1. はじめに——問題の所在
相続した実家を売ろうとするとき、あるいは長く住んだ家を手放そうとするとき、多くの売主が最初にぶつかる問いがある。建物を壊してから売り出すのか、建てたまま売り出すのか。この問いは、査定の話が始まるよりも前に、しばしば親族の会話の中で決着してしまう。「あんな古い家が建っていたら売れない」「いや、壊したら固定資産税が跳ね上がる」。どちらの言い分も部分的に正しく、部分的に誤っている。そして、どちらが正しいかは物件ごとに違う。
この判断が厄介なのは、二つの選択肢の性質が対称でないからである。建物を残すという判断は、来年もう一度やり直せる。気が変わればいつでも壊せる。ところが解体は、一度実行すると元に戻せない。支出は確定し、建物は消え、その物件がかつて持っていた選択肢の一部も一緒に消える。同じ「決める」という言葉でも、片方は仮の決定であり、もう片方は最終的な決定である。ここを同列に置いたまま比較すると、判断を誤る。
本稿の問いは、更地にすべきかという問いをどう分解すれば答えが出るか、である。結論を先に述べる。この問いは単一の問いではない。費用の問い、需要の問い、税の問い、時間の問いという、互いに独立した四つの問いが一つの言葉に束ねられている。四つを同時に決めようとするから決まらず、決まらないまま何年も空き家が残る。
もう一つ、本稿が繰り返し述べることがある。更地化は価格を上げる操作ではなく、買主層を入れ替える操作である。解体すれば土地は同種の売地と横並びで比較されるようになり、注文住宅を建てたい層に届くようになる。その代わり、建物をそのまま使いたい層と、自分の裁量で安く壊せる事業者層が候補から抜ける。差引きで手取りが増えるかどうかは、その地域の市場でどちらの層が厚いかに依存する。更地にすれば高く売れるという一般命題は、成り立たない。
税については、あらかじめ本稿の立ち位置を示しておく。固定資産税の住宅用地特例は、売主の判断に実際に影響する制度であり、その構造は説明されるべきである。しかし本稿が扱うのは、地方税法が定める課税標準の割合——住宅が建っている土地の一定部分について、課税標準を6分の1あるいは3分の1とするという制度の骨格——までである。ある土地の税額が具体的にいくらになるか、その差額が何年で解体費を上回るかといった計算は、本稿では行わない。負担調整の適用状況や評価額は個別に異なるため、確認先は市の資産税を扱う窓口であり、譲渡所得の扱いは税理士および税務署の領域である。
以下の構成は次のとおりである。第2節でこの問いを四つに分解し、建物が資産にも負債にもなる理由と、解体という選択の不可逆性を確認する。第3節では解体費用がなぜ見積もりごとに割れるのかを費目に分けて検討し、第4節で更地化によって増える買主層と消える買主層を示す。第5節で固定資産税の住宅用地特例を制度の構造として説明し、第6節で解体後に売れ残った場合に何が起きるかを論じる。第7節で売主の実務に落とし、第8節で本稿の限界と残る課題を述べる。
なお筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者であり、自社で買い取る事業を持たない。第4節で述べるとおり、古家付き土地の買主が再販や建売を行う事業者であるとき、解体費は買主側の原価であり、売主が先に解体すればその差は売主の負担に変わる。買取という売り方そのものを否定するものではないが、その取引で自ら買主となる立場から解体の要否を助言することには構造的な難しさがある。立場を隠して中立を装うことはしない。
2. 一つの決断に見えるものの内訳
更地にすべきかという問いを分解する。ここで分けておかないと、以降の各節がどの問いに答えているのかが見えなくなる。
2.1 四つの独立した問い
第一は費用の問いである。その建物を壊すのにいくらかかるのか。誰がその金額を負担するのか。支払いはいつ発生するのか。第二は需要の問いである。この土地を買う可能性のある人は誰で、その人にとって建物は邪魔なのか、それとも都合がよいのか。第三は税の問いである。建物の有無によって、保有している間の課税と、売ったときの課税がどう変わるのか。第四は時間の問いである。解体という取り消せない支出を、売る前に行使するのか、売れてから行使するのか、あるいは買主に委ねるのか。
