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不動産市場論

山林の市場はどこにあるか

流動性の極端に低い財の需要先を特定し、処分の順序を設計する

富士ヶ丘サービス株式会社代表取締役 大石 浩之初出 2026.08.23

要旨

本稿の問いは、山林という財の市場がどこにあるのか、である。宅地であれば価格を下げるほど買主の層は広がる。ところが山林では、価格を下げても買主の層がほとんど広がらない。この非対称は、山林の市場が価格で調整される匿名の市場ではなく、数えられるほど少数の相手との個別交渉の場であることを示している。

本稿はまず、流動性と薄い市場の理論を用いて、買い手の数が少ないこと自体が価格形成を壊す仕組みを確認する。次に需要側を隣接地所有者・林業関係者・公的主体・転用需要の四つに分解し、それぞれが成立する条件を特定する。続いて供給側に固有の困難——境界の不明確さ、図面と現況の不整合、立木と土地の権利の分離——を扱い、それらが探索費用ではなく取引の可否そのものを左右することを示す。

後半では、保有し続けることの費用と森林法が所有者に課す義務を並べ、処分と保有を同じ土俵に載せる。そのうえで相続土地国庫帰属制度を、却下事由と不承認事由という二段の篩の構造として読み、それが山林にとって何を意味するかを検討する。最後に、宅地と山林を切り離して扱うという実務判断の順序に落とす。

山林流動性薄い市場境界不明相続土地国庫帰属制度森林経営管理

1. はじめに——問題の所在

「実家を相続したら、宅地のほかに山林が何筆も付いてきた」。中山間の集落を抱える市町では、この相談は例外ではなく標準である。森町のように町域の大半を森林が占める町では、相続の対象に山林が入っていることのほうがむしろ普通に近い。ところが売却の話を進めると、宅地と古家は数か月で買主が見つかるのに、山林だけが最後まで残る。残るどころか、いくらで売れるのかという最初の問いにさえ答えが返ってこない。

この現象は、需要と供給という通常の言葉では説明しきれない。宅地であれば、価格を下げるほど買える人の層は広がる。予算三千万円では届かなかった世帯が、二千万円なら検討に入る。価格は買主の数を調整する装置として働いている。ところが山林では、価格を下げても買主の層がほとんど広がらない。半値にしても、無償にしても、引き取り手が現れないことがある。価格という調整装置が機能していないのである。

本稿の問いはここから立ち上がる。山林の市場はどこにあるのか。市場がそもそも存在しないのか、それとも存在しているのに売主から見えていないだけなのか。この切り分けができなければ、対処の方向が決まらない。存在しないのであれば処分ではなく管理の設計が要る。見えていないだけであれば、探し方の設計が要る。

山林
市場
どこにあるか
山林は価格を下げても買主の層が広がりにくい。価格が需給を調整していないという事実から、本稿の問いは始まる。

先に結論を述べる。山林に市場がないわけではない。ただしそれは、多数の匿名の買主が価格を見て集まってくる宅地型の市場ではない。隣接する土地の所有者、林業に携わる主体、公的な受け皿という、数えられるほど少数の相手との個別交渉の場である。買い手の名前を数えられてしまう市場では、価格は市場が決めるものではなく、二者の交渉が決めるものになる。したがって処分の設計は、価格を決める作業からではなく、相手を特定する作業から始めなければならない。

議論の順序は次のとおりである。第2節で流動性と薄い市場の理論を確認し、買い手の数が少ないこと自体が価格形成を壊す仕組みを示す。第3節で需要側を四つに分解し、それぞれが成立する条件を特定する。第4節で山林に固有の供給側の困難——境界・図面・立木——を扱う。第5節で保有し続けることの費用と法定の義務を並べ、第6節で相続土地国庫帰属制度を要件の構造として読む。第7節で実務の順序に落とし、第8節で残る課題を述べる。

地域の前提も先に置いておく。森町の人口は約15,900人(2026年4月1日時点)、土地の相場は平均の目安で約26,900円/㎡、前年比マイナス0.74%である。地区別では森が約31,800円/㎡、睦実が約23,400円/㎡と開きがある。ただしこれらはいずれも宅地を中心とした平均であって、山林の価格ではない。山林の単価は宅地の平均から類推できるものではなく、そもそも公表された平均という形で存在しにくい。この一点が、本稿全体の背景をなしている。

