1. はじめに——問題の所在
不動産の売却先を相談するとき、地元で長く営んでいる会社なら悪いことはしないだろう、という言い方がしばしば出てくる。この言い方は、たいてい人柄や地縁への信頼として語られる。長く同じ土地にいる者は、その土地の目を気にするはずだ、という理解である。本稿はこの命題を、人柄の話としてではなく、利得の計算の話として検討する。誠実であることが得になるのはどういう条件のもとでか、そしてその条件が欠けたとき何が起きるかを、はっきりさせたいからである。
出発点は不都合な事実である。不動産の媒介は、依頼した側が仕事の質を事前に確かめられない種類のサービスである。査定の根拠が妥当かどうか、他社からの問い合わせを適切に扱っているかどうか、値引き交渉の場で本当に粘ったかどうか。いずれも売主の位置からは見えにくい。そして売主にとって不動産の売却は、生涯に一度か二度の出来事である。取引が一回で終わるなら、相手にとって今回の評判を守る理由はない。教科書的な結論は明快で、一回限りの取引では、確かめられない次元の手抜きは相手にとって得になる。
ところが、取引の単位を数え直すと構図が変わる。売主にとっては一回でも、業者にとっては同じ地域で続く一連の取引の一つにすぎない。今回の相手は二度と現れないかもしれないが、地域という相手は明日も存在する。ここに、繰り返しゲームの理論が入り込む余地がある。繰り返しゲームとは、同じ利害状況が何度も反復される状況を扱う理論であり、その中心的な発見は、一回限りでは支えられない協調が、反復のもとでは自己利益だけで支えられうるという点にある。
本稿の方法は次のとおりである。まず繰り返しゲームの基本構造を数式なしで再構成し、協調を支える条件を割引因子という一つのパラメータに集約する。次に、終わりの見えている有限回の反復では協調が理論上崩れてしまうという逆説を確認し、それに対して1982年に提出された評判モデルの解を導入する。そのうえで、この理論的枠組みを地域の不動産市場に写像し、機能する条件と機能しなくなる条件を切り分ける。
先に結論の骨格を述べておく。評判が誠実さを支えるのは無条件ではない。支えるには、将来を重く見ていること、行動が誰かに見えていること、罰を実際に執行できること、そして失うに値する利潤が存在することの四つが要る。四つのうち一つでも欠ければ、理屈は成立しない。さらに、この仕組みが支えるのは極端な不誠実の抑止であって、売主の利益を最大にする努力ではない。評判は最善を引き出す装置ではなく、最悪を割に合わなくする装置である。
以下、第2節で繰り返しゲームの構造とフォーク定理を扱う。第3節で有限回の壁と評判モデルを導入し、第4節で相手が入れ替わる地域市場への写像を行う。第5節では誠実さを支える利潤という論点を扱い、第6節で仕組みが壊れる五つの条件を特定する。第7節で売主の実務に落とし、第8節で限界を述べる。なお、評判の中身がどのように人から人へ伝わるかという情報伝達の側面は本稿の対象ではなく、ここでは伝わる確率をパラメータとして扱うにとどめる。
筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者であり、本稿の関心は理論的であると同時に自己言及的である。自社で買い取る事業を持たないという選択が、ここで扱う割引因子の議論とどう関係するかは第5節と第7節で明示する。立場を隠して中立を装うことはしない。
2. 繰り返しゲームの構造——トリガー戦略とフォーク定理
理論の側を先に整えておく。ここを曖昧にしたまま地域密着を語ると、条件つきでしか成り立たない命題を、無条件の徳目として語ることになる。
2.1 一回限りなら、裏切りが均衡になる
単純な状況を考える。売主は媒介を依頼するかどうかを決め、依頼を受けた業者は、手間をかけて誠実に売るか、手間を省いて早く決めるかを選ぶ。誠実にやれば売主の手取りは増えるが、業者の一件あたりの労力は増える。手を抜けば業者の取り分は同じで労力だけが減る。売主にはその差が見えない。この状況で今回限りの取引を考えるなら、業者にとって手を抜くほうが得である。売主はそれを読むから、そもそも高い報酬を払う気にならないか、依頼そのものを控える。両者とも損をする結果に落ち着く。
