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経営戦略論

介護と不動産を同じ会社が営む意味

多角化の論理と、範囲の経済が生まれる場所と生まれない場所

富士ヶ丘サービス株式会社代表取締役 大石 浩之初出 2026.08.23

要旨

高齢期には、介護の決定と住まいの決定が同じ時期に、同じ家族のもとへ来る。ところが事業としては、この二つはまったく別の産業に分かれている。制度も、資格も、監督官庁も違う。本稿の問いは、それでも同じ会社がこの二つを営むことに理論的な根拠があるか、あるとすればどこまでか、である。

分析の道具は、アンゾフ(1957)以来の多角化論と、パンザー=ウィリグ(1981)が定式化した範囲の経済である。範囲の経済は、二つの事業を別々に営むより一つの組織で営むほうが費用が低くなる状態を指す。鍵になるのは、共用される資源が何であるかの特定である。本稿は、共用しうるものとして地域の住宅ストックに関する知識、期限を扱う実務能力、現地に人がいることの三つを挙げ、逆に共用できないもの——個々の利用者の情報と、その人が寄せた信頼——を切り分ける。

費用の側は二つある。第一に、経営資源とりわけ経営者の注意が二つの規制体系に分割され、どちらの専門性も中途半端になる危険。第二に、これが決定的なのだが、共用の源泉であるはずの情報と信頼が、そのまま最悪の誘因になりうるという危険である。介護の場でつくられた関係を不動産の案件を得る手段として使うことは、依存関係のもとで同意の質を壊す。本稿は、この線を規範ではなく構造で引くべき理由と、放棄すべき範囲の経済の範囲を示す。最後に、決定の順序を組み立てるための実務上の手順を、売主と家族の側に立って整理する。

関連多角化範囲の経済経営資源高齢期の住み替え利益相反経営戦略

1. はじめに——問題の所在

人が高齢期に入ると、二つの決定が同じ時期に来る。どこで、誰の手を借りて暮らすかという介護の決定と、いま持っている家をどうするかという住まいの決定である。この二つは、当事者の生活の中では一つの出来事として体験される。父が入院し、退院後は自宅に戻れないと告げられ、施設を探し、費用の見通しを立て、そのために空いた実家をどうするかを兄弟で話し合う。ここに切れ目はない。

ところが供給する側から見ると、この一続きの出来事は、まったく別の産業に分かれている。介護は介護保険法(平成9年法律第123号、2000年施行)と老人福祉法の体系に属し、不動産の売買の媒介は宅地建物取引業法(昭和27年法律第176号)の体系に属する。免許も、資格も、監督の主体も、報酬の決まり方も違う。当事者にとって連続している問題が、事業者の側では制度的に分断されている。

本稿の問いは、この分断をまたいで同じ会社が両方を営むことに、経営学的な根拠があるかどうかである。実務の世界では、この種の併営はしばしば「相乗効果がある」の一言で肯定され、あるいは「本業に集中すべきだ」の一言で否定される。どちらも分析ではない。相乗効果があるとすれば、それは具体的にどの資源が共用されるからなのか。集中すべきだとすれば、何が失われるからなのか。ここを特定しない限り、賛否はただの立場表明にとどまる。

高齢期の決定
住まいの決定
二つの事業
当事者にとって一続きの出来事が、供給側では別々の産業に分かれている。この分断をまたぐことに根拠があるかが本稿の問いである。

方法は二段構えである。第一に、多角化と範囲の経済という枠組みを数式を使わずに再構成する。範囲の経済とは、二つの財を別々の企業が作るより一つの企業が作るほうが総費用が低くなる状態を指し、その源泉は共用される資源にある。分析の核心は、何が共用され、何が共用されないかの特定に置かれる。

第二に、その枠組みを高齢期の住まいの決定という局面に当てる。この局面は、他の不動産取引と異なる三つの性質——決定の主体が本人から家族へ移りやすいこと、医療上の事情で時間軸が急に縮むこと、意思能力そのものが論点になりうること——を持ち、便益の側も費用の側も増幅する。

先に結論の骨格を述べる。共用できる資源は存在する。ただしそれは、多くの人が想像するもの——利用者やその家族という具体的な人のつながり——ではない。個々の利用者に関する情報と、その人がケアの現場に寄せた信頼は、むしろ共用してはならないものである。共用の源泉に見えるものが、そのまま最も危険な誘因になるからである。

筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とし、同じ会社が市内で介護事業も営んでいる。したがって本稿は、外から他社を論評する文章ではなく、自らが置かれた構造を自分で点検する文章である。立場を隠して中立を装うことはしない。むしろ、当事者だからこそ書ける危険——併営する側にどのような誘因が働くか——を、第7節で正面から扱う。

