を委ねる関係として一般化し、両者の利害が完全には一致しないことから生じる費用を定式化した。ファーマ=ジェンセン(1983)は、決定を発案・実行する機能と、決定を承認・監視する機能を別の主体に割り当てるという分業を提示した。これは本稿の言葉でいえば構造型の統制の原型である。
もう一つの系譜が、アロー(1963)が医療について述べた議論である。患者は自分に必要な医療を判断できず、判断を医師に委ねるほかない。このとき市場の通常の規律——買い手が質を見きわめて選ぶという規律——が働かない。だからこそ職業倫理や資格制度といった非市場的な装置が発達したのだ、というのがアローの見立てである。専門的助言というサービスは、購入の前にも後にも質を検証しにくい。検証できないものを買うとき、買い手が頼れるのは助言者の立場である。この点で、利益相反の統制は品質保証の代替物として機能している。
2.3 三つの型
不動産の売却という場面に現れる相反は、少なくとも三つの型に分かれる。それぞれ発生の仕方が違うため、後の議論では区別して扱う。
- 自己取引型——助言する者が、同じ取引で相手方の当事者にもなる型。査定という一つの数字が、推奨と支払意思の二つの意味を帯びる
- 双方代理型——助言する者が、利害の対立する二人の依頼者を同時に担う型。どちらの利益を優先しても、他方の不利益になる局面が生じる
- 時間差型——現在の取引に対する判断が、将来の別の利益に影響する型。次の受注の見込み、紹介元との関係、社内の評価指標などがこれにあたる
三つのうち、外から見えやすいのは第一の型である。誰が買主になるかは契約書に書かれる。第二の型もまた、報酬を誰から受け取るかという形で外形に現れる。もっとも見えにくいのは第三の型である。将来の期待は書面に残らず、当事者自身が意識していないことも多い。統制手段を選ぶうえで、この見えやすさの差は決定的に効いてくる。
註:本稿は相反の存在を非難の根拠としない。相反のない専門的助言はほとんど存在しない。報酬を受け取ること自体が、成約を望むという意味で小さな相反を生む。問題は相反の有無ではなく、その大きさと、それが実現する確率と、実現したときに誰が損を負うかである。
3. 二つの統制手段——規範型と構造型
利益相反への対処を並べてみると、実務で用いられている装置は多岐にわたる。しかし介入する場所で分類すると、二つの群にきれいに割れる。行為の側に介入する群と、状態の側に介入する群である。
3.1 規範型——行為に介入する
規範型の統制は、相反する立場の併存を認めたうえで、その立場から生じうる不適切な行為を抑えにかかる。典型的な装置は六つある。行動の基準を明文化すること、研修によって基準を共有すること、重要な判断に第三者の承認を挟むこと、判断の経過を記録すること、記録を監査で確かめること、そして相反の存在を相手方に開示して同意を得ることである。会社法が取締役の利益相反取引について取締役会の承認を求めているのは、第三の装置の代表例である。取引そのものは禁じず、手続を課すことで統制する。
規範型の長所は柔軟性にある。相反する立場を持つことで生まれる便益——情報の共有、対応の速さ、範囲の経済——を手放さずに済む。新しい類型の相反が現れたときも、規則を書き足せば対応できる。導入の初期費用も小さい。要するに、組織の形を変えずに済む。この「変えずに済む」という性質が、実務で規範型が選ばれやすい最大の理由である。
3.2 構造型——状態に介入する
構造型の統制は、相反する立場が同時に成立しないよう、あらかじめ何かを切り離す。切り離す対象は一つではない。資産を分ける、情報の流れを遮る、担当する人を分ける、評価指標を分ける、損益の計算単位を分ける、資本の所有者を分ける。公認会計士法が、監査を担う者について監査先への一定の非監査業務の提供を制限し、また継続して監査に関与する期間に制限を設けているのは、資産ではなく関係の側を切る構造型である。弁護士法が、相手方の協議を受けて賛助した事件などについて職務を行うこと自体を禁じているのも同じ発想に立つ。