この帰結は、当事者の性格が悪いから生じるのではない。各自が自分の利得を最大化しているだけで生じる。だからこそ、道徳的な訴えかけでは解けない。解くには、利得の構造そのものを変える必要がある。
2.2 反復が持ち込む人質——トリガー戦略
同じ状況が何度も繰り返されるなら、話は変わる。売主の側が次のような方針をとると宣言したとする。相手が誠実にやっているかぎり依頼を続けるが、一度でも裏切りが露見したら以後は二度と依頼せず、周囲にもそう伝える。この方針をトリガー戦略と呼ぶ。引き金を引いたら元に戻らない、という意味である。
トリガー戦略のもとでは、業者にとっての計算が変わる。手を抜いて得られるのは今回一件分の労力の節約だけである。一方で失うのは、以後ずっと得られたはずの取引の流れ全体である。将来の取引を人質に取ることで、現在の行動が規律される。この構造を最初に明確に定式化したのがフリードマン(1971)であり、以後の繰り返しゲーム論の出発点になった。
2.3 割引因子——将来をどれだけ重く見るか
ただし、将来の利得は現在の利得と同じ重みでは数えられない。将来は遠いほど価値が薄れ、そもそも将来が来ない可能性もある。この二つをまとめて表すのが割引因子である。割引因子とは、来期の一円が今期の何円に相当するかを示す数であり、ゼロに近ければ将来をほとんど無視することを、一に近ければ将来を現在とほぼ同じ重さで扱うことを意味する。
ここで注意すべきは、割引因子が金利だけで決まるのではないという点である。事業が来期も続いている確率、担当者が来期も同じ職にいる確率、地域から撤退しない確率——これらはすべて割引因子の一部を成す。数学的には、事業が続く見込みが薄いことと、将来の利益を強く割り引くことは、同じ効果を持つ。明日も商いがあるという見込みそのものが、誠実さの原資になっている。
この道具立てを使うと、協調が支えられる条件は一つの不等式に書ける。裏切って得られる一時的な利益が、それによって失われる将来の利益の割引現在価値を下回っていれば、誠実であることが自己利益にかなう。割引因子がある閾値を超えれば、この不等式が成り立つ。フォーク定理と呼ばれる一群の結果——フリードマン(1971)に始まり、フューデンバーグ=マスキン(1986)が割引や不完全な観測のもとへ拡張した——が述べているのは、当事者が十分に忍耐強ければ、一回限りでは不可能だった多様な結果が均衡として維持されうるということである。
フォーク定理には、もう一つ見落とせない含意がある。それは、支えられる均衡が一つではないという点である。誠実な協調も維持できるが、互いに手を抜き合う状態も、あるいはその中間も、同じ理論の中で均衡になりうる。理論は、協調が可能であることを教えるだけで、協調が実現することを保証しない。どの均衡に落ち着くかは、慣習や期待や、その地域で何が当たり前とされてきたかに依存する。
3. 有限回の壁と、評判という解
前節の議論には、しばしば見過ごされる前提が一つ潜んでいる。反復が終わらない、あるいは終期がいつ来るか分からない、という前提である。この前提を外すと、理論は逆の結論を出す。
3.1 終わりが見えると、後ろから崩れる
取引の回数があらかじめ決まっており、両者がそれを知っているとする。最後の一回を考えよう。その回のあとに将来はない。したがって将来を人質に取ることができず、裏切りが得になる。ならば最後の回の協調は期待できない。ところが最後の回の結果が最初から読めているなら、最後から二番目の回でも、協調によって守るべき将来は事実上存在しない。同じ論理で、そこでも裏切りが得になる。この推論を最初の回まで遡らせると、協調は一度も起きないという結論に達する。後ろ向き帰納法と呼ばれる推論である。
この逆説を最も鮮明な形で示したのがゼルテン(1978)の連鎖店パラドクスである。多くの町に店を構える企業が、新規参入者に対して強硬に対抗すべきかどうかを考える。強硬な姿勢を貫けば、後続の参入者は怯むだろう——直観的にはそう思える。しかし参入の機会が有限で、その回数が知られているなら、後ろ向き帰納法によってその抑止は成立しない。理論と直観がここで正面から食い違う。
3.2 現実は理論に従っていない
現実には、終期が見えている状況でも協調はしばしば観察される。廃業を控えた商店が最後まで丁寧に商いを続けることもあれば、転勤の決まった担当者が引き継ぎまで手を抜かないこともある。理論が誤っているのではなく、モデルに置いた前提のどれかが現実と合っていない。1982年に相次いで発表された一連の研究が突き止めたのは、合っていない前提が「相手のタイプが完全に既知である」という点だという発見であった。
