1. はじめに——問題の所在
不動産の売却相談の場で、最も頻繁に交わされる言葉がある。いま手放すのは惜しい、もう少し待てば上がるのではないか、というものである。この言葉は単なる未練ではない。土地は減らない、人はどこかに住み続ける、いずれ景気が戻れば価格も戻る。そうした一組の前提に支えられた、一つの予測である。予測である以上、それが成り立つ条件と成り立たない条件がある。本稿はその条件を、都市経済学の道具立てで切り分けることを目的とする。
まず現況を確認しておく。磐田市の人口は2026年7月末時点で163,224人、世帯数は72,421世帯である。同市の住宅地の公示地価は2026年(令和8年)で1平方メートルあたり50,086円、前年比+0.16%であった。数字だけを見れば、市場は静かに横ばいである。急落しているわけでも、投げ売りが起きているわけでもない。この状況で縮小都市という主題を掲げるのは、時期尚早に見えるかもしれない。
しかし、現在の価格が語っているのは現在の需給である。売主が判断しようとしているのは、将来の需給についてである。この二つを取り違えると、横ばいという現況を、そのまま将来の保証として読んでしまう。本稿が検討したいのは、その読み替えがどこまで妥当かという一点である。
あらかじめ断っておくと、本稿では将来人口の推計値を用いない。理由は二つある。第一に、特定の予測数値を根拠に置いた助言は、その予測が更新された瞬間に根拠を失う。売主が下す判断は取り消しがきかないのだから、根拠のほうが動いては困る。第二に、市町を単位とした将来推計は、個別の物件が建っている場所の判断には粒度が粗すぎる。同じ市の中で、拠点に近い区画と縁辺部の集落では、起きることの向きすら異なりうる。
代わりに本稿が用いるのは、すでに観測されている構造である。住宅という財が持つ性質、住宅需要を数える単位の動き方、そして公共投資と維持費が配分される仕組み。いずれも予測ではなく、いま働いている力である。これらから、待てば上がるという命題がどの場所で成り立ち、どの場所で成り立ちにくいかを導く。
議論の軸は三つ立てる。第一は、住宅需要を数える単位が人口ではなく世帯であるという点である。世帯数は人口より遅れてピークを迎える。この時差が、いま需要があることを将来の保証と取り違えさせる。第二は、立地適正化計画による居住の誘導である。これは禁止ではなく誘導であるため、規制としてではなく期待を通じて価格に転写される。第三は、インフラ維持費の集中である。道路や上下水道の維持費は利用者数に比例しないため、密度が下がるほど一人あたりの負担が重くなる。
なお筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者であり、本稿の関心は純粋に理論的なものではない。当社は自社で買い取る事業を持たず、買取や買取保証を率先して行わない。この立場は、待つことの費用をどう見積もるかという本稿の中心的な論点と無関係ではないため、第7節で改めて明示する。立場を隠して中立を装うことはしない。
以下、第2節で縮小がなぜ成長の逆再生にならないのかを、住宅の耐久性から説明する。第3節で需要の単位としての世帯を扱い、第4節で立地適正化計画による誘導を、第5節でインフラ維持費の集中を検討する。第6節では待てば上がるという主張に対する五つの反論を順に扱い、第7節で売主の実務に落とす。第8節で本稿の限界と、別稿に委ねる論点を述べる。
2. 縮小は成長の逆再生ではない
縮小都市を論じるとき、最初に崩しておくべき直感がある。人口が増えれば価格が上がり、減れば下がる。ならば減少局面は増加局面を逆にたどるだけであり、いずれ人口が戻れば価格も戻る、という見方である。この見方は、住宅という財の性質を一つ見落としている。
2.1 住宅は耐久財である
