1. はじめに——問題の所在
日本の民法は、土地と建物を別個の不動産として扱う。この一点が、諸外国の法制と日本の不動産取引を大きく分けている。建物は土地に固定され、土地なしには存在しえない。それでも法は両者を切り離し、別々の所有者が持つことを許す。借地権付き建物とは、この切り離しが現に起きている状態のことである。土地は地主のもの、建物は借地人のもの。一つの敷地の上に、二人の権利者が並び立つ。
この状態にある不動産を売ろうとするとき、売主は所有権のままの土地建物を売る場合には現れない障害に出会う。第一に、売れるものが物理的な土地ではなく、契約上の地位である。第二に、その地位を他人に移すには、原則として地主の承諾が要る。第三に、買主の側も、地代を払い続け、いずれ更新の時期を迎え、建て替えの際には再び地主と交渉するという将来を引き受けなければならない。売主が自分の意思だけで完結できない取引が、ここに生じる。
実務の場では、この種の物件について二つの相反する語りが流通している。一方には「借地権は売れない」「地主が承諾しないから話にならない」という悲観がある。他方には「借地だから安く買える、買主はいくらでもいる」という楽観がある。どちらも一面では正しく、どちらも判断の役には立たない。売れるか売れないかは、その借地権がどの法律のどの類型に属し、残りの期間がどれだけあり、地主との間にどのような取り決めが積み重なってきたかによって、まったく変わるからである。
本稿の問いは三つである。第一に、借地権にはなぜ複数の類型が併存しているのか。第二に、譲渡の承諾、地主の介入権、更新料といった実務上の論点は、どの経路を通って売却価格に届くのか。第三に、借地権と底地が別々の持ち主に分かれた状態は、それぞれを単独で売る場合と、二つを同時に売る場合とで、合計額にどれだけの差を生むのか。
方法は二つを組み合わせる。ひとつは法制度の整理である。借地権の類型は、明治から平成にかけての立法の積み重ねの結果として生まれたものであり、その来歴を知らなければ、なぜ隣り合う二つの借地が違う扱いを受けるのかを説明できない。もうひとつは、権利が分割された資源をめぐる経済学の視点である。ひとつの資源に複数の排除権が並び立つとき何が起きるかについては、反共有地や補完財の議論という蓄積がある。
以下、第2節で借地の法制度がどのように形づくられてきたかをたどる。第3節で旧法借地権・普通借地権・定期借地権の三類型を、存続期間・更新・終了時の建物の扱いという軸で整理する。第4節で譲渡の承諾と地主の介入権を扱い、第5節で更新料・地代・残存期間が価格に及ぶ経路を検討する。第6節で借地権と底地の分割を反共有地の問題として読み直し、第7節で売主の実務に落とす。第8節で限界と残された課題を述べる。
註:本稿では、承諾料や更新料の水準を示す数値は扱わない。これらは個別の契約内容・従前の経過・当事者の交渉に強く依存し、一般化できる出典を筆者は持たないためである。また、承諾を得られるかどうか、無断譲渡が解除事由にあたるかどうかといった法的判断は弁護士の領域であり、本稿はその手前にある見取り図を示すにとどまる。
なお筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者である。自社で買い取る事業を持たず、買取や買取保証を率先して行わない立場から書いている。借地権付き建物は、その特殊性ゆえに買取の提案が寄せられやすい対象でもある。だからこそ、買主の側に立たない者が価格形成の構造を書いておく意味があると考える。
2. 借地の制度はどのように形づくられたか
借地権の類型が複数併存しているのは、立法者が最初から複数を用意したからではない。ひとつの制度を作り、その不具合を次の立法が補い、その補いが新たな不具合を生む、という積み重ねの結果である。この来歴を知ることは、売却の実務に直結する。目の前の借地がどの層に属するかで、売主が使える手も、買主が引き受ける将来も変わるからである。