以下、第2節で多角化の理論を、第3節で範囲の経済の概念を整理する。第4節で高齢期の住まいの決定を工程に分解し、第5節で共用しうる資源を同定する。第6節で専門性の希薄化という費用を、第7節で越えてはならない線を論じる。第8節を売主と家族の実務に落とし、第9節で限界と残された課題を述べる。

2. 多角化の理論——企業はなぜ事業を増やすのか

多角化は経営戦略論の中でも古い主題であり、蓄積が厚い。ここでは、後の議論に必要な三つの層——動機、方向、成果——を、それぞれの層を代表する古典で押さえておく。

2.1 アンゾフ——多角化は「新しい製品を新しい市場へ」

アンゾフ(1957)は、企業の成長の方向を、製品が既存か新規か、市場が既存か新規かという二軸で整理した。既存製品を既存市場に深く売るのが市場浸透、既存製品を新しい市場へ持ち出すのが市場開拓、新製品を既存市場に出すのが製品開発、そして製品も市場も新しいのが多角化である。四つのうち多角化だけが、企業にとって既知の要素を一つも含まない。

含意は明快である。多角化は他の三つの成長方向より不確実性が構造的に高く、選ぶ側には、なぜ他の三つではなくこれなのかを説明する責任が生じる。介護と不動産の併営は、この分類でいえば製品も市場も新しい多角化にあたる。相手にする顧客は重なるように見えて、実際には制度上の資格要件も、費用の支払われ方も、時間の流れ方も違う。

2.2 ペンローズ——未利用の資源が成長の方向を決める

では企業はなぜ、わざわざ不確実な方向へ進むのか。ペンローズ(1959)の答えは、資源の側にある。企業が事業を営むと、そこに未利用の資源が生まれる。人の時間、蓄積した知識、設備の余力、地域での関係。これらは事業の拡大に伴って端数として残り、しかも捨てることができない。この未利用資源をどこに使うかが、企業の成長の方向を内側から決める。

この見方は、多角化を経営者の野心や流行ではなく資源の論理として説明する。ある会社が高齢者の生活に日々接しているなら、そこには住まいに関する知識と、家族の事情を聞く経験が蓄積される。それが既存事業だけでは使い切れないとき、隣接する領域への展開という選択肢が現れる。ただし同じ書物は、企業の成長に管理能力という上限がかかることも指摘している。

成長の方向
未利用の資源
関連の度合い
多角化は不確実性の高い成長方向である。ペンローズは、企業内に残る未利用資源がその方向を内側から決めると論じた。

2.3 ルメルト——関連多角化と非関連多角化

第三の層は成果である。ルメルト(1974)は、米国の大企業を多角化の類型に分けて業績と対照させ、既存事業と関連の深い領域に絞って多角化した企業群の成果が、無関係な領域に広く手を出した企業群より相対的に良好であったと報告した。ここから、関連多角化という概念が戦略論の標準的な語彙になった。

ただし読み方には注意がいる。これは企業群の平均の話であって個々の企業の成否を保証しない。そして本稿にとってより重要なことに、関連しているという判定そのものが難しい。介護と不動産は、産業分類の上では無関係である。顧客の局面という切り口で見れば強く関連している。使う資格や規制の体系で見れば、また無関係に戻る。関連性は事実として与えられるのではなく、どの次元で切るかによって決まる。

したがって、関連多角化だから良いという推論は成り立たない。関連しているという主張は、どの資源が具体的に共用されるのかを示して初めて内容を持つ。次節で範囲の経済を導入するのは、この「どの資源が」を厳密に言うためである。

註:チャンドラー(1962)が描いたように、組織の形は戦略に従って変わる。二つの事業を一つの会社に置くなら、指揮系統と評価の単位をどう分けるかまで含めて設計しなければ、戦略の意図は現場に届かない。

3. 範囲の経済とは何か、そして何でないか

範囲の経済は、併営を正当化するときに最も頻繁に持ち出される概念であり、同時に最も雑に使われる概念でもある。定義を確認し、混同されやすい二つの概念と区別しておく。

3.1 定義——別々に営むより安いこと

パンザー=ウィリグ(1981)による定式化は単純である。二つの財を一つの企業がまとめて生産する費用が、二つの企業がそれぞれ生産する費用の合計より小さいとき、そこに範囲の経済がある。逆に、まとめて作るほうが高くつくなら範囲の不経済である。判定の基準は費用だけであり、売上の大きさや事業の見栄えは関係しない。