この四つは、互いに答えが独立している。解体費用が安いことは、更地にすべき理由にならない。買主層が広がることは、費用を回収できる保証にならない。税の特例が外れることは、それ自体では損失ではない。実務で混乱が起きるのは、四つのうち一つだけを根拠に全体を決めてしまうときである。「解体費が思ったより安かったから壊す」も「税金が上がると聞いたから壊さない」も、一つの軸だけで四つの問いに答えている。
2.2 建物は資産か、負債か
築後相当の年数を経た木造住宅について、査定書の上では建物の価格をゼロと置くことが多い。しかしゼロというのは、正でも負でもないという意味である。実際には、建物は買主にとって正の資産にも負の資産にもなる。
買主から見た建物の価値は、その建物を使うことで得られる価値から、使わない場合に除却するための費用を差し引いたものになる。使う予定がまったくないなら、建物の価値は解体費用の分だけ負になる。土地の値段からその分を引いた金額でなければ買えない、ということである。逆に、住みながら少しずつ直すつもりの買主や、物置や作業場として使える建物を探している買主にとっては、同じ建物が正の価値を持つ。片づけて解体すれば消える価値である。
したがって、建物が資産か負債かという問いには、物件だけを見ても答えられない。誰が買うかを決めないと符号が決まらない。第4節が買主層の話から始まるのはこのためである。
2.3 解体という選択の不可逆性
残すという判断と壊すという判断は、対称ではない。残す判断はいつでも撤回できる。今年残した建物を来年壊すことはできる。ところが壊す判断は撤回できない。建物は復元されず、支出は戻らない。この非対称性は、判断の順序に直接効いてくる。撤回できる選択を先に、撤回できない選択を後に置くのが、不確実性の下での一般的な作法だからである。
経済学ではこれを、投資の不可逆性と待つことの価値の問題として扱う。ディキシットとピンダイクが1994年の著作で整理したとおり、支出が取り消せず、かつ将来の状況に不確実性がある場合、いま実行するか実行しないかという二択のほかに、情報が増えるまで待つという第三の選択肢が価値を持つ。ここで待つことに価値があるのは、待つ間に判断材料が増えるからである。
ただし待つことには費用がかかる。建物は年々傷み、保有している間の税と管理の手間は続く。どちらが大きいかは物件と売主の事情によって変わり、その比較は第6節で扱う。ここで確認しておきたいのは、解体を先送りすることが判断からの逃避とは限らないという一点である。先送りが最適である局面は存在し、その局面を見分けることが判断の中身になる。
註:本稿は不可逆性の議論を、厳密なオプション評価としてではなく、判断の順序を決める枠組みとして用いる。待つ期間の上限が相続税の申告期限などの外的な事情で決まっている場合には、待つ価値の議論よりも期限からの逆算が優先される。
3. 解体費用という不確実な数字
費用の問いから入る。同じ建物について複数の解体業者から見積もりを取ると、金額が大きく開くことがある。売主はこれを、業者ごとの利益の乗せ方の違いだと受け取りがちだが、実際には見積もりに含めている範囲が違うことのほうが多い。範囲が違う数字を並べても比較にならない。本節では、何が費用を構成し、どこで数字が割れるのかを費目に分けて整理する。具体的な金額を示さないのは、構造と単価を混同させないためである。
3.1 見積書はどこで割れるか
| 費目 | 内容 | 見積もりが割れる原因 |
|---|---|---|
| 仮設・養生 | 足場、防音シート、隣地との境の保護 | 接道の幅、重機が入れるか、隣家との距離 |
| 本体解体 | 建物の躯体の取り壊し | 構造(木造・鉄骨・鉄筋コンクリート)と延床面積 |
| 付帯工事 | ブロック塀、門扉、カーポート、庭石、樹木、浄化槽、井戸 | 現地をどこまで見て拾ったか。拾い漏れが後の追加になる |
| 廃棄物の運搬・処分 | 分別した廃材の積み込み、運搬、処分場での処分 | 混合廃棄物の量、処分場までの距離、残置物の有無 |