2.1 借地人の投資を守るという課題
明治民法のもとでは、土地の賃借権は債権であった。債権であるということは、土地が第三者に売られたとき、新しい所有者に対して「自分はここを借りている」と主張できないことを意味する。売買は賃貸借を破る、と言われた状態である。借地人は自分の費用で建物を建てながら、土地が売られた瞬間にその建物を失いうる立場に置かれていた。
この構造は、経済学でいうホールドアップ問題の典型である。ウィリアムソン(1985)が資産特殊性という概念で説明したように、ある関係の中でしか価値を持たない投資を行った側は、投資が済んだ後に相手から不利な条件を押しつけられやすい。建物は、その敷地の上でしか価値を持たない。建てた瞬間に、借地人は逃げられなくなる。逃げられないと分かっていれば、そもそも人は建物に十分な投資をしない。制度が介入しなければ、土地は貸されても良い建物は建たない。
2.2 三つの立法が積み重なった
最初の応答が、明治42年の建物保護ニ関スル法律である。借地上の建物について登記があれば、土地が誰に売られても借地権を主張できるとした。土地の賃借権そのものを登記する道は理屈の上ではあったが、それには土地所有者の協力が要る。建物の登記は借地人が単独でできる。実効性のある対抗手段を借地人の手に渡した点で、この立法の意義は大きい。
次が大正10年の借地法および借家法である。存続期間を法定し、期間が満了しても地主の側に正当の事由がなければ更新を拒めない仕組みを導入した。借地人の地位はここで決定的に強くなった。戦後の住宅難のもとで、この強い保護は都市に大量の借地を残した。
しかし保護が強すぎることには副作用があった。一度貸せば土地は事実上戻ってこない、と地主が予想すれば、新たに土地を貸す者はいなくなる。借地の新規供給は細り、既存の借地関係だけが更新を重ねて残る。保護の厚みが、保護される関係そのものの数を減らしたのである。
第三の立法が、平成3年に成立し平成4年8月1日に施行された借地借家法である。この法律は、堅固な建物と非堅固な建物という旧法の区別を廃して存続期間の体系を整理する一方、期間が満了すれば確実に土地が戻る類型、すなわち定期借地権を新設した。戻ることが約束されていれば、地主は再び土地を貸せる。契約の自由を一部回復させることで、供給の側を立て直そうとした立法である。
2.3 旧法が消えなかった理由
ここで売却実務にとって最も重要な点を確認しておく。借地借家法は、施行前から存在する借地関係を新法に置き換えなかった。附則により、施行前に設定された借地権の存続期間や更新については、なお旧法の規律が及ぶ。しかも更新を重ねても旧法の適用は続く。つまり平成4年8月1日より前に設定された借地は、今日もなお大正10年の借地法の世界にある。
その結果、現在の日本には、旧法の借地権と新法の普通借地権と定期借地権が、同じ町の中に混在している。外から見ただけでは区別がつかない。古い木造家屋が建っていれば旧法だろうという推測は当てにならず、契約書と設定時期を確認するほかない。第3節では、この三つを比較可能な形に並べる。
3. 三つの借地権を同じ土俵に並べる
借地権を比較するには軸が要る。売却の観点から意味を持つ軸は三つである。どれだけの期間が残っているか(存続期間)。期間が来たときに続けられるか(更新の可否)。終わったときに建物はどうなるか(終了時の処理)。この三つは、そのまま買主が引き受ける将来の中身であり、したがって価格の中身でもある。
3.1 旧法借地権——期間より更新の強さが本体である
平成4年8月1日より前に設定された借地権には、旧借地法の規律が及ぶ。旧法は建物を堅固なものとそれ以外に分け、期間を別に定めていた。石造・煉瓦造・鉄筋コンクリート造などの堅固な建物では法定の期間が長く、木造などそれ以外の建物では短い。当事者が契約で期間を定める場合にも、堅固な建物では三十年以上、それ以外では二十年以上という下限が置かれていた。更新後の期間についても、堅固なものは三十年、それ以外は二十年と定められている。
