1. はじめに——問題の所在
売却を複数の会社に頼めば、互いに競い合ってよい結果になるのではないか。相談の場でもっとも多く受ける質問の一つである。直観としては自然である。買い手を一社に絞れば足元を見られる。複数の見積もりを取れば条件は良くなる。日常の買い物でも、公共工事の入札でも、私たちはそう学んできた。一般媒介契約——複数の宅地建物取引業者へ同時に売却を依頼する形——は、この直観にもっともよく合う選択肢に見える。
しかしこの直観は、一つの前提の上に成り立っている。競争させる対象が、すでに存在する財や価格である、という前提である。買取会社へ同時に見積もりを求める場面では、各社は手持ちの資金と再販の見通しから金額を提示する。競争が働くのは、提示という一回の行為の上でである。ところが媒介の依頼で競わされているのは、金額ではない。これから数か月にわたって各社が投じる努力——広告費、人手、時間、掘り起こしの手間——である。努力は提示されるものではなく投じられるものであり、投じた側が果実を得られるとは限らない。
本稿の問いは次のものである。複数の業者へ同時に依頼したとき、各社が投じる努力はどう変わるのか。増えるのか、減るのか。そして、どの種類の努力が増え、どの種類が減るのか。最後の問いが本稿の中心にある。努力の総量ではなくその構成が動くことこそが、一般媒介をめぐる議論を長く分かりにくくしてきた原因だと考えるからである。
1.1 方法
道具立ては三つである。第一に、媒介の依頼をコンテストとして定式化する。参加者が費用のかかる努力を投じ、その相対的な大きさによって一つの賞——ここでは成約時の報酬——を得る確率が決まる構造である。第二に、努力を二種類に分ける。買主候補のプールそのものを広げる努力と、既にあるプールから誰が取るかを動かす努力である。第三に、前者が持つ公共財としての性質を、集合行為とチーム生産の理論から読む。数式は用いず、構造だけを取り出す。
先に結論を述べておく。依頼社数が増えれば各社の努力が減る、という素朴な主張は、そのままでは正しくない。参加者が増えたコンテストでは、一社あたりの投入は減るが、全社の合計はむしろ増えうる。それでも売主が損をしうるのは、増える側の努力が奪い合いの努力であり、減る側の努力がプールを広げる努力だからである。売主が受け取る便益は、ほとんど後者から来る。総量が増えても構成が悪くなれば、手取りは下がる。
1.2 本稿が扱わないこと
三類型がそれぞれ何を差し出し何を受け取るかという制度の比較と、同一業者が双方から報酬を得る形が生む誘因の分析は、いずれも別稿で扱った。本稿は制度の説明を繰り返さない。前提として置くのは一点だけである。すなわち、一般媒介契約には、指定流通機構への登録義務も業務処理状況の報告義務も、法律上は課されていない。この一点が意味することは、第5節で改めて効いてくる。
以下、第2節で努力投入ゲームを組み立て、第3節で努力を二種類に分ける。第4節で過少投資が始まる場所を費用の閾値として描き、第5節で競争が逆に働く三つの経路を示す。第6節で一般媒介が有利になる四つの条件を切り分け、第7節を売主の実務に、第8節を結論と課題に充てる。
なお筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者であり、専任媒介を勧める側の立場にありうる。この偏りが議論に及ぼす影響は第6節で明示的に扱う。自社で買い取る事業を持たず、買取・買取保証を率先して行わない点も、あらかじめ述べておく。立場を隠して中立を装うことはしない。
2. 媒介の依頼を努力投入ゲームとして書く
ゲームとして書くとは、誰が、何を選び、その結果として何を受け取るのかを明示することである。比喩のままでは、どこで直観が外れるのかが分からない。要素を一つずつ置いていく。
2.1 三つの要素
プレイヤーは、売主から依頼を受けた業者である。その数を依頼社数と呼ぶ。行動は、各社が投じる努力の量である。努力の中身は、有料広告の出稿、写真と図面の作成、現地調査、掘り起こし、問い合わせへの応答、内覧の段取りといったものからなる。利得は、成約したときに受け取る報酬から、投じた費用を差し引いた残りである。