住宅は、数十年にわたって存在し続ける耐久財である。この当たり前の事実が、増加局面と減少局面を非対称にする。人口が増えるとき、住宅の供給は建築によって増やせる。土地の造成、資材、職人の手配に時間はかかるが、需要が続くかぎり供給は追いついていく。したがって増加局面では、需要の増加は数量の増加として吸収され、価格の上昇はある程度で頭打ちになる。
ところが人口が減るとき、住宅は同じようには減らない。建物は自然に消えないし、取り壊すには費用がかかる。所有者にとって、住まなくなった家を解体することは支出であって収入ではない。したがって減少局面では、需要が減っても供給はその場に残る。行き場を失った調整は、数量ではなく価格に向かう。
2.2 グレイザー=ジーマーの非対称
この構造を明示的に定式化したのが、グレイザーとジーマーが2005年に示した都市の衰退と住宅の耐久性についての議論である。彼らは、都市の成長と衰退が対称ではないことを、住宅供給曲線の形として説明した。供給は上方向には弾力的である。需要が増えれば建てられるからである。しかし下方向には非弾力的である。需要が減っても建物は残るからである。曲線は屈折している。
この屈折から二つの帰結が出る。一つは、成長する都市では人口が大きく増えても価格の上昇は緩やかにとどまりうるのに対し、衰退する都市では人口の減少が価格の下落として鋭く現れるということである。もう一つは、価格が下がっても住宅ストックはなかなか減らないため、下落した状態が長く続きうるということである。安くなれば買い手が現れて需給が均衡する、という調整は、供給が減らない以上、期待したほど速くは働かない。
2.3 空き家という形で残る供給
日本の文脈では、この残った供給は空き家という形をとる。重要なのは、空き家が市場から退出した在庫ではないという点である。相続や売却をきっかけにいつでも市場に戻りうる、いわば潜在的な供給である。買主の側から見れば、いま売りに出ている物件だけが選択肢ではない。近隣に同種の空き家が控えていることは、価格交渉における買主の立場を静かに支える。
空家等対策の推進に関する特別措置法は、管理不全の空き家に対して行政が関与する枠組みを整えたが、これは主として管理の問題への対処であって、需要を創り出す仕組みではない。供給側の滞留を減らす方向には働きうるものの、縮小局面で価格を支えるほどの力はもたない。
2.4 累積的因果関係という論点
もう一点、注意しておくべき力学がある。ミュルダール(1957)が累積的因果関係と呼んだ、初期のわずかな差が自己増幅していく過程である。ある地区で世帯が減ると、店舗や医院の採算が悪くなり、撤退が起きる。生活の利便が落ちれば、そこを選ぶ世帯はさらに減る。この循環は、人口の減り方が均等であっても、場所ごとの差を拡大する方向に働く。
したがって、市全体の平均が横ばいであることは、市内のどの地区も横ばいであることを意味しない。平均が動かないまま、内訳の分散だけが広がっていく局面がありうる。売主にとって意味があるのは平均ではなく、自分の物件が分散のどちら側に置かれているかである。第4節と第5節は、この分かれ目がどこに引かれるかを扱う。
3. 需要を数える単位——世帯数のピークアウト
住宅の需要を人口で測るのは、日常の感覚としては自然だが、分析としては誤りである。住宅を必要とするのは個人ではなく世帯だからである。四人で一戸に住んでいた家族が、子の独立によって三つの世帯に分かれれば、人口は変わらないのに必要な住宅は三戸になる。逆に、高齢の親が子の世帯に同居すれば、人口が変わらないまま必要な住宅は減る。
3.1 人口が減っても世帯は増える局面がある
この単位の違いが、縮小局面の理解を難しくしている。人口が減り始めても、世帯規模——一世帯あたりの人数——が同時に縮んでいれば、世帯数はしばらく増え続ける。単身化、核家族化、そして高齢者の一人暮らしの増加が、人口減少と世帯増加を同時に成立させる。国勢調査が人口とは別に世帯を集計しているのは、この二つが別々に動くからである。