旧法固有の論点として、期間の定めがない場合について、建物が朽廃したときに借地権が消滅するという扱いがある。老朽化した建物を放置することが、権利そのものを失う方向に働きうるという点で、新法にはない特徴である。もっとも、朽廃といえる状態かどうかの判断は容易ではなく、個別事案の評価は法律家に委ねるべき領域に属する。
売却の観点から旧法借地権を特徴づけるのは、期間の長さそのものではない。更新が繰り返されてきた事実と、正当の事由がなければ地主が更新を拒めないという規律の強さである。買主にとって、この借地権は事実上、期限のない土地利用に近い。ゆえに旧法借地権は、三類型の中で最も高く評価されやすい。
3.2 普通借地権——体系は整理されたが、強さは受け継がれた
借地借家法のもとで新たに設定される更新のある借地権が、普通借地権である。堅固と非堅固の区別は廃され、存続期間は三十年を基本とし、これより長い期間を定めることもできる。更新後は、最初の更新で二十年、その後の更新では十年という体系になっている。
更新の場面では、地主が更新を拒むには正当の事由が求められる。その判断では、双方が土地の使用を必要とする事情、借地に関する従前の経過、土地の利用状況、そして立退料に相当する財産上の給付の申出といった事情が総合的に考慮される。さらに、更新されずに終わる場合には、借地権者が建物などを時価で買い取るよう請求できる仕組みが用意されている。期間が定まっていても、終わり方は一方的ではない。
3.3 定期借地権——終わりが約束された借地
定期借地権は、期間の満了によって確実に終了する類型である。借地借家法は三つの形を用意している。第一に一般定期借地権。存続期間を五十年以上とし、更新をしないこと、建物の築造による期間の延長をしないこと、建物の買取りを請求しないことを特約で定める。この特約は書面によることを要する。第二に事業用定期借地権等。専ら事業の用に供する建物の所有を目的とし、存続期間は十年以上五十年未満で、公正証書によって設定する。第三に建物譲渡特約付借地権。設定から三十年以上を経過した日に、建物を地主に相当の対価で譲渡する旨を定める。
売却の観点では、定期借地権は残存期間そのものが商品である。期間が減るほど、買主が使える年数は減る。同時に、期間の終わりには建物を取り壊して土地を返す義務を負う類型では、解体の費用が将来のどこかで発生することが最初から分かっている。価格はこの二つを織り込んで形成される。
| 観点 | 旧法借地権 | 普通借地権 | 定期借地権(一般) |
|---|---|---|---|
| 根拠法 | 借地法(旧法)が引き続き及ぶ | 借地借家法 | 借地借家法 |
| 設定時期 | 平成4年8月1日より前 | 同日以後 | 同日以後 |
| 建物の種類 | 堅固・非堅固で期間が異なる | 区別しない | 区別しない |
| 更新 | 正当の事由がなければ拒めない | 同左 | 更新しない旨を特約する |
| 終了時の建物 | 買取請求の仕組みがある | 買取請求の仕組みがある | 買取請求をしない特約が可能 |
| 売却時の評価 | 期限のない利用に近く高く評価されやすい | 旧法に準じるが期間の管理が要る | 残存期間の長短が価格を左右する |
三つを並べて分かるのは、価格差の源が権利の名称ではなく、買主が引き受ける将来の確からしさにあるということである。次節では、その将来に到達する前に立ちはだかる関門、すなわち譲渡の承諾を扱う。
4. 譲渡の承諾という関門と、地主の介入権
借地権付き建物の売却が所有権の売却と決定的に違うのは、この節で扱う一点に集約される。売主は、自分が持っている権利を、自分の判断だけでは他人に移せない。承諾という第三者の意思が、取引の成立条件として組み込まれている。
4.1 なぜ承諾が要るのか
