1. はじめに——問題の所在
静岡県磐田市の北部や周智郡森町で相続が起きると、実家の登記事項証明書を取り寄せた段階で相談が止まることがある。宅地の一筆のほかに、畑や田の筆がいくつも並んで出てくるためである。地目の欄に畑と書かれた土地は、宅地と同じ紙の上に載っていながら、売るときにたどる道筋がまるで違う。買える人が違い、要る許可が違い、要る時間が違う。相続人にとってはどれも等しく親の土地であるが、法はそれらを別の財として扱っている。
1.1 なぜ農地法制から論じるのか
不動産の売却をめぐる議論は、価格の付け方や広告の出し方から始まることが多い。しかし農地が混ざる案件では、その手前に確定しておかなければならないことがある。その土地を、農地以外の用途に変えられるのかどうかである。ここが決まらないうちは、価格を語ってもほとんど意味がない。同じ面積、同じ接道、同じ日当たりの二筆でも、転用の見込みがあるかないかで、想定される買主の顔ぶれごと入れ替わってしまうからである。
磐田市の人口は163,224人・72,421世帯(2026年7月末時点)、森町の人口はおよそ15,900人(2026年4月1日時点)である。市街地の分譲地だけを見ていれば農地法を意識せずに済むが、旧豊岡村や旧豊田町の一部、そして森町の集落では、宅地に畑や田が接している住まいのほうがむしろ普通である。本稿が農地法制から論じるのは、この地域の売却相談において、それが順序として最初に来る論点だからである。
1.2 本稿の問いと方法
本稿の問いは単純である。農地の価格を決めているのは何か。結論を先に述べれば、それは面積でも接道でも土質でもなく、その土地を農地以外に変えられる見込み——転用の見込みである。そしてこの見込みは、性格の異なる二つの層で規律されている。ひとつは農業振興地域の整備に関する法律による面としての区域指定であり、もうひとつは農地法による点としての個別許可である。前者で道が閉じていれば、後者を論じる余地はない。
方法としては、法解釈そのものを目的とせず、制度を資産価値の側から読み直す。どの規定がどの経路を通って価格に触れているのかを分解し、売主が観察できる事実と、観察できないまま結果だけを受け取る事実とを切り分ける。数式は用いない。統計による検証も本稿の射程外に置き、制度の構造から導ける範囲にとどめる。
以下、第2節で農地法と農業振興地域整備法という二つの法の関係を整理する。第3節で農地法3条・4条・5条が何を分けているかを扱い、第4節で転用許可の立地基準による五つの区分を検討する。第5節で見込みが価格へ転写される経路を、買主層と金融の二つに分けて追う。第6節では判断主体である農業委員会を論じ、第7節で売主の実務に落とし、第8節で残された課題を述べる。
なお筆者は磐田市見付で不動産の媒介を業とする者であり、自社で買い取る事業を持たない。買取という売り方そのものを否定はしないが、当社は買主にならず、買取や買取保証を率先して行わない。農地が混ざる案件では、提案してくる相手がその取引の買主なのか買主を探す仲介なのかによって、示される金額の意味が大きく変わる。この点は第7節で改めて扱う。
2. 二つの法が重なっている
農地をめぐる規制は、一本の法律で完結していない。農地法(昭和27年法律第229号)と、農業振興地域の整備に関する法律(昭和44年法律第58号。以下、農振法)という二つの法が、性格の違う網を同じ土地の上に重ねている。実務で青地・白地と呼ばれる区分は後者に属し、3条・4条・5条という条文番号で語られる許可は前者に属する。両者を混同すると、どこで道が閉じているのかが見えなくなる。
2.1 農地法——耕す者と耕される土地を守る
農地法は、農地が農業のために使われ続けることと、耕作者の地位が安定することを目的として置かれた法である。戦後の農地改革によって生まれた自作農の体制を維持する趣旨が出発点にあり、そのために農地の権利移動と用途の変更を、原則として許可にかからしめている。売買が自由にできないのではなく、許可を得なければ効力が生じないという形で、取引そのものに条件が付く。