構造型の長所は検証可能性にある。相反する立場を持っていないという事実は、その組織の外にいる者にも外形から確かめられる。買主になるかならないか、監査以外の報酬を受け取っているかいないか、同じ事件の相手方から相談を受けたことがあるかないか。いずれも記録の粒度を問わずに判定できる。規範型が「約束を信じるかどうか」を相手に委ねるのに対し、構造型は「確かめられる事実」を提示する。
3.3 二つの型を同じ物差しで並べる
比較のためには物差しを揃える必要がある。本稿は六つの観点を用いる。どの段階に介入するか、何が失敗の典型的な形か、費用がいつどのように発生するか、外部から検証できるか、いったん導入した後に戻せるか、そして統制が破れたときに残った損失を誰が負うかである。最後の観点はしばしば省かれるが、制度設計の実質を決めているのはここである。
| 観点 | 規範型(行為への介入) | 構造型(状態への介入) |
|---|---|---|
| 介入する段階 | 相反が行動に転じる直前 | 相反が生じる前 |
| 主な装置 | 行動基準・研修・承認手続・記録・監査・開示 | 兼業の制限・資産の分別・情報の遮断・人と損益の分離 |
| 失敗の典型 | 形骸化。記録が残らず違反が観測されない | 形式だけの分離。別会社や提携による迂回 |
| 費用の性質 | 毎期発生し、削減圧力を受け続ける | 導入時に大きく、その後は機会費用として続く |
| 外部からの検証 | 困難。内部記録に依存する | 比較的容易。外形で判定できる |
| 可逆性 | 高い。規則は書き換えられる | 低い。戻すには事業構成の変更が要る |
| 残余損失の負担者 | 検証できない側(依頼者)に残りやすい | 統制を採る側(自社)が機会費用として負う |
この表から一つの非対称が読み取れる。規範型では、統制が破れたときの損失は組織の外にいる依頼者に落ちる。構造型では、統制を採ることの費用は組織の内部に、放棄した便益という形で現れる。意思決定者が自分の帳簿だけを見て選ぶなら、規範型が選ばれやすい。費用が外部化されているからである。ノース(1990)が制度の実効性を、規則そのものではなく執行の仕組みに求めたのは、この種の非対称を見ていたからだと読むことができる。
4. 金融業はどちらを選んだか——分別管理と情報遮断壁
利益相反の統制を最も細かく制度化してきた業種は金融業である。他人の財産を預かり、他人のために判断し、同時に自己の勘定でも取引するという三つの機能が一つの組織に同居するため、相反が構造的に避けられないからである。不動産の媒介より先に同じ問題に直面した産業として、その設計を読む価値がある。
4.1 分別管理——可分な対象に対する構造型の純粋形
金融商品取引法は、金融商品取引業者に対し、顧客から預かった金銭や有価証券を自己の財産と分けて管理することを求めている。いわゆる分別管理である。これは規範型ではない。混同してはならないという禁止の言葉だけでなく、口座と帳簿を物理的・法的に別立てにし、一定の場合には信託によって隔離するという構造をとる。担当者が誠実であるかどうかにかかわらず、混ざらない。そして混ざっていないことは、外部の検査によって確かめられる。
分別管理が構造型として純粋な形をとれた理由は、対象の性質にある。金銭と有価証券は可分であり、どちらの財産かを一意に決められる。分けることに追加の判断が要らない。ここに、後の議論を支配する変数が現れている。統制の対象が可分であるほど、構造型は完全に近づく。
4.2 情報遮断壁——構造と規範の折衷