つまり、人口減少が始まってから住宅需要が減り始めるまでには時差がある。この時差の期間、市場は静かに見える。空き家は増えているのに、成約はそれなりに起き、地価も大きくは動かない。売主がいま目にしているのは、多くの場合この時差の中の風景である。ここで観測される安定を、構造的な安定と取り違えることが、待てば上がるという期待の温床になっている。
3.2 平均世帯人員という指標
磐田市の公表値では、2026年7月末時点の人口が163,224人、世帯数が72,421世帯である。ここから単純に割れば、一世帯あたりの人数はおよそ2.25人となる。この水準そのものに驚くべきものはないが、指標としての意味は明確である。一世帯あたりの人数が小さいほど、世帯分離による世帯数の押し上げ余地は残り少ない。人口が世帯数を支える力は、この数字が下がるにつれて尽きていく。
重要なのは、この余地が尽きたあとに何が起きるかである。世帯規模の縮小によって隠されていた人口減少が、そのまま世帯数の減少として現れる。そのとき需要は減り、同時に第2節で述べたとおり供給は減らない。需要の減少と供給の滞留が重なる局面が、縮小都市の不動産市場が本来の姿を見せるところである。
3.3 三つの層は別々に動く
整理すると、地域の住宅市場には少なくとも三つの層があり、それぞれ動く速さも向きも異なる。人口、世帯数、住宅ストックである。この三層を分けて見ないかぎり、いま起きていることを正しく読めない。
| 層 | 何を数えるか | 縮小局面での動き |
|---|---|---|
| 人口 | そこに住む人の数 | 最も早く減り始める |
| 世帯数 | 住宅を必要とする単位の数 | 世帯規模の縮小により遅れて減り始める |
| 住宅ストック | 存在する住宅の数 | 耐久性のため減りにくく、除却が進まなければ横ばいで残る |
この表が示すのは順序である。人口が減り、遅れて世帯が減り、住宅は減らない。三層のずれが最大になるのは、世帯数が減り始めた直後である。そこでは需要が縮む一方、ストックは過去の世帯増加に合わせて積み上がったままである。売却の判断において、この順序を意識しておくことには実務的な意味がある。
3.4 高齢単身世帯は需要であり、同時に将来の供給である
もう一つ見落とされやすい点がある。世帯数を押し上げている高齢の単身世帯は、いま現在は確かに住宅需要である。しかしその同じ世帯は、施設への入居や相続をきっかけに、将来の住宅供給の予約でもある。需要としてカウントされている一戸が、時間の経過とともに供給側へ移る。この二重性は、他の年齢層の世帯にはあまり見られない性質である。
実務の言葉に直せばこうなる。いま近隣で空き家が少ないことは、将来も少ないことを意味しない。むしろ、高齢の単身世帯が多い地区ほど、数年から十数年のうちに同種の物件がまとまって市場に出る可能性が高い。売り出す時期を考えるとき、比較すべきは現在の競合物件の数ではなく、近い将来に競合しうる物件の数である。
4. 立地適正化計画という誘導
人口が減る前提に立ったとき、都市計画の課題は市街地を広げることから、広がった市街地をどう畳むかへ移る。日本でこの転換を制度化したのが、都市再生特別措置法にもとづく立地適正化計画である。市町村が、居住を誘導する区域と、医療・福祉・商業などの都市機能を誘導する区域を定め、そこへ居住と施設を集めていく。いわゆるコンパクトシティ政策の中核をなす仕組みである。
4.1 これは規制ではなく誘導である
第一に押さえるべきは、この制度が禁止ではないという点である。都市計画法の区域区分——いわゆる線引き——は、市街化調整区域における建築を原則として制限する。これは規制である。これに対し立地適正化計画は、居住誘導区域の外での住宅の建築を禁じない。一定規模以上の場合に市町村への届出を求める、という手続的な仕組みが置かれるにとどまる。
