ホーム不動産論文財政学

財政学

保有課税は売却判断をどう歪めるか

住宅用地の特例と、空き家が市場に出ないことの財政学

富士ヶ丘サービス株式会社代表取締役 大石 浩之初出 2026.08.23

要旨

本稿の問いは、日本の不動産保有課税が、所有者に資産を手放す判断を促す方向に働いているのか、それとも妨げる方向に働いているのかである。財政学には、土地への課税は資源配分を歪めないという古典的な命題がある。土地の供給は課税によって増えも減りもしないため、供給量が変わらず、超過負担が生じないという理屈である。この命題が正しければ、保有課税は売るか持つかの判断に対して中立であるはずだ。

ところが日本の固定資産税は、土地の価値そのものにではなく、その土地がどう使われているかに依存して課税標準が決まる部分を持つ。住宅の敷地であれば課税標準は法定の割合まで圧縮され、家屋を失えばその圧縮が外れる。この一点によって、課税は土地の利用形態に対する価格シグナルへと変質する。本稿は、この特例を財政学でいう租税支出——歳出を伴わない隠れた補助金——として読み直し、それが老朽家屋を残す誘因として働いてきた構造を示す。

方法は制度の構造分析である。取得・保有・譲渡という三つの局面に課税を分け、保有課税が売却を促す経路が、住宅用地特例と譲渡所得課税のロックイン効果によってどこまで打ち消されるかを検討する。続いて空家等対策特別措置法による特例の切り離しを、租税支出の対象を限定する政策手段として評価し、その限界を述べる。税額の試算は行わない。個別の適用の可否と金額は、市町村の資産税を扱う窓口および税理士に属する判断である。

保有課税固定資産税住宅用地特例租税支出課税の中立性空き家の滞留

1. はじめに——問題の所在

不動産の売却を相談する場では、しばしば次のような言葉を聞く。急いで売らなくても、持っているだけならたいした費用はかからない、と。この認識は部分的には正しい。空き家を一年放置しても、住宅ローンのように毎月の返済期日が迫るわけではない。しかし完全に正しいわけでもない。所有している限り、固定資産税が、そして区域によっては都市計画税が、毎年課される。一年では小さく見え、十年では無視できない大きさになる負担である。

本稿が問題にしたいのは、金額そのものよりも、その金額が土地の使われ方によって変わるという事実のほうである。地方税法は、住宅の敷地として使われている土地について、課税標準を法定の割合まで圧縮する特例を置いている。政策目的は明快で、居住のための資産に重い負担をかけないことにある。目的そのものに異論を唱える者は少ない。問題は、この特例が住宅という建物の存在を要件としているために、もはや住宅として使われていない老朽家屋を残しておくことにも同じ利益が及ぶ点にある。売ることも壊すことも選ばずに持ち続けるという選択が、制度によって相対的に安くなるのである。

1.1 なぜ財政学から論じるのか

この問題を財政学の枠組みで扱うのには、二つの理由がある。第一に、保有課税は取引の当事者間の交渉とは無関係に、毎年一方的に発生する。買主との情報格差や交渉力といった当事者間の論点とは層が違い、制度の設計そのものが問われる。売主がどれほど巧みに交渉しても、賦課された税が減るわけではない。

第二に、財政学には課税の中立性という評価軸が用意されている。ある税が、課税されなかった場合に人々が選んだであろう行動を変えてしまうとき、その税は中立ではない。中立でない税は、税収として公庫に入る分とは別に、行動を歪めたこと自体による損失——超過負担と呼ばれる——を社会に負わせる。売却するか保有を続けるかという判断が税制によって動かされているとすれば、それは好き嫌いの問題ではなく、中立性の破れとして測ることのできる論点になる。

毎年の課税
残る家屋
売る/持つ
保有課税は所有している限り毎年発生する。その負担が上物の有無で変わるとき、税は売るか持つかの判断に対して中立ではなくなる。

1.2 問いと、あらかじめ述べておく結論

本稿の問いは次のとおりである。日本の不動産保有課税は、所有者が資産を手放す判断を促す方向に働いているのか、妨げる方向に働いているのか。結論を先に述べれば、力の向きは一つではない。土地の価値に応じて毎年課される部分は、持ち続ける費用を高め、売却を促す方向に働く。住宅用地の特例が適用される部分は、その力を大きく弱める。さらに売却の瞬間にのみ発生する譲渡所得課税は、売却そのものを先送りする誘因として働く。三つの力が同時に作用し、正味の向きは所有者の事情によって変わる。