重要なのは、農地法にいう農地が現況で判断される点である。登記簿の地目が畑であっても、長年宅地として使われていれば農地ではないことがあり、逆に地目が山林や原野であっても現に耕作されていれば農地として扱われうる。登記の記載は出発点にすぎず、最終的には現地の状態と農業委員会の判断が決める。売主が机の上の書類だけで結論を出せない最初の理由がここにある。
2.2 農振法——守るべき農地を面で囲う
農振法は、農業の振興を図るべき地域を都道府県が農業振興地域として指定し、その中で市町村が農用地区域を定める仕組みを持つ。この農用地区域が、実務でいう青地である。農用地区域は、集団的な農地、土地改良事業などの農業公共投資が行われた農地、生産性の高い農地を面として囲い、そこを農業以外に転じさせないための区域である。囲われた内側では、転用の許可はまず期待できない。
青地から外れることを農振除外という。除外は市町村が農用地利用計画を変更する手続きであり、農振法が定める要件——他に代替すべき土地がないこと、周辺の農地の効率的な利用に支障を及ぼさないこと、土地改良事業の実施から一定年数が経過していることなど——を満たす必要がある。手続きの受付時期を年に数回に限っている市町村が多く、申請から結論までに相応の期間を要する。
2.3 都市計画法の線引きとは別の網である
混乱が生じやすいのは、都市計画法の区域区分——市街化区域と市街化調整区域の線引き——と農振の区分が、別の制度だという点である。磐田市は線引きのある都市計画区域だが、調整区域であることと青地であることは同じではない。調整区域の中に白地の農地があり、青地の農地もある。両方の網に同時にかかっている土地では、建築の可否と転用の可否を別々に確かめる必要がある。
森町の場合は事情が異なる。森町は市街化区域と市街化調整区域の区分を持たない非線引き都市計画区域であり、調整区域だから建てられないという磐田市でおなじみの説明が、そのままでは当てはまらない。かわりに効いてくるのが用途地域の指定と農振の区分である。線引きがないぶん、農地であるか否か、青地であるか白地であるかが、売却の可否をより直接に左右する。
註:本節でいう青地・白地は実務上の通称である。白地は農業振興地域内で農用地区域に含まれない土地を指す言い方であり、農業振興地域そのものの外にある農地とは意味が異なる。窓口で確認する際は、農業振興地域内か否かと、農用地区域内か否かを分けて聞くと誤解が生じにくい。
3. 三条・四条・五条は何を分けているか
農地法の許可は、条文の番号で呼び分けられる。3条、4条、5条。実務家がこの数字を口にするとき、区別しているのは二つの軸である。ひとつは所有者が変わるかどうか、もうひとつは農地でなくなるかどうかである。この二軸の組み合わせが、そのまま条文の割り当てになっている。
3.1 3条——農地のまま、持ち主だけが変わる
農地を農地のまま売買・贈与・貸借する場合が3条の許可である。許可権者は農業委員会であり、判断の中心は、取得する者が農地を適切に耕作するかどうかにある。かつては一定面積以上を耕作する見込みがなければ許可されない下限面積要件が置かれていたが、農林水産省の説明によれば、2023年に施行された改正によりこの要件は廃止された。新規就農や小規模な取得の門は以前より広い。
とはいえ、3条ルートで買える相手は依然として限られる。耕作する意思と体制が問われる以上、住宅を建てたい個人はここには入ってこない。現実の買い手は、周辺で営農を続けている農家、規模を広げたい認定農業者、農地中間管理事業を通じた借り手といった、農業側の主体である。売主から見れば、市場の広さがまったく違う世界に置かれることになる。
3.2 4条・5条——農地でなくする
農地を農地以外のものにするのが転用である。所有者が自ら転用する場合が4条、転用を目的として他人へ権利を移す場合が5条にあたる。売却の場面で登場するのはほとんど5条である。買主が住宅や駐車場や資材置場として使うために農地を買う、という形が典型だからである。許可権者は都道府県知事等であり、農業委員会を経由して申請が上がる。