| 整地・仕上げ | 整地、転圧、砕石敷き、残土の処理 | 引渡し時の地面の状態をどこまでと合意したか |
| 諸手続・登記 | 法令上の届出、石綿の事前調査、建物の滅失登記 | 見積もりに含む業者と、別途とする業者が分かれる |
この表で実務上いちばん問題になるのは、付帯工事と残置物である。建物本体だけを見て単価を掛けた見積もりは安く出る。しかし現地には、塀があり、庭木があり、物置があり、家の中には家財が残っている。これらは本体解体とは別の作業であり、別の処分費がかかる。安い見積もりは、この部分を「別途」と小さく書いているだけのことがある。比較すべきは総額ではなく、何が含まれ何が含まれていないかである。
3.2 制度が費用に組み込まれている
解体は自由に行える工事ではない。一定規模以上の建築物の解体には、建設リサイクル法によって分別解体と再資源化が義務づけられ、発注者は工事に着手する前に都道府県知事へ届け出ることとされている。発注者、すなわち工事を頼む側が届出の名義人になる点は、売主が意識しておいてよい。届出から着手までには法定の期間が置かれており、思い立った日に重機が入るわけではない。
石綿についても制度がある。大気汚染防止法により、解体等の工事では石綿が使われているかどうかの事前調査が義務づけられ、一定規模以上の工事についてはその結果を行政に報告することとされている。古い建物ほど、屋根材・外壁材・内装材に石綿を含む建材が使われている可能性があり、含有が確認されればその部分は別の方法で除去することになる。費用も工期も変わるが、事前調査の前に出された見積もりは、この可能性を織り込んでいないことがある。
つまり、解体費用の一部は業者の裁量ではなく法令によって決まっている。安さの理由が、法令上必要な手続きや処理を省いていることにある場合、その負担は最終的に発注者である売主に戻ってくる。価格の低さの根拠を説明できる業者を選ぶ、という言い方はここから出てくる。
3.3 地中という残された不確実性
見積もりを丁寧に取っても、なお確定しない部分がある。地面の下である。古い宅地では、以前の建物の基礎、使われなくなった浄化槽、埋め戻された井戸、造成時のがら、廃材などが埋まっていることがある。これらは掘って初めて分かる。多くの見積書に、地中障害物が出た場合は別途協議とする趣旨の条項が入っているのは、事前に確定できないからである。
この不確実性は、解体を実行する前と後とで、誰が負うかが変わる。売主が先に解体した場合、地中から何が出ても売主の費用である。売買契約の後に売主が解体する取り決めであれば、想定を超える障害物が出たときにどう扱うかを契約書に書いておける。買主が自ら解体する取り決めであれば、この不確実性は買主が引き受ける。同じリスクが、順序の設計によって別の当事者に移る。
さらに、更地にして引き渡した後に地中障害物が判明した場合、契約の内容に適合しない目的物を引き渡したとして、売主が民法上の責任を問われる余地が生じる。解体は費用の問題であると同時に、責任の分配の問題でもある。解体費用は一つの数字ではなく、確定した費目と、法令によって決まる費目と、掘るまで分からない費目の三層でできている。見積もりを取る意味は、総額を知ることよりも、この三層のうちどこまでが確定しているかを知ることにある。
4. 買主層はどう入れ替わるか
需要の問いに移る。更地化を「土地を見やすくする作業」だと考えている売主は多い。しかし市場の側から見ると、更地化は物件が並ぶ棚を変える操作である。古家付き土地は中古住宅の棚と土地の棚の両方に片足ずつ乗っているが、更地はもっぱら土地の棚に並ぶ。棚が変われば、見に来る人が変わる。
4.1 古家付き土地に集まる四つの層
古い建物が残ったまま売り出されている土地には、性格の異なる買主候補が集まる。第一に、その建物を住まいとして使うつもりの実需層である。手を入れる前提で安く買いたい層であり、水回りだけを直して住む、あるいは何年かかけて少しずつ直すという買い方をする。第二に、再販や建売を手がける事業者である。第三に、隣地の所有者である。第四に、貸家として運用することを考える層である。