ここで媒介に固有の性質が入る。報酬は成功報酬であり、成約しなければ発生しない。ところが投じた費用は、成約しなくても戻らない。広告費は支払い済みであり、費やした時間は返ってこない。この非対称——全員が費用を払い、賞を得るのは一社だけ——が、このゲームを通常の価格競争から分ける。オークション理論の言葉を借りれば、これは入札に敗れても支払いが生じるオール・ペイ・オークションに近い形である。
2.2 賞を得る確率をどう書くか
次に、どの社が賞を得るのかを書く。各社が賞を得る確率を、投じた努力の相対的な大きさで表す定式化がある。タロック(1980)がレントシーキングの分析に用いた形で、自社の努力が全社の努力の合計に占める割合が、そのまま自社を通じて成約する確率になると考える。ラジアー=ローゼン(1981)が労働契約の分析に用いた順位トーナメントも、成果そのものの水準ではなく相対的な順位が報酬を決めるという点で、同じ族に属する。
この定式化は、媒介の現実をよく写している。ある買主候補が現れたとき、どの社を通じて申込に至るかは、その社がどれだけ広告を出していたか、資料をどれだけ整えていたか、問い合わせにどれだけ早く応じたかで決まる。それ自体の水準ではなく、他社との比較で決まる。同じ努力を投じても、他社がそれ以上に投じていれば、買主は他社の側に流れる。
2.3 参加者が増えると投入はどうなるか
このゲームの均衡を素朴に読むと、直観に反する結果が出る。依頼社数が一社から二社に増えれば、当然ながら競争が生じ、投入は増える。ところが二社から三社、三社から五社と増やしていくと、一社あたりの投入は減っていく。取れる確率が下がるからである。それにもかかわらず、全社の投入を合計した量は、依頼社数が増えるほど増えていく。一社あたりの減り方より、頭数の増え方のほうが速いためである。
レントシーキングの理論がこの構造を問題にしたのは、賞を出す側の立場からではなかった。競い合いに投じられた資源は賞そのものを大きくせず、社会全体から見れば消えている。レントの散逸と呼ばれる現象である。ところが売主は、賞を出す側であると同時に、投じられた努力の受益者でもある。総投入が増えるなら歓迎してよいはずである。
本稿が問題にするのは、この総投入という量が、同質なものとして扱われている点である。実際の媒介の努力は同質ではない。売主の利益に直結する努力と、ほとんど直結しない努力が混ざっている。総量が増えたという事実は、売主にとって良い知らせにも悪い知らせにもなりうる。次節で、この一点を崩す。
註:本節のモデルは、各社が同等であり、努力が同時に決定されると仮定している。この二つの仮定はいずれも現実には成り立たない。非対称な場合と、依頼社数が観察できない場合については第5節で扱う。
3. 二種類の努力——プールを広げるか、奪い合うか
媒介の業務を、努力の向かう先によって二つに分ける。この分割が本稿の中心である。分けてしまえば、あとの議論はほとんど自動的に出てくる。
3.1 分類
第一の種類は、買主候補のプールそのものを大きくする努力である。有料広告の出稿、写真と図面の作り込み、現地の看板、周辺の所有者への案内、過去の問い合わせ客への掘り起こし、境界や法令の調査を先に済ませて買主の不安を減らすこと。これらはいずれも、その物件に関心を持つ人の数そのものを増やす。第二の種類は、既にプールの中にいる買主が、どの社を通じて契約に至るかを動かす努力である。問い合わせへの即応、自社顧客への優先的な案内、内覧の日程を先に押さえること。
二つを分ける基準は、便益が誰に及ぶかである。プールを広げる努力の果実は、投じた社だけのものにならない。ある社の広告を見て関心を持った人が、後日ポータルサイトで別の社の掲載を見て、そちらから問い合わせることは普通に起こる。掘り起こした見込み客が、たまたま知り合いのいる別の社に相談することもある。投じた費用は自社が負い、生まれた買主候補は依頼を受けた全社が共有する。これは経済学が公共財と呼ぶ財の性質そのものである。
| 観点 | プールを広げる努力 | 奪い合う努力 |
|---|---|---|
| 具体例 | 広告出稿・写真と図面・事前の調査・掘り起こし | 即応・自社顧客への優先案内・日程の確保 |
| 一件あたりの費用 | 相対的に大きい | 相対的に小さい |
| 便益の及ぶ範囲 | 依頼を受けた全社に及ぶ | 投じた社に閉じる |