借地権には二つの法的な形がある。地上権と、土地の賃借権である。地上権は物権であり、原則として自由に処分できる。これに対して賃借権は債権であって、民法は、賃借人が賃貸人の承諾を得なければ賃借権を譲り渡し、または賃借物を転貸することができないと定めている。実務で見かける借地権の多くは賃借権の形をとっているとされ、したがって譲渡には承諾が要る、という帰結になる。
この規律の趣旨は、賃貸借が誰と結ぶかを重視する継続的な関係だという点にある。地代を払い続けられるか、土地の使い方が乱暴でないか、隣近所との折り合いはどうか。貸す側にとって相手が誰かは重要であり、それを一方的に入れ替えられては困る。承諾の要請は、地主の側のこの利益を守るために置かれている。
もっとも、承諾を得ずに譲渡すれば直ちに契約が解除されるわけではない。判例は、賃貸人に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情がある場合には解除を認めないという考え方をとってきた。信頼関係が壊れていないかどうかを見る、という枠組みである。ただし、この判断は事案ごとの事情に強く依存する。承諾を得ないまま進めてよいかどうかを見込みで語ることはできず、ここは弁護士に判断を仰ぐべき領域である。
4.2 承諾が得られないとき——承諾に代わる許可
地主が承諾しない場合に、借地人が打つ手がないわけではない。借地借家法は、借地権者が建物を第三者に譲渡しようとする場合において、その第三者が借地権を取得しても地主に不利となるおそれがないにもかかわらず承諾が得られないときは、裁判所が承諾に代わる許可を与えることができると定めている。これが借地非訟と呼ばれる手続である。
この手続では、裁判所は当事者間の利益の衡平を図るため必要があるときに、財産上の給付を命ずることができるとされている。実務でいう承諾料は、この財産上の給付に対応する。ここで注意したいのは、その水準が法律で定まっているわけではないという点である。事案ごとの事情を踏まえて定まるものであり、本稿は一般的な水準を示さない。
4.3 地主の介入権——買主が入れ替わりうるという構造
承諾に代わる許可の手続には、地主の側からの対抗手段が用意されている。借地権設定者は、自らその建物の譲渡および借地権の譲渡を受ける旨を申し立てることができ、裁判所はこれを相当と認めるときに、対価を定めて譲受けを命ずることができる。実務でいう介入権、あるいは優先譲受けの申立てである。
この仕組みは、売主にとって二重の意味を持つ。ひとつは、買主が入れ替わりうるという不確実性である。売主が見つけてきた買主に売れるとは限らず、地主が買い受ける結末もありうる。もうひとつは、それでも売却そのものは実現しうるという安心である。介入権は取引を止める権利ではなく、譲受人の座を地主に移す権利だからである。裁判所が定める対価が当事者の期待と一致するとは限らないという点は、別に考えておく必要がある。
同様の枠組みは、建物が競売や公売にかけられて第三者が取得した場面にも用意されている。この場合にも、賃借権の譲渡について承諾が得られないときに裁判所の許可を求める道があり、地主の側の申立ても準用される。さらに、地主が譲渡や転貸を承諾しない場合に、建物を取得した第三者が地主に対して建物などを時価で買い取るよう請求できる仕組みもある。承諾を拒むことは、地主にとっても無償の選択ではない。
4.4 承諾が要らない場面
混同されやすい点を確認しておく。相続によって借地権が承継される場合、それは譲渡ではないから、地主の承諾は要らない。名義書換の求めを受けることはあっても、承継そのものが承諾にかかっているわけではない。一方、相続した建物を相続人が第三者に売る段階では、通常の譲渡として承諾の問題に戻る。相続で承継したときに承諾が不要だったことを、売却時にも不要だと読み替えてしまう誤解は、実務でしばしば見られる。
5. 将来の支払いと制約が、現在の価格を削る経路
前節までで扱ったのは、売却が成立するかどうかという入口の問題であった。本節が扱うのは、成立したとして、いくらになるかである。借地権付き建物の価格は、買主がこれから負う支払いと、これから受ける制約の分だけ、所有権のままの土地建物より低くなる。その引き算の中身を分解する。