このうち、更地化の判断に直接効いてくるのは第二の層である。事業者にとって解体は日常の業務であり、取引のある業者に発注できる。仕入れる土地の原価計算には、はじめから解体費が織り込まれている。つまり事業者は、自分の裁量で決められる解体費を前提に価格を提示している。ここで売主が先に解体すると、売主が支払った解体費が事業者の織り込んだ水準より高い場合、その差は売主の負担として消える。低ければ有利に働くが、その保証はない。
隣地所有者という第三の層も見落とせない。接道や間口に不足のある土地は、隣地の所有者にとってだけ特別な価値を持つことがある。この層が見ているのは建物ではなく境界と面積であり、更地にしてもしなくても関心は変わらない。その分だけ、解体費は手取りから素直に差し引かれる。
4.2 更地にすることで増える層と、消える層
解体すれば、注文住宅を建てたい実需層に届くようになる。この層にとって、更地であることの意味は三つある。敷地の形と広がりがその場で見え、間取りの検討にすぐ入れること。土地の購入と建築が別々の契約になるため、解体の段取りと費用が資金計画から外れること。引渡しから着工までの時間が短いこと。加えて、更地は近隣の売地と面積単価で横並びに比較されるため、建物の状態という説明の難しい要素が価格交渉から消える。古家付き土地では内覧のたびに建物の傷みが値引きの材料になるが、更地にはその材料がない。
他方、解体によって候補から抜ける層がある。まず、その建物を使う予定だった層である。作業場や倉庫として使いたい、実家の一部をそのまま残したい、離れを賃貸に回したいといった動機は、更地になった瞬間に行き場を失う。次に、解体費を自分の原価で処理できる事業者の一部である。売主が先に払った解体費は、この層にとっては織り込み済みの費用が置き換わっただけであり、そのぶん高い価格を提示する理由にはならない。
4.3 線引きのある区域では、解体が選択肢を閉じることがある
地域によっては、もう一つ決定的な層が消える。建物が建っていること自体が、その土地に建物を建てられることの手がかりになっている場合である。市街化調整区域では原則として建築が制限され、都市計画法の定める要件に当てはまる場合に許可を得て建てることになる。既存の建物があることを前提とした取り扱いや、その建物の従前の用途・建築時期に関する記録が、建て替えの可否を判断する材料になることがある。先に解体すれば、その材料そのものがなくなる。
磐田市は市街化区域と市街化調整区域の線引きがある都市計画区域であり、市の都市計画に関する資料では、市の総人口のおよそ45%が市街化調整区域に居住しているとされている。調整区域は例外的な立地ではなく、ごく普通に人が住んでいる区域だということである。この地域では、更地にすべきかという問いは建築可否の確認と切り離せない。一方、周智郡森町のように線引きのない非線引き都市計画区域では、この論点は生じにくく、代わりに用途地域と農業振興地域の区分が効いてくる。したがって少なくとも線引きのある区域では、解体を検討する前に建て替えの見込みを行政の窓口で確認する必要がある。壊してから建てられないと分かっても、建物は戻らない。
註:本節で述べた買主層の分類は実務上の便宜的な区分であり、統計的な裏づけを持つものではない。どの層が厚いかは地域と時期によって異なる。なお当社は自ら買主となる取引を率先して行わないため、事業者層について述べたことは自社の利害から離れた観察である。
5. 住宅用地特例という制度の構造
税の問いに入る。「壊すと税金が上がる」という言い方の中身を、制度の構造として確認する。本節が扱うのは地方税法の定める課税標準の割合までであり、個別の土地の税額は計算しない。その理由は本節の後半で述べる。
5.1 特例の骨格
固定資産税は、資産の価格をもとに算出した課税標準額に税率を乗じて計算される。地方税法は、住宅の敷地として使われている土地——住宅用地——について、この課税標準を法定の割合まで圧縮する特例を置いている。住宅用地は面積によって二つに分かれ、圧縮の割合が異なる。都市計画税にも、割合の異なる同種の特例がある。
| 区分 | 対象となる部分 | 固定資産税の課税標準 | 都市計画税の課税標準 |
|---|---|---|---|