| 売主にとっての価値 | 高い。成約確率と価格の両方を押し上げる | 低い。どの社を通すかが変わるだけ |
| 依頼社数が増えると | 減る | 増える |
3.2 プールを広げる努力は公共財である
オルソン(1965)が『集合行為論』で示したのは、共通の利益を持つ集団が、その利益のために自発的に行動するとは限らないという点であった。各人が負担する費用は自分のものだが、生まれる便益は集団全体に散る。したがって各人にとっては、他人が負担するのを待つほうが有利になる。集団が大きいほど、一人あたりの取り分は小さくなり、この傾向は強まる。
ホルムストローム(1982)は、同じ問題をチーム生産の枠組みで定式化した。複数の主体が共同で成果を生み、その成果を分け合う契約のもとでは、各主体が投じる努力は最適な水準を下回る。自分の努力が生んだ成果のうち、自分の取り分になるのは一部だけだからである。彼が示したのは、この過少投資が誰かの怠慢から生じるのではなく、成果をすべて分配するという制約そのものから生じる、という点であった。
媒介の依頼は、この構図にそのまま乗る。プールを広げる努力が生んだ買主候補は、依頼を受けた各社が分け合う。自分が投じた広告費が生む期待報酬のうち手元に来るのは、その買主を自社で取れる確率の分だけである。依頼社数が三社なら、粗く言って三分の一である。
3.3 奪い合う努力のほうは増える
第二の種類については、逆のことが起きる。問い合わせに何分で折り返すか、自社の顧客に何日早く声をかけるか、内覧の枠をどれだけ確保しておくか。これらの努力は他社との相対で効き、便益は投じた社に閉じる。依頼社数が増えるほど、他社に先を越される危険が増すため、この種の努力を怠ることの費用は上がる。したがって投入は増える。第2節で見た総投入の増加は、その多くがこちら側から来ている。
ここに一般媒介の逆説がある。競争が努力を引き出すのは事実である。ただし引き出されるのは、売主の利益になりにくいほうの努力である。誰がその買主を取るかを動かす努力は、買主の数を一人も増やさない。売主から見れば、同じ一人の買主を三社が奪い合っているにすぎない。総投入が増えても、成約の確率も成約の価格も、ほとんど変わらない。売主が競争によって受け取っているのは、速さであって広さではない。
4. 過少投資はどこから始まるか——費用の閾値
前節の結論は方向を示すだけである。実務に使うには、どれくらいの大きさで、どの手段から順に落ちるのかを見なければならない。ここでは報酬の水準から見積もる。
4.1 依頼社数が期待収益率を割り引く
代金2,000万円の物件を例に取る。売買の媒介で一方の依頼者から受け取れる報酬の上限は、代金が400万円を超える場合、実務で用いられる速算によれば代金の3パーセントに6万円を加えた額とされる(消費税相当額は別に加算する)。この例では66万円である。これは告示が定める上限であって、実際の約定額とは別であることを断っておく。
専任媒介であれば、この66万円は、成約すればその社のものである。ある業者が広告に10万円を投じるかどうかを判断するとき、比べる相手は、その広告が成約確率をどれだけ押し上げるかと66万円との積である。同じ物件を三社に依頼していれば、その広告が生んだ買主が自社を通す確率は、粗く見て三分の一になる。期待される見返りは22万円に相当する分まで縮む。投じる費用は10万円のまま変わらない。
この計算はもちろん粗い。各社の顧客層も広告の効き方も違い、確率が三分の一に揃うわけではない。だが向きは動かない。依頼社数が増えるほど、費用のかかる手段の期待収益率は下がる。しかも下がるのは見返りの側だけである。費用は依頼社数と無関係に、投じた社が丸ごと負う。
4.2 落ちるのは費用の大きい手段からである
重要なのは、投資が一律に減るのではないという点である。減り方には順序がある。期待収益率が一律に割り引かれると、もともと収益率の低かった手段から順に、実行する価値の閾値を割り込む。したがって落ちるのは、費用の大きい手段からである。
- 指定流通機構への登録やポータルサイトへの標準的な掲載は、費用が小さく、多くの場合そのまま実行される
- 写真の撮り直し、間取り図の作成、物件資料の作り込みは、手間が増えるほど後回しになりやすい