以下、第2節では土地への保有課税がなぜ良い税とされてきたかを、財政学の古典に即して再構成する。第3節で日本の固定資産税と都市計画税の骨格を、応益原則という観点から確認する。第4節で住宅用地特例を租税支出として読み直し、中立性がどこで破れるかを示す。第5節で取得・保有・譲渡という三つの局面の課税が売却判断に及ぼす力を分けて検討する。第6節で空家等対策特別措置法による修正を政策手段として評価し、第7節で売主の実務に落とし、第8節で限界を述べる。

あらかじめ断っておくと、本稿は税額の試算を一切行わない。示すのは法令が定める割合と要件の構造までである。個別の土地について実際にいくら課されるかは、その土地の評価額、前年度の課税標準額、面積、都市計画税の課税区域に入るかどうかによって決まり、これらを把握しているのは市町村である。確認先は市の資産税を扱う窓口であり、譲渡に伴う課税については税理士および税務署である。この線引きは本稿を通じて保つ。

2. 土地への課税はなぜ「良い税」とされてきたか

保有課税が売却判断を歪めていると論じる前に、土地への課税が財政学でどのように評価されてきたかを確認しておく必要がある。この背景を欠いたまま「固定資産税が空き家を生む」と述べても、税そのものを非難する議論にしかならない。実際には、土地に対する課税は、経済学の歴史の中で最も評判の良い税の一つであり続けてきた。

2.1 供給が動かない財に課す税

出発点はリカード(1817)の地代論にある。彼が示したのは、地代は土地の価格を決める費用ではなく、生産物の価格が決まった結果として生じる余剰だという理解である。ここから重要な帰結が導かれる。地代に課税しても、土地の供給量は変わらない。土地は人間が作り出すものではなく、税が重いからといって減らせるものでもないからである。

課税による社会的損失は、通常、課税が取引量や生産量を減らすことから生じる。減った分に対応する利益が誰の手にも渡らずに消えることが、超過負担である。ところが供給が完全に動かない財では、この経路が働かない。課税されても土地はそこに在り続ける。したがって土地への課税は、理論上、超過負担を生まない税として位置づけられる。

この論理を最も先鋭に押し進めたのがヘンリー・ジョージ(1879)である。土地の価値の上昇は所有者の努力ではなく社会全体の発展によって生じるのだから、課税によって公共に回収すべきだという主張であった。土地単税は現実の税制としては採用されなかったが、土地課税の効率性という論点を後世に残した。アダム・スミス(1776)の課税四原則に照らしても、土地は隠すことも動かすこともできない点で、課税対象としての適性を備えている。

2.2 地方の税としての適合性

土地への保有課税が世界的に地方自治体の基幹税とされてきたのは、税源が動かないからでもある。所得や法人利益は税率の高い自治体から低い自治体へ逃げるが、土地は逃げない。さらにティボー(1956)が定式化した見方がある。住民は、自治体が提供する公共サービスと税負担の組み合わせを比較し、自分の選好に合う自治体を選んで住む。いわば足による投票である。この枠組みでは、地方税は住民が受け取るサービスの対価という性格を帯びる。マスグレイブ(1959)が財政の機能を資源配分・所得再分配・経済安定に整理し、再分配と安定を中央政府に、資源配分を地方政府に割り当てたことも、同じ方向を指している。その土地に在ることによって受け取るサービスの費用を、その土地の所有者が負担する。応益原則と呼ばれるこの考え方が、保有課税の正当化の中心にある。

2.3 資本化——将来の税は今日の価格に織り込まれる

もう一つ、売主にとって重要な論点がある。オーツ(1972)らが展開した税の資本化という現象である。買主は、その土地を買えば毎年いくらの税を払い続けることになるかを織り込んで価格を判断する。将来にわたる保有課税の負担は、その現在価値の分だけ、あらかじめ土地の価格を押し下げている。同時に、その税収で供給される公共サービスの価値も価格に織り込まれる。

この命題が正しければ、保有課税の負担は、その土地を取得した時点の価格の中で既に決済されていることになる。今の所有者が毎年払っている税は、安く買えたことの見返りだという理解である。ここから導かれる帰結は重要だ。理論的に整った保有課税であれば、それは売却の判断そのものを動かさない。持ち続けても売っても、税の現在価値は価格を通じて等しく処理されているからである。

動かない供給
超過負担なし
価格への織り込み
土地への課税が良い税とされてきた三つの根拠。供給が動かず、税源が逃げず、将来の負担は取得価格に資本化される。

本稿が問うべき論点は、ここで明確になる。保有課税が売却判断を歪めるとすれば、それは保有課税が本来的に悪い税だからではない。理論が前提とする条件——土地の価値そのものに、その使われ方と無関係に課税されること——が、実際の制度では満たされていないからである。

註:本節の命題はいずれも理論上の性質であり、現実の保有課税が超過負担をまったく生まないことを意味しない。資本化がどの程度完全に生じるかは市場の厚みに依存する。財産税の負担を最終的に誰が負っているかについても、見解の対立があり決着していない。