したがって、居住誘導区域の外にある住宅が売れなくなるわけではない。この点は繰り返し強調しておく必要がある。区域外だから価値がない、という単純化は誤りであり、そうした説明で売り急ぎを促すことは売主の利益に反する。しかし禁止でないことと、価格に影響しないことは別である。誘導は、規制とは異なる経路をたどって価格に届く。
4.2 誘導が価格に届く三つの経路
第一の経路は、公共投資の配分である。誘導区域は、道路・上下水道・公共施設の更新において優先される。逆に区域外では、更新が後回しになったり、施設が統廃合されたりする可能性が相対的に高くなる。この差は年単位では見えないが、住宅ローンが想定する数十年という期間では無視できない。
第二の経路は、金融機関の担保評価である。買主が住宅ローンを使う以上、金融機関がその土地を長期にわたって担保として評価できるかどうかが、買える人の数を決める。将来の生活基盤の継続性に不安がある地域では、評価が保守的になりやすい。買主層が薄くなれば、売主が向き合う交渉の相手は減る。
第三の経路は、期待の自己実現である。計画が公表され、どこが誘導区域かが可視化されると、買主も事業者も金融機関もそれを前提に行動し始める。区域内には需要が集まり、区域外からは事業者が手を引く。計画が実際に効果を上げるより前に、計画があるという事実そのものが行動を変える。ティブー(1956)が描いた、住民が公共サービスの水準を見て居住地を選ぶという構図の、縮小局面版といってよい。
4.3 線引きのある市と、ない町
この誘導の意味は、その地域にどんな都市計画の枠組みが敷かれているかによって変わる。磐田市は市街化区域と市街化調整区域の線引きがある都市計画区域であり、市の都市計画の資料では総人口のおよそ45%が市街化調整区域に住んでいるとされる。つまり同市では、調整区域は例外的な場所ではなく、多くの市民の生活の場である。
線引きのある市では、すでに規制による第一の選別が働いている。そのうえに誘導が重なると、市街化区域の中でさらに内と外が分かれることになる。売主の側から見れば、確認すべき問いが二段になる。自分の土地は市街化区域か調整区域か。市街化区域だとして、誘導区域の内か外か。この二つは別の問いであり、片方の答えでもう片方を推測することはできない。
一方、森町は市街化区域・市街化調整区域の区分がない非線引き都市計画区域である。線引きによる制限がない分、どこにでも建てられるように見えるが、それは同時に、市街地が薄く広がったまま維持されやすいことを意味する。非線引きの地域では、規制ではなく生活サービスの実際の配置——学校、診療所、店舗、公共交通——が事実上の誘導として働く。制度の形は違っても、拠点とそれ以外という分化が起きる点は共通している。
註:立地適正化計画を作成しているかどうか、また誘導区域がどこに引かれているかは市町村ごとに異なり、改定もされる。個別の土地がどの区域にあたるかは、その市町村の都市計画担当課で確認されたい。本稿は制度の一般的な作用を論じるにとどめ、特定の市町の計画の内容には立ち入らない。
5. インフラ維持費の集中
第三の軸は、生活を支える基盤の費用である。ここが縮小都市の議論のうち、売主にとって最も遠く感じられ、しかし最も長く効いてくる部分である。
5.1 ネットワークの費用は利用者数に比例しない
道路、橋梁、上水道、下水道、そして公共交通。これらはネットワーク型のインフラである。その費用構造には共通の性質がある。総費用の大半が、利用者数ではなく延長や施設数によって決まるという性質である。ある集落まで引かれた1キロメートルの配水管は、そこに住む世帯が20であっても5であっても、同じように更新の時期を迎え、同じ費用を要する。
したがって、密度が下がると一人あたりの維持費は上がる。人が減った分だけ費用も減る、という直感は成り立たない。これは経営の失敗ではなく、費用構造から導かれる算術的な帰結である。縮小局面において自治体の財政が苦しくなるのは、収入が減るからだけではなく、同じ量の施設をより少ない人数で支えることになるからである。