- 有料広告の上乗せ、折込チラシ、現地看板といった実費を伴う手段は、判断が慎重になる
- 過去の問い合わせ客への掘り起こし、周辺所有者への声かけ、他業種への持ち込みといった人手のかかる手段は、もっとも落ちやすい
一般媒介にしたのに、どの社も動かなかった。売主のこの実感は、しばしば業者の怠慢として語られる。しかし右の順序を見れば、別の説明がつく。各社は費用の小さい手段だけを実行し、費用の大きい手段を見送っている。掲載はされている。反響がない。売主の目に映るのは、掲載されているのに反響がないという状態だけであり、見送られた手段はどこにも記録として残らない。
4.3 薄い市場ほど損失が大きく出る
この閾値の議論は、市場の厚みによって効き方が変わる。買主候補が多く、標準的な掲載だけで問い合わせが集まる市場であれば、落ちた手段はもともと不要だったかもしれない。掲載すれば見つかる物件に、掘り起こしは要らない。逆に、買主候補が限られ、掘り起こしの手間が成否を分ける市場では、落ちた手段こそが成約を作っていたはずのものである。
静岡県磐田市は人口およそ16万3千人(2026年7月末現在)、周智郡森町は人口およそ1万5,900人(2026年4月1日現在)である。この規模の市場では、一つの物件に対する買主候補はもともと多くない。プールを広げる努力が落ちることの損失は、都市部より大きく出る。一般媒介が競争を生むかどうかという問いは、地域を離れては答えられない。同じ制度が、市場の厚みによって正反対に働く。
註:本節の数値例は報酬の上限額から組み立てた仮の設例であり、特定の取引の実績を示すものではない。上限額の根拠は建設省告示第1552号(およびその後の改正)にあり、実際の報酬額は媒介契約において定められる。
5. 競争が逆に働く三つの経路
第2節のモデルは、各社が同等であり、依頼社数が全員に見えていると仮定していた。この二つの仮定を外すと、競争はさらに弱まる。加えて、複数社が同時に売り出すこと自体が生む副作用がある。三つに分けて見る。
5.1 気落ち効果——強い相手がいると競争は消える
店舗網と広告予算を持つ大手と、地元の小規模な業者では、同じ費用で作れる買主候補の数が違う。この非対称が、競争そのものを消すことがある。ディキシット(1987)が示したのは、コンテストにおける参加者の強弱が、投入の水準を大きく変えるという点であった。勝つ見込みの薄い側は、どれだけ投じても取れないと判断すれば、投入を絞る。降りるほうが合理的だからである。
問題は、そこで終わらないことである。弱い側が降りると、強い側も競争圧を感じなくなり、投入を絞る。誰も投じないまま、コンテストは形だけ残る。参加者が減って競争が弱まるのではなく、参加者が並んでいるのに競争が起きない。この現象は、コンテスト理論では気落ち効果として知られている。強者を一人排除したほうが総投入が増える場合があるという、直観に反する帰結もここから導かれる。
一般媒介でこれが起きると、売主は最悪の組み合わせを引く。実効的な競争者は一社に近づくのに、その一社は独占を渡された対価を何も負っていない。第1節で述べたとおり、一般媒介には指定流通機構への登録義務も業務処理状況の報告義務も法律上は課されていない。専任媒介であれば法が課したはずの義務が、ここでは課されない。独占の実態だけがあって、対価がない状態である。
5.2 依頼社数が見えないこと
国土交通大臣が定める標準媒介契約約款は、一般媒介について二つの型を用意している。他に依頼した業者を相手方に明示する型と、明示しない型である。この選択は、ゲームの言葉でいえば、参加者が自分以外に何社いるかを知っているかどうかの選択にあたる。
依頼社数が分からないとき、各社は推測するほかない。そして推測は悲観の側に寄りやすい。投じた費用が回収されないという損失は、投じずに機会を逃すという損失より、判断の場で重く扱われる傾向があるとされる。結果として、非明示型では実際の依頼社数より多くの競合を想定した行動が選ばれやすい。第4節の閾値でいえば、期待収益率がさらに割り引かれ、落ちる手段が増える。
明示型を選ぶことは、売主が情報を渡すことである。渡すのは他にどこへ頼んでいるかという情報であり、見返りとして得られるのは、各社の投資判断から不確実性を取り除くことである。隠して各社を焦らせるという発想は、この構造の下では裏目に出る。