3.3 クレプス=ミルグロム=ロバーツ=ウィルソン(1982)の解
クレプス、ミルグロム、ロバーツ、ウィルソンの四名が同じ年に示したのは、次のような修正である。相手が純粋に利得だけで動く主体だとは、こちらは確信できない。ごく小さい確率で、相手は約束を守ることそれ自体を選好するタイプかもしれない。あるいは、そう振る舞うことが習い性になっているタイプかもしれない。この小さな不確実性を一滴入れるだけで、有限回の反復であっても、合理的な主体が長い期間にわたって協調を維持することが均衡として説明できる。
論理はこうである。利得だけで動くタイプの主体にとっても、誠実なタイプだと思われていることには価値がある。相手がそう信じているかぎり、良い条件で取引が続くからである。したがって、そう思われ続けるために誠実に振る舞う誘因が生まれる。ここでいう評判とは、相手が自分のタイプについて抱いている信念であり、その信念は行動を観察するたびに更新されていく。クレプス=ウィルソン(1982)は同じ構造を一般的な形で定式化し、ミルグロム=ロバーツ(1982)はそれを参入阻止の文脈に応用した。
3.4 評判は資本である——蓄積と毀損の非対称
この定式化から、実務的にきわめて重要な性質が導かれる。信念の更新は対称ではない。誠実な行動を一度観察しても、相手が誠実なタイプである確率はわずかしか上がらない。利得目当てのタイプも同じ行動を選びうるからである。ところが裏切りが一度観察されると、誠実なタイプならその行動は選ばないはずだという理由で、確率は一気に下がる。積み上げには何十件もの取引が要るが、崩すには一件で足りる。
だから評判は資本として扱うのが適切である。取得には投資が要る。今期の利得を見送るという形の投資である。放置すれば減耗する。担当者が替わり、代が替わり、記憶が薄れるからである。そして一手で毀損する。この非対称性が、地域で長く営む主体が保守的に振る舞う理由を説明する。守るべき蓄積が大きいほど、一件の無理が高くつく。
| 取引の構造 | 終期 | 相手のタイプ | 理論が予測する行動 |
|---|---|---|---|
| 一回限り | 今回で終わり | 既知 | 確かめられない次元では手を抜く |
| 有限回・回数が既知 | 見えている | 既知 | 後ろ向き帰納法により初回から協調しない |
| 終期が不確定な反復 | 分からない | 既知 | 割引因子が閾値を超えれば協調が均衡になる |
| 有限回・タイプが不確実 | 見えている | 小さな確率で誠実型 | 評判の維持のため終盤近くまで協調する |
この表の第四行が、本稿の中心にある構造である。地域の不動産業は、個々の売主との関係では有限回どころか一回限りに近い。それでも協調が観察されうるのは、業者が地域全体に対して自分のタイプについての信念を蓄積しているからである。次節では、この信念がどのようにして相手が入れ替わる市場で成立するのかを見る。
4. 相手が入れ替わる市場で、なぜ罰が効くのか
ここまでの理論は、同じ二者が繰り返し出会う状況を前提にしていた。地域の不動産市場はそうではない。ある売主が同じ業者に二度依頼することは稀である。売主にとってその業者は一回限りの相手であり、業者にとってもその売主は一回限りの相手である。それでも規律が働くとすれば、その仕組みは二者間の反復とは別の場所にある。
4.1 コミュニティによる履行強制
この問いに答えたのが、神取(1992)が定式化したコミュニティによる履行強制の議論である。要点は、罰を執行する主体が被害者本人である必要はない、というところにある。ある業者が不誠実に振る舞ったという情報が集団の中に流れれば、その業者と初めて出会う相手も、その情報を根拠に取引を断ることができる。被害を受けていない第三者が罰を代行することで、二者間の反復がなくとも、集団全体との反復として同じ規律が成立する。
同種の仕組みは歴史の中にも見出せる。ミルグロム=ノース=ワインガスト(1990)は、中世の大市において商人たちの争いを裁いた私的な判定者を、強制執行の権力を持たない情報集約の装置として読み直した。判定者は罰を科す力を持たなかったが、誰が過去に約束を破ったかを記録し、照会に応じた。取引の前に照会し、記録の悪い相手とは取引しないという慣行が成立していれば、それだけで規律は働く。制裁の本体は、力ではなく情報である。