4条と5条を分ける実益は、順序の設計にある。売主が先に自ら転用して宅地にしてから売る道と、買主の用途を定めて5条で一気に処理する道がある。前者は売主が費用と不確実性を負う代わりに、売り出す時点で宅地として市場に出せる。後者は売主の持ち出しが小さい代わりに、許可が下りなければ取引が成立しない状態を契約期間中ずっと抱えることになる。どちらが有利かは、期限と資金余力で決まる。
| 条文 | 対象となる行為 | 許可権者 | 想定される買主 | 売主が置かれる状態 |
|---|---|---|---|---|
| 3条 | 農地を農地のまま権利移動する | 農業委員会 | 周辺の農家・認定農業者・借り手 | 買主は限られるが、許可の見通しは立てやすい |
| 4条 | 自分の農地を自分で転用する | 都道府県知事等 | (売却前の自己転用) | 費用と不確実性を売主が先に負う |
| 5条 | 転用を目的として権利移動する | 都道府県知事等 | 住宅の実需・事業者・開発業者 | 許可が出るまで取引が確定しない |
3.3 市街化区域の例外と、許可を欠いた契約
転用については重要な例外がある。市街化区域内の農地は、あらかじめ農業委員会へ届け出れば足り、4条・5条の許可を要しない。市街化区域はもともと市街化を進める区域であり、そこでの農地転用を一件ごとに審査する意味が乏しいためである。磐田市の市街化区域内に畑がある場合と、調整区域の畑がある場合とで、手続きの重さが桁違いになるのはこの規定による。
逆に、許可が要る場面で許可を欠いた契約は、その効力を生じない。代金を払い、引き渡しを受け、耕作を始めていても、所有権は移らない。登記も入らない。個人間で話がまとまったから書面を交わした、という相談が地域では今もあるが、農地についてはこの手順が通らない。許可は手続き上の飾りではなく、権利変動そのものの条件である。
相続による取得は例外的に許可を要しない。ただし農地法3条の3により、取得したことを知った時点からおおむね10か月以内に農業委員会へ届け出る義務がある。売却の相談を受けた時点でこの届出が済んでいないことは珍しくない。売り出しの前に整えておくべき事務のひとつである。
4. 白地の中にも段階がある——立地基準
青地でなければ転用できる、という理解は粗すぎる。農地法の転用許可は、立地基準と一般基準という二段の審査を通る。立地基準はその農地がどこにあるかで決まる区分であり、一般基準は申請の中身が確かかどうかを見る。白地の農地であっても、立地基準の段階で原則不許可の区分に入っていれば、道はほとんど開かない。
4.1 五つの区分
立地基準は農地を五つに分ける。農用地区域内農地、甲種農地、第1種農地、第2種農地、第3種農地である。前の三つは原則として転用が認められず、第2種農地は他に代替すべき土地がない場合などに限って認められ、第3種農地は原則として認められる。名称は順番のように見えるが、実質は農業上の価値の高さと市街地への近さで並べ替えたものである。
| 区分 | おおまかな内容 | 転用許可の原則 |
|---|---|---|
| 農用地区域内農地 | 農振法で市町村が定めた農用地区域(青地)の中の農地 | 不許可(先に農振除外が要る) |
| 甲種農地 | 市街化調整区域内で特に良好な営農条件を備える農地 | 不許可(例外は限定的) |
| 第1種農地 | おおむね10ヘクタール以上の一団の農地、土地改良事業等の対象となった農地など | 不許可(例外は限定的) |
| 第2種農地 | 市街地化が見込まれる区域内の農地、生産性の低い小集団の農地など | 代替地がない場合などに許可されうる |
| 第3種農地 | 市街地の区域内、または市街地化の傾向が著しい区域内の農地 | 原則として許可される |