5.3 重複露出という混雑外部性
三つ目の経路は、買主の側から見たときに現れる。同じ物件が複数の社から掲載されると、買主が検索したときに同一物件が並ぶ。掲載の開始日も、写真の点数も、価格の表示も、社によって揃わないことがある。売り出し中に条件を変えれば、反映の速さも社ごとに違う。
買主にとって、この状態は二つの情報を伝える。第一に、この物件は複数の社に出されている、すなわち売り急いでいるのかもしれない。第二に、揃わない掲載を見比べても、どの情報が正しいのか分からない。前者は交渉の場で売主の立場を弱め、後者は問い合わせそのものを遠ざける。どちらも売主に不利に働く。
各社にとっては、自社の掲載を厚くすることが合理的である。しかし全社が同じことをすると、物件の見え方という共通の資源が損なわれる。ハーディン(1968)が共有地の悲劇として描いた構造——各人にとって合理的な利用が、共有された資源を劣化させる——が、ここでは物件の市場での見え方について生じる。オストロム(1990)が示したように、この種の問題は当事者間の取り決めによって緩和できる。ただし取り決めは自然には生まれない。誰かが設計しなければならず、一般媒介におけるその誰かは、売主のほかにいない。
6. それでも一般媒介が有利になる条件
ここまでの議論は、一般媒介の否定ではない。第3節から第5節までの帰結は、いずれも条件つきである。条件が満たされなければ、逆の結論が出る。本節では、一般媒介が売主に有利になる条件を四つに切り分ける。四つのうちいくつが満たされるかが、判断の材料になる。
6.1 プールを広げる必要が小さいとき
第3節の過少投資は、プールを広げる努力が成約を左右する場合にのみ問題になる。買主候補がすでに十分にいて、標準的な掲載だけで問い合わせが集まる物件では、必要な努力の中身は選別と段取りに寄る。選別と段取りは第3節でいう奪い合う努力に近く、依頼社数が増えるほど厚くなる。この場合、一般媒介の競争は素直に働く。速く動く社が報われ、売主はその速さを受け取る。
どういう物件がこれに当たるかは、事前にある程度の見当がつく。周辺で似た条件の成約が続いている。価格帯が地域の中心的な購入層に合っている。接道・駐車台数・学区で目立った不利がない。逆に、価格帯が地域の中心から外れる物件、用途が限られる物件、権利や法令に説明を要する物件は、この条件から外れる。
6.2 各社のプールが重ならないとき
第3節の過少投資は、各社が同じ買主候補を奪い合うことを前提にしていた。前提が崩れれば、結論も変わる。地元の顧客に厚い社、県外からの移住検討者に届く社、事業用の需要を抱える社、農地や山林に慣れた社。これらの社が持つ買主候補が重ならないなら、各社の努力は互いの取り分を削らない。自分が投じた努力が生む買主は、自分の顧客層から出てくるからである。
この条件は、依頼社数ではなく依頼先の組み合わせこそが問題である、ということを意味する。同じ性格の三社に頼むことと、性格の異なる三社に頼むことは、同じ三社でもまったく違う。前者は奪い合いであり、後者は分業である。売主が確かめるべきは社数ではなく、その社がどの買主層に届くのか、その層は他社の層と重なっているのか、である。ここを確かめずに社数だけを増やすと、第3節の構造がそのまま働く。
6.3 売主がプールを広げる投資を自分で負担するとき
もっとも実務的な条件がこれである。第3節の過少投資は、プールを広げる努力を業者が負担することから生じていた。売主が負担すれば、問題そのものが消える。
具体的には、境界の確認と測量図、建物の状態に関する資料、修繕の履歴、写真、間取り図、そして周辺の成約事例に基づく価格の根拠。これらを売主が用意し、各社へ同一の内容で渡す。すると各社が新たに投じるべき費用は、掲載と応対という費用の小さい部分だけになる。第4節で見た閾値は、落ちる手段がほとんど残らないところまで下がる。共有される公共財を、分け合う側ではなく、依頼する側が供給する形である。
この解には副次的な効果もある。各社が同じ資料と同じ価格で掲載するため、第5節で見た重複露出の問題が緩む。掲載が揃っていれば、買主が受け取る情報は一貫し、売り急ぎの徴候としても読まれにくい。売主がプールを広げる投資の供給者になることは、同時に、オストロムのいう取り決めの設計者になることでもある。