3. 日本の保有課税の骨格

日本で不動産を持ち続けることに対して課される税は、主として固定資産税と都市計画税の二つである。性格の異なる税が同じ納税通知書に並んで届くため混同されやすいが、根拠も目的も課税範囲も違う。本節では、この二つを財政学的な性格から整理する。

3.1 固定資産税——市町村が、物に対して、毎年課す

固定資産税は市町村が課す普通税である。地方税法は、土地・家屋・償却資産を固定資産と定め、その所有者に課すと定めている。押さえるべき性格は三つある。第一に、これは人ではなく物に着目して課される税である。所有者の所得や資力は課税額に反映されない。収入がない年でも、資産を持っている限り課される。第二に、課税は毎年繰り返される。取引の有無とは無関係に、時間の経過そのものが課税事由になる。

第三に、誰に課すかは賦課期日という一日で切り取られる。地方税法は当該年度の初日の属する年の1月1日を賦課期日と定めており、その日の所有者がその年度の納税義務者になる。売買の当事者間で日割りの精算を行う慣行があるのは、この制度上の帰結を私法上の合意で調整しているにすぎない。税率については標準税率が1.4パーセントと定められており、市町村はこれを基準に条例で税率を定める。

評価は毎年やり直されるわけではない。土地と家屋の価格は原則として三年に一度の基準年度に評価替えが行われ、その間の年度は据え置かれる。事務量を考えれば現実的な仕組みだが、この据置きは、地価が動いている局面では評価と実勢のずれを生む。また課税標準額が一定額に満たない場合には課税されないという免税点の制度も置かれている。

3.2 都市計画税——目的税としての性格

都市計画税は、都市計画事業や土地区画整理事業に要する費用に充てるための目的税である。使い道が法律によって限定されている点で、固定資産税とは性格が異なる。課税の対象も限定されており、原則として都市計画区域のうち市街化区域内に所在する土地および家屋に課される。市街化区域と市街化調整区域の区分がない、いわゆる非線引きの都市計画区域では、条例で定める区域内の土地・家屋に課すことができる仕組みになっている。税率には0.3パーセントという制限税率が定められている。

この構造は、応益原則を最も明示的に体現している。市街化区域は、都市計画法が優先的かつ計画的に市街化を図る区域として定めたものであり、都市基盤の整備が進む区域である。その受益が及ぶ範囲に、その費用を賄う税を課す。第2節で見たティボー的な枠組みが、そのまま制度になっていると言ってよい。逆に言えば、同じ市町の中でも、線引きのどちら側にあるかで保有の費用が変わる。

法定の割合
課税標準額
市町村が把握
評価額・課税標準額・税額は三段に分かれている。間に特例と負担調整が挟まるため、法定の割合から税額を逆算することはできない。

3.3 価格・課税標準額・税額の三段構え

制度を読むうえで最も誤解が多いのが、価格と課税標準額の関係である。固定資産課税台帳に登録される価格——評価額——と、税額を計算する基礎となる課税標準額は、同じものではない。両者の間には、本稿の主題である住宅用地の特例のほか、課税標準額が急激に上昇しないように調整する負担調整の仕組みが挟まっている。

この三段構えの帰結として、評価額が分かっても税額は分からず、特例の適用が外れても税額がその割合の逆数だけ跳ね上がるわけでもない、という事態が生じる。負担を平準化するための合理的な工夫ではある。しかし所有者から見れば、自分がなぜその額を課されているのかを納税通知書から読み解くことが難しくなる。制度が複雑になるほど、所有者は税額を所与の事実として受け取り、判断材料として使わなくなる。この受動性そのものが、後の節で扱う滞留の一因になっている。

なお本稿は、この三段構えのうち第一段と第二段の接続、すなわち住宅用地の特例だけを扱う。負担調整の仕組みと評価そのものの妥当性は、それぞれ独立した論点である。四つの公的な土地価格が併存する理由と、そのうち固定資産税評価額がどのような時点と割合で定められているかについては、別稿で扱っている。

4. 中立性はどこで破れるか

第2節で確認した中立性命題には、明示されない前提があった。税が土地の価値そのものに課されること、すなわち、その土地の上で所有者が何をしているかとは無関係に課税されることである。この前提が満たされる限り、課税は所有者の行動を動かさない。何をしても同じ額を課されるのだから、税を理由に行動を変える意味がないからである。日本の制度は、この前提を一点で外している。

4.1 課税標準が、上に建っているもので変わる

地方税法は、住宅の敷地として使われている土地を住宅用地と定め、その課税標準を法定の割合まで圧縮している。とりわけ小規模住宅用地に区分される部分については、固定資産税の課税標準を価格の6分の1とする。都市計画税にも割合の異なる同種の特例がある。区分ごとの割合の一覧と、解体の判断における使い方は別稿で扱っているため繰り返さない。本稿が問題にするのは、割合の大きさではなく、この特例が何を要件としているかである。