5.1 買主が引き受けるのは、資産ではなく資産と債務の束である
所有権の土地建物を買う者が引き受けるのは、その不動産だけである。借地権付き建物を買う者が引き受けるのは、建物の所有権と土地を使う権利に加えて、地代を払い続ける義務、更新の時期に地主と向き合う立場、建て替えの際に承諾を求める必要、そして将来また売るときに同じ承諾の関門をくぐる見込みである。買主はこの束を丸ごと評価する。
したがって価格差は、権利が弱いことへの漠然とした割引ではない。将来のキャッシュアウトと、将来の不自由と、将来の不確実性という三つを、現在の金額に引き直したものである。三つを分けて考えると、どこを事前に片づければ価格が守れるかが見えてくる。
5.2 地代——毎月の支払いが積み上がる
第一の要素は地代である。買主にとって地代は、住宅ローンの返済とは別に、その土地を使い続ける限り発生し続ける支出である。所有権の土地であれば固定資産税と都市計画税を負担するが、借地の場合、土地の税は地主が負い、借地人は地代を負う。両者の大小はその土地の条件によって異なるため、一般化はできない。売主にできるのは、現在の地代の額と改定の履歴を正確に示すことである。
借地借家法は、土地の価格の変動や公租公課の増減、近傍類似の土地の地代との比較といった事情に照らして地代が不相当となったときに、当事者が将来に向かって増減を請求できる旨を定めている。つまり地代は固定ではない。買主はこの可変性も含めて評価する。過去にどのような改定があったかは、将来の予測材料として意味を持つ。
5.3 更新料——法定ではなく、特約から生じるとされる
第二の要素が更新料である。ここで押さえておくべきは、更新料の支払義務が法律の規定から当然に生じるものではないと解されてきたことである。支払う旨の合意がある場合に、その合意にもとづいて義務が生じる。長年にわたり慣行として授受されてきた地域もあるが、慣行があることと法的義務があることは同じではない。
売却の場面では、この点が二重に効いてくる。ひとつは、契約書に更新料の定めがあるかどうかを確認しないまま買主に説明すると、後から前提が崩れることである。もうひとつは、次の更新の時期が近いほど、買主は近い将来の支出を織り込むため、価格の交渉材料になりやすいことである。更新の時期は日付で確定できる情報であり、売り出しの前に押さえておける。
5.4 建て替え・増改築の制約と、買主の資金調達
第三の要素は制約である。借地契約には、建物の種類や構造を制限する条件が付されていることがあり、増改築を禁じる特約が置かれていることもある。借地借家法は、法令による土地利用の規制の変更などにより借地条件を変更することが相当となった場合や、増改築を制限する特約がある場合について、裁判所が借地条件の変更や増改築の許可を与えうる仕組みを置いている。ここでも財産上の給付が問題になりうる。
そして実務上しばしば最大の障害になるのが、買主の資金調達である。借地上の建物を担保とする融資では、金融機関が地主の承諾を書面で求めることが一般的だとされる。地主が譲渡には同意しても、抵当権の設定に関する書面には応じないという事態は起こりうる。承諾の交渉を、譲渡と担保設定の二つに分けて考えておく必要がある。
以上の三つは、いずれも売主が事前に情報として確定できる項目である。確定していない項目は、買主が最も悪い可能性を想定して値付けする。価格を守るという観点からは、この節の内容は「調べれば減らせる割引」の一覧として読める。
6. 反共有地としての借地——別々に売るか、同時に売るか
ここまでは借地権を売る側の視点で論じてきた。本節では視点を引き上げ、ひとつの土地の上に二つの権利が並び立っている状態そのものを対象にする。借地権と底地は、どちらか一方だけでは土地を自由に使えない。二つが揃って初めて、更地の所有権と同じ自由が回復する。この構造は、経済学が扱ってきた古典的な問題と重なる。