| 小規模住宅用地 | 住宅1戸あたり200㎡以下の部分 | 価格の6分の1 | 価格の3分の1 |
| 一般住宅用地 | 200㎡を超える部分(家屋の床面積の10倍まで) | 価格の3分の1 | 価格の3分の2 |
この表が示しているのは割合であって税額ではない。特例は、税額そのものを6分の1にする仕組みではなく、税額を計算するもとになる課税標準を6分の1にする仕組みである。そして家屋を取り壊せば、その土地は住宅の敷地ではなくなり、この特例の要件を満たさなくなる。「壊すと税金が上がる」という言い方が指しているのは、この一点である。
5.2 賦課期日という一日
固定資産税には賦課期日という日が定められており、地方税法は当該年度の初日の属する年の1月1日と定めている。その年度の課税は、この日の状況を基準として決まる。年末に壊すか年明けに壊すかで、一年度分の扱いが動くということである。これは解体の日取りを決めるときの考慮事項ではあるが、これだけを理由に工程を組むのは本末転倒である。売買契約の時期、買主の資金計画、工事業者の手配といった要素のほうが、多くの場合は金額として大きい。
5.3 「税額が6倍になる」という説明はなぜ不正確か
実務の現場では、特例が外れることを「固定資産税が6倍になる」と説明することがある。この言い方は、方向としては合っているが、大きさとしては正確でない。特例が外れることの影響は、少なくとも次の四つの事情に分かれて現れるからである。
- 家屋を取り壊せば、その家屋に課されていた固定資産税がなくなる。土地の側の増加と家屋の側の減少は、差引きで見なければならない
- 住宅用地でなくなった土地についても、課税標準額が急に本則の水準へ跳ね上がらないための調整の仕組みが置かれている
- 都市計画税は固定資産税とは別の税であり、特例の割合も税率も異なる。両者を合算して6倍と述べることはできない
- 土地の評価額そのものは、家屋を取り壊したことによって直ちに変わるものではない。変わるのは特例の適用の有無である
したがって「6倍」という数字は、上限の目安としてすら使えない。実際にいくらになるかは、その土地の評価額、前年度の課税標準額、面積、都市計画税の課税区域に入っているかどうかによって決まる。これらは市町村が把握している情報であり、確認先は資産税を扱う窓口である。仲介を業とする者は制度の骨格を説明できるが、個別の税額を算定する立場にはない。
5.4 建物を残せば特例が続く、とは限らない
制度改正によって前提が変わった点もある。空家等対策の推進に関する特別措置法は、そのまま放置すれば著しく保安上危険となるおそれのある状態などにある空家等を特定空家等として位置づけ、市町村が助言・指導、勧告、命令といった段階的な措置を取れる仕組みを置いている。勧告を受けた特定空家等の敷地は、住宅用地特例の対象から除外される。さらに令和5年の改正により、その前段階として管理不全空家等という区分が設けられ、勧告を受けた場合には同じく特例の対象から除外されることとなった。
建物を残しておけば特例が無条件に続くわけではない、ということである。特例の背後には、そこが住宅の敷地として機能しているという前提があり、管理が放棄された空き家はその前提から外れていく。建物を残すという選択は、管理を続ける義務とセットである。管理できないまま残すことは、税の面でも、第6節で述べる責任の面でも、時間とともに不利になる。決めないまま何年も置くという第三の道は、実際には第三の道ではない。
註:本節で示した割合はいずれも法令上の定めであり、本稿はそこから先の試算を行わない。譲渡所得における取壊し費用の扱いや、相続した家屋を売る場合の特別控除の要件についても、制度の枠組みは存在するが適用の可否は個別の事情による。税理士および税務署に確認すべき事項である。
6. 解体後に売れ残るという状態
時間の問いに入る。ここまでの三節は、更地にした後で買主が現れることを暗黙の前提にしてきた。本節ではその前提を外す。解体を実行し、しかし買主が現れないという状態は実務でしばしば起きる。この状態を検討しておかないと、費用と需要と税を足し合わせただけの判断になる。