この定義から重要な条件が導かれる。範囲の経済が生じるには、二つの事業のあいだで何かが実際に共用されていなければならない。共用されるものがなければ、一つの会社に置こうと二つに分けようと費用は変わらない。範囲の経済の有無は、共用対象を具体的に名指しできるかで決まる。名指しできないなら、二つの事業が同じ登記簿の上に載っているだけである。

3.2 ティース——共用されるのは資源よりノウハウである

ティース(1980)は、範囲の経済の源泉として、物理的な設備の共用よりノウハウの共用のほうが企業の範囲を決める要因として重いことを論じた。設備は市場で借りれば済む。ところが、言葉にしにくい知識——どう判断するか、どこに落とし穴があるか——は市場で取引しにくい。取引しにくいものを使い回そうとするとき、企業は同じ組織の内側に両方を置く理由を持つ。

介護と不動産のあいだで共用しうるのも、建物でも車両でもない。高齢期の生活がどう推移するかについての見当、家族の話がどこで止まるかの勘所、行政の窓口の使い方といった、文書になりにくい判断の型である。ワーナーフェルト(1984)やバーニー(1991)の資源ベースの議論が、模倣しにくい資源として無形のものを重く見たのも同じ理由による。

別々に営む
まとめて営む
共用される知識
範囲の経済は費用で判定される。共用対象を具体的に名指しできないなら、それは範囲の経済ではなく事業の並置にすぎない。

3.3 規模の経済・垂直統合との区別

混同されやすい概念が二つある。第一は規模の経済で、同じ財をたくさん作るほど単位費用が下がることをいう。増えるのは量であって種類ではない。第二は垂直統合で、同じ財が最終利用者に届くまでの工程のうちどこまでを自社で担うかという問題である。増えるのは工程であって事業領域ではない。

この区別は本シリーズの別稿との関係でも重要である。仲介業者が買取事業を併せ持つかどうかは垂直統合の議論に属し、利益相反は同一の取引の内部で生じる。本稿が扱うのは、別の産業に属する事業を並べて営むという水平的な問題であり、危険は事業をまたいで持ち込まれる情報と関係のところで生じる。発生の場所が違えば、対処も違う。

概念増えるもの費用が下がる理由主な危険
規模の経済同じ財の量固定費が分散する過剰な設備投資
垂直統合同じ財の工程工程間の取引費用が消える同一取引内での利益相反
範囲の経済事業の種類資源やノウハウを共用できる事業をまたぐ情報と関係の流用

3.4 範囲の経済でないもの

最後に、範囲の経済と呼んではならないものを挙げる。片方の事業で得た顧客をもう片方に回すことは、費用の節約ではなく需要の付け替えである。二つの事業の収益の変動が打ち消し合うことも、費用の節約ではない。この二つを数え入れると、併営の正当化は際限なく緩くなる。どんな組み合わせでも、顧客を回すことと収益を平均することはできてしまうからである。問われているのは、二つの事業が同じ屋根の下にあることでどの費用が実際に下がるのか、それだけである。

4. 高齢期の住まいの決定を工程に分解する

理論を当てる前に、対象の構造を見ておく。高齢期に生じる住まいの決定は、単一の意思決定ではなく、性質の違う決定が順に、しかし重なり合いながら訪れる工程である。ここを一括りにすると、どの局面で何が共用できるのかが見えなくなる。

4.1 四つの局面

実務で観察される順序は、おおむね次のようになる。第一に、自宅での生活を続けるか支援を受ける場に移るかという居所の決定。第二に、移るとしてどこへ移るかという行先の決定。第三に、その費用をどう賄うかという資金の決定。第四に、空いた家をどうするかという処分の決定である。

この四つは、制度上まったく別の体系に属する。第一と第二は介護保険法と老人福祉法、そして高齢者の居住の安定確保に関する法律(平成13年法律第26号)が枠を与える領域であり、第四は宅地建物取引業法の領域である。第三の資金の決定だけが、両方の語彙を必要とする。

  • 居所の決定——自宅で続けるか、支援を受ける場に移るか(介護の領域)
  • 行先の決定——どの類型の住まいを選ぶか(介護と住宅の境界領域)
  • 資金の決定——入居時と月々の費用を、年金・預貯金・資産の売却のどれで賄うか(両方の領域)
  • 処分の決定——空いた家を売るか、貸すか、当面そのまま持つか(不動産の領域)

4.2 この工程が持つ三つの固有の性質

第一に、決定の主体が移りやすい。判断は本人のものであるべきだが、実際には入院や体調の変化を契機に、配偶者や子が事実上の決定者になっていく。意思能力が問題になる場合には、成年後見制度(2000年施行)の利用が要ることもある。誰が決めるのかが曖昧なまま話が進むことが、この局面の最大の実務的困難である。