要件は、その土地が住宅の敷地として用いられていることである。土地の価値でも、面する道路でも、周辺の公共サービスの水準でもない。上に住宅という建物が在るかどうかである。この瞬間に、課税は土地の利用形態に対する価格シグナルへと変質する。所有者は、建物を残すか壊すかという選択によって翌年度以降の課税標準を動かせる立場に置かれる。動かせるということは、税を理由に行動を変える意味が生じるということであり、それがまさに中立性の破れである。

これは制度の欠陥を指摘しているのではない。居住用資産の負担を軽くするという目的を達するには、住宅の存在を要件にする以外に実務的な方法がない。行政が個々の土地の居住実態を毎年調べることはできないからである。要件を単純にすれば執行できるが、その単純さが目的から外れた対象にも利益を及ぼす。政策手段の設計に付きまとう取引関係である。

4.2 租税支出という読み替え

この特例を評価するには、それを補助金として読み直すのが有効である。サリー(1973)が提示した租税支出という概念は、税制上の優遇措置を、税の形をとった政府支出として捉える見方である。住宅の敷地を持つ者に毎年一定額を給付する制度と、そこに課される税を軽減する制度は、受益者の手元に残る金額という点で区別がつかない。違いは、前者が歳出予算に現れ、後者が税収の減少としてしか現れないことにある。

観点歳出としての補助金租税支出としての特例
財政上の見え方予算書に金額が計上される税収が生じなかったこととして現れる
決定の頻度毎年度の予算審議を経る法律を改めない限り継続する
対象の限定申請と要件審査を経て交付される要件を満たす限り自動的に適用される
受益者の認識受け取ったものとして意識される軽減されていること自体が意識されにくい
終了のしやすさ予算を計上しなければ終わる廃止には既得の期待を覆す政治的費用が伴う

この対比が示すのは、租税支出には点検が働きにくいという構造的な性質である。歳出であれば目的との適合が毎年度の予算過程で問われるが、税制上の特例は廃止のための積極的な決定がない限り続く。そして受益者は、自分が給付を受けているという認識を持たない。認識されない給付は、その副作用も検証されにくい。

見えない給付
対象の広がり
点検の空白
租税支出は歳出予算に現れず、受益者にも給付として意識されない。認識されない給付は、その副作用も検証されないまま続く。

4.3 誘因はどこへ向かうか

租税支出として読むと、この特例が誰にどのような行動を促しているかが見えやすくなる。給付の条件は住宅の存在であって、その住宅に人が住んでいることでも、良好に管理されていることでもない。したがって、住む予定のない古い家を壊さずに置いておく者も、条件を満たす限り給付を受け続ける。

ここで生じているのは、保有を継続することの費用が人為的に引き下げられている状態である。売却も解体も利用も選ばず、決定を先送りするという選択肢が、他の選択肢に比べて安くなる。何もしないことは通常、機会費用を伴う積極的な選択であるが、その費用が制度によって割り引かれているなら、先送りは合理的な行動になる。空き家が市場に出てこない理由を所有者の怠慢や愛着に求める説明は、この構造を見落としている。

この点は、待つことの価値を実物オプションとして評価する議論と接続する。将来の売却という選択肢を保持する価値は、保有費用が高いほど削られる。特例はその削り取る力を弱め、待つという選択の価値を制度的に押し上げている。オプションの評価そのものは別稿に譲るが、保有課税がその入力値を直接動かしている関係は確認しておくに値する。

5. 三つの局面の課税と、打ち消し合う力

保有課税が売却を促すか妨げるかを判定するには、保有課税だけを見ていては足りない。不動産には、取得・保有・譲渡という三つの局面のそれぞれに異なる税が課されており、それらが同時に所有者の判断に作用しているからである。本節では三者を分けたうえで、力の向きを合成する。

5.1 課税の三局面

局面主な税目課税のかかり方売却判断への働き
取得不動産取得税・登録免許税・印紙税取得の時点で一度だけ買主の予算を圧迫し、提示価格を通じて間接的に効く
保有固定資産税・都市計画税所有している限り毎年持ち続ける費用を高め、手放す方向に働く
譲渡所得税・住民税(譲渡所得課税)売却して利益が生じたときに一度売却の時点で負担が確定するため、先送りの誘因を生む

この表が示す最も重要な点は、保有課税と譲渡課税が逆向きに働くということである。保有課税はストックに対する継続的な課税であり、持ち続けることを高くする。譲渡課税はフローの実現に対する一回限りの課税であり、実現を先延ばしにすれば負担も先延ばしになる。所有者は、この二つの力が引き合う場所で判断している。