5.2 集中には二つの意味がある
本節の表題に用いた集中という語は、二つの意味を同時に指している。一つは費用の集中である。薄く広がった地域ほど、一人あたりの維持費が高く積み上がる。もう一つはサービスの集中である。財政の制約に直面した自治体は、施設を統廃合し、拠点に機能を集めることで単位あたりの費用を下げようとする。総務省が全地方公共団体に策定を求めた公共施設等総合管理計画は、この選択を計画として明示させる仕組みである。
この二つは同じ現象の表と裏である。費用が集中する場所からサービスが撤退し、サービスが集中する場所に人が集まり、その結果としてさらに密度の差が開く。第2節で触れた累積的因果関係が、財政という回路を通じて働く。
| 観点 | 拠点に近い区域 | 縁辺の区域 |
|---|---|---|
| 一人あたりの維持費 | 低く抑えられる | 同じ施設を少ない人数で支える |
| 施設更新の優先度 | 相対的に高い | 統廃合・縮小の対象になりやすい |
| 生活サービスの継続性 | 見通しが立てやすい | 数十年先の不確実性が大きい |
| 買主から見た評価 | 長期の居住を想定しやすい | 長期の見通しに割引が入りやすい |
5.3 買主は数十年先を評価している
ここで話を売却に引き戻す。住宅を買う人の多くは住宅ローンを組み、二十年から三十五年という期間で返済する。つまり買主は、いまの住み心地だけでなく、返済が終わるころにその場所がどうなっているかを——意識的にせよ無意識にせよ——評価している。学校が残っているか、水道の更新は行われるか、路線バスは走っているか。
この評価は、価格の割引という形では現れにくい。多くの場合、買主候補の数という形で現れる。長期の不確実性が大きい場所では、そもそも検討の対象に入らない、あるいは検討の途中で離脱する買主が増える。売主が観測できるのは、内覧の少なさや反響の乏しさであって、その背後にある理由ではない。だからこそ、この経路は見えにくい。
5.4 それでも縁辺が無価値になるわけではない
誤解を避けるために付け加える。以上の議論は、拠点から離れた不動産に価値がないという主張ではない。第一に、生活サービスの縮小は一様に進むものではなく、地域の合意や事業者の判断によって大きく変わる。第二に、買主の選好は一様ではない。広い土地、静かな環境、車での移動を前提とした暮らしを積極的に選ぶ層は確実に存在する。第三に、価格が下がった財には、それに見合う使い道が生まれる。
実際、森町の土地は2026年時点で1平方メートルあたりおよそ26,900円、前年比−0.74%という水準にあり、磐田市の住宅地平均のおよそ半分である。この価格差は、拠点性の差が価格にすでに織り込まれた結果であると同時に、そこでしか成立しない使い方——広い敷地を要する用途、農地や山林と一体で使う暮らし——を可能にする条件でもある。売主にとって重要なのは、価値の有無ではなく、その価値を評価する買主がどこにいるかを特定できるかどうかである。
6. 「待てば上がる」という命題を検討する
ここまでの三つの軸を踏まえて、冒頭の言葉に戻る。待てば上がるのではないか、という期待である。この期待にはいくつかの根拠が伴って語られる。本節ではその根拠を五つ取り上げ、それぞれがどこまで成り立つかを検討する。結論を先に述べれば、五つのうち完全に否定されるものは一つもない。しかし、いずれも成立条件が限定されており、その条件が満たされているかどうかは物件ごとに確かめられる。
6.1 「地価は現に上がっているではないか」
最も直接的な反論である。実際、磐田市の住宅地の公示地価は2026年で前年比+0.16%、磐田駅周辺では+0.51%であった。下がっていないどころか、わずかに上がっている。