なお筆者は磐田市で不動産の媒介を業とし、森町を重点エリアとして扱う立場にある。当社は自社で買い取る事業を持たず、買取・買取保証を率先して行わない。この立場は本稿の議論にも影響する。買主になれない者が山林の処分を語るとき、話は「いくらで引き取るか」ではなく「誰に届けるか」に寄る。立場を隠して中立を装うことはしない。

2. 流動性の理論——買い手が少ないとき、価格は何を意味しなくなるか

流動性とは、ある資産を、価格をほとんど動かさずに、短い時間で、確実に現金に換えられる度合いをいう。金融の分野で育った概念だが、内容は三つの要素に分解できる。売れるまでの時間、売り急いだときに支払う価格の譲歩、そして売れること自体の確実性である。預金はこの三つすべてで優れており、上場株式がそれに次ぐ。不動産は全般に劣るが、その中でも山林は際立って劣る。

2.1 探索理論から見た「買い手の到着率」

探索・マッチング理論は、買い手が一定の割合で市場に到着すると仮定し、売主が提示価格と待機期間をどう決めるかを分析する枠組みである。ダイヤモンド、モーテンセン、ピサリデスらが労働市場を対象に発展させたこの理論は、買い手の到着率が下がると、売主の合理的な留保価格も下がることを示す。次の買い手が来る見込みが薄いほど、いま目の前にある提案を断る費用が高くなるからである。

宅地であれば到着率は月に数件から十数件の問い合わせという形で観測できる。山林では、年に一件も現れないことがある。到着率がゼロに近づくと、理論の含意は質的に変わる。留保価格を下げるという調整では追いつかず、そもそも「待つ」という戦略が意味を失う。待った先に到着がないなら、待機は費用だけを積み上げる行為になる。

買い手の到着
探索費用
待つ費用
買い手の到着率が極端に低い財では、価格を下げて待つという通常の戦略が働かない。待機は費用だけを積み上げる。

2.2 薄い市場と、価格発見の不成立

取引件数が少ない市場を薄い市場という。薄い市場の第一の帰結は、比較事例が存在しないことである。宅地の査定は、近隣の成約事例に接道・形状・築年の補正をかけて行う。山林ではこの前提が崩れる。同じ町内で数年に一度しか取引がなく、その一件も面積・傾斜・林道からの距離・樹種と林齢がまったく違えば、比較の基礎にならない。

アルヴィン・ロスは、市場が機能するための条件として、参加者が十分に集まる「厚み」を挙げた。厚みが失われた市場では、価格は情報を運ばなくなる。売主が提示する数字は根拠を持たず、買主が提示する数字も根拠を持たない。互いに相手の数字を検証できないまま、交渉だけが残る。

2.3 買い手が一人しかいないとき

極端な場合、買い手候補は隣接地の所有者ただ一人になる。売り手も一人、買い手も一人という状況を、経済学では双方独占と呼ぶ。この構造では、取引から生まれる余剰の分け方が価格を決める。決めるのは市場ではなく、交渉力——具体的には、決裂したときにそれぞれが失うものの大きさである。

ここで売主は構造的に不利な位置に置かれる。売主は保有を続ければ固定資産税と管理の責任を負い続けるが、買主は買わなくても何も失わない。決裂の痛みが一方に偏っているとき、交渉解も一方に偏る。しかもこの偏りは、売主が「早く手放したい」と口にした瞬間にさらに拡大する。急いでいるという情報それ自体が、相手の交渉力を強める。

2.4 価格がゼロで止まるという歪み

山林に固有の理論的問題がもう一つある。保有に伴う費用が、その土地から得られる便益を上回る場合、経済的な均衡価格は負の値になりうる。すなわち、売主が金銭を付けて引き取ってもらうのが合理的な状態である。ところが土地の取引慣行と税務上の扱いは、負の価格をそのまま処理する形になっていない。結果として、価格はゼロで下方硬直を起こす。

均衡価格が負であるのに提示できる最低価格がゼロなら、需要と供給は交わらない。これが「無償でも引き取り手がない」という現象の理論的な正体である。売れないのは価格が高いからではなく、価格が下がりきれないからである。この見立てに立つと、処分の設計は「価格を下げる」ではなく「引き取る側の負担を減らす」方向に向かうことになる。第4節以降で扱う境界の確定や現況の整理は、まさにその負担を減らす作業である。

3. 需要側の解剖——山林を買うのは誰か

市場が薄いということは、買い手が存在しないという意味ではない。数えられるということである。数えられるなら、名前を挙げて一つずつ検討できる。本節では山林の需要側を四つの類型に分解し、それぞれが何を買っているのか、どういう条件のもとで成立するのかを特定する。