4.2 不動産市場における情報の結節点
地域の不動産取引で、この判定者の役割を部分的に果たしているのは何か。特定の機関ではなく、複数の結節点の集まりである。相続の相談から売却へ流れる経路には税理士・司法書士・弁護士がおり、融資の局面には金融機関があり、境界や解体の局面には測量業者や工務店がいる。行政の相談窓口や地域の自治組織も含まれる。これらの結節点は、一人の売主より多くの案件を見ており、案件が終わったあとの評価も耳に入る。
結節点の存在が決定的なのは、そこが繰り返しの相手になるからである。売主とは一回限りでも、地域の司法書士とは何十回も顔を合わせる。したがって、売主に対する振る舞いが結節点に伝わる経路がある場合、業者は事実上その結節点との繰り返しゲームを演じていることになる。ここで規律を担っているのは、売主の記憶ではなく、専門職の記憶である。
4.3 母集団の大きさという条件
この仕組みが働くかどうかは、集団の大きさに依存する。母集団が小さいほど、同じ相手や同じ結節点に再び出会う確率が高く、情報が一巡するまでの時間も短い。磐田市の人口は163,224人(2026年7月末現在、磐田市統計)、周智郡森町の推計人口は約15,900人(2026年4月1日現在)である。前者は地方都市として中規模、後者は町として小規模であり、同じ静岡県西部でも情報の到達しやすさは同じではない。
ただし、人口が少ないことは情報が伝わることの十分条件ではない。伝わるためには、伝える意思と経路が要る。売却という出来事は、金額と家庭の事情の双方に触れるため、当事者が進んで語らない領域を多く含む。人口規模はあくまで上限を与えるにすぎず、実際の到達確率がどう決まるかは、本稿の扱う範囲を超える。ここでは、到達確率が高いほど評判の規律が強く働くという関係だけを確認しておく。
もう一つ、集団の規模には逆向きの効果もある。母集団が小さければ、業者の側の選択肢も少ない。地域で扱える案件の総数が限られていれば、一件を失う痛みは大きい。同時に、売主の側から見た依頼先の選択肢も少ない。この二つ目の効果は罰の執行可能性を下げるため、第6節で改めて扱う。
5. 誠実さには原資が要る——評判レントと人質
ここまでの議論は、罰の側だけを見てきた。裏切れば将来の取引を失う、という脅しが規律を生むという話である。しかしこの脅しが効くには、失う将来に価値がなければならない。この当たり前の一点が、実は評判理論の最も鋭い含意を生む。
5.1 利潤がゼロなら、失うものもない
完全に競争的な市場を考えよう。参入は自由で、事業者の利潤は限界費用ぎりぎりまで削られている。このとき、取引を一件失っても、失われるのは実質的にゼロである。したがって将来の取引を人質に取るという脅しは効かない。競争が激しいほど誠実になるという素朴な直観は、この点で成り立たない。むしろ逆で、利潤が完全に削られた市場では、確かめられない次元の品質を維持する誘因が消える。
クライン=レフラー(1981)が示したのは、この問題の解が価格の側にあるということであった。買い手が確かめられない品質を売り手に維持させるには、その売り手が継続的な利益の流れを持っている必要がある。したがって価格は限界費用より高い水準で安定しなければならない。この差額を評判レントと呼ぶ。レントは搾取ではなく、品質を維持させるための担保である。裏切れば失われる保証金として機能する。
シャピロ(1983)はこの考えを高品質財のプレミアムとして展開し、評判を築く過程では初期に費用を負担し、築いた後にその収益を回収するという時間構造を明らかにした。新規参入者が高品質を維持しにくいのは能力の問題ではなく、まだ回収すべき蓄積を持っていないからである。
5.2 不動産仲介への適用——手数料の値引きをどう読むか
この論点を仲介報酬に当てると、居心地の悪い結論が出てくる。宅地建物取引業法の枠内で報酬の上限が定められているとはいえ、実際の水準は交渉可能である。報酬を大きく削る提案は、売主にとって手取りを増やす提案として魅力的に見える。しかし評判理論の側から見れば、報酬を削ることは規律の原資を削ることでもある。