この事実は動かないが、二つの留保が要る。第一に、公示地価は選ばれた標準地の価格であり、市街地に厚く配置される。縁辺部の個別の物件の推移を代表しているとはかぎらない。第二に、同じ市の内部でもすでに方向が分かれている。2026年の駅別の平均では、磐田駅周辺が57,111円で+0.51%、豊田町駅周辺が44,160円で−0.03%、御厨駅周辺が43,242円で+0.10%である。同一の市の中で、上がる駅と横ばいの駅がある。さらに森町では同時期に−0.74%である。
つまり観測されているのは、地域全体の上昇でも下落でもなく、拠点への分化である。第2節で述べた分散の拡大が、すでに数字に現れていると読むほうが整合的である。平均が上がっていることは、自分の物件が上がっている側にあることを意味しない。
6.2 「物価が上がるのだから、いずれ名目の価格も上がる」
この主張には理がある。土地は名目資産ではないから、一般物価の上昇は名目価格を押し上げる方向に働く。しかし、売主が受け取るのは名目の売却額ではなく、そこから費用を引いた手取りである。保有を続ける間に発生する固定資産税、管理費、火災保険料、そして建物の劣化は、名目価格の上昇分を相殺する。
加えて、建物の劣化は物価と無関係に進む。土地の名目価格が数年で数%上がっても、その間に建物の評価が下がり、売却時に解体費用を織り込まれるのであれば、手取りは増えない。名目と実質を区別し、さらに土地と建物を分けて考えないかぎり、この主張は検証できない。第7節で示す年額の試算は、そのための道具である。
6.3 「待つこと自体に価値がある」
保有を続けることは、将来売る権利を持ち続けることであり、権利には価値がある。不確実性が大きいほど、その権利の価値は高まる。この理屈自体は正しい。しかし、この種の権利の価値を削る要因が二つある。
一つは保有費用である。権利を持ち続けるために毎年支出が発生するなら、その分だけ価値は目減りする。もう一つは、原資産の趨勢である。待っている間に対象そのものの価値が下がる見込みが強ければ、待つことの価値は小さくなる。縮小局面では、この二つが同時に働く。待つことが無料でないという点だけは、確実に言える。この論点の詳細は別稿に譲る。
6.4 「子や孫が使うかもしれない」
相続を見越した保有には、経済計算では測れない動機が含まれる。それを否定するつもりはない。ただし、第3節で見た世帯の動きを踏まえると、次の世代が同じ家を使う確率は、以前より低くなっていると考えるのが自然である。世帯規模が縮み、就業地が分散し、住宅の取得年齢が上がるなかで、実家をそのまま引き継ぐという選択は例外になりつつある。
実務的な提案は一つである。使うかもしれないという可能性を、当事者に確かめることである。可能性のままにしておく期間が長いほど、建物は傷み、共有者は増え、合意形成は難しくなる。確かめた結果が使わないであったとしても、それは判断の材料が一つ確定したということであり、損失ではない。
6.5 「行政が何か手を打つのではないか」
空き家バンク、移住支援、リフォーム補助といった施策は各地で行われている。磐田市は2021年4月1日に磐田市空き家バンクを開設し、森町も定住推進課が空き家・空き地バンクを運営している。これらは有効な選択肢であり、実際に成約に至る例もある。
しかし、これらの施策の多くは情報の仲介であって、需要そのものを創り出すものではない。掲載すれば売れるという仕組みではないし、掲載を見る層は移住や二拠点居住を検討している人に偏る。第4節・第5節で見た誘導や統廃合の方向は、むしろ縁辺部の縮小を前提として設計されている。行政が地域全体の需要を押し戻すという前提で待つことは、制度の趣旨とも整合しない。
7. 売主の実務への含意
以上を、売主が実際に取れる手順に落とす。縮小局面の意思決定でつまずくのは、判断の材料が足りないからではなく、判断が期限のない問いとして立てられているからである。いつか売る、という形の問いは、答えが出ない。ここでは、答えの出る形に問いを組み替える順序を示す。