6.1 排除権が二つあると、資源は使われなくなる
ヘラー(1998)が反共有地の悲劇と呼んだのは、ひとつの資源に対して複数の主体がそれぞれ他者を排除する権利を持ち、誰も完全な利用権を持たない状態である。共有地の悲劇が過剰利用をもたらすのに対して、反共有地は過少利用をもたらす。使いたい者は権利者全員の同意を集めなければならず、その調整に費用がかかりすぎるとき、資源は誰にも十分に使われないまま置かれる。
借地と底地の関係は、この構図に近い。地主は土地を持つが、借地人がいる限り自由に使えず、売ろうとしても買い手は限られる。借地人は建物を持つが、土地を持たないため、譲渡にも建て替えにも承諾が要る。どちらも相手を排除できるが、どちらも単独では完全な利用に届かない。
同じ論点は、より古くクールノー(1838)が補完財の独占として定式化していた。二つの部品が揃って初めて価値を持つ製品について、それぞれの部品を別々の独占者が売るとき、価格は高くなりすぎ、取引量は減る。互いに相手の値付けが需要を細らせることを勘定に入れないためである。二つの部品を一人が売れば、価格は下がり、取引量も利潤の合計も増える。借地権と底地は、この意味で補完財である。
6.2 それぞれの単独市場は薄い
実際、借地権だけを買う者と、底地だけを買う者は、いずれも限られる。借地権付き建物の買主は、地代を払い続けることを受け入れ、住宅ローンの制約を乗り越えられる者に絞られる。底地の買主は、地代収入を目的とする投資家か、将来の交渉を織り込める専門の事業者に絞られる。買主の母集団が小さい市場では、価格は交渉力の差に振れやすくなる。
この事情は、都市部よりも地方でいっそう強く出る。磐田市の人口は2026年7月末時点で163,224人であり、住宅地の公示地価は2026年の地価公示で1平方メートルあたり50,086円、前年比プラス0.16パーセントであった。大きく上下しない落ち着いた市場だが、その分だけ買主の層も厚くない。借地権や底地といった特殊な商品では、母集団の薄さはさらに際立つ。
6.3 同時に売れば合計は増えうる
以上の理屈から導かれる示唆は明快である。借地権と底地を同時に、ひとつの完全な所有権として市場に出せば、買主の母集団は一挙に広がる。一般の住宅取得者も、事業者も、その土地を検討できるようになる。二つを別々に売って得られる金額の合計より、同時に売って得られる金額のほうが大きくなりうるのは、この母集団の差による。
コース(1960)が示したのは、取引費用がなければ権利がどちらに初期配分されていても資源は効率的な使い方に落ち着く、という命題であった。裏を返せば、取引費用が高いところでは初期配分が結果を左右する。借地と底地の分割は、まさに取引費用が高い配分である。長年の経緯、感情、相続によって増えた権利者の数。これらが交渉を止める。グロスマン=ハート(1986)が所有権を残余のコントロール権として捉えたように、誰が何を決められるかの配置こそが、この問題の核心にある。
| 売り方 | 買主となりうる層 | 留意点 |
|---|---|---|
| 借地権付き建物を第三者へ売る | 地代と承諾の手続を受け入れる個人・事業者 | 譲渡の承諾と資金調達の承諾が要る |
| 借地権を地主へ売る | 地主のみ | 相手が一人であり交渉力の差が出やすい |
| 底地を借地人が買い取る | 借地人のみ | 資金の手当てと双方の価格観の隔たり |
| 借地権と底地を同時に売る | 一般の住宅取得者を含む広い層 | 地主との合意形成と配分の取り決めが前提 |
| 借地権と底地を交換して分割を解消する | 解消後にそれぞれが単独で売却 | 面積・形状の条件が整う土地に限られる |
ただし、同時売却は理屈のうえで有利だというだけでは動かない。地主と借地人が同じ時期に売る意思を持ち、代金の配分について合意し、手続を並走させる必要がある。この合意形成にかかる費用こそが、反共有地の問題の本体である。第7節では、その費用を下げるために売主が先に何をしておけるかを述べる。