6.1 待つことの価値と、待つことの費用
第2節で触れたとおり、取り消せない支出には、実行を先送りして情報を待つという選択肢が伴う。売却における情報とは、この物件を実際に見に来る人が誰なのか、その人が建物をどう評価するのか、いくらなら買うと言うのか、である。売り出す前にこの情報はない。売り出せば、数週間から数か月で相当量が集まる。解体を売り出しの前に実行するということは、この情報を得る前に取り消せない支出を確定させることを意味する。
他方、待つことには費用がかかる。建物は使われないまま傷み、庭は荒れ、保有している間の税と管理の手間は続く。遠方に住む所有者であれば、通うための時間と交通費もかかる。第5節で述べたとおり、管理が行き届かない状態が続けば、住宅用地特例の前提そのものが揺らぐ。待つ費用は、時間とともに単調に増える。
この二つを比べると、待つことに価値があるのは、情報が乏しく、かつ待つ費用がまだ小さい局面に限られると分かる。売り出す前が、その局面である。売り出して数か月が経ち、来場した買主の性格が見えた段階では、待つことの価値は下がり、決める価値が上がる。売り出す前に決めない理由と、売り出した後に決めるべき理由は、同じ枠組みから出てくる。
6.2 更地にして売れ残ったとき何が起きるか
解体を実行した後に売れ残ると、三つのことが同時に進行する。第一に、保有の費用が上がる。住宅用地特例の要件を満たさなくなるうえ、草の管理や不法投棄への対処といった、更地に特有の手間が加わる。第二に、売り出し価格を下げにくくなる。第三に、長く市場に出続けている物件だという事実が、買主の側に情報として蓄積していく。
二番目の点は、行動経済学が扱ってきた問題そのものである。すでに支出した解体費は、売却価格の決定に対して本来は無関係である。買主が支払う金額はその土地の価値によって決まるのであって、売主がその土地にいくら投じたかによって決まるのではない。それでも売主は、投じた費用を回収できない価格を受け入れがたく感じる。セイラーが1980年に整理したサンクコスト効果は、この感覚が広く観察されることを示している。
6.3 残す側にも固有のリスクがある
以上は解体を先送りする理由に見えるが、残す側のリスクも正確に置かなければ比較にならない。建物を残すことには、管理の負担のほかに法的な責任が伴う。民法は、土地の工作物の設置または保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときの責任について定めを置いており、所有者は最終的な責任を負う立場にある。屋根材や外壁材が強風で飛び、隣家や通行人に損害を与えれば、この問題になりうる。
空き家が地域に及ぼす影響も、残す側の費用として計上すべきものである。管理されない建物は、防犯・防災・景観の面で周囲に負担を与える。第5節で述べた管理不全空家等の仕組みは、この外部への負担を所有者に引き戻すための制度でもある。残す判断は、管理を続ける義務を引き受ける判断である。
6.4 支出を後ろに送る三つの設計
解体するかしないかという二択のあいだには、実務上いくつかの設計がある。共通しているのは、取り消せない支出を「売れてから」に後ろ倒しする点である。
- 現況のまま売り出し、売買契約を結んだうえで、引渡しまでに売主が解体して更地で引き渡す。費用は確定した売買代金の中から支出される
- 買主が解体することを前提に、古家付き土地として現況有姿で売り出す。解体費の水準は買主が自らの手配で決めるため、売主が高い費用を抱え込む余地がない
- 解体するかどうかを買主の選択に委ね、更地渡しを希望する場合の条件をあらかじめ提示しておく。建物を使いたい層と、更地を望む層の双方を候補に残せる
いずれにも留意点がある。更地渡しで契約するなら、解体の期間を引渡しまでの日程に織り込み、地中障害物が出たときの取り扱いを契約書で決めておく必要がある。現況有姿で売るなら、建物の状態について売主がどこまで責任を負うのかを、契約不適合責任の免責の範囲として明確にしておく必要がある。重要なのは、この三つがいずれも「解体しない」ではなく「解体をいつ、誰の判断で実行するか」を設計している点である。決断を避けているのではなく、決断を実行する時点を後ろに置いている。