この表が示すのは、農地の値の差が土質や収量の差ではないという事実である。第1種農地は農業の側から見れば良い農地であり、第3種農地は農業の側から見れば守る意味の薄い農地である。ところが資産としての値は逆に並ぶ。良い農地ほど転用の道が閉じ、宅地としての価格に届かない。農業上の価値と資産としての価値が反対を向く、という構造がここにある。
4.2 一般基準——中身が確かかどうか
立地基準を通っても、それだけでは許可に至らない。一般基準では、申請した用途を実現する見込みが確かであるか、資力と信用があるか、他に必要な許認可の見通しが立っているか、周辺の農地の営農条件に支障を及ぼさないかが問われる。転用の目的が具体的でなければ、審査の俎上に載らない。
ここが売却実務に効いてくる。売主が誰に売るか決まっていない段階では、5条の申請は組み立てられない。買主が決まり、その用途と計画が固まってはじめて申請書が書ける。つまり、転用を前提にした売却では、買主を見つける作業と許可を取る作業が直列に並ぶ。宅地の売買のように、契約から決済まで一か月というわけにはいかない。
周辺への影響という要件も見落とされやすい。排水が隣接農地に及ぶ、日照を遮る、農道の使い方を変えるといった事情は、申請の内容次第で支障とみなされうる。買主が予定する建物の配置や土地の造成計画が、そのまま許可の可否に響く。売主の側で先回りして排水経路や接道を確認しておくことには、価格を守る実益がある。
4.3 区分は固定されていない
立地基準の区分は、周囲の状況が変われば変わりうる。周辺の宅地化が進めば第2種や第3種に整理されることがあり、逆に土地改良事業が入れば農業上の位置づけが上がる。区分は台帳に永久に刻まれた属性ではなく、そのときどきの現況をもとに判断される評価である。数年前に聞いた話をそのまま前提にすると、判断を誤ることがある。
5. 見込みは、どのように価格へ転写されるか
ここまでで、転用の可否を決める制度の骨格は整理できた。次に問うべきは、その見込みがどの経路を通って価格になるのか、である。制度が価格に直接触れることはない。触れるのは、買主の顔ぶれと、買主が使える資金の性質と、待たされる時間である。この三つを順に追う。
5.1 断層としての価格差
農地としての価格と、宅地としての価格の間には、なだらかな坂ではなく断層がある。転用の見込みが立たない農地は、耕作の収益と周辺の農家の需要でしか値が付かない。見込みが立つ農地は、造成費と手続費用と待ち時間を差し引いたうえで、宅地の水準から逆算した値が付く。中間はほとんど存在しない。許可という一点の可否が、価格の桁を分けている。
宅地の水準そのものは公的な指標から把握できる。磐田市の住宅地の公示地価の平均は2026年(令和8年)で1平方メートルあたり50,086円、前年比プラス0.16パーセントである。森町の土地の相場は2026年時点でおよそ26,900円、前年比マイナス0.74パーセントとされ、地区差も大きく、森がおよそ31,800円、睦実がおよそ23,400円という開きがある。ただしこれらはあくまで宅地の水準であり、転用の見込みが立たない農地がこの水準で取引されるという意味ではない。
重要なのは、この断層の存在が、査定という作業の性格を変えてしまうことである。宅地であれば、周辺の成約事例から単価を推し、個別の事情で補正すれば足りる。農地では、まず自分がどちらの側の世界にいるのかを判定しなければ、比較すべき事例そのものが選べない。事例の選択を誤った査定は、補正をいくら精密にしても意味を持たない。
5.2 買主層が入れ替わる
第一の経路は買主層である。3条ルートでしか動かない農地では、買い手は周辺の農家と営農主体に限られる。この層は土地を収益を生む生産手段として評価するため、支払える額は耕作から見込める収益に縛られる。しかも同じ集落の中に候補が数人しかいないことが多く、買い手が一人しか現れない状況では交渉力が売主から離れる。
5条ルートが開けば、買主層は一気に広がる。住宅を建てたい実需、資材置場や駐車場を求める事業者、太陽光や倉庫を検討する法人。評価の基準が収益から効用と代替可能性へ移り、支払い意思額の分布そのものが右へずれる。転用の見込みが価格を押し上げるのは、単価が上がるからではなく、値を付ける主体が入れ替わるからである。