7. 売主の実務への含意
以上の議論を、借地権付き建物を売ろうとする者が実際に取れる手順に落とす。順序には理由がある。後の工程で必要になる情報を、先の工程で作っておかなければ、交渉のたびに前提が動いてしまうからである。
7.1 権利の中身を、書面で確定させる
最初にやるべきことは、自分が持っている権利の正体を確定させることである。借地権は目に見えない。契約書と登記と支払いの記録から復元するほかない。ここが曖昧なまま売り出すと、買主が現れてから前提が崩れる。
- 土地賃貸借契約書の原本を探す。見つからない場合は、地主が保管している控えの写しを求める
- 設定の時期を確認する。平成4年8月1日より前か後かで、適用される規律が変わる
- 存続期間と、直近の更新がいつだったかを日付で押さえる
- 更新料・承諾料・名義書換に関する定めが契約書にあるかどうかを確認する
- 増改築や建物の種類・構造を制限する条項の有無を確認する
- 建物の登記事項証明書を取り、登記名義が現況と一致しているかを見る
- 地代の額、支払方法、直近の改定の経緯を記録から拾う
建物の登記が自分の名義で残っていることは、対抗要件としての意味を持つ。相続で承継したまま名義を変えていない場合は、売却の前に整理しておく項目になる。ここは司法書士の領分である。
7.2 地主に、何をどの順で伝えるか
承諾を求める交渉は、売却活動の途中ではなく、なるべく手前で始めたほうがよい。買主を見つけてから承諾を求めると、承諾が得られない場合に買主を失い、得られる場合でも交渉の時間が買主の待ち時間になる。待たされた買主は条件を下げてくる。
伝える順序としては、まず売却を検討していることと、その理由を伝える。次に、地主の側に買い取る意向があるかを尋ねる。第4節で見たとおり、地主には裁判所の手続の中で譲受けを申し立てる権利があるのだから、その意向を先に確認しておくことは、後の紛争の芽を摘む。そして第三に、底地と一緒に売る選択肢があることを提示する。
7.3 同時売却の可能性を、早い段階で検討する
第6節の議論からすれば、借地権と底地を同時に売る選択は、双方の手取りを押し上げうる。地主にとっても、地代収入を失う代わりに、単独では売りにくかった底地を市場価格で現金化できる。相続をきっかけに双方が権利の整理を望んでいる場合、この提案が受け入れられることは少なくない。
検討すべきは、代金をどう配分するかである。合意の材料としては、相続税の課税上の評価の考え方が参照されることが多い。国税庁の財産評価基本通達では、借地権の価額は自用地としての価額に借地権割合を乗じて求め、貸宅地の価額は自用地としての価額から借地権の価額を控除して求めるという考え方が示されている。この評価は課税のための基準であって、売買価格そのものではない。それでも、双方が納得できる出発点として機能する。
7.4 買主候補の資金調達を、価格より先に確かめる
借地権付き建物の売買では、契約に至っても資金調達で止まることがある。第5節で述べたとおり、金融機関が地主の承諾を書面で求めるのが一般的だとされるためである。申込みを受けた段階で、買主がどの金融機関にどのような形で相談しているかを確認しておく。承諾の交渉も、譲渡についてのものと担保設定についてのものを、最初から二つあるものとして進める。
7.5 法的な判断は、法律家に渡す
本節の手順は、いずれも事実を確定させる作業であって、法的な判断ではない。承諾を得ずに譲渡してよいか、地主の要求が過大かどうか、契約解除の主張が通るか、借地非訟の申立てが認められる見込みがあるか。これらは弁護士が扱う領域であり、宅地建物取引業者が見込みを述べてよい事柄ではない。地主との間に対立がある場合は、早い段階で弁護士に相談し、交渉の主体を移すべきである。