同じ金融業でも、情報については事情が違う。企業の資金調達を助ける部門は、公表前の重要な情報に触れる。同じ会社の中で、投資家に助言し、あるいは自己勘定で売買する部門がその情報を得れば、相反が実現する。ここで用いられるのが情報遮断壁である。俗にチャイニーズウォールと呼ばれるこの装置は、部屋を分け、システムの権限を分け、人の異動を制限するという構造型の要素と、壁を越えて情報を伝える必要が生じたときの手続——誰の承認を得て、誰に伝え、その後その者にどのような取引制限がかかるかを定める規範型の要素を組み合わせている。
折衷になるのは、情報が可分でないからである。情報は分けても漏れる。廊下での立ち話、共有された顧客名簿、同じ経営会議の議題。壁は完全には閉じられず、そのうえ、閉じきってしまえば組織を一つにしている意味が失われる。したがって情報の統制は、構造で大枠を切ったうえで、残りを手続と記録で押さえるという二段構えにならざるを得ない。
4.3 監査と法曹——関係そのものを切る設計
対象がさらに分けにくくなると、制度は関係の側を切りにいく。監査の独立性がその例である。公認会計士法は、監査を担う者が同じ相手方から一定の非監査業務の報酬を受け取ることを制限し、また同じ相手方の監査に継続して関与する期間にも制限を設けている。監査人の判断そのものを分割することはできない。できるのは、判断を歪めうる関係の側を薄くすることだけである。弁護士法が、相手方の協議を受けて賛助した事件について職務を行うこと自体を禁じているのも同じ構えに立つ。行為を禁じるのではなく、受任という入口で切る。
これらの制度に共通する含意は明快である。判断は分けられない。分けられるのは、判断に至る手前にあるもの——財産、情報、報酬の流れ、関係の履歴——だけである。したがって構造型の統制は、常に判断の一歩手前で止まる。その先に残るものを扱うのが規範型の仕事になる。
4.4 不動産の媒介に移せるもの、移せないもの
この整理を不動産に移すと、対応関係が見えてくる。宅地建物取引業法は、依頼者から預かる手付金等の保全や、業者が自ら売主となる場合の各種制限、重要な事実を告げない行為の禁止、業務上知り得た秘密の守秘といった規定を置いている。財産の保全は分別管理に近い構造型であり、重要な事実の不告知の禁止と守秘義務は規範型である。ただし、金融業の情報遮断壁に相当する装置——同一組織の中で助言する立場と取引の相手方となる立場を隔てる制度的な壁——については、正面から定めた規定は見当たらない。媒介と自己売買が同じ免許のもとで行えるという制度設計自体は、二つの立場の併存を前提としている。
つまり不動産の媒介では、構造型の統制の多くが法定ではなく、各社の選択に委ねられている。選択に委ねられているということは、選択の理由を説明する責任が各社にあるということでもある。次節以降、その選択を支える判断材料を組み立てる。
5. 規範型はどこまで効くか
規範型の統制を過小に評価するのは誤りである。ほとんどの職業倫理はこの型で運用されており、実際に機能している。問題は、機能する条件が限定されていること、そして条件が満たされているかどうかを外から確かめにくいことである。
5.1 効くための四条件
規範型が働くには、少なくとも四つの条件が要る。第一に、規制したい行為が観察可能であること。第二に、観察の結果が記録として残ること。第三に、違反が判明したときに制裁が及ぶこと。第四に、当事者にとって関係が繰り返されること。四つのうちどれが欠けても、規範は文章として残りながら効力を失う。
不動産の媒介という場面をこの四条件に照らすと、明暗が分かれる。重要事項の説明や書面の交付は、行われたかどうかが記録に残り、監督の対象にもなる。ここでは規範型がよく働く。他方、査定額をどの水準に置くか、他社からの照会にどう応答するか、買主候補の指摘をどこまで売主に伝えるかといった判断は、外形に現れにくい。行われなかったことは、記録にも残らない。第一と第二の条件が欠けるため、規範は自己申告に依存する。
5.2 開示という装置の逆説