第二に、時間軸が外から縮められる。退院の日、入居可能日。これらは市場ではなく医療や施設の都合で決まり、家族の準備の進み具合とは無関係に迫る。不動産の売却は本来、期限に追われるほど条件が悪くなる取引である。この局面では、その最も不利な条件が初期設定として与えられている。

四つの局面
外から来る期限
決める人が動く
高齢期の住まいの決定は四つの局面から成る。期限が外から与えられ、決定の主体が本人から家族へ移りやすい点に固有の困難がある。

第三に、情報の性質が違う。介護の局面で扱われるのは、病歴や心身の状態といった、個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)が要配慮個人情報として厳格に扱う情報である。不動産の局面で扱われるのは、境界や建築可否といった物件の情報である。前者は本人の尊厳に、後者は取引の安全に直結する。同じ「情報」という語で括れるものではない。

4.3 局面ごとに主役が違う

この工程では、局面ごとに助言者の顔ぶれが変わる。居所と行先については介護支援専門員、地域包括支援センター、医療機関の相談窓口が中心になる。資金については家族と、場合によっては税理士や司法書士が加わる。処分については宅地建物取引業者が加わる。それぞれが自分の局面については詳しく、隣の局面については詳しくない。

ここに、併営を正当化する最も素朴な議論が生まれる。局面をまたいで話が通じる相手が一人いれば家族の負担は減る、という議論である。一定の説得力はある。ただし前節の基準に照らせば、これが範囲の経済であるといえるためには、その「話が通じること」の内実を共用可能な資源として名指しできなければならない。

なお、静岡県磐田市の人口はおよそ16万3千人、世帯数はおよそ7万2千である(磐田市の統計、2026年7月末現在)。この規模の市では、四つの局面に関わる主体の数は限られ、互いに顔が見える。都市部の匿名的な市場を前提にした議論が、そのままでは当てはまらない条件がここにある。

5. 何が実際に共用されるのか——共有資源の同定

範囲の経済があるというためには、共用対象を名指しできなければならない。本節では、共用しうる資源を三つ挙げ、次いで共用してはならない資源を二つ挙げる。前者と後者を混ぜないことが、この分析の要点である。

5.1 共用しうるもの(1)——地域の住宅ストックについての知識

介護の事業を地域で営むと、そこで働く者は否応なく地域の住まいの実情に触れる。どの地区にどの年代の家が多いか、玄関から居室までに段差がいくつあるのが普通か、冬にどの部屋が冷えるか。こうした知識は住宅の使われ方についての一次情報であり、統計からは得られない。

この知識は、不動産の側では建物の評価と買主層の想定に効く。築年数と面積だけで評価されがちな中古住宅について、実際にそこで人がどう暮らせるかを具体的に語れることは、査定の説明の解像度を上げる。ティース(1980)のいう、市場では取引しにくいノウハウの典型である。重要なのは、これが特定の個人ではなく地域の住宅一般についての知識である点である。誰のプライバシーにも触れずに共用できる。

5.2 共用しうるもの(2)——期限のもとで工程を組む能力

介護の現場は、動かせない期限を日常的に扱う。退院日、入居日、サービスの開始日。それらから逆算し、必要な手続きを並べ、間に合わない項目を先に潰す。不動産の売却も、期限があれば同じ構造の問題になる。確定測量に隣地の立会いが要るなら着手を前倒しする、残置物の処理に何週間かかるかを先に見積もる、価格の改定日をあらかじめ決めておく。工程を先に引き、動かせない項目から着手するという型は、どちらの事業でも同じであり、共用によって二重に学ぶ費用が節約される。

5.3 共用しうるもの(3)——現地に人がいるという条件

第三は、もっとも物理的なものである。地域で事業を営むこと自体が、現地に人がいるという条件を作る。空き家の様子を見に行く、行政の窓口に出向く、近隣に挨拶する。ただし、この条件が範囲の経済を生むのは、拠点や移動の費用が二つの事業で実際に分け合われる場合に限られる。別々の建物を構え別々に人を雇っているなら、共用されているのは費用ではなく地名だけである。

地域の知識
期限の段取り
共用できる型
共用しうるのは、地域の住宅ストックについての知識、期限のもとで工程を組む能力、現地に人がいるという条件の三つである。

5.4 共用してはならないもの(1)——個々の利用者の情報

介護の事業で得られる情報の中核は、特定の個人の心身の状態と生活の事情である。これは前節で述べたとおり、法が要配慮個人情報として保護の水準を上げている類型に属する。この情報を不動産の側の案件の発見や営業判断に使うことは、法の趣旨に反するだけでなく、そもそも範囲の経済の名に値しない。費用の節約ではなく、本人の同意なき目的外利用だからである。