3.1 隣接地の所有者——最も取引費用の低い相手

第一の、そして実務上もっとも成立しやすい相手が、隣接する土地の所有者である。理由は三つある。第一に、隣接地の所有者にとってその土地は、他の誰にとってのそれよりも価値が高い。自分の山と一体で管理でき、施業の単位が大きくなり、境界の管理点が減る。ウィリアムソンが取引費用経済学で立地の特殊性と呼んだ性質——特定の場所にあることそれ自体が価値を生む——が、山林ではきわめて強く働く。

第二に、探索費用がほぼゼロである。相手は登記簿と公図から特定でき、多くの場合すでに面識がある。第三に、境界に関する不確実性が下がる。取引によって境界そのものが消滅する区間が生まれるからである。長年あいまいだった境の一部を、売買という形で決着させられる。これは買主側にも便益がある。

ただし条件もある。隣接地の所有者自身が高齢であるか不在地主である場合、あるいはその人もまた自分の山林を持て余している場合、この経路は閉じる。実務では、隣接地の登記名義人が数十年前のまま更新されておらず、そもそも連絡先の特定に時間を要することが少なくない。

3.2 林業に携わる主体——買っているのは土地ではなく施業の連続性

森林組合や素材生産を行う事業者が土地を取得する場合、その動機は施業の団地化にある。分散した小さな森林を一つずつ扱うと、機械の搬入・搬出、路網の開設、作業員の移動といった固定的な費用が面積あたりで跳ね上がる。まとまった面積を連続して施業できれば、この費用が薄まる。つまり彼らが買っているのは土地そのものというより、施業を連続させる権利である。

したがって成立条件は、面積・樹種・林齢よりもまず、既存の作業区域との連続性と、林道・作業道からの距離になる。同じ林齢の杉山でも、路網が入っているかどうかで搬出の費用が大きく変わり、立木の評価がそのまま反転する。立木の価値が搬出費用を下回れば、立木は資産ではなく処分すべき対象になる。

註:立木は原則として土地の一部として扱われるが、立木ニ関スル法律による登記を経た場合、または明認方法と呼ばれる公示手段を備えた場合には、土地と切り離して取引の対象となりうる。山林の売買では、土地の所有者と立木の権利者が一致しているかを先に確認する必要がある。

3.3 公的な受け皿——所有権を動かすものと、動かさないもの

第三の類型は自治体をはじめとする公的主体である。ここで混同を避けたいのは、公的な関与には所有権を移すものと移さないものがあることである。森林経営管理法は、経営管理が行われていない森林について、市町村が所有者から経営管理の権利を集め、意欲と能力のある林業経営者に再委託し、それが困難な森林は市町村が自ら管理する仕組みを定めている。これは経営管理の委託であって、所有権の移転ではない。売却の代替にはならないが、保有し続ける場合の管理負担を軽くする選択肢にはなる。

自治体への寄付を望む相談も多い。しかし一般に、利用の目的が特定できない土地の寄付は受け付けない運用がとられているとされる。受け入れれば管理費用を自治体が負い、固定資産税の課税対象からも外れるためである。公共事業の用地として必要とされる場合や、水源林の保全という明確な目的がある場合に限って、公的取得の可能性が開く。

3.4 転用需要——接道と造成費用がすべてを決める

第四は、森林としてではなく別の用途に使うために取得する需要である。資材置場、駐車場、発電設備の用地、残土の受け入れ地など、内容は地域の産業構造によって異なる。この類型では、樹種や林齢はほとんど価格に効かない。効くのは、車両が入れる道に接しているか、造成にどれだけ費用がかかるか、そして開発の許可が見込めるかである。

森林法は、地域森林計画の対象となっている民有林において一定規模を超える開発行為を行う場合に、都道府県知事の許可を要すると定めている(林地開発許可。原則として1ヘクタールを超える開発が対象で、設備の種類によってはこれより小さい規模から許可が必要とされる区分もある)。許可の見込みが立たないまま転用前提で売り出せば、農地の場合と同じく、話が進んでから白紙に戻る。

買い手の類型実際に買っているもの成立の条件価格の決まり方
隣接地の所有者一体利用と境界の整理隣接していること/相手に資力と関心があること二者の交渉。市場価格の参照が乏しい
林業に携わる主体施業を連続させる権利既存作業区域との連続性/路網からの距離搬出費用を引いた立木価値が下限を規定
公的主体水源・公益的機能または事業用地行政上の目的が特定できること用地取得の基準による。寄付は原則受け入れない運用とされる
転用需要造成後の平地としての利用価値接道/造成費用/開発許可の見込み造成費用を差し引いた残余が価格になる
隣接地
施業の連続
打診先の一覧
買い手が数えられる市場では、価格を考える前に相手を名指しで一覧化する。四つの類型のどれに当たるかで、資料も交渉も変わる。