ここで慎重に区別すべきことがある。この議論は、報酬を値引く事業者が不誠実だという主張ではない。値引きの原資がどこにあるかが問題なのである。業務の効率化や広告費の構造の違いから生じる値引きであれば、提供される仕事の量は変わらない。一方、値引きの原資が、確かめられない領域の手間——調査、他社への物件情報の開示、交渉の粘り、書面の精度——の削減にあるなら、売主は見える金額と引き換えに見えない品質を買っていることになる。売主が確かめるべきは値引きの有無ではなく、値引きの原資である。
5.3 もう一つの担保——移転できない資産という人質
評判レント以外にも、誠実さを担保する仕組みがある。ウィリアムソン(1983)が人質という言葉で論じたのは、取引の相手に対して自ら回収困難な投資を差し出すことで、約束の信頼性を高める仕組みである。逃げれば失う資産を先に置いておく、という発想である。
地域の事業者にとって、この人質にあたるものは何か。特定の場所に構えた事務所、地域に限定して積み上げた土地勘、その地域でしか通用しない人間関係、同じ地域で営む別の事業。いずれも他所へ持ち出せば価値が大きく減る資産であり、だからこそ担保として働く。逆にいえば、身軽であるほど担保は薄い。全国どこでも同じ仕事ができる体制、数年で異動する担当者、撤退費用の小さい支店。これらは効率の面では優れているが、人質を差し出していないという意味で、評判の規律を受けにくい。
当社が自社で買い取る事業を持たず、買取・買取保証を率先して行わないという選択も、この枠組みの中に置くことができる。在庫を抱える事業は資金の回転が利益に直結するため、意思決定の時間軸が短くなり、割引因子が下がる。買取という売り方そのものを否定するものではない。期限が定まっている売却や、周囲に知られずに処分したい事情がある場合には有効な選択肢である。ここで述べているのは、事業の形態がその主体の割引因子を規定し、割引因子が第2節の不等式を左右するという構造上の関係である。
6. 仕組みが機能しなくなる五つの条件
条件つきの主張は、条件が欠ける場面を書いて初めて主張になる。本節では、繰り返しと評判による規律が働かなくなる条件を五つ挙げる。いずれも第2節から第5節までに導入した要素の欠落として整理できる。
| 条件が欠ける場面 | 欠けている要素 | 理論が予測すること |
|---|---|---|
| 引退・撤退・事業売却が視野に入っている | 割引因子 | 後ろ向き帰納法が働き、終盤の協調が崩れる |
| 遠方の相続人など、地域の外にいる依頼者 | 観測 | 行動が結節点に届かず、信念が更新されない |
| 扱える相手が事実上一社しかない案件 | 執行 | 取引を他所へ移せず、罰が実行できない |
| 報酬が限界まで削られている | レント | 失う将来に価値がなく、脅しが空になる |
| 屋号や顧客基盤が第三者へ譲渡される | 資本の同一性 | 評判を築いた主体と使う主体が分離する |
6.1 終期が見える——引退・撤退・承継の空白
第一は割引因子の低下である。事業を畳むことが決まっている、地域から撤退する方針が固まっている、担当者が数か月後に異動する。いずれも将来の取引が自分の勘定から消える状況であり、第3節で見た後ろ向き帰納法がそのまま作動する。厄介なのは、この情報が依頼者からは見えにくいことである。看板も事務所も昨日と同じで、変わったのは内側の時間軸だけだからである。承継の見込みがあるかどうかが、割引因子を左右する最大の要因になる。
6.2 観測が届かない——地域の外にいる依頼者
第二は観測の欠落である。評判の規律は、行動が誰かの目に触れることを前提にしている。県外に住む相続人が実家を売却する場合、その売主は地域の関係圏の外におり、取引の経過を地域の結節点に伝える経路を持たない。売主の側から見れば、自分がどう扱われたかを地域に還元できないのだから、罰の脅しを背景に持てない。近年の相続案件では、この構図が例外ではなく標準に近づいている。
6.3 執行できない——代替する相手がいない
第三は執行可能性である。罰とは取引を他所へ移すことによって成立する。他所が存在しなければ、不満は表明されても罰にはならない。市街化調整区域内の再建築が難しい土地、境界が長く未確定の山林、権利関係が複雑な共有物件。扱える相手が限られる案件ほど、この条件は満たされにくい。加えて、期限が迫っている売主にとっては、乗り換えに要する時間そのものが費用となり、実質的に執行を放棄させる。急いでいる売主は、それだけで規律の外に置かれる。