7. 売主の実務への含意
以上の議論を、売主が実際に取れる手順に落とす。順序には理由がある。取り消せる作業を先に、取り消せない作業を後に置き、後の判断で使う材料を先の工程で作っておくためである。
7.1 建築の可否を先に確認する
第4節で述べたとおり、線引きのある区域では、建物の存在が建て替えの可否を判断する材料になっていることがある。売却の方針を決める前に、その土地に建物を建てられる見込みがあるのかを行政の窓口で確認する。あわせて、登記事項証明書と公図で筆の数と地目を確認し、境界標が現地にあるかを見ておく。ここで建築の見込みが立たないと分かれば、更地にすべきかという問い自体が別の問いに変わる。この確認は解体しなくてもでき、そして解体してからでは間に合わないことがある。順序の先頭に置くべき理由はそれで足りる。
7.2 見積もりは早く取り、実行は遅らせる
解体の見積もりを取ることと、解体を実行することは別の行為である。見積もりの取得は取り消せるが、実行は取り消せない。両者を切り離すのが第一の要点である。見積もりは、同じ条件を書いた紙を渡して複数の業者から取る。現地を見てもらい、第3節の費目に沿って内訳を出してもらう。総額だけの一行見積もりは比較に使えない。むしろ確認すべきは、含まれていないものである。
- 家財・残置物の処分は含まれているか。含まれない場合、誰がいつまでに片づけるのか
- ブロック塀、門扉、カーポート、庭木、庭石、物置、浄化槽、井戸は含まれているか
- 石綿の事前調査と、含有が確認された場合の除去の扱いはどうなっているか
- 法令上の届出は誰が行うのか。発注者名義の手続きが含まれているか
- 整地の仕上がりをどの状態と定めているか(残土の処理、砕石敷きの有無)
- 地中障害物が出た場合の取り扱いと、追加費用の決め方
- 建物の滅失登記は含まれているか。含まれない場合の手配先
この一覧に答えが揃った見積もりは、そのまま第6節の更地渡しの条件交渉に使える。売買契約の中で解体を約束するには、費用と期間が確定していることが前提になるからである。
7.3 四つのシナリオを手取りで並べる
比較すべきは売り出し価格ではなく手取りである。売り出し価格から、解体費、仲介手数料、測量や残置物処分などの費用、譲渡に伴う税、売れるまでの保有期間に発生する費用を引いた金額が、最後に残る。以下の四つを、この形で横に並べる。
- A 現況のまま古家付き土地として売る。解体費の支出はなく、住宅用地特例の要件が続く。買主層は広いが、建物の状態が値引きの材料になる
- B 先に解体して更地で売り出す。注文住宅の層に届き比較されやすくなるが、費用は先払いで取り消せず、売れ残れば保有の費用が上がる
- C 現況で売り出し、契約後に売主が解体して更地で引き渡す。費用は確定した売買代金から支出され、売れ残りのリスクを負わない
- D 買主が解体する前提で、価格を調整して現況有姿で売る。解体費の水準は買主が決め、売主は不確実性を抱えない
7.4 日付から逆算する
解体には法令上の手続きが伴い、手続きには期間がある。逆算しておくべき日付は、決済と引渡しの希望日、建設リサイクル法に基づく届出を工事着手の一定日数前までに行うこと、建物を取り壊した場合に不動産登記法により滅失の日から一定期間内に滅失の登記を申請すること、固定資産税の賦課期日が1月1日であること、境界の確認に隣地の立会いが要る場合の日程調整である。
これらを一枚の紙に並べると、いつまでに何を決めなければならないかが見える。実務で多いのは、決められないまま日付だけが過ぎ、結果として選択肢が減っていく形である。決断の内容を先に決められないなら、決断する日を先に決める。これは第6節で述べた待つことの価値を、期限つきで行使することにあたる。
7.5 税の個別判断は窓口に返す
最後に境界を引いておく。第5節で述べた住宅用地特例の割合は法令上の定めであり、誰が読んでも同じである。しかし、ある土地の固定資産税が実際にいくらになるか、家屋分の減少と土地分の増加が差引きでどうなるかは、その土地の評価額と前年度の課税標準額を見なければ分からない。これは市町村が把握している情報であり、資産税を扱う窓口で確認するのが最も確実である。