5.3 金融という経路
第二の経路は金融である。地目が農地のままの土地に、住宅ローンは通らない。担保として評価する側から見れば、建物が建てられない土地であり、転売の出口も限られるためである。したがって5条の取引では、許可が下り、地目変更の登記を経て、はじめて抵当権の設定と融資の実行が可能になる。順序が固定されているのである。
この順序は、契約の日程設計を拘束する。許可の見込みが立っても、それが下りる時期を売主も買主も正確には決められない。決済日を先に切ると、許可が間に合わないという理由だけで取引が壊れる。逆に決済日を置かずに待つと、買主の資金計画や住み替えの都合が崩れる。転用を前提とした取引では、価格の交渉と同じだけの重みで日程の交渉が行われる。
現金で買える買主なら融資の制約を受けないが、その代わりに買い手の数が減る。数が減れば競争が働かず、提示される価格は下がる。融資の経路が閉じていることは、それ自体が価格の引き下げ要因として働く。転用の見込みが価格を決めるという本稿の主張は、この金融の経路を含めてはじめて完結する。
6. 判断するのは誰か——農業委員会という主体
前節までの議論には、意図的に伏せてきた前提がある。転用の見込みという言葉を、あたかも客観的に測れる量のように扱ってきたことである。実際には、そうではない。3条の許可も、5条の申請に対する農業委員会の意見も、条文と基準を当てはめたうえでの判断である。判断である以上、書面から機械的に導けるものではない。
6.1 合議制の行政委員会である
農業委員会は、農業委員会等に関する法律に基づいて市町村に置かれる行政委員会である。農業委員は市町村長が議会の同意を得て任命し、そのほかに現場を回る農地利用最適化推進委員が置かれる。事務局が申請を受け付け、現地の状況を確認し、委員による合議の場に諮る。個々の職員の裁量で結論が出る仕組みではなく、合議体としての判断が下される点が重要である。
この構造は、地域の農業の実情を判断に取り込むための設計である。その農地が現に耕されているか、周囲の営農にどう影響するか、申請者が地域でどう見られているか。書面には表れない事情が、合議の場では意味を持つ。制度が地域に根ざしているということは、裏返せば、隣の市町で通った説明がそのまま通るとは限らないということでもある。
6.2 事前相談は見込みであって、確約ではない
実務では、売り出しの前に窓口で事前相談を行う。その土地が農用地区域内かどうか、立地基準ではどの区分にあたるか、想定している用途で転用の余地があるか。ここで得られる回答は有用だが、性格を取り違えてはならない。それは申請前の見込みであって、許可の確約ではない。申請の内容が固まっていない段階で、行政が結論を約束することはできないからである。
したがって売主が販売資料に書けるのは、確認した事実と、確認した日と、確認した窓口である。転用できますと書くことはできない。青地には入っていないことを何月何日に農業委員会事務局で確認した、立地基準の区分については第2種農地にあたる可能性があるとの説明を受けた、といった書き方になる。曖昧に見えるが、この曖昧さこそが正確である。
確約できないことを確約するように語る売り方は、短期的には話を早く進める。しかし許可が下りなかったときに、契約は白紙に戻り、売主は数か月を失い、説明した側は信用を失う。第5節で見たとおり、農地の取引では時間そのものが資源である。確度を偽らないことは、倫理の問題である以上に、資源配分の問題である。
6.3 時間という変数
農業委員会の審議は、月に一度程度開かれる総会で行われるのが通例である。締切を過ぎた申請は次回に回る。これに加え、青地であれば先に農振除外の手続きが必要になり、多くの市町村では受付が年に数回に限られる。除外が認められても、それは面の網が外れただけであり、そこから改めて転用の許可を申請することになる。二段階の手続きが直列に並ぶ。