6.4 原資がない——過当競争と資金繰り
第四は第5節で扱ったレントの消滅である。加えて、資金繰りの逼迫は割引因子を直接押し下げる。手元資金が薄い事業者にとって、来月の入金は来年の評判より重い。この状態にある主体に対して長期的視野を説くのは、経済的には意味がない。売主の側から見れば、相手の資金繰りは観察しにくい変数だが、事業の形態——在庫を持つか持たないか、広告費を先行投下する構造か——からある程度は推測できる。
6.5 評判が売買される——看板と中身の分離
第五は、評判理論そのものが抱える構造的な弱点である。タデリス(1999)は、評判が取引可能な資産であることの帰結を分析した。屋号や顧客基盤に評判が付着し、それが第三者に譲渡できるなら、評判を築いた主体と、その評判を使って商う主体が分離する。買った側には、蓄積を維持する誘因と、蓄積を食い潰して短期の利益を取る誘因の両方がある。老舗の屋号が引き継がれた後に質が変わる現象は、この分離で説明できる。
この論点は、地域密着という言葉が指しているものが会社なのか人なのかを問い直させる。売主が実際に相手にしているのは屋号ではなく担当者であり、評判の担い手も多くの場合は個人である。会社の歴史の長さは、担当者個人の割引因子について、思われているほど多くを語らない。
6.6 補論——評判は観測できる次元だけを規律する
五つの条件がすべて満たされていても、なお残る歪みがある。ホルムストローム=ミルグロム(1991)が複数の業務を同時に担う代理人について示したのは、報酬や評価が測りやすい次元に強く結びつくと、努力が測りにくい次元から測りやすい次元へ流出するという構造である。評判も一種の評価である以上、同じ歪みを免れない。応対の丁寧さ、連絡の速さ、書類の整い方は伝わりやすく、価格交渉の粘りや他社への情報開示の徹底は伝わりにくい。
したがって、評判の規律が強く働く市場でも、伝わりにくい次元の品質は保証されない。この点を認めることが、次節の実務論の前提になる。売主がすべきことは、評判を信じるか疑うかの二択ではなく、評判が届く領域と届かない領域を分け、後者について自前の観測装置を用意することである。
7. 売主の実務への含意
理論を実務に落とす。ここで求められるのは、相手が誠実かどうかを見抜く方法ではない。誠実さそのものは観察できないからである。観察できるのは、相手が誠実であることを得にする条件が揃っているかどうかである。順序をつけて示す。
7.1 第一段階——相手の割引因子を観察する
最初にすべきは、相手がどれだけ将来を重く見ているかを推定することである。これは人柄への質問ではなく、事業の構造への質問である。次の三点は初回の相談で率直に尋ねてよい事柄であり、答えにくそうにするかどうかを含めて情報になる。
- この地域で何年営んでいるか。今後も同じ地域で続ける見込みか。承継の予定はあるか
- 事務所・人員・取引先が、この地域にどれだけ結びついているか。他所へ移せない資産をどれだけ持っているか
- 自社で買い取る事業を持つか。持つ場合、査定と買取の判断を誰が行うか
第三点は誤解を招きやすいので補足する。買取事業を持つこと自体が問題なのではない。在庫を抱える事業は資金の回転が利益に直結するため意思決定の時間軸が短くなりやすく、その構造が第2節の不等式に影響するという話である。売主として確かめるべきは、その会社の中で買取の判断と媒介の判断がどう分けられているか、そして買取という選択肢を提示する場面で仲介での見込みが同じ書面に並べられるかどうかである。
7.2 第二段階——観測装置を自前で用意する
第6節で見たとおり、評判は観測できる次元だけを規律する。したがって、売主が自分で観測できる項目を増やすことが、そのまま規律の強化になる。宅地建物取引業法第34条の2は、専任媒介契約について指定流通機構への登録と定期的な業務処理状況の報告を義務づけている。この制度は、放っておけば形式的な履行に終わるが、報告の中身を事前に取り決めておけば観測装置に変わる。
- 問い合わせ件数・内覧件数・申込件数を、それぞれ分けて数え、書面で受け取ることを媒介契約の時点で決めておく
- 他社からの物件照会に対して、いつ、どのように回答したかを報告項目に含める