四つのいずれにも当たらない山林も存在する。接道がなく、路網から遠く、隣接地の所有者も不在で、転用の見込みもない場合である。このとき需要は事実上ゼロであり、第5節と第6節で扱う保有と制度的な出口の問題に移る。重要なのは、この判定を早い段階で下すことである。需要のない土地を売却の努力に載せ続けることは、それ自体が費用である。

4. 供給側の困難——売る対象を確定できないという問題

前節では需要側を分解した。しかし山林の処分が滞る原因は、需要側だけにあるのではない。宅地の売買では自明の前提となっている事柄——どこからどこまでが売買の対象か、面積はいくらか、地上のものは誰のものか——が、山林では自明でない。情報の非対称性という言葉で語られる問題の多くは、売主が知っていて買主が知らないという構図を前提とする。山林で起きているのはそれと異なり、売主も買主も等しく知らないという構図である。

4.1 境界——目印が自然物である世界

山林の境界は、長らく尾根、沢、大木、石といった自然物を目印として管理されてきた。地域の共同体が代々その記憶を継承しているあいだ、この方式は費用のかからない優れた制度だった。境界標を設置し測量図を作る費用を、記憶と慣行が代替していたからである。制度が壊れたのは、記憶の継承が途切れたときである。所有者が町を離れ、隣接地の所有者も代替わりすると、目印は残っていても、それが何を意味するかを知る人がいなくなる。

国土調査法に基づく地籍調査は、この問題に対する公的な解であるが、山林や林地における進捗は、宅地の集まる区域に比べて相対的に遅いとされる。傾斜地での測量が困難であること、関係者が多数にのぼること、そして調査の便益が短期的には見えにくいことが理由として挙げられる。地籍調査が入っていない区域では、境界の確定は当事者の負担で行うほかない。

ここで費用の非対称が生じる。確定測量に要する費用は、対象面積が広く傾斜が急なほど大きくなる。一方、山林の想定売却価格は宅地に比べて小さい。結果として、測量費用が売却価格を上回るという逆転が起こりうる。宅地であれば「測量してから売る」が原則的な選択肢になるが、山林ではその原則がそのまま成り立たない。

4.2 図面と現況の不整合

登記所に備えられた図面には、精度の高い地図と、それに準ずる図面がある。後者はいわゆる公図であり、明治期の地租改正時の図面に由来するものが多い。山林ではこの精度の低い図面に依拠せざるをえない区域が広く残る。図面上の形と現地の形が対応せず、隣接関係すら図面から読み取れないことがある。

面積についても同様である。登記簿上の面積と実測面積が食い違い、実測のほうが大きくなる現象は縄延びと呼ばれ、山林で顕著に現れる。買主から見ると、これは有利な誤差のようでいてそうではない。面積が確定していないということは、単価を掛ける対象が確定していないということであり、価格の根拠そのものが揺らぐ。加えて、登記地目が山林であっても現況が原野や竹林、あるいは崩落地になっている例も珍しくない。地目は現況を保証しない。

4.3 権利の重なり——土地の上下に何が乗っているか

第3節で触れた立木の権利に加え、山林には複数の権利が重なりやすい。送電線のための地役権、林道や作業道の通行に関する取り決め、水利に関する慣行、そして入会に由来する共同利用の実態である。登記に現れるものもあれば、現れないまま地域の合意として存続しているものもある。

とりわけ処分を難しくするのが共有である。相続を重ねた山林では、共有者が二十名、三十名と膨らんでいることがある。ヘラーが反共有地の悲劇と呼んだ構造——利用や処分を拒める権利が多数の主体に分散し、その結果として誰も使えず誰も処分できなくなる状態——が、そのまま現れる。共有者の一人でも所在が分からなければ、通常の売買は止まる。

4.4 現地に到達できないという最終的な障害

最後に、実務でしばしば直面するのが到達不能である。作業道が崩れ、藪が閉じ、地形図の上では存在する土地に人が入れない。買主は見ずに買えないし、売主も現況を説明できない。査定という行為そのものが成立しない。