6.4 依頼先の質が不確かで、期限が近いとき
第四に、依頼先の質が事前に分からず、試す時間が限られている場合である。一社に絞れば、合わなかったと分かるまでに時間がかかる。複数社に同時に頼めば、各社の応対の質と報告の粒度を並べて見られる。並行して試すことには、比較の材料が早く揃うという価値がある。
ただしこの利点は、時間で代替できる。専任媒介・専属専任媒介の有効期間は法により3か月を超えられず、更新には依頼者からの申出が要る。3か月ごとに評価し直せるのであれば、逐次的に試すことと並行して試すことの差は、期間の長さの差にすぎない。したがってこの条件が効くのは、動かせない期限が数か月先に迫っている場合に限られる。
註:筆者は媒介を業とする者であり、専任媒介を勧める側の立場にありうる。本節を四つの条件として明示的に書いたのは、その偏りを読者が点検できるようにするためである。四つのうち複数が満たされるなら、一般媒介を選ぶ判断には十分な根拠がある。
7. 売主の実務への含意
以上を、売主が実際に取れる手順へ落とす。要点は一つである。決めるべきは何社に頼むかではなく、プールを広げる投資を誰が負担するか、である。社数はその結果として決まる。順序を逆にすると、第3節の構造にそのまま入り込む。
7.1 依頼の前に、努力の分担を書き出す
売り出しに必要な作業を、二つの列に分けて紙に書く。左に、買主候補を増やすための作業——測量、調査、資料の作成、写真、広告、掘り起こし。右に、現れた買主を扱うための作業——応対、内覧、条件の調整、書面の作成。そのうえで、左の列の各項目について、自分が負担するのか業者に負担してもらうのかを決める。
左の列を業者に委ねるなら、その業者が投資を回収できる形——すなわち独占——を渡すのが筋である。自分で負担するなら、独占を渡す理由は薄くなる。社数の議論は、この分担が決まってから始めればよい。
7.2 一般媒介を選ぶなら、資料と価格を先に揃える
一般媒介を選ぶ場合、売主が用意すべきものは次のとおりである。各社に同一のものを渡すこと自体が要点であり、社ごとに違う資料を渡すと第5節の重複露出が悪化する。
- 登記事項証明書・公図・測量図など、権利と面積に関する書類一式
- 境界標の現況と、確定測量を行うかどうかの方針
- 物件状況報告書に書く内容——雨漏り、増改築、設備の不具合、近隣とのいきさつ
- 売り出し価格と、その根拠に用いた周辺の成約事例
- 写真と間取り図。撮り直しが要るなら売り出し前に済ませておく
- 内覧に応じられる曜日と時間帯
この準備は、一般媒介を選ばない場合にも無駄にならない。専任媒介で進める場合でも、同じ資料は業者の初期費用を下げ、売り出しまでの日数を縮める。準備そのものは、どの類型を選ぶかとは独立に価値を持つ。
7.3 明示型を選び、依頼先の性格をばらす
第5節で述べたとおり、依頼社数を各社に伝える明示型のほうが、各社の投資判断から不確実性を取り除く。隠して焦らせるという発想は、この構造では逆に働く。あわせて、依頼先を選ぶ基準を社数から性格へ移す。地元の顧客層に厚い社と、広域から集客する社と、用途の特殊性に慣れた社。この三社と、同じ商圏で同じ顧客層を追う三社とでは、意味がまったく違う。
各社には、依頼の場で一つ質問しておくとよい。この物件の買主候補は、どういう人で、どこから来ると考えているか。答えが三社で重なるなら、その三社は奪い合う関係にある。答えが分かれるなら、分業が成り立つ。抽象的な熱意ではなく、この一問の答えの分かれ方が、第6節の二つ目の条件が満たされているかどうかを教える。
7.4 判定の日と、見る数字を先に決める
一般媒介には業務処理状況の報告義務が法律上は課されていない。したがって、報告は依頼の内容として自分で取り決めるほかない。売り出し前に、判定の日——3週間後、6週間後といった具体的な日付——を決め、その日に各社から受け取る数字を決めておく。
- 問い合わせ件数・内覧件数・申込件数を、社ごとに分けて数字で受け取る
- 掲載している媒体と、掲載を開始した日を社ごとに確認する
- 内覧した買主から出た指摘の内容を、要約で伝えてもらう