この時間構造は、期限のある売却と相性が悪い。相続税の納期限、施設入居の費用、住み替え先の引渡し。動かせない期限を抱えた売主が、動かせない手続きの周期に直面する。逆に言えば、期限が遠いうちに手続きを始めておけば、待ち時間を販売期間の中に吸収できる。農地が混ざる案件で早く動くことの価値は、この一点にある。
註:本稿は許可の可否を予測する方法を提示するものではない。転用の許可を出すかどうかは農業委員会および都道府県知事の判断であり、個別の土地について本稿の記述から結論を導くことはできない。本稿が示せるのは、判断がどのような枠組みで行われるかと、その枠組みが価格と日程に及ぼす影響までである。
7. 売主の実務への含意
以上の議論を、売主が明日から取れる手順に落とす。順序には理由がある。後の工程で使う情報を、先の工程で作っておく必要があるためである。とりわけ農地が混ざる案件では、順序を誤ると同じ作業を二度することになる。
7.1 全筆を一覧にする
最初にやるのは、価格を聞くことではなく、対象を確定することである。登記事項証明書と公図を取り、筆ごとに所在・地番・地目・地積・所有者・持分・接道の有無を一覧にする。相続した実家であれば、想定していなかった筆が出てくることが多い。この一覧がないまま話を進めると、後から出てきた一筆のために全体の設計をやり直すことになる。
7.2 農振区分を、価格より先に確認する
次に、農地の筆について農用地区域内かどうかを確認する。窓口は市町村の農業委員会事務局および農政の担当課であり、磐田市であれば市役所、森町であれば町役場で確認できる。ここで青地と分かれば、その筆については当面、宅地としての出口が閉じている。閉じていることが分かるだけでも、無駄な期待と無駄な広告費を避けられる。
白地であれば、続けて立地基準の区分について説明を受ける。第2種か第3種かで、転用の見込みの強さが変わる。この確認は売り出しの前に済ませておく。売り出してから確認すると、買主が現れた時点で初めて条件が判明し、そこから価格の再交渉が始まることになる。
7.3 現況が農地かどうかを確かめる
第2節で述べたとおり、農地法上の農地は現況で判断される。長年にわたって宅地の一部として使われてきた畑、資材が置かれたままの田、山に還りつつある農地。こうした筆については、そもそも農地法の許可が要るのかどうかを農業委員会に確認する。要らないと整理されれば、手続きは一段軽くなる。取扱いは市町村ごとに異なるため、聞かずに判断しない。
7.4 筆ごとに出口を分ける
一覧と区分が揃ったら、筆ごとに出口を割り当てる。まとめて一人に売ろうとすると、すべての条件を同時に満たす買主を探すことになり、候補がほとんどいなくなる。分けたほうが早く、手取りも大きくなることが多い。
- 宅地と、その上の建物——住宅を求める実需に向けて通常の経路で売る
- 転用の見込みが立つ農地——用途を定めて5条の許可を前提に売る。日程は許可の周期に合わせる
- 青地または第1種の農地——農地のまま3条で、周辺の営農主体に向けて打診する
- 接道のない小さな筆——隣接地の所有者に当たるほうが早いことが多い
- 山林——農地とは別の市場であり、別稿の対象となる
7.5 許可を契約に織り込む
5条の許可を前提とする売買では、許可が下りることを停止条件とする契約を結ぶ。許可が得られなかった場合には契約が効力を失い、受領した手付金を返還するという条項を置く。加えて、いつまでに許可が下りなければ解除できるのかという期限を、日付で書き入れる。期限を書かない停止条件は、売主を無期限に拘束する。
申請にあたって誰が何を負担するのかも先に決める。申請書類の作成を行政書士に依頼する費用、測量が必要になった場合の費用、造成や排水に関する調査。慣行に委ねると、後から負担をめぐって話がこじれる。金額を確定できない項目については、上限と負担割合を決めておく。
7.6 税と、猶予の有無を確認する