規範型の中でも、開示と同意は特別な位置を占める。相反を隠さず伝え、それでもよいかを相手に確認する。手続として誠実であり、費用も小さい。ところが、この装置の効果については注意すべき知見がある。ケイン=ローウェンスタイン=ムーア(2005)は、助言者が自らの利益相反を開示した場合に、かえって助言が受け手の不利益な方向に偏ることを実験によって示した。理由は二つあるとされる。開示した助言者は「伝えたのだから責任は果たした」と感じて助言を歪める抵抗が下がること、そして受け手は開示を聞いても助言を十分に割り引かず、むしろ正直さの証拠として信頼を強めてしまうことである。
この知見が示すのは、開示が無意味だということではない。開示は、受け手が助言を適切に割り引く能力を持ち、かつ助言者を別の相手に替えられる場合に働く。裏を返せば、割り引き方が分からず、他に相談先の当てもない相手に対しては、開示は責任の移転として機能してしまう。相反はそのまま残り、その結果を引き受ける立場だけが相手に移る。売主が生涯に一度か二度しか経験しない取引においては、この危険は小さくない。
5.3 悪意がなくても判断は歪む
規範型のもう一つの弱点は、それが前提とする人間像にある。行動基準も研修も、意識的に不正を選ぼうとする者を思いとどまらせる設計になっている。ところが利益相反が判断を歪める経路の大部分は、意識を経由しない。自分に有利な結論を支持する材料のほうが、そうでない材料より説得力があるように感じられる。この傾向は動機づけられた推論と呼ばれ、当人には歪みとして自覚されない。ベイザーマン=テンブランセル(2011)は、倫理的な判断が本人の意図とは独立に系統的に偏る現象を、限られた倫理性という概念で整理している。
この経路に対して、規範型の装置は届きにくい。研修は「不正をしてはならない」と教えるが、当人は不正をしているつもりがない。承認手続も、同じ組織の中で同じ前提を共有する者が承認するかぎり、同じ方向に歪む。ここに、構造型が求められる第一の理由がある。誘因そのものを取り除けば、歪む方向がなくなる。
5.4 費用は毎期発生し、成果は数えられない
最後に費用の性質に触れておく。規範型の費用は継続的である。研修は毎年行わなければ薄れ、記録は取り続けなければ意味がなく、監査は繰り返さなければ抑止にならない。しかもこの支出の成果は、防がれた事故の数として現れる。起きなかった事故は数えられないため、費用対効果を示せない。示せない支出は、経営が苦しくなったときに削られやすい。規範型が形骸化するのは、多くの場合、誰かが不誠実だからではなく、削減の圧力に対して抵抗する根拠を持たないからである。
註:内部統制の実務では、現場・管理部門・内部監査という三つの層で統制を担う枠組みが広く用いられている。層を重ねること自体は有効だが、三層とも同じ組織の同じ損益に属している場合、経営の水準では利害が統合されるという限界は残る。
6. 構造型はどこまで効くか
構造型の統制は、前節で挙げた規範型の弱点をほぼそのまま裏返した長所を持つ。ただし別の弱点を抱え込む。ここでは長所を確認したうえで、限界を三つに整理する。
6.1 外形で検証でき、意思の変化に左右されない
構造型の第一の長所は、検証の負担が軽いことである。ある会社が自ら買主にならないという構造を採っているかどうかは、その会社の事業の構成を見れば判定できる。売主が業務の内部を監視する必要はない。第二の長所は、意思の変化に左右されないことである。担当者が替わっても、経営が苦しくなっても、構造は残る。規範型が毎期の再投資を必要とするのに対し、構造型は一度決めれば効き続ける。
第三の長所は、コミットメントとしての価値である。構造を変えるには事業構成の変更が要り、費用も時間もかかる。だからこそ、その構造を採っているという事実は、簡単には撤回できない約束として相手に伝わる。言葉による約束が安価であるのに対し、構造による約束は高価であり、その高さ自体が情報を運ぶ。専門的助言のように内容を事前に検証できないサービスにおいて、この性質の意味は大きい。