5.2 保有課税の促進効果と、その打ち消し

保有課税が売却を促す経路は単純である。使っていない資産を持ち続けることに毎年現金が出ていくなら、その流出を止めるために手放すか、収益を生む形に変えるかを検討する動機が生じる。土地の有効利用を促す税として保有課税が語られてきたのは、この経路による。放置しておくほど費用がかさむなら、放置は割に合わなくなる。

ところが第4節で見たとおり、住宅用地の特例は、この経路の入口で流量を絞る。老朽家屋を残しておけば課税標準は圧縮されたままであり、放置の費用も圧縮された水準にとどまる。促進効果は消えないが、大幅に弱められる。制度が意図した対象は現に居住している世帯であって、放置された空き家ではない。しかし要件が上物の存在である以上、両者は区別されない。

保有費用の圧縮
先送りが続く
市場に出ない
特例が保有費用を圧縮する限り、決定を先送りする選択が相対的に安くなる。空き家の滞留は、この価格体系のもとでの合理的な帰結でもある。

5.3 譲渡所得課税のロックイン効果

もう一方の力である譲渡課税は、財政学でロックイン効果と呼ばれる現象を生む。含み益のある資産を売却すると、その時点で益が実現し課税される。売らずに持ち続ければ課税は繰り延べられる。したがって、資産を移転したほうが社会的には望ましい場合でも、税負担を避けるために移転が起こらない、という事態が生じうる。資産が現在の所有者に固定されるという意味で、ロックインである。

この効果は、所有期間の長い資産ほど強く働きうる。長く保有した土地には大きな含み益が生じている可能性があり、取得の時期が古いほど取得費を証する資料も失われていることが多い。取得費が分からない場合の取扱い、所有期間による税率の区分、居住用財産や相続した空き家についての特別控除は、それぞれこの問題への部分的な調整として置かれている。制度の内容は別稿の主題であり、ここで確認したいのは、譲渡課税が売却時点にのみ発生する構造そのものが先送りの誘因を含む、という一点である。

5.4 正味の向きは所有者ごとに違う

三つの力を合成すると、正味の向きは所有者の属性によって変わることが分かる。保有課税の重さを実感として受け取るかどうかは、その額が可処分所得に対してどの程度の比率を占めるかに依存する。年金生活に入った所有者にとって、毎年の課税は所得に対する明確な比率を持つ支出である。現役世代にとっては、同じ額でも判断を動かすほどの重みを持たないことがある。

含み益の大きさによっても向きは変わる。取得価格が現在の市場価格を上回っている資産では、譲渡課税のロックイン効果は働かない。売っても課税される利益が生じないからである。この場合、保有課税の促進効果だけが残り、売却の方向に力が働く。逆に、代々受け継いできた土地で取得の経緯が不明な場合、譲渡課税への警戒がそのまま先送りの理由になることがある。

そして共有の場合には、力の作用点そのものが分散する。保有課税の納税義務は共有者が連帯して負うが、実際には代表者が支払っていることが多い。支払っている者は費用を実感し、実感しない者は判断を急がない。負担の感覚が持分に応じて配分されていないのである。この非対称は合意形成の遅れとして現れる。

6. 制度はどこまで修正されたか

ここまでの議論は、制度が意図せぬ帰結を生んでいるという指摘にとどまる。しかし立法者もこの帰結を放置してきたわけではない。空家等対策の推進に関する特別措置法は、この構造に対する正面からの修正を含んでいる。本節では、その修正を政策手段として評価する。

6.1 租税支出の対象を限定するという操作

同法は、そのまま放置すれば倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態などにある空家等を特定空家等として位置づけ、市町村が助言・指導、勧告、命令という段階を踏んで措置をとれる仕組みを置いている。そして勧告を受けた特定空家等の敷地は、住宅用地の特例の対象から除外される。令和5年の改正では、その前段階として管理不全空家等という区分が設けられ、こちらも勧告を受ければ同様に外れることとなった。

財政学の言葉に置き換えれば、これは租税支出の対象を政策目的に合致する範囲へ限定する操作である。特例の要件は上物の存在であり、その単純さゆえに目的から外れた対象にも給付が及んでいた。空家法は、除外のための第二の要件——管理の状態——を、税法の側ではなく行政手続の側から接続した。要件審査を伴わない自動的な給付に、事後的な審査の経路を付け加えたと読める。

6.2 政策手段としての評価

この修正の方向は正しい。目的から外れた給付を止めることは租税支出の規律として筋が通っており、同時に、管理を放棄した所有者に対して保有費用を引き上げるという実質的な誘因も生む。命令や代執行に比べてはるかに軽い手続で発動できる点も、執行の現実性という観点から利点である。他方で、限界も三つ挙げられる。