この四つの困難は、いずれも探索費用の問題ではなく、取引の対象を同定できるかという問題である。探索費用であれば、時間と手間をかければ解消に向かう。同定の不能は、かけた時間に比例して解消するとはかぎらない。第6節で扱う制度的な出口が、境界の明確さを入口の条件に置いているのは、この性質と正面から対応している。

5. 保有を続けることの費用と、所有者に課される義務

処分の可否を論じる前に、処分しなかった場合に何が起きるかを見ておく必要がある。売却の判断は、売った場合の手取りと、売らなかった場合の状態との比較でしか行えないからである。ところが山林では、この比較が成立しにくい。売った場合の金額は小さく実感しやすいが、売らなかった場合の費用は少額ずつ長期に分散し、実感されないまま積み上がる。

5.1 費用の中心は税ではなく管理である

山林の固定資産税は、宅地に比べて評価額が低く、税額としては小さいことが多い。同一市町村内に持つ土地の課税標準額の合計が一定の水準に満たない場合には課税されない仕組み(免税点)もある。そのため、保有し続けることの費用を税額だけで測ると、ほとんどゼロに見える。この見え方が判断を歪める。

実際の費用は管理の側にある。境界標や目印の維持、通路の確保、危険木の処理、崩落の兆候への対応、不法投棄されたものの撤去。いずれも定期的に現地へ足を運ぶことを前提とし、遠方に住む所有者にとっては移動そのものが費用になる。しかも管理を怠っても、多くの場合ただちに誰かに叱られるわけではない。費用は発生していないのではなく、繰り延べられているだけである。

法的な責任も存在する。民法は土地の工作物の設置または保存に瑕疵があって他人に損害を生じさせた場合の責任を定め、この規定は竹木の栽植または支持に瑕疵がある場合にも準用される。また2023年に施行された相隣関係の規定の見直しにより、隣地から越境した枝について、一定の要件のもとで隣地所有者が自ら切除できる場合が設けられた。管理されない樹木が近隣に及ぼす影響は、単なる感情の問題ではなく、法律関係の問題になりうる。

5.2 所有者に課される届出の義務

山林の所有者には、宅地にはない届出の義務がある。森林法は、地域森林計画の対象となっている民有林の土地の所有者となった者に対し、原則としてその土地の所有者となった日から90日以内に、市町村長へ届け出ることを求めている。相続によって取得した場合も対象となる。国土利用計画法に基づく届出を行った場合には、この届出は要しない。

  • 森林法に基づく森林の土地の所有者届出(市町村長あて。原則90日以内。相続による取得も対象)
  • 国土利用計画法に基づく事後届出(一定面積以上の土地売買等。都市計画区域外では1万㎡以上、非線引きを含むその他の都市計画区域では5千㎡以上が対象)
  • 保安林に指定されている場合の、立木の伐採等に関する都道府県知事の許可
  • 2024年に施行された相続登記の申請義務(山林も対象。相続による取得を知った日から3年以内)
  • 2026年に施行された、登記名義人の住所等の変更登記の申請義務
課税は小さい
管理は続く
届出の期限
山林の保有費用は税額では測れない。管理の手間と法定の届出義務を並べて初めて、保有と処分が同じ土俵に乗る。

これらの義務は、いずれも単体では大きな負担ではない。問題は、義務が存在すること自体が所有者に認識されていない場合が多いことである。相続によって山林を取得した相続人が、その事実を知らないまま数年を過ごし、売却の相談に来て初めて登記も届出も済んでいないと分かる。手続の遅れは、そのまま処分の遅れになる。

5.3 待つことに価値があるか

保有の継続は、将来売る権利を持ち続けることでもある。不確実性が高いほど、この待機の権利には価値が生まれる——実物オプションの考え方はそう教える。ただしオプションの価値は、原資産の価格が上振れする可能性から生まれる。山林について、価格が将来大きく上振れするという見通しを立てられる根拠は乏しい。一方、保有費用は確実に発生し続ける。

さらに山林には、時間が処分可能性そのものを劣化させるという性質がある。世代が一つ進むごとに共有者は増え、境界を知る人は減り、現地への道は藪に閉ざされる。第4節で見た同定の困難は、放置によって深まる。宅地であれば「しばらく様子を見る」が中立的な選択肢になりうるが、山林においてその選択は中立ではない。待つことは、次の世代に、より解けにくい状態で引き渡すことを意味する。

6. 相続土地国庫帰属制度——要件の構造と、その限界

市場に需要がなく、保有の継続にも合理性を見いだせないとき、最後に検討されるのが制度的な出口である。相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律(令和3年法律第25号)は、2023年に施行された。相続登記の申請義務化と同じく、所有者不明土地の発生を予防するという政策目的のもとに置かれた制度である。本節ではこの制度を、金額の話としてではなく、要件の構造として読む。