6.2 限界1——どこまで分けるかで実効性が連続的に変わる
第一の限界は、分離が離散的な選択ではないことである。分ける対象には段階があり、どこで止めるかによって実効性はなだらかに変わる。上から順に、業として持たないこと、資本の所有者を分けること、損益の計算単位を分けること、評価指標を分けること、担当者を分けること、情報の流れを遮ること、書類の様式を分けること。下に行くほど導入は容易で、効果は薄い。
| 分離の粒度 | 何が消えるか | 外部からの検証 | 迂回のしやすさ |
|---|---|---|---|
| 事業として持たない | 相反する立場そのもの | 容易 | 低い |
| 資本・所有者を分ける | 最終的な利害の一致 | 登記等で確認できる | 低い |
| 損益の計算単位を分ける | 部門横断の相互補助 | 困難 | 中 |
| 評価指標を分ける | 担当者個人の誘因 | 困難 | 高い |
| 担当者を分ける | 同一人格による二重の役割 | 面談の相手で分かる | 高い |
| 情報の流れを遮る | 一方の事情の他方への流用 | きわめて困難 | 高い |
重要なのは、最終的な損益が一つに集計されている限り、経営の判断の水準では利害が統合されるという点である。担当者を分け、情報を遮っても、組織全体としてどちらの取引が有利かという問いは残る。分離の粒度が粗いところで止まっているとき、構造型は規範型に近づいていく。すなわち、内部の運用を信じるほかない状態に戻る。
6.3 限界2——迂回の可能性
第二の限界は迂回である。ある機能を組織の外に出しても、資本関係や継続的な提携や紹介の対価によって、実質的には内部と変わらない関係が復元されうる。会社を分けたが役員が重なっている、資本は別だが取引の大半を相互に依存している、紹介ごとに対価が支払われる——いずれの場合も、外形上の分離は成立しているが、誘因は残る。したがって構造型を評価するときは、形式ではなく利害の流れを見る必要がある。誰の判断が、誰の収益に、どの経路でつながっているか。この問いに答えられない分離は、名目にとどまる。
ここには制度設計上の難問がある。迂回を防ごうとして分離の要件を細かく定めるほど、規則は複雑になり、遵守の確認は内部記録に依存するようになる。つまり構造型を厳密に運用しようとすると、その運用自体が規範型の性質を帯びる。二つの型は、純粋な形では両端にあるが、実装の段階では混ざり合う。
6.4 限界3——放棄される便益
第三の限界は費用である。構造型は、相反を消すと同時に、相反と一体になっていた便益も消す。同一組織が複数の機能を持つことには、情報の再利用、対応の速さ、相談の受け皿の広さといった実益がある。分離はそれらを手放す。手放した分は、外部の主体と組むことで埋めるほかなく、そこには市場を使う費用が新たに発生する。
この費用は、統制を採る側が自分の帳簿で負担する。第3節の表で確認した非対称がここに効いてくる。規範型の失敗の損失は外部に落ち、構造型の費用は内部に落ちる。合理的な意思決定者が自分の帳簿だけを見るなら、構造型は過小に採用される。逆にいえば、構造型を採るという選択は、外部に落ちる損失を自分の費用として内部化するという意思表示にほかならない。
7. どちらを選ぶか——条件と順序
ここまでの検討から、二つの型のどちらが優れているかという問いには一般的な答えがないことが分かる。答えを決めるのは条件である。本節では条件を三つの変数に絞り、そこから選択の順序を導く。
7.1 三つの決定変数
第一の変数は、統制の対象が可分かどうかである。金銭のように一意に切り分けられるものは構造で分けられる。情報は分けても漏れる。判断そのものは分けられない。第4節で見たとおり、可分性が高いほど構造型は完全に近づき、低いほど構造は判断の手前で止まる。