  • 除外が生じるのは勧告に至った場合であり、そこまでには助言・指導という前段階が置かれている。所有者の権利への配慮としては適切だが、税の誘因としての即効性は削がれる
  • 執行には市町村の資源が要る。実態把握、立入調査、所有者の特定、指導の記録は職員の時間を消費する。政策の効果は法文ではなく執行能力によって決まる
  • 執行に制約がある以上、勧告に至る事案は選択的にならざるをえない。同程度に管理が行き届いていない二つの空き家の一方だけが特例を外れる事態はありうる

三点目は水平的公平の問題である。租税負担の公平は、法律が同じ扱いを定めているかだけでなく、実際に同じ扱いがなされているかによって測られる。執行資源の制約が公平の実現を左右するという構造は、この制度に固有のものではないが、除外の効果が大きいだけに、ここでは目立つ形で現れる。

6.3 制度が働くのは、発動される前である

とはいえ、この制度の効果を勧告の件数で測るのは適切でない。所有者にとって重要なのは、自分の空き家がいつか勧告の対象になりうるという見通しそのものである。将来にわたって保有費用が上振れする可能性が生じれば、保有を続けることの期待費用は、実際に勧告を受ける前から上がる。制度の存在自体が価格シグナルとして機能する。

この点は、売却を考える所有者にとって実務上の含意を持つ。建物を残すという選択は、管理を続けるという義務と一体である。管理を続けられないまま残すことは、税の面でも、工作物の責任の面でも、時間とともに不利になっていく。決めないまま何年も置くという選択肢は、制度が修正された後の世界では、以前ほど安全な待避場所ではない。

勧告
管理の要件
段階的な措置
空家法は、上物の存在という単純な要件に管理の状態という第二の要件を接続した。除外は最終段階だが、その見通し自体が費用の見積もりを変える。

6.4 保有から離脱する経路の整備

保有課税の負担を論じるとき見落とされがちなのが、そもそも所有者を特定できなければ課税が成り立たないという前提である。相続が繰り返されて登記が更新されないまま放置された土地では、市町村が納税義務者を追跡すること自体に費用がかかる。所有者不明土地の問題は、財政の側から見れば徴税の基盤が損なわれる問題でもある。

近年の法改正は、この基盤を修復する方向で進んできた。相続等による所有権移転の登記は申請が義務づけられ、相続によって取得した土地について一定の要件のもとで国庫への帰属を承認する制度も設けられた。後者は負担金を納付したうえで所有権を手放す仕組みであり、保有課税から離脱する出口が売却以外にも用意されたことを意味する。要件は限定的だが、売れない土地の保有義務が永続するという前提は、一部で緩んだ。

7. 売主の実務への含意

以上の議論を、所有者が実際に取れる手順に落とす。制度を理解することの実務的な意味は、税額を予測できるようになることではない。自分がどのような価格体系の中で判断しているのかを自覚し、その体系が判断を押している方向に気づくことにある。

7.1 納税通知書を、判断材料として開く

最初にすべきことは単純である。毎年届く納税通知書と、添付されている課税明細書を開く。多くの所有者はこれを支払いの案内としてしか見ていないが、そこには判断に必要な情報が並んでいる。土地と家屋のそれぞれについて評価額と課税標準額が別に記載され、住宅用地の特例が適用されていればその区分も読み取れる。固定資産税と都市計画税が分けて記載されていれば、その物件が都市計画税の課税区域に入っていることも分かる。様式は市町村によって異なり、読み方が分からない場合の確認先は市の資産税を扱う窓口である。

7.2 年額ではなく、想定保有年数で見る

保有課税が判断に組み込まれにくい最大の理由は、それが年額で提示されるからである。一年分の金額は、多くの場合、売却価格の見込みに比べて小さく見える。しかし売却の判断は、今年売るか来年売るかの選択ではなく、いつ売るかを決めないまま何年が過ぎるかの問題として現れることが多い。

したがって見るべきは、年額に想定する保有年数を掛けた累計である。保有には税以外の費用も伴う。火災保険料、草刈りや剪定、遠方に住んでいれば往復の交通費、水道や電気の基本料金、そして建物の劣化そのもの。これらを合算した年額に、決めないまま過ぎるであろう年数を掛ける。その数字を出したうえで、なお待つ価値があると判断するなら、それは根拠のある先送りである。数字を出さずに待つことだけが、根拠のない先送りになる。

7.3 特例が続く前提を確かめる

建物を残しておく判断をする場合、第6節で述べたとおり、その判断は管理を続けるという義務と一体である。確認すべき点は次のとおりである。

  • 現在、住宅用地の特例が適用されているか(課税明細書または資産税窓口で確認する)
  • 建物の状態について、市町村から助言・指導その他の連絡を受けたことがあるか
  • 屋根・外壁・立木・塀など、近隣に危険を及ぼしうる箇所を年に一度は現地で確認できるか
  • 遠方に住んでいる場合、誰がその確認を担うのかが決まっているか