6.1 誰が、何について申請できるのか

申請できるのは、相続または相続人に対する遺贈によって土地の所有権を取得した者である。売買や贈与によって取得した土地は対象にならない。地目による限定はなく、宅地・農地・森林のいずれも申請の対象になりうる。共有地の場合は共有者の全員で申請する必要があり、共有者の中に相続以外の原因で持分を取得した者が含まれていても、相続によって持分を取得した共有者がいれば、全員で共同して申請することができる。

手続の流れは、法務局への承認申請、書面審査と実地調査、承認、そして負担金の納付を経て所有権が国庫に帰属する、という順序をとる。ここで注意すべきは、承認が自動的なものではないことである。制度は申請すれば引き取ってもらえるものではなく、要件を満たすことを審査する仕組みとして設計されている。

6.2 二段の篩——却下事由と不承認事由

要件は二段構えになっている。第一段は却下事由であり、これに該当すると申請そのものが受け付けられない。第二段は不承認事由であり、申請は受け付けられるが審査の結果として承認されない。前者は土地の客観的な状態から形式的に判断でき、後者は通常の管理または処分に過分の費用や労力を要するかという実質判断を含む。

段階内容の骨格山林で問題になりやすい点
却下事由(申請の入口)建物がある/担保権や使用収益権が設定されている/他人による使用が予定されている/特定有害物質による汚染がある/境界が明らかでない、または所有権の存否・帰属・範囲に争いがある境界が明らかでないことが、そのまま入口の障害になる
不承認事由(審査の実質)一定の崖があり管理に過分の費用や労力を要する/管理や処分を阻害する有体物が地上にある/除去しなければ管理や処分ができない有体物が地下にある/争訟によらなければ管理や処分ができない/その他、通常の管理や処分に過分の費用や労力を要する急傾斜地であること、地上の樹木や工作物の状態、隣接地との争いの有無が個別に判断される

註:樹木が地上にあることをもって直ちに不承認となるわけではない。判断の基準は、その有体物が通常の管理または処分を阻害するかどうかにあり、森林として通常の状態にある立木がただちに障害と評価されるものではないとされている。

承認申請
二段の篩
承認
却下・不承認
制度は申請すれば引き取る仕組みではない。却下事由と不承認事由という二段の篩を通る土地だけが国庫に帰属する。

6.3 限界は制度の目的から導かれている

この制度の限界は、運用の厳しさというより、目的の設定から論理的に導かれる。制度が引き受けようとしているのは、所有者不明土地の予防であって、管理困難な土地の受け皿になることではない。国庫に帰属した土地は国が管理することになるため、国が通常の方法で管理できる状態にあることが要件になる。したがって、管理が難しい土地ほど要件を満たしにくい。最も処分に困っている土地ほど制度の外に出やすいという逆説が、ここから生まれる。

第二の限界は、費用と労力の前払いを求める点にある。境界が明らかでないことが却下事由である以上、境界に不明確さを抱える山林は、申請の前に境界を明らかにする作業を済ませておく必要がある。第4節で見たとおり、山林の測量費用は想定される土地の価値に対して大きい。制度の入口に立つために、市場で売る場合と同等かそれ以上の準備費用がかかることがある。

第三の限界は共有である。共有者全員での申請が求められる以上、共有者の一人でも所在が不明であれば申請は進まない。第4節で触れた反共有地の構造は、この制度によっては解けない。所在等不明共有者の持分の取得や譲渡に関する2023年施行の制度など、共有そのものに対する手当てを別途たどる必要がある。

以上を踏まえると、この制度の実務上の位置づけは明確になる。これは市場の代替ではなく、市場の外にある最後の出口である。そして最後の出口であるにもかかわらず、通行するための条件は決して緩くない。制度があるから安心だと考えて準備を遅らせることは、むしろ不利に働く。境界の確認も、共有関係の整理も、市場で売る場合と制度を使う場合の双方で共通して必要になる作業だからである。

7. 売主の実務への含意——宅地と切り離して考える

ここまでの議論を、相続人が実際に取れる手順に落とす。原則は一つである。宅地と山林を切り離して扱うこと。この原則から、以下の順序が導かれる。

7.1 まず全筆を一覧にする

相続で取得した不動産を、登記事項証明書と公図をもとに一筆ずつ並べ、地目・登記面積・接道の有無・現況・区分(用途地域、農業振興地域の農用地区域に入るか、地域森林計画の対象か、保安林の指定があるか)を書き込む。この一覧を作る前に価格の話を始めると、判断の基礎が定まらない。