経営学の言葉に翻訳すればこうなる。ある資源が共用できるかは、技術的な可能性ではなく、その資源が誰に帰属するかで決まる。組織の資源でないものを組織の資源として使うことは、共用ではなく流用である。

5.5 共用してはならないもの(2)——ケアの現場に寄せられた信頼

メイヤーら(1995)は、信頼を能力への信頼、善意への信頼、誠実さへの信頼の三つに分けた。ケアの現場で形成される信頼は、このうち善意への信頼——この人は私の利益を考えてくれる——の比重が大きく、しかも対象を越えて広がりやすい。介護で信頼できた組織なら不動産でも信頼できるだろう、と受け手は考えがちである。

この転移は、受け手にとって合理的とは限らない。介護の場面で示された善意は、その場面での能力を何ら保証しないからである。にもかかわらず転移が起こるということは、併営する側が意図せずして、検証されていない信頼を手にすることを意味する。これは資源ではなく預かりものである。次節の線引きの必要は、ここから生じる。

6. 専門性の希薄化という費用

便益を見たので、費用を見る。併営の費用は二つある。本節で扱うのは第一の費用、すなわち専門性が薄まる危険である。第二の費用——情報と信頼の流用——は次節で扱う。

6.1 経営者の注意は分割できるが、専門性は分割しにくい

ペンローズ(1959)は、未利用資源が成長を促すと論じたのと同じ書物の中で、成長に対する制約も指摘している。新しい事業を立ち上げるには経験を積んだ管理者の時間が必要であり、その時間は既存事業から引き剥がすほかない。企業の成長速度には、管理能力による上限がある。

この制約は、中小規模の会社ではとりわけ厳しく効く。二つの事業を営むとは、二つの規制環境を追いかけ、二つの職能の水準を保ち、二つの現場の問題を同じ頭で処理することである。不動産の側でいえば、法令や税制の改正、地域の取引動向、個々の物件の調査。介護の側にも同等の負荷がある。片手間で水準が保てる領域ではない。

6.2 二つの規制体系、二つの職能

併営が特殊なのは、二つの事業が別々の法体系のもとで、別々の専門職によって担われている点である。宅地建物取引業は免許制であり、事務所ごとに専任の宅地建物取引士を置くことが求められ、重要事項の説明はこの資格者が行う。介護の側にも、事業の類型ごとに人員配置や資格の要件がある。要件が重ならない以上、人を融通して費用を下げるという単純な共用は成立しない。

むしろ費用は増える方向に働きうる。二つの体系にまたがることで、記録・監査・研修の仕組みを二重に整えなければならない。この管理費用の増加は、第3節の定義に照らせば範囲の不経済である。共用による節約がこの増加を上回るかどうかは、事前には分からない。分からないものを「相乗効果」の一語で肯定するのは、分析の放棄である。

6.3 関連多角化の優位は、個社の保証ではない

第2節で触れたルメルト(1974)の知見に加えて、多角化した企業の企業価値が単独事業の企業の合計を下回る傾向を指摘する研究群も、1990年代以降に現れている。これについては、そもそも多角化に踏み切る企業がもともと業績の劣る企業であった可能性を指摘する反論もあり、決着したとはいいがたい。引き出せるのは控えめな含意だけである。多角化の良し悪しを一般論として決めることはできず、決められるのは、目の前の組み合わせについて共用対象が名指しできるか、管理費用の増加を上回るか、という個別の判定である。

共用の節約
管理費用の増加
三つのテスト
併営の第一の費用は専門性の希薄化である。共用による節約が二重の管理費用を上回るかは、事前には決まらない。

6.4 ポーターの三つのテスト——とくにベターオフテスト

ポーター(1987)は、企業が新しい事業に踏み込むべきかを判定する基準として三つを挙げた。その事業の産業構造が魅力的か、参入の費用が将来得られる利益を食い潰さないか、そして自社が加わることでその事業か既存事業のどちらかが実際に良くなるか(ベターオフテスト)である。

併営の議論で最も効くのは第三のテストであり、裏返すと厳しい問いになる。所有していなくても同じ結果が得られるなら、その活動を所有する理由はない。地域の介護の担い手と不動産の担い手が別の会社であっても、必要な情報が適切な手続きで流れ、家族が困らないなら、両者を一つの会社に置く必要はない。