第二の変数は、行為が観察可能かどうかである。観察でき記録が残る行為については、規範型が働く余地が大きい。観察できない行為——とりわけ「行われなかったこと」——については、規範は自己申告に依存する。第5節で見た四条件のうち、この一点が最も強く効く。
第三の変数は、統制が破れたときに残る損失を誰が負うかである。損失が組織の内部に落ちる場合、規範型でも十分に機能する。自分が損をするなら、統制を守る誘因が内側から生まれるからである。損失が外部に落ちる場合、この自己執行の力は働かない。不動産の売却において、統制の失敗による損失は売主の手取りという形で外部に落ちる。
この三変数から二つの命題が導かれる。命題一、可分性が高く、かつ損失が外部に落ちる領域では、構造型が優位である。命題二、可分性が低い領域では構造型は不完全にしかならず、残余は規範型と観察装置で扱うほかない。二つの命題は排他的ではない。ほとんどの現場では、両方が同時に成り立つ。
7.2 順序——構造を先に、規範を後に
二つの型は代替物ではなく、順序を持つ補完物である。本稿が提案する順序は、構造で消せる相反を先に消し、消しきれない残余を規範と記録で扱う、というものである。逆の順序——まず規範を整え、足りなければ構造を変える——は、二つの理由で崩れやすい。第一に、規範型の費用は毎期発生し成果が測れないため、削減の圧力に晒され続ける。第二に、規範型の失敗は外部で発生するため、内部の指標には現れない。すなわち、見直しの引き金が引かれないまま形骸化が進む。
順序を逆にしないことの意味は、資源配分にもある。構造で消した相反については、監視も研修も記録も不要になる。統制の資源を、消せない相反に集中できる。あらゆる相反を規範で扱おうとすれば、資源は薄く広がり、どれも十分に効かない状態になる。
7.3 不動産の媒介における仕分け
この順序を、売却の媒介という場面に当てはめる。第2節で分けた三つの型に沿って仕分けると、次のようになる。
- 自己取引型は可分性が高く、構造で消せる。自ら買主とならないと決めれば、査定額が推奨と支払意思の二つの意味を帯びる事態は生じない
- 双方代理型は部分的にしか消せない。買主側の媒介を一切行わないという構造も理論上は採りうるが、それは売却の依頼を受けた物件を自社の顧客に紹介する機能まで手放すことを意味する
- 時間差型は構造では消せない。次の受注の見込み、紹介元との関係、社内で何を評価するかという指標は、事業を営むかぎり残る
したがって現実的な設計は、第一の型を構造で消し、第二と第三の型を規範と記録で扱うという配分になる。第二の型については、報酬をどちらから受け取るかを事前に明示し、経緯を記録に残すこと。第三の型については、社内の評価指標を一件あたりの粗利や成約の速さだけに置かないこと。いずれも、外部の依頼者が検証しにくい領域であるがゆえに、記録の粒度を依頼者と合意しておく意味が大きい。
7.4 地方の薄い市場という条件
最後に、地域の条件を一つ加えておく。静岡県磐田市の人口は163,224人(磐田市の統計、2026年7月末現在)、周智郡森町の人口はおよそ15,900人(2026年4月1日現在)である。この規模の市場では、同じ市町での取引が長期にわたって繰り返され、当事者の評判が地域内で共有されやすい。繰り返しがあるところでは、規範型の四条件のうち第四の条件——関係の反復——が満たされる。すなわち、都市部に比べて規範型が働きやすい。
ただしこの条件には裏面がある。評判の経路は、売主が地域外の相続人である場合には切れる。空き家や相続不動産の売却では、依頼者が遠方に住んでいることが珍しくない。反復の規律が届かない相手に対しては、規範型の実効性は都市部と変わらない水準に落ちる。地方だから規範で足りるという一般化は成り立たない。誰に対する統制なのかで、条件は変わる。