森町のように市街化区域と市街化調整区域の線引きがない非線引き都市計画区域では、磐田市で使う「調整区域だから建てられない」という説明がそのまま当てはまらない。代わりに効くのが用途地域と農業振興地域の区分であり、山林についてはさらに森林法上の区分が加わる。一覧の項目は、その市町の制度に合わせて決める必要がある。

7.2 出口を分ける

一覧ができたら、筆ごとに出口を割り当てる。家と宅地は住宅として市場に出す。接道のある農地は農地として、または転用を前提として扱う。山林は第3節の四類型のどれに当たるかを判定する。「全部いっぺんに片付けたい」という気持ちは自然だが、一括で引き受けられる相手を探すと、探す相手がほとんどいなくなる。分けたほうが早く決まり、結果として手取りも大きくなることが多い。

切り離しにはもう一つの効用がある。宅地の売却が、山林の未処理によって止まらなくなることである。まとめて処分しようとすると、最も難しい一筆の進捗に全体が縛られる。工程管理の言葉でいえば、クリティカルパスが最も解きにくい対象の上に乗ってしまう。分ければ、解ける順に解ける。

全筆の一覧
出口の切り分け
決める順序
宅地と山林を一つの案件として扱わない。全筆を一覧にし、筆ごとに出口を割り当ててから、解ける順に着手する。

7.3 到達できるか、境界が分かるかを先に確かめる

山林については、価格を考える前に二つを確かめる。現地に到達できるか。境界の目印が残っており、隣接地の所有者に境の認識があるか。この二つが揃っていれば、第3節の隣接地所有者への打診も、第6節の制度の検討も、どちらの道も開いている。揃っていなければ、まずそこを埋める作業から始まる。どちらの道を選ぶにせよ共通して必要になる作業なので、道を決める前に着手してよい。

7.4 隣接地への打診は、順序と範囲を決めてから行う

隣接地の所有者への打診は最も成立しやすい経路だが、同時に、売ろうとしている事実を地域に知らせる行為でもある。人口が1万6千人ほどの町では、話は速く伝わる。近所に知られたくないという相談は、森町では特に切実である。

したがって、誰に、どの順で、何を伝えるかを先に決める。境を接する所有者から順に当たるのか、地域の事情を知る一人に相談してから広げるのか。公開の範囲を絞るほど買主候補は減り、条件に影響する。秘密のまま高く売るという都合のよい両立はない。どこまで絞るとどれだけ候補が減るのかを理解したうえで、売主自身が線を引く。

7.5 経路を組み合わせ、判断の日を先に決める

森町は定住推進課が空き家・空き地バンクを運営しており、優先交渉権は先着順で、前の申込者の結果が出るまで次の人は交渉に進めない運用である。バンクを見に来るのは主に移住や二拠点居住を考えている層で、宅地と古家については有効な経路になる。一方、指定流通機構や不動産ポータルに出せば、袋井市・掛川市・浜松市で家を探す層や県外の事業者にも同時に届く。どちらか一方ではなく、物件の状態と売主の期限に合わせて組み合わせるのが現実的である。

そして山林については、打診を始める前に「いつまで続けるか」を日付で決めておく。第2節で見たとおり、買い手の到着率が低い財では、待つこと自体が費用になる。半年なり一年なりを区切り、その時点で需要が現れなければ、制度的な出口の検討に移る——この段取りを先に決めておけば、判断が感情に引きずられにくくなる。

最後に、当社の立場を実務の言葉で述べておく。当社は買主にならず、買取・買取保証を率先して行わない。したがって当社が示す数字は、当社が支払う金額ではなく、市場で目指す金額である。山林について需要が見込めないと判断した場合には、その理由も含めてそのまま申し上げる。売れる見込みを言い繕うことは、売主の時間を削る行為だと考えている。

8. 結論と今後の課題

冒頭の問いに答える。山林の市場はある。ただしそれは、価格が買い手を集める市場ではない。隣接する土地の所有者、施業の連続性を求める林業の主体、目的を持つ公的主体、そして造成後の平地を求める転用需要。この四つのうちどれかが具体的に存在するとき、そのときにかぎり市場は立ち現れる。存在しなければ、価格をいくら下げても市場は現れない。したがって処分の設計は、価格の決定ではなく、相手の特定から始まる。