ただし、この問いは地域の実情に照らすと簡単には片づかない。介護支援専門員や地域包括支援センターは、住まいの処分について助言する立場にはない。士業は依頼を受けてから動く。局面のあいだには、誰の担当でもない隙間が実際に存在する。その隙間を埋めるために同じ会社であることが本当に要るのかが、答えるべき問いである。

7. 越えてはならない線——介護の場は案件の入口ではない

併営の第二の費用は、前節で共用しうると述べた資源のすぐ隣にある。地域の住宅についての知識と、個々の利用者についての情報は、現場では地続きである。段差の多い家についての一般的な知見と、あの家の段差が多いという個別の事実は、同じ訪問の中で同時に得られる。この境目は、放っておけば曖昧になる。

7.1 共用の源泉が、そのまま最悪の誘因になる

構造は単純である。不動産の媒介は、案件を得るまでの費用が大きい事業である。広告を出し、相談を待ち、その中の一部が実際の依頼になる。ところが介護の事業を営んでいれば、住まいの処分が視野に入る家族と、費用をかけずに接触している状態が日常的に生じる。この接触を案件の獲得に転用すれば、獲得費用は劇的に下がる。誘因は、意図の善し悪しと無関係に、そこにある

誘因が働いた場合に何が起きるかも明白である。介護の側の判断が、住まいの処分の見込みによって歪む。あるいは歪んでいなくても、歪んでいないことを外から確かめられない。前者は実害であり、後者は信頼の毀損である。構造が誘因を生んでいる以上、当事者が誠実であることは外部から見て証拠にならず、後者は併営を採る限り避けられない。

7.2 依存関係のもとでの同意は、同意として弱い

通常の商取引の議論をそのまま持ち込めない理由がここにある。市場取引の正当性は、当事者が対等に選べることに支えられている。気に入らなければ断り、他所へ行けばよい。しかしケアを受けている人と家族にとって、ケアの提供者との関係は簡単に切り替えられるものではない。生活が依存しているからである。

依存関係のもとでは、断るという選択肢の費用が跳ね上がる。断ったことで日々の関わりが気まずくなるかもしれない、という懸念それ自体が判断を歪める。その関係の中で得られた同意は、形式的には同意であっても、内容としては同意の名に値しないことがある。要件の充足と倫理的な正当性は別の問題である。

誘因が生まれる
断りにくさ
構造で断つ
ケアの依存関係のもとでは断る費用が跳ね上がる。だから同意を取れば足りるとはならず、線は構造の側で引く必要がある。

7.3 線は規範ではなく構造で引く

利益相反への対処には、行動規範と研修で抑える方法と、そもそも相反する行為が起きない構造を作る方法の二つがある。前者は柔軟だが外から検証できない。後者は硬直的だが検証できる。誠実さが証拠にならない以上、この局面では後者を採るべきである。構造として引きうる線は、たとえば次の四つである。

  • 個々の利用者の情報を事業間で渡さない(組織の資源と本人の情報を分ける)
  • ケアの場を起点に売却の話を持ちかけない(発意は本人・家族の側から、別の窓口で)
  • 担当と評価の単位を分ける(介護の側の目標に不動産の成果を混ぜない)
  • 依頼を受けるときは、他社と比較する機会があることを先に伝える

7.4 放棄すべき範囲の経済

この線引きは、範囲の経済の一部を意図的に放棄することを意味する。理論的には共用できるものを共用しないと決めるのだから、費用の節約は失われる。「相反しないように気をつけている」ではなく「この便益は取らない」と述べるほうが、はるかに検証しやすい。放棄したあとに残るのが、第5節で挙げた三つ——地域の住宅ストックについての知識、期限のもとで工程を組む能力、現地に人がいるという条件——である。いずれも特定の個人に帰属せず、誰の依存関係にも乗らずに共用できる。

なお当社は、不動産の側では自社で買い取る事業を持たず、買取や買取保証を率先して行わない。買取という売り方そのものを否定するものではないが、売主の代理人が同時に買主になる構造は採らない。本節の線引きは、その延長線上にある。相反を生む構造を最初から持たないことが、説明の一貫性を保つ最も確実な方法だからである。

8. 売主と家族の実務への含意

ここまでは供給する側の分析である。本節では視点を反転させ、高齢期の住まいの決定に直面している本人と家族が、明日から何をどの順で決められるかに落とす。理論から導かれるのは、順序と、確かめるべき事柄の二つである。

8.1 介護の決定を先に固め、住まいの決定を後に置く

第4節で見たとおり、四つの局面のうち期限が外から与えられるのは居所と行先の決定であり、処分の決定には本来その種の期限がない。にもかかわらず実務では二つが同時に走り、処分の側が引きずられる。引きずられた売却は、値引きの要求を断りにくく、調査の不足を抱えたまま契約に進みやすい。