売却に伴う所得の課税も同様である。建物の取壊し費用が譲渡費用としてどう扱われるか、相続した家屋とその敷地を売る場合の特別控除の要件を満たすかといった論点には制度上の枠組みがあるが、適用の可否は取得の経緯・居住の状況・売却の時期によって変わる。税理士および税務署に確認すべき事項であり、制度の構造を説明することと個別の税額を算定することは別の仕事である。
8. 結論と今後の課題
本稿の結論を四点に整理する。第一に、更地にすべきかという問いは単一の問いではない。費用の問い、需要の問い、税の問い、時間の問いという、互いに独立した四つの問いが一語に束ねられている。決められない売主の多くは、判断力を欠いているのではなく、四つを一度に決めようとしている。分ければ、少なくとも三つは先に決まる。
第二に、更地化は価格を上げる操作ではなく、買主層を入れ替える操作である。注文住宅を建てたい実需層に届くようになる代わりに、建物を使いたい層と、解体費を自らの原価で処理できる事業者層の一部が候補から抜ける。この入れ替えが有利に働くかどうかは、その地域でどちらの層が厚いかによる。更地にすれば高く売れるという命題も、古家付きのほうが得だという命題も、一般には成り立たない。
第三に、住宅用地特例は税額を6分の1にする制度ではなく、課税標準を法定の割合まで圧縮する制度である。特例が外れたときの影響は、家屋分の課税の消滅、課税標準の上昇を段階的にする調整、都市計画税との区別といった要素に分かれて現れる。「税金が6倍になる」という説明は、方向として正しく、大きさとして誤っている。個別の税額は市の資産税の窓口へ、譲渡に伴う課税は税理士および税務署へ返すべき問いである。
第四に、解体は取り消せない。取り消せる作業を先に、取り消せない支出を後に置く。現況のまま市場に出して買主の性格を観察し、見積もりは早く取り、実行は契約後あるいは買主の判断に委ねる。この順序それ自体が、不確実性への対処になっている。
8.1 本稿の限界
限界を三つ挙げる。第一に、本稿は買主層の厚みについて統計的な裏づけを持たない。第4節の四つの層の分類は実務上の便宜的な区分であり、ある地域で更地化が有利かどうかを事前に判定する道具にはならない。判定には、その市場で実際に成約している事例と、売り出した物件に誰が反応したかという観察が要る。
第二に、本稿は解体費用の水準について何も述べていない。構造・面積・現場条件によって金額が変わり、地域と時期によって業者の手持ち工事の量も変わる以上、水準を一般化して書けば、それは読者を誤らせる数字になる。本稿が費目の分解にとどめたのはそのためだが、その結果として、判断に最も使いたい数字が本稿には載っていない。この空白は個別の見積もりによってしか埋まらない。
第三に、本稿は売主が手取りを最大化しようとすることを前提に議論した。実際の売却では、親族の合意、近隣への配慮、住み続けてきた家への愛着といった、金額に還元できない事情が判断を動かす。とりわけ相続に伴う売却では、誰がその建物を壊す決定に賛成したかが後々まで残る。この種の費用を扱う枠組みは、本稿にはない。
8.2 別稿に投げる論点
本稿から派生する論点を三つ、別稿に委ねる。一つは、解体と並んで売り出し前に検討される支出、すなわちリフォームやハウスクリーニングの投資回収の問題である。解体が買主層を入れ替える操作であるのに対し、リフォームは同じ層の中で評価を動かす操作であり、費用の性質も回収の経路も異なる。二つ目は、待つことの価値をより正面から扱う議論である。本稿は不可逆性を判断の順序を決める枠組みとして用いたが、待つ期間の上限が外的な事情で決まっている場合にこの枠組みがどこまで有効かは検討していない。三つ目は、保有課税が売却の判断そのものを歪める経路である。
最後に、本稿が繰り返し述べたことを一度だけ言い換えておく。更地にすべきかという問いに、物件を見ただけで答えられる者はいない。答えは、その土地を買う可能性のある人が誰かによって決まり、その人が誰かは市場に出してみないと分からない。だからこの問いは、判断の前ではなく、観察の後に置かれるべき問いなのである。