これらは税の問題であると同時に、責任の問題でもある。土地の工作物によって他人に損害が生じた場合の所有者の責任は、民法に定めがある。管理できない建物を残す選択は、税の軽減という利益と、この責任という費用の両方を引き受けることを意味する。

課税明細書
累計で比べる
決める順序
納税通知書を判断材料として開き、年額ではなく想定保有年数の累計で並べる。逼迫する前に比較を済ませることが、交渉上の位置も守る。

7.4 保有費用の逼迫を、交渉の場に持ち込まない

保有費用が家計を圧迫している状態は、売却の動機としては強いが、交渉の局面では弱みになる。早く現金化したいという事情が相手に伝われば、それは価格の引き下げに使われる材料になりうる。保有課税が売却を促す方向に働くという本稿の分析は、その促し方が売主に有利な形で作用するとは限らないことを含んでいる。対処は判断の時期を前倒しすることに尽きる。逼迫する前に、売る場合の想定と持ち続ける場合の想定を並べておく。この作業は売ると決めていなくてもでき、むしろ決めていない段階でこそ冷静に並べられる。

筆者の会社は自社で買い取る事業を持たない。保有費用の逼迫を理由に急ぐ売主に対して、その会社自身が買主となる立場で価格を提示することは、構造として売主の不利に働きやすいと考えるからである。買取という売り方そのものを否定しているのではない。事情によっては、それが最も合理的な選択になることもある。当社が率先して行わないのは、その取引の買主を自ら務めることと、自らの側からその方法を先に勧めることの二つである。

7.5 個別の判断は窓口へ返す

最後に、本稿が繰り返してきた線引きを実務の言葉で述べておく。その土地に特例が適用されているか、家屋を取り壊した場合に翌年度の課税がどう変わるかは、市町村が保有する情報に基づいて判断される事項であり、確認先は市の資産税を扱う窓口である。譲渡所得の課税、取得費の扱い、適用しうる特別控除の要件については、税理士および税務署が判断する。仲介を業とする者ができるのは、制度の骨格を説明し、どこに何を聞けばよいかを示すところまでである。

8. 結論と今後の課題

本稿の結論を四点に整理する。第一に、土地への保有課税は、財政学において最も評価の高い税の一つであり続けてきた。供給が動かない財への課税は取引量を減らさず、税源は逃げず、将来の負担は取得価格に資本化される。理論が想定する条件のもとでは、保有課税は売却の判断に対して中立である。

第二に、日本の制度はその条件を一点で外している。住宅用地の特例が、課税標準を土地の価値ではなく上物の有無に連動させているためである。この瞬間に課税は利用形態に対する価格シグナルへと変質し、所有者は税を理由に行動を変える立場に置かれる。中立性の破れは、制度の欠陥というより、居住用資産の負担軽減という目的を執行可能な要件へ翻訳した際に生じた副産物である。

第三に、この特例を租税支出として読むと、点検が働きにくいという構造的な性質が見える。歳出であれば毎年度の予算過程で目的との適合が問われるが、税制上の特例は法律を改めない限り続き、受益者はそれを給付として認識しない。老朽家屋を残しておくことが相対的に安くなるという帰結は、この検証の空白の中で長く続いた。

第四に、保有課税だけを見て売却判断への影響を語ることはできない。保有課税は持ち続ける費用を高めて売却を促し、譲渡所得課税は実現時点で負担を確定させることで先送りを促す。二つの力は逆を向いており、正味の向きは所有者の所得構成、含み益の有無、共有かどうかによって変わる。空き家が市場に出ないことを所有者の心理だけで説明する議論は、この価格体系を見落としている。

制度の設計
意図せぬ帰結
見直しの軸
目的は正しくても、執行可能な要件へ翻訳する過程で対象は広がる。租税支出は、その広がりが点検されにくい形をとる。

8.1 本稿の限界

限界を三つ挙げる。第一に、本稿は制度の構造分析であって実証ではない。特例が空き家の滞留をどの程度説明するかは、本稿の方法では測れない。滞留の要因には、合意形成の困難、残置物の処理、境界の未確定、心理的な抵抗といった非税制的なものが多く含まれており、それらとの相対的な重みは検証を要する。

第二に、本稿は税額を一切示していない。示せない理由は本文中に述べたとおりだが、その結果として、読者が判断に最も使いたい数字が本稿には載っていない。この空白は、個別の課税明細書と資産税窓口での確認によってしか埋まらない。理論は、どこを見ればよいかを教えるだけである。