8. 売主の実務への含意
以上の議論を、売主が実際に取れる手順に落とす。売主は相手方の組織構造を選べない。選べるのは、誰に依頼するかと、依頼する前に何を確かめるかである。確かめるべきことは、相手が誠実かどうかではない。誠実さは事前に検証できない。検証できるのは、相手がどの統制手段を採っており、その統制が外形で確かめられるかどうかである。
8.1 相反の在処を先に特定する
最初にすべきなのは、この取引において相手が別の利益を持ちうる局面を、自分の側で先に洗い出しておくことである。局面は多くない。査定額を決めるとき、売り出し価格を助言するとき、他社からの買主紹介に応答するとき、価格を見直すかどうかを助言するとき、買主側からの値引きの申し出を取り次ぐとき。この五つを紙に書き出しておけば、面談で何を聞くべきかが定まる。
洗い出しを先に行う理由は、順序を逆にすると質問が抽象的になるからである。「利益相反はありませんか」という問いには、「ございません」という答えしか返ってこない。局面を特定した問い——この査定額は御社が支払う金額か、市場で目指す金額か——であれば、答えは事実の記述になる。
8.2 構造で消えているものと、規範で抑えているものを分けて聞く
次に、洗い出した局面ごとに、相手がどちらの型で対処しているかを確かめる。構造で消えている場合、答えは事業の構成に関する事実として返る。規範で抑えている場合、答えは運用の説明として返る。どちらが優れているという話ではない。区別する意味は、後者については記録の取り決めが要るという一点にある。
- この取引で御社が買主になる可能性はあるか。あるとすれば、査定額はどちらの意味の数字か
- 買主側の媒介も御社が担う可能性はあるか。その場合、報酬はどちらから、いくら受け取ることになるか
- 他社の宅地建物取引業者から買主紹介の申し出があった場合、どのような手順で応答するか。その件数と応答内容を報告してもらえるか
- 担当者の社内評価は、何によって測られているか。一件あたりの粗利や成約の速さが指標に入っているか
- 以上のうち、書面や契約に書き込める項目はどれか
8.3 開示を受けたときの扱い
相手から相反の開示——たとえば自社が買主になる可能性がある、あるいは買主側の媒介も担う見込みがある——を受けたとき、その開示をどう扱うかが分かれ目になる。第5節で見たとおり、開示は聞いた側の警戒を強めるより、正直さの証拠として信頼を強めてしまいやすい。開示を受けたときに取るべき行動は、感謝して受け入れることでも、その場で断ることでもない。開示された局面について、判断材料を一つ増やすことである。
材料を増やす方法は限られている。同じ物件について、相反しない立場の第三者の見立てを一つ取ること。査定の根拠として用いられた成約事例の一覧を書面で受け取ること。買取の提示を受けた場合は、同一の条件——引渡し時期、残置物の扱い、契約不適合責任の範囲、支払い方法——を書いた紙を用意し、複数の相手に同じ条件で見積もらせること。いずれも、開示された相反を打ち消すのではなく、相反の影響を測れるようにする作業である。
8.4 記録の粒度を、契約の前に決める
規範で抑えると説明された領域については、記録の取り決めが統制の実質になる。法令が定めているのは業務処理状況の報告の頻度であって、報告の中身の細かさではない。細かさは当事者間で決めるほかない。問い合わせ件数・内覧件数・申込件数を分けて数字で受け取ること、他社からの紹介の申し出の件数と応答の要約を受け取ること、価格を見直す判断日を売り出し前に日付で決めておくこと。この三つを媒介契約の時点で合意しておけば、観察できない行為の一部が観察できる行為に変わる。第5節の四条件のうち、第一と第二を売主の側から作り出すということである。