農業を継続することを条件に相続税の納税猶予を受けている農地では、転用や譲渡が猶予の打切りにつながることがある。該当の有無は、相続の際の申告書と、税理士への確認で分かる。売却の相談の初期に確かめておく項目である。譲渡所得の計算や特例の適用可否とあわせて、専門家に判断を仰ぐ。
7.7 買取の提案を受けたとき
農地が混ざる案件では、まとめて買い取るという提案が来ることがある。手続きも残置物も引き受けるという申し出は、手間を思えば魅力的に映る。ここで最初に確認すべきは金額ではなく立場である。その会社がその取引の買主なのか、買主を探す仲介なのか。買主であれば、提示額は支払う金額であり、低いほど相手が得をする。
そのうえで、提示額を手元に残る金額に直して比較する。仲介であれば仲介手数料と諸費用を引き、買取であれば手数料はかからないが、価格そのものに再販経費と保有リスクと手続きの不確実性が織り込まれている。当社は買主にならず、買取や買取保証を率先して行わないが、買取という売り方そのものを否定はしない。選ぶ場合は、同一の条件を書いた紙を複数の会社に同時に示し、金額を並べて比較する。条件が揃っていなければ、金額は比較できない。
8. 結論と今後の課題
本稿は、農地の価格を決めているものは何かという問いから出発した。答えは転用の見込みであり、その見込みは農振法による面の指定と農地法による点の許可という二層で規律されている。青地であれば面の段階で道が閉じ、白地であっても立地基準の区分によって見込みの強さは大きく分かれる。
8.1 主張の要約
見込みが価格へ転写される経路は二つである。ひとつは買主層の入れ替わりであり、農地のままなら値を付けるのは営農主体だけだが、転用の道が開けば実需と事業者が加わり、支払い意思額の分布そのものが移動する。もうひとつは金融であり、地目が農地のままでは住宅ローンが通らないため、許可と地目変更を経なければ融資が実行されない。この順序が取引の日程を拘束する。
そして、その見込みを最終的に判断するのは農業委員会および都道府県知事である。売主にできるのは、判断の材料を早く正確に揃えることと、判断が下りるまでの時間を販売期間の設計に織り込むことであって、結論を先取りすることではない。確約できないことを確約するように語らないという原則は、この構造から導かれる。
8.2 本稿の限界
第一に、本稿は制度の構造から導ける範囲にとどまり、実際の価格差を数量的に示していない。農地の取引価格は公的な指標として整備されている宅地の地価ほど把握しやすくなく、地域ごとの断層の大きさを検証するには別の資料が要る。第5節で引いた磐田市と森町の数値は、あくまで宅地の水準を確認するためのものであって、農地の水準を示すものではない。
第二に、立地基準の区分と農振除外の運用には市町村ごとの幅がある。本稿は法令と農林水産省の説明が示す枠組みを整理したにとどまり、磐田市と森町それぞれの運用の細部までは踏み込んでいない。個別の土地については、それぞれの窓口で確認するほかない。
第三に、本稿は売主の側から書かれている。農地を守るという農地法と農振法の目的そのものの当否、すなわち農業政策としての評価は扱っていない。転用の道が閉じていることを価格の引き下げ要因としてのみ記述したが、それは制度が意図した効果であり、批判ではない。
8.3 別稿に委ねる論点
農地と隣り合う制度として、市街化調整区域における建築可能性の問題がある。両者は同じ土地に重なって働くが、価格へ触れる経路が異なるため、別稿で扱う。山林についても、農地とは買い手の構造が根本的に違うため、別に論じる必要がある。相続によって共有となった農地の合意形成、そして所有者不明の筆が混ざる場合の処理も、それぞれ独立した検討に値する。
最後に、実務上もっとも切実でありながら本稿が扱えなかった論点を挙げておく。農地の出口が事実上存在しない場合に、所有者は何を選べるのかという問題である。管理の負担だけが残り、買い手が現れない土地は、遠州の里山にも存在する。相続土地国庫帰属制度をはじめとする受け皿の要件と限界については、稿を改めて検討したい。