7.1 待つことの費用を年額の数字にする
最初にやることは、価格を調べることではない。保有を1年続けるといくらかかるかを、金額で出すことである。項目は限られている。固定資産税・都市計画税、火災保険料、電気・水道の基本料金、草刈りや通風のための往復の費用、庭木や設備の維持、そして建物の劣化に相当する分。遠方に住んでいれば、往復の交通費と、そのために使う時間も費用である。
この年額が出れば、待てば上がるという命題は検証可能な形になる。年間の保有費用を上回る値上がりが見込めるか、という問いに置き換わるからである。第6節で見たとおり、拠点への分化が進む局面で、縁辺部の物件についてこの問いに肯定で答えるのは容易ではない。ただし、答えが物件ごとに違うことこそが要点である。一般論ではなく自分の数字で答えを出すために、この作業を最初に置く。
7.2 自分の物件を三つの軸で位置づける
次に、物件がどこに立っているかを整理する。本稿の三つの軸に対応する形で、確認する項目は次のとおりである。いずれも役所の窓口か、現地を見れば分かることであり、推測で埋めない。
- 都市計画上の位置——市街化区域か市街化調整区域か、非線引きか。用途地域は何か。立地適正化計画があるなら、居住誘導区域の内か外か
- 生活基盤の見通し——小学校区の統廃合の議論はあるか、上下水道は公営か私設か、路線バスや乗合交通の路線はあるか
- 近隣の世帯の構成——近隣に高齢の単身世帯が多いか、すでに空き家となっている家が何軒あるか、近い将来に競合しうる物件はどれだけあるか
- 建物の状態——現況で引き渡せるか、解体を前提とすべきか、残置物と境界の状況はどうか
四つ目を加えたのは、第2節で述べた耐久性の非対称が、個別の物件では建物の扱いという形で現れるからである。建物を残すか壊すかの判断そのものは別稿の主題だが、縮小局面ではこの判断を先送りするほど選択肢が減るという点だけは、ここで述べておく。
7.3 判断の期日を、売り出す前に置く
第6節の五つの根拠は、いずれも期限のない待機を正当化する方向に働く。だからこそ、期限は外から与えられるのを待つのではなく、自分で置く。売り出し前に、価格を見直す日と、方針そのものを見直す日を、日付で決めておく。専任媒介であれば契約期間は3か月以内と定められており、業務処理状況の報告義務もあるから、この区切りを検証日として使える。
期日を先に置くことには、二つの効果がある。一つは、判断の遅れそのものが情報として買主に伝わるのを防ぐことである。長期の滞留と度重なる値下げは、売り急ぎの兆候として読まれる。もう一つは、心理的な効果である。あらかじめ決めた基準で動くほうが、その場の感情に左右されずに済む。
7.4 買主の集合を、拠点の内側に閉じない
第5節で述べたとおり、縮小局面で価格に効くのは買主候補の数である。したがって売主が動かせる余地は、価格の付け方よりも、届く範囲の広さにある。同じ物件でも、届け方によって候補の集合は変わる。指定流通機構への登録と不動産ポータルサイトへの掲載で通勤圏の世帯と再販事業者に届き、空き家バンクで移住検討層に届き、隣接地の所有者への打診で土地の一体利用を考える層に届く。経路ごとに、届く相手も評価される要素も違う。
そのうえで、価格の目安ではなく下限を決めておく。この金額を下回るなら売らない、という留保価格である。希望価格が上から近づく数字であるのに対し、留保価格は下から支える数字であり、交渉の前に決めておくべきものである。第7.1項で出した年額の保有費用は、この下限を決める材料でもある。待ち続ける費用が分かっていれば、いくらまでなら受けるかを感情ではなく計算で答えられる。
7.5 買取の提案を受けたときに確認すること