最後に、本節の主張が過剰に読まれることを防いでおく。構造型の統制を採っている相手であれば安心だという結論は導かれない。構造で消えるのは相反の一部であり、残りは規範と記録の領域に残る。逆に、規範型で運用している相手が信用できないという結論も導かれない。導かれるのは、どちらであるかを知ったうえで、確かめ方を変えるべきだ、ということである。
9. 結論と今後の課題
利益相反は構造で防ぐか、規範で防ぐか。本稿の答えは、どちらか一方ではなく、順序の問題である、というものである。結論を三点に整理する。
第一に、二つの統制手段は介入する段階が違う。規範型は相反が行為に転じる直前に、構造型は相反が生じる前に介入する。この差は、外部から検証できるかどうかの差を生む。規範型の遵守は内部の記録に依存し、依頼者はそれを確かめられない。構造型の採否は外形から判定できる。専門的助言のように内容を事前に検証できないサービスにおいて、この検証可能性の差は品質そのものと同じ重みを持つ。
第二に、どちらを採れるかは対象の可分性が決める。金融業の分別管理が構造型の純粋形として成立したのは、金銭が一意に分けられるからである。情報は分けても漏れるため、情報遮断壁は構造と手続の二段構えになった。判断そのものは分けられないため、監査や法曹の制度は関係の側を切りにいった。構造型の統制は、常に判断の一歩手前で止まる。止まった先を扱うのが規範型の役割である。
第三に、費用と損失の落ちる先が非対称である。規範型が破れたときの損失は組織の外にいる依頼者に落ち、構造型を採ることの費用は組織の内部に機会費用として落ちる。自分の帳簿だけを見て選ぶかぎり、構造型は過小に採用される。この非対称を意識しない比較は、初めから一方に傾いている。
9.1 本稿の限界
限界を三つ記しておく。第一に、本稿は理論的な整理であり実証ではない。構造型を採る組織と規範型に依拠する組織のあいだで、依頼者の手取りに実際に差が生じるのかは、取引データによって検証されるべき問いである。ただし第5節で述べたとおり、統制の成果は「起きなかった事故」として現れるため、この検証には方法上の難所がある。
第二に、本稿は統制の対象を、助言する主体と依頼者のあいだの相反に限った。組織の内部における相反——部門間の資源配分や、担当者個人の評価と組織の目的のずれ——は扱っていない。第三に、参照した他業種の制度については骨格のみを述べた。それぞれの制度が現在の形に至った経緯には、本稿が触れなかった固有の事情がある。
9.2 別稿に投げる論点
四つの論点を別稿に譲る。一つは報酬設計である。本稿は統制を規範と構造の二つに分けたが、報酬の設計は第三の手段でありうる。成果に連動しない報酬、時間に応じた報酬、段階的な報酬といった設計が、相反の大きさをどう変えるかは独立に検討する価値がある。二つは監視の費用そのものである。依頼者が統制の遵守を確かめるために支払う費用を、誰がどこまで負担すべきかという問題は、エージェンシー費用の配分の問題として定式化できる。
三つは制度設計の側の課題である。宅地建物取引業法は、媒介と自己売買を同じ免許のもとで行うことを前提としており、金融業の情報遮断壁に相当する制度的な壁を正面から定めてはいない。この設計を維持したまま統制を各社の選択に委ねるのか、それとも構造の側に踏み込むのかは、制度の選択として論じられるべき問いである。四つは報告の粒度である。業務処理状況の報告について、法が定めるのは頻度であって内容ではない。他社からの紹介の申し出とその応答を報告の対象に含めるかどうかは、観察可能性を法定するかどうかという問題にほかならない。
統制の手段を選ぶことは、自社の誠実さを主張することではない。誠実さは主張できない性質のものであり、主張の巧拙は誠実さと無関係である。選べるのは、誠実であろうとする意思に依存しなくても同じ結果が出る形を、どこまで自分で引き受けるかということだけである。本稿が述べたかったのは、その一点である。