- 口頭で受けた説明のうち金額と期日に関わるものは、その場で書面化を依頼する
- 価格改定を検討する日付を、売り出し前にあらかじめ決めておく
これらはいずれも、相手の善意を要求する取り決めではない。見えなかった行動を見える形に置き換える操作である。第3節の言葉でいえば、信念の更新に使える観測を増やす操作にあたる。
7.3 第三段階——執行可能性を手放さない
罰を執行できる状態を保つことも、売主の側の仕事である。媒介契約の有効期間は法律上三か月を超えられない。この上限は、売主が定期的に相手を選び直す機会として制度に組み込まれた執行可能性そのものである。自動的に更新するのではなく、期間の満了時に一度立ち止まる。乗り換えないという判断をするにしても、判断したという事実が相手に伝わることに意味がある。
同時に、執行可能性を自分から手放す行為に注意したい。期限が迫っていることを早い段階で相手に明かすと、乗り換えの余地がないことも同時に伝わる。期限そのものを隠す必要はないが、期限から逆算した工程を先に自分で組み立てておけば、追い込まれた状態で相談を始めずに済む。
7.4 評判が届かない取引での代替手段
第6節の第二・第三の条件に当てはまる場合——地域の外に住んでいる、扱える相手が限られる、時間の余裕がない——評判の規律は当てにできない。この場合の代替は制度である。重要事項説明の内容を事前に書面で受け取る、契約不適合責任の範囲と期間を特約で明確にする、物件状況報告書に自ら不利な情報を書き込む。いずれも、相手のタイプに依存しない形で約束を固定する手段である。評判が薄い取引ほど、書面の比重を上げるのが合理的である。
8. 結論と今後の課題
本稿は、地元の業者は嘘をつきにくいという通念を、繰り返しゲームの理論で読み直した。得られた命題は次のように要約できる。誠実さは性格ではなく均衡である。一回限りの取引では支えられないが、反復のもとでは、将来の取引を人質にすることで自己利益として成立しうる。終期が見えている有限回の反復では理論上その支えが崩れるが、相手のタイプについてのわずかな不確実性を入れれば、評判の維持という形で協調が説明できる。これがクレプスらが1982年に示した構造であった。
そのうえで本稿が強調したのは、この仕組みが四つの要素——割引因子、観測、執行、レント——に支えられており、どれか一つの欠落で成立しなくなるという点である。地域密着は徳目ではなく、これらの要素が揃いやすい構造の名前にすぎない。同じ理由で、地域に根を張っていても要素が欠ければ規律は働かない。逆に、地域の外の主体であっても、要素を人工的に揃えれば規律は働く。
限界を三つ述べる。第一に、本稿は理論の適用であって実証ではない。割引因子も観測確率も、実際の地域市場で測定されたわけではない。理論が与えるのは、何を見るべきかという視点であり、その視点の当否は個別の観察で検証されるべきものである。
第二に、評判の伝達過程を本稿はパラメータとして扱い、その中身を開かなかった。誰が誰に何を伝え、どの程度の速度で情報が一巡するのかという問題は、情報の流れそのものを対象とする別稿の主題である。伝達の非対称——悪い評価のほうが速く伝わること——が本稿の不等式に与える効果は、本来なら明示的に組み込むべき論点である。
第三に、本稿は評判が売主の利益を守る範囲を狭く見積もった。評判が規律するのは観測できる次元だけであり、価格の妥当性という最も重要な次元は、そもそも当事者にも観測できない。別の会社に依頼していれば手取りがいくらだったかという反事実は誰にも見えない。この観測不能性が残るかぎり、評判は極端な不誠実の費用を引き上げることはできても、最善の努力を引き出すことはできない。この落差を埋める装置——査定額という発話にどうすれば費用を負わせられるか、複数社への依頼が努力水準に何をもたらすか——は、それぞれ別稿で扱う。
最後に、本稿の議論が売主に対して示す態度を一つだけ述べておく。相手の善意に賭けるという構えは、経済学的にはあまり良い戦略ではない。善意は観察できず、賭けの結果も検証できないからである。代わりに確かめられるのは、相手にとって誠実であることが得になっているかどうかという条件の側である。条件を確かめ、足りない部分は書面と日付で補う。理論が実務に与えられる助言は、突き詰めればその一点に尽きる。