縮小局面の売主には、買取の提案が届くことがある。当社は自社で買い取る事業を持たず、買取や買取保証を率先して行わないが、買取という売り方そのものを否定はしない。期限が動かせない事情がある場合、早く確実に決まることには実際の価値がある。
確認すべきは金額の前に立場である。その相手はその取引の買主なのか、買主を探す仲介なのか。買主であれば、提示額は支払う金額であり、低いほど相手が得をする。そのうえで、仲介手数料や諸費用を引いた手取りに直して並べる。買取を選ぶ場合も、同じ条件を書いた資料を複数社に同時に示して見積もりを比較すれば、条件が揃うだけで数字の意味が読めるようになる。
8. 結論と今後の課題
人口が減る前提で不動産をどう考えるか。本稿の答えは、将来を当てにいくのではなく、すでに働いている構造から言えることだけを使い、待つことの費用を数字にして比較する、というものである。
三つの軸を振り返る。第一に、住宅需要の単位は人口ではなく世帯であり、世帯規模の縮小が人口減少を一時的に覆い隠す。この時差の期間に観測される安定は、構造の安定ではない。第二に、立地適正化計画による誘導は禁止ではないが、公共投資の配分、担保評価、期待の自己実現という三つの経路を通じて、区域の内と外に差を生む。第三に、ネットワーク型インフラの維持費は利用者数に比例しないため、密度の低下は一人あたりの負担を押し上げ、統廃合という形でサービスの配置を変える。
これらを貫くのは、住宅が耐久財であることから生じる非対称である。需要が増えれば供給は追いつくが、需要が減っても供給は減らない。ゆえに縮小は数量ではなく価格で調整され、下落した状態は長く続きうる。待てば元に戻るという期待は、供給が減ることを暗黙に前提にしているが、その前提が最も成り立ちにくいのが住宅という財である。
8.1 本稿の限界
限界は三つある。第一に、本稿は意図的に将来人口の推計値を用いていない。そのため、いつ何が起きるかについては何も述べていない。順序と方向は論じたが、時期は論じていない。時期を知りたい読者にとって、本稿は物足りないはずである。この物足りなさは、根拠のない具体性より望ましいと判断した結果である。
第二に、地域の数値として用いたのは磐田市と森町の公表値にかぎられ、いずれも基準日のある一時点の値である。地価公示は選ばれた標準地の価格であり、個別の物件の推移を代表するものではない。個別の土地について語るには、周辺の成約事例と物件固有の条件を別に見る必要がある。
第三に、立地適正化計画の実際の効果については、制度が定着してからの期間が長いとはいえず、確定的なことは述べていない。誘導が価格に届く三つの経路は、論理としては明快だが、それぞれの寄与の大きさを測ったわけではない。ここは今後の検証に委ねる。
8.2 別稿に委ねる論点
本稿から自然に分岐する論点がいくつもある。待つことの価値を実物オプションとして評価する枠組み、取引件数の少ない地域で価格がどう決まるかという薄い市場の議論、空き家が市場に出てこない理由を所有者の意思決定から説明する試み、保有課税が老朽家屋を残す誘因として働く構造。いずれも本稿では触れるにとどめた。
加えて、本稿が扱えなかった大きな論点が一つある。縮小局面において、個々の売主が合理的に行動した結果が、地域全体にとって望ましい配置をもたらすとはかぎらない、という問題である。早く売り抜けた者が有利になる構造は、放置された物件を近隣に押しつける。個別の合理性と全体の合理性が食い違うこの問題は、外部性と公共政策の主題であり、別の稿で扱うべきものである。
最後に一点だけ、実務の側から述べておく。縮小を論じることは、悲観を売ることではない。人口が減る地域にも、そこでしか成り立たない暮らしがあり、それを求める買主がいる。本稿が示したかったのは、その買主を見つける作業を先送りしないための材料である。待つという選択が悪いのではなく、期限も費用も定めないまま待つという状態が、選択肢を静かに減らしていく。