- 各社の数字を合算し、社別の内訳と並べて見る
最後の項目が本稿の主題に対応する。合算した問い合わせ件数が、一社に頼んだ場合の見込みを上回っていなければ、競争は働いていない。社別の内訳が一社に偏っているなら、第5節の気落ち効果が起きている可能性がある。どの社も同じように少ないなら、第4節の過少投資が疑わしい。数字の分布が、どの経路で詰まっているかを教える。判定の日にこの分布を見て、社数を減らすか、類型を変えるか、資料と価格を作り直すかを決める。
8. 結論と今後の課題
一般媒介は本当に競争を生むか。本稿の答えは、競争は生むが、生まれる競争の中身が売主の求めるものとは限らない、というものである。三点に整理する。
第一に、依頼社数が増えると各社の努力が減る、という素朴な主張は正確ではない。コンテストとして読めば、一社あたりの投入は減るが、全社の合計はむしろ増えうる。したがって「複数社に頼むと手を抜かれる」という説明も、「複数社に頼めば本気を出す」という説明も、どちらも総量の話としては当たらない。
第二に、それでも売主が損をしうるのは、努力が同質でないからである。買主候補のプールを広げる努力は、費用を投じた社だけでなく依頼を受けた全社に便益を及ぼす公共財であり、依頼社数が増えるほど各社の取り分は薄まって過少投資に向かう。一方、既にいる買主を奪い合う努力は、依頼社数が増えるほど厚くなる。総量ではなく構成が、売主に不利な側へ動く。売主が受け取るのは、広さではなく速さである。
第三に、過少投資は一律には起きない。費用の大きい手段から順に閾値を割る。掲載は残り、掘り起こしが落ちる。そして落ちた手段は記録に残らないため、売主の目には掲載されているのに反響がないという状態としてしか映らない。買主候補がもともと限られる薄い市場では、この損失が大きく出る。
8.1 一般媒介を選ぶ条件
以上は一般媒介を退ける議論ではない。第6節で示した四つの条件——プールを広げる必要が小さい物件であること、各社の買主層が重ならないこと、その投資を売主自身が負担すること、依頼先の質が不確かで逐次的に試す余裕がないこと——のいずれかが満たされれば、結論は変わる。三つ目は売主の準備だけで満たせる点で、もっとも実行しやすい。
裏返せば、準備をしないまま社数だけを増やす選択が、もっとも成果の出にくい組み合わせになる。一般媒介を選ぶという判断そのものより、その判断に何を伴わせるかのほうが、結果を左右する。
8.2 制度に残された課題
制度の面から二点を挙げておく。一つは、一般媒介に指定流通機構への登録義務が及ばない点である。独占を差し出していない売主に対価を与える必要はない、という制度の理屈は明快である。しかし本稿の枠組みで読むと、登録は費用の小さい手段であり、義務がなくとも実行されやすい部類に属する。義務化しても業者の負担はさほど増えず、市場に集まる情報は厚くなる。個別の交換としての整合性と、市場の情報基盤としての評価が食い違う論点である。
もう一つは、一般媒介に業務処理状況の報告義務がない点である。第7節で述べたとおり、売主が競争の働き具合を診断するには、社別の数字を突き合わせるほかない。ところがその数字を受け取る根拠が、法にはない。売主が自分で取り決めるしかないという状態は、取り決めを思いつかない売主を制度の外に置く。
8.3 本稿の限界
本稿が用いたのは理論的枠組みによる整理であり、実証分析ではない。類型ごとに販売期間や成約価格がどう違うかを示したものではないし、示すには成約データの蓄積が要る。とりわけ、二種類の努力の比率を外から測る方法は与えられていない。落ちた手段が記録に残らないという第4節の指摘は、そのまま測定の困難でもある。
また本稿は、依頼社数を売主が選ぶ変数として扱い、各社がそれを与件とする構造を仮定した。現実には、依頼を受けるかどうかは業者の側も選ぶ。売主の選択が業者の参加の意思決定に跳ね返る構造は、扱えていない。
最後に、薄い市場における価格発見の問題は、本稿の射程の外にある。買主候補が一人しか現れない状況で価格がどう決まるかは、競争の量ではなく比較の不在の問題であり、別の枠組みを要する。別稿で改めて論じる。理論が示せるのは、どこを見ればよいかという方向だけである。見るのは、その物件を前にした当事者の仕事になる。