したがって原則は単純である。介護の側の決定を先に確定させ、必要な資金の額と時期をはっきりさせてから処分の設計に入る。急ぐように見える場合でも、動かせないのが金額なのか時期なのかを分けて確かめる。時期だけが問題なら、引渡し時期を後ろに置く条件設計で対応できることがある。

8.2 誰が決めるのかを、最初に決める

第二の原則は、決定の主体を先に確定させることである。所有者本人が判断できる状態にあるのか、判断能力に不安があり成年後見制度の利用が要るのか。共有名義であれば共有者全員の意思が要り、相続が起きているなら相続人の範囲と登記の状態を先に確かめる。この確認を後回しにすると、買主が見つかった段階で手続きが止まる。

8.3 費用と収入を、一つの表に合流させる

第三に、介護の側の費用と不動産の側の手取りは、別々の勘定に置かれやすい。入居時の費用と月々の費用、実家を保有し続ける場合の固定資産税と管理の費用、売却した場合の手取りと税。別々に眺めているうちは比較ができない。同じ時間軸の上に置き、年単位で並べて初めて比較の対象になる。

局面決めること決める人先に確かめること
居所・行先自宅で続けるか、移るか本人(家族が支える)介護の相談窓口の見立てと、入居できる時期
資金入居時と月々の費用をどう賄うか本人と家族不足額と、それが必要になる時期
処分売るか、貸すか、当面持つか所有者(共有なら全員)名義と登記の状態、境界、建築可否、残置物

この表を埋める作業自体が、決定の主体と期限を可視化する。埋まらない欄が、次に確かめるべき事柄である。なお処分の選択肢には、市場での売却のほかに自治体の空き家バンクもある(磐田市は2021年4月1日に開設)。届く相手が異なるため、物件の状態と期限に応じて使い分けるのが実際的である。

同じ表に並べる
決める順序
残る手取り
介護の費用と売却の手取りは別勘定に置かれやすい。同じ時間軸に並べて初めて、選択肢どうしが比較できるようになる。

8.4 相手の立場を確かめる三つの問い

第7節の議論は、相談する側から見れば三つの問いに翻訳できる。第一に、この相談であなたはどこから報酬を受け取るのか。仲介手数料なのか、買主としての利ざやなのか、別の事業の対価なのか。第二に、私の事情をどこで知ったのか。こちらから話していない情報を相手が持っているなら、どこから来たのかを尋ねてよい。第三に、他社にも聞いてよいか。

三つ目への反応は、相手の立場をよく映す。比較を歓迎する相手と、比較を急かして遮る相手とでは、以後の説明の受け止め方を変えてよい。いずれの問いも、誠実さを推し量るためではなく構造を確かめるためのものである。

8.5 隙間は、連携でも埋まる

最後に、第6節のベターオフテストへの答えを実務の側から述べる。局面のあいだの隙間は、同じ会社であることによってのみ埋まるわけではない。介護の相談窓口、士業、宅地建物取引業者が、それぞれの担当範囲と隣の担当へ渡す時点を明示していれば、家族の側で工程をつなぐことはできる。要るのは一つの会社ではなく、一つの工程表である。

つなぐ費用は残る。誰かが全体を見て、次に何が要るかを言わなければならない。その役割を取引から報酬を得る立場の者が担わなければならない理由はない。同じ会社が両方を営むことの意味は、この工程表を作る手間をいくらか減らすところにある。

9. 結論と今後の課題

本稿は、介護事業と不動産事業を同じ会社が営むことを、関連多角化と範囲の経済の枠組みで検討した。結論は三つに要約できる。

9.1 三つの結論

第一に、範囲の経済は実在するが、その範囲は狭い。共用しうるのは、地域の住宅ストックについての知識、動かせない期限のもとで工程を組む能力、現地に人がいるという条件の三つである。いずれも特定の個人に帰属しない、組織に蓄積された資源である。逆に、個々の利用者の情報と、ケアの場に寄せられた信頼は共用の対象ではない。それらは本人のものであり、組織の資源として使えば流用になる。

第二に、費用は二方向から来る。一つは専門性の希薄化である。二つの規制体系と二つの職能を抱えることは、共用による節約を打ち消すだけの管理費用を生みうる。もう一つは、共用の源泉がそのまま誘因になるという構造上の問題である。ケアの依存関係のもとでは断る費用が高く、同意の質が弱まる。この危険は当事者の誠実さでは解消されない。外から検証できないからである。