第三に、本稿は特例の廃止や縮小を主張していない。租税支出としての性質を指摘することは、その支出が不要だと述べることとは違う。居住用資産の負担軽減には独立した根拠がある。政策として問うべきは廃止の是非ではなく、目的から外れた対象へ給付が及ぶことを、どの手段でどこまで抑えるかである。空家法による切り離しはその一つの答えであり、他の設計もありうる。

8.2 薄い市場という残された論点

本稿の分析は、税の資本化が働くこと、すなわち買主が将来の税負担を織り込んで価格を判断することを暗黙の前提としていた。この前提は、取引が十分にある市場でこそ成り立つ。買主が年に数人しか現れない地域では、価格が税負担を精密に織り込む機構が働かない可能性がある。

静岡県磐田市の人口はおよそ16万3千人(2026年7月末現在)、住宅地の公示地価の平均は2026年で1平方メートルあたり50,086円である。周智郡森町の人口はおよそ1万5千9百人(2026年4月1日時点)、土地の相場の目安は1平方メートルあたりおよそ26,900円とされる。森町は市街化区域と市街化調整区域の区分がない非線引きの都市計画区域であり、磐田市では市の総人口のおよそ45パーセントが市街化調整区域に居住しているとされる。都市計画の区分と市場の厚みは、同じ遠州の中でも大きく異なる。

こうした地域では、保有課税の負担が地価に対して相対的に重くなる局面が生じうる。地価が低い土地でも、管理の手間と最低限の保有費用は同じようには下がらないためである。保有費用の比率が高まれば売却を促す力は強まるが、同時に、買主から見た資産としての魅力は下がる。薄い市場における保有課税の作用は、都市部と同じ図式では語れない。この論点は別稿に委ねる。

最後に、本稿が述べたかったことを一度だけ言い換えておく。持ち続けるという状態は、決断を避けた結果ではなく、毎年更新されている一つの決断である。制度はその決断の費用を、目に見えにくい形で補助してきた。気づいたうえで、なお持ち続けると決めるなら、それは正当な判断である。気づかないまま続けているのだとすれば、そこで動いているのは所有者の意思ではなく、制度の側の設計である。

参考文献

  1. 地方税法(昭和25年法律第226号)第341条・第343条・第349条の3の2(住宅用地に対する固定資産税の課税標準の特例)・第350条・第359条・第702条・第702条の3・第702条の4
  2. 空家等対策の推進に関する特別措置法(平成26年法律第127号。令和5年改正により管理不全空家等を創設)
  3. 都市計画法(昭和43年法律第100号)第7条(区域区分)・第12条の4ほか
  4. 相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律(令和3年法律第25号)
  5. 不動産登記法(平成16年法律第123号)第76条の2(相続等による所有権の移転の登記の申請の義務付け)
  6. 総務省「地方税制度——固定資産税」(住宅用地の特例措置および負担調整措置の解説)
  7. 総務省『地方財政白書』(地方税収の構成に関する年次資料)
  8. 国土交通省「空家等に関する施策を総合的かつ計画的に実施するための基本的な指針」
  9. アダム・スミス(1776)『国富論』(課税の四原則)
  10. デイヴィッド・リカード(1817)『経済学および課税の原理』
  11. ヘンリー・ジョージ(1879)『進歩と貧困』
  12. アーサー・C・ピグー(1920)『厚生経済学』
  13. チャールズ・M・ティボー(1956)「地方支出の純粋理論」
  14. リチャード・A・マスグレイブ(1959)『財政理論——公共経済の研究』
  15. ウォーレス・E・オーツ(1972)『財政連邦主義』
  16. スタンリー・S・サリー(1973)Pathways to Tax Reform(租税支出の概念を提示した著作)
  17. 磐田市「磐田市の人口 令和8年度」(2026年7月末現在)
  18. 国土交通省「不動産情報ライブラリ」(不動産取引価格情報等)
富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役 大石 浩之

大石 浩之

富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役
宅地建物取引士(静岡県知事 第027186号)

富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役。宅地建物取引士(静岡県知事 第027186号)。静岡県磐田市見付5789番地1で不動産業を営む。

自社で買い取る事業を持たず、仲介一本で売主の側に立つことを事業の前提に置いている。買主になれば「安く買いたい人」になり、同じ口で価格の妥当性を説明できなくなる、という理由による。買取・買取保証という売り方そのものは否定せず、売主が選んだ場合は買主にならずに複数社の見積もりを比較する立場に回る。

同社は不動産業のほか、磐田市内で介護事業を営む。高齢期の住み替え、施設入居、実家の処分という一連の局面に事業として接してきたことが、本シリーズの問題意識の背景にある。

関連する論文・ページ

論を、実際の一件に当てはめて考えます。

査定・初回相談は無料です。売却をお約束いただく必要もありません。
当社が買主になることはありません(買取をお選びの場合は、複数社の見積もりを比較してご提示します)。
無料で相談する →