最後に当社の立場を述べておく。当社は自社で買い取る事業を持たず、買取や買取保証を率先して行わない。借地権付き建物には、権利関係が複雑であることを理由に買取の提案が寄せられやすい。買取という売り方そのものを否定はしないが、提案を受けたときは、まず相手がその取引の買主なのか買主を探す仲介なのかを確認し、複数の会社に同じ条件を示して見積もりを並べたうえで判断されることをお勧めしたい。条件を揃えなければ、金額は比較できない。
8. 結論と今後の課題
本稿が確かめたことを三点にまとめる。第一に、借地権の類型が併存しているのは制度の欠陥ではなく、借地人の投資を守るという課題と、土地を貸す誘因を保つという課題のあいだで、立法が三度の応答を重ねてきた結果である。平成4年8月1日という日付を境に旧法の世界と新法の世界が並存し、しかも旧法の適用は更新を重ねても続く。目の前の借地がどちらに属するかは、外観からは分からない。
第二に、借地権付き建物の価格を所有権の土地建物から引き離しているのは、権利が弱いという抽象的な事情ではない。承諾という関門の存在、地代と更新料という将来の支出、建て替えや担保設定に承諾を要するという制約、そしてこれらすべてが不確定なまま残ることによる割引である。四つのうち、少なくとも前三者は、売り出しの前に書面で確定させることができる。確定していない項目について、買主は最も悪い可能性を前提に値付けする。
第三に、借地権と底地の分割は、反共有地の問題として読み直せる。二つの排除権が並び立つ限り、それぞれの単独市場は薄く、価格は交渉力の差に振れる。二つを同時に市場へ出せば買主の母集団は広がり、合計額は押し上げられうる。同時売却が実現しにくいのは、それが不利だからではなく、合意形成に費用がかかるからである。
8.1 本稿の限界
限界を三つ挙げておく。ひとつ目は、承諾料や更新料の水準にまったく触れなかったことである。これは意図的な省略であるが、売主が最も知りたい数字を扱わなかったという意味では、本稿は実務の要求に半分しか応えていない。一般化できる出典を持たないまま数値を示すことの害のほうが大きいと判断したが、この判断自体は再検討の余地がある。
ふたつ目は、地域慣行の差を扱えなかったことである。借地の慣行は地域ごとに異なり、同じ法律のもとでも、承諾の求め方や更新時の作法には土地ごとの積み重ねがある。全国一律の記述は、そのどれにも正確には当たらない。
みっつ目は、定期借地権について、実際の流通の様子を語る材料が乏しいことである。制度の設計は明快だが、設定から相当の年数が経過した定期借地権が中古市場でどう評価されるのかについて、筆者は確かなことを述べられる立場にない。残存期間が短くなるほど価格が下がるという理屈は明快でも、実際にどの水準で取引が成立するかは別の問いである。
8.2 別稿に投げる論点
本稿から派生する論点のうち、三つを別稿に委ねたい。ひとつは相続との交差である。借地権が相続によって複数の相続人に承継されると、承諾を求める主体が複数になり、反共有地の問題は借地の側にも生じる。共有の解消と借地権の処分をどの順で進めるかは、それ自体で一本の主題になる。
もうひとつは登記制度との関係である。借地権の対抗力が建物の登記に依存しているという構造は、登記が現況と食い違ったときに脆さを見せる。登記制度が取引の安全をどこまで支えているかという問題として、独立に論じるべき主題である。
三つ目は流動性である。買主の母集団が薄い商品では、早く確実に売ることの価値と、時間をかけて高く売ることの価値のあいだに、はっきりした差が生じる。この差をどう見積もるかは、借地権に限らず地方の不動産全般に共通する問いであり、流動性の議論として扱うのがふさわしい。
借地権付き建物は、扱いにくい不動産として語られることが多い。しかし本稿で見たとおり、扱いにくさの中身は分解できる。どの法律が及ぶのか、いつ更新が来るのか、契約書に何が書いてあるのか、地主は何を望んでいるのか。これらは調べれば分かることである。分からないまま市場に出すことと、分かったうえで市場に出すこととの差が、この種の不動産では特に大きく出る。