第三に、したがって線は構造で引くほかない。情報を渡さない、ケアの場を起点に売却の話を持ちかけない、担当と評価の単位を分ける、比較の機会を先に伝える。これは範囲の経済の一部を意図的に放棄することであり、放棄したと明言することにこそ意味がある。局面のあいだの隙間は、一つの会社ではなく一つの工程表によって埋められる。

共用の範囲
預かった信頼
工程でつなぐ
併営の正当化は、共用対象を名指しできる範囲に限られる。残りは信頼の預かりであり、線を構造で引くほかない。

9.2 本稿の限界

限界は三つある。第一に、本稿は費用の比較を概念のうえで論じたにとどまり、共用による節約と二重の管理費用のどちらが大きいかを測っていない。第二に、信頼の転移について、メイヤーらの三分類を援用したが、ケアの文脈から不動産の文脈へ信頼がどの程度移るかを示す実証を持たない。ここは推論にとどまる。

第三に、本稿は静岡県磐田市という具体的な条件——人口およそ16万3千人、住宅地の公示地価が1平方メートルあたり50,086円で前年比およそ0.16%の上昇という、値動きの小さい市場(磐田市の統計、2026年7月末現在/2026年地価公示に基づく市町村平均)——を暗黙の前提にしている。関係者が互いに顔の見える規模だからこそ、評判が規律として働き、構造による線引きが観察されうる。匿名性の高い大都市では、同じ処方が同じように機能するとは限らない。

9.3 今後の課題

別稿に投げる論点を三つ挙げる。第一に、局面をまたぐ工程表を誰が作り、その費用を誰が負担するのか。第二に、決定の主体が本人から家族へ移る過程で生じる利害の不一致——本人にとっての最善と相続人にとっての最善が食い違う場面——の扱い。第三に、構造による線引きを外部から確認可能にする方法である。書面の記載、担当の分離の可視化、第三者の関与のうち何がどの程度の証拠力を持つかは、開示の倫理の問題として扱われるべきである。

最後に一点だけ確認しておきたい。本稿の全体を通じて、高齢期の生活に接することを案件の源泉として扱う見方は採っていない。そうした見方は、倫理的に受け入れがたいだけでなく、分析としても誤っている。案件の獲得費用が下がることは範囲の経済ではなく、需要の付け替えにすぎないからである。範囲の経済として主張してよいのは、誰のプライバシーにも触れず、誰の依存関係にも乗らずに共用できる範囲に限られる。その範囲は狭く、しかし確かに存在する。

参考文献

  1. H・イゴール・アンゾフ(1957)「多角化のための戦略」
  2. イーディス・ペンローズ(1959)『会社成長の理論』
  3. アルフレッド・D・チャンドラー(1962)『組織は戦略に従う』
  4. リチャード・P・ルメルト(1974)『多角化戦略と経済成果』
  5. デヴィッド・J・ティース(1980)「範囲の経済と企業の範囲」
  6. ジョン・C・パンザー/ロバート・D・ウィリグ(1981)「範囲の経済」
  7. バーガー・ワーナーフェルト(1984)「企業の資源ベース観」
  8. マイケル・E・ポーター(1987)「競争優位から企業戦略へ」
  9. C・K・プラハラード/ゲイリー・ハメル(1990)「企業のコア・コンピタンス」
  10. ジェイ・B・バーニー(1991)「企業資源と持続的競争優位」
  11. ロジャー・C・メイヤー/ジェームズ・H・デイビス/F・デヴィッド・シュアマン(1995)「組織的信頼の統合モデル」
  12. 介護保険法(平成9年法律第123号)
  13. 老人福祉法(昭和38年法律第133号)
  14. 高齢者の居住の安定確保に関する法律(平成13年法律第26号)
  15. 宅地建物取引業法(昭和27年法律第176号)
  16. 個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第57号)
  17. 国土交通省「宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方」
  18. 磐田市「磐田市の人口 令和8年度」(2026年7月末現在)
富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役 大石 浩之

大石 浩之

富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役
宅地建物取引士(静岡県知事 第027186号)

富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役。宅地建物取引士(静岡県知事 第027186号)。静岡県磐田市見付5789番地1で不動産業を営む。

自社で買い取る事業を持たず、仲介一本で売主の側に立つことを事業の前提に置いている。買主になれば「安く買いたい人」になり、同じ口で価格の妥当性を説明できなくなる、という理由による。買取・買取保証という売り方そのものは否定せず、売主が選んだ場合は買主にならずに複数社の見積もりを比較する立場に回る。

同社は不動産業のほか、磐田市内で介護事業を営む。高齢期の住み替え、施設入居、実家の処分という一連の局面に事業として接してきたことが、本シリーズの問題意識の背景にある。

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