本稿が明らかにしようとした構造は三つに要約できる。第一に、買い手の到着率が極端に低い財では、価格を下げて待つという通常の戦略が機能せず、保有に伴う費用が便益を上回るとき価格はゼロで下方硬直を起こす。第二に、山林の取引を止めているのは情報の非対称性というより、売主も買主も等しく対象を同定できないという事情である。境界、図面と現況の不整合、重なり合う権利、そして現地への到達不能。第三に、相続土地国庫帰属制度は最後の出口ではあるが、国が管理できる状態にあることを要件とする以上、管理が難しい土地ほど要件を満たしにくいという構造を内包している。

8.1 本稿が示していないこと

限界を明示しておく。第一に、本稿は山林の価格水準を示していない。地域単位で山林の取引価格を語れるだけの公表データを筆者は持たず、宅地を中心とした地価の平均から山林の単価を類推することは、第2節で述べた理由により適切でないと考えるためである。本稿で引いた森町の数値は、いずれも宅地を中心とした平均の目安であり、山林の相場ではない。

第二に、需要側四類型の相対的な重要度は地域の産業構造に強く依存し、一般化できない。林業事業体の分布、路網の整備状況、転用需要を生む産業の有無によって、どの経路が現実的かは町ごとに変わる。本稿の枠組みは相手を数え上げるための道具であって、答えそのものではない。

第三に、相続土地国庫帰属制度の運用については、要件の構造を読むにとどめ、承認の実際の傾向や負担金の水準には立ち入っていない。制度は施行から日が浅く、山林についての判断がどのように蓄積されつつあるかを語るだけの根拠を、筆者は持たない。ここは事例が積み上がるのを待って改めて論じるべき領域である。

8.2 別稿に委ねる論点

共有と所有者不明の問題は、本稿では第4節と第6節で断片的に触れるにとどめた。持分の細分化が処分可能性そのものを消していく構造は、それ自体で一本の論考を要する。同じく、農地の転用可否が価格をほぼ決めてしまう構造、取引頻度の低い地域における価格発見の不成立、流動性を手放すことへの対価としての価格差についても、別に立てた論考で扱う。

最後に、本稿を通じて繰り返し現れた一点を確認しておきたい。山林において、時間は中立ではない。世代が進むごとに共有者は増え、境界を知る人は減り、道は閉ざされ、市場での処分も制度的な出口も、ともに遠ざかる。判断を先送りすることは、選択肢を保存する行為ではなく、選択肢を減らす行為である。いま解けるものから解くという原則には、それ以上の根拠はいらない。

参考文献

  1. ジョージ・A・アカロフ(1970)「レモンの市場——品質の不確実性と市場メカニズム」
  2. ロナルド・H・コース(1937)「企業の本質」
  3. オリヴァー・E・ウィリアムソン(1975)『市場と企業組織』(浅沼萬里・岩崎晃訳、日本評論社、1980)
  4. マイケル・A・ヘラー(1998)「反共有地の悲劇——マルクスからマーケットへの移行における財産権」
  5. アルヴィン・E・ロス(2015)『Who Gets What——マッチメイキングとマーケットデザインの新しい経済学』(櫻井祐子訳、日本経済新聞出版社、2016)
  6. 森林法(昭和26年法律第249号)
  7. 森林経営管理法(平成30年法律第35号)
  8. 立木ニ関スル法律(明治42年法律第22号)
  9. 国土利用計画法(昭和49年法律第92号)
  10. 相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律(令和3年法律第25号)
  11. 法務省「相続土地国庫帰属制度について」
  12. 林野庁(農林水産省)「森林・林業基本計画」および森林経営管理制度の解説
  13. 国土交通省「地籍調査」(国土調査法に基づく地籍整備)
  14. 森町「森町 空き家・空き地バンク」(定住推進課 移住交流係)
富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役 大石 浩之

大石 浩之

富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役
宅地建物取引士(静岡県知事 第027186号)

富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役。宅地建物取引士(静岡県知事 第027186号)。静岡県磐田市見付5789番地1で不動産業を営む。

自社で買い取る事業を持たず、仲介一本で売主の側に立つことを事業の前提に置いている。買主になれば「安く買いたい人」になり、同じ口で価格の妥当性を説明できなくなる、という理由による。買取・買取保証という売り方そのものは否定せず、売主が選んだ場合は買主にならずに複数社の見積もりを比較する立場に回る。

同社は不動産業のほか、磐田市内で介護事業を営む。高齢期の住み替え、施設入居、実家の処分という一連の局面に事業として接してきたことが、本シリーズの問題意識の背景にある。

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