1. はじめに——問題の所在
売却の相談の場で、規制の話題はほとんど例外なく不利な条件として持ち出される。用途地域が指定されているから思うように使えない、建蔽率が低いから広く建てられない、容積率が小さいから買主が限られる。所有者の側から見れば、規制は自分の土地に対して外から課された制限であり、制限が強いほど土地の値打ちは減る。この理解は素朴だが、半分は正しい。
ところが、同じ規制が価格を支えている場面も、同じくらいありふれている。第一種低層住居専用地域の一角にある住宅は、周囲に高い建物がなく、店舗の看板も出ておらず、夜は静かである。買主はその環境に対して追加の金額を支払う。この環境は、そこに住む人々の善意によって保たれているのではない。隣地の所有者も、その隣の所有者も、同じ制限を受けているから保たれている。自分が引き受けた制約は、他人が引き受けた制約の対価として返ってきている。
本稿の問いは、この二面性をどう分解するかである。用途地域・建蔽率・容積率・高さ制限という規制群を、近隣という空間に生じる外部不経済を内部化する装置として読んだとき、それは個別の土地の価格にどのような力を及ぼすか。支える力と抑える力は、それぞれどの経路を通るのか。そして、どちらが勝つかは何によって決まるのか。
1.1 本稿が扱わないこと
先に射程を限定しておく。本稿は、市街化区域と市街化調整区域の区分、いわゆる線引きの制度そのものは扱わない。線引きが決めるのは、その土地で建物を建てられるかどうかという可否の問題であり、これは別稿で論じた。本稿が扱うのは、建てられることを前提としたうえで、何を、どれだけ、どのような形で建てられるかを決める層である。
この区別は実務上も重要である。可否の層と量の層は、根拠となる条文も、確認すべき窓口も、価格への効き方も異なる。可否は階段状に価格を動かすが、量の規制は連続的に動かす。そして量の層は、市街化区域の内側だけでなく、区域区分を持たない非線引き都市計画区域にも働いている。線引きのない町にも、用途地域はありうる。
1.2 なぜ磐田市と森町から論じるのか
本稿が題材とするのは静岡県西部の二つの自治体である。磐田市の人口は163,224人(2026年7月末現在、磐田市「磐田市の人口 令和8年度」)、住宅地の公示地価の平均は1平方メートルあたり50,086円、前年比プラス0.16%である(2026年地価公示に基づく市町村別の平均値)。市街化区域と市街化調整区域の線引きがあり、市街化区域には用途地域が定められている。
これに対し北隣の周智郡森町は、区域区分を持たない非線引き都市計画区域である。人口はおよそ15,900人(2026年4月1日時点の推計)、土地の相場は2026年時点で1平方メートルあたりおよそ26,900円、前年比マイナス0.74%とされる。線引きがなく、用途地域の指定も市街化区域ほど網羅的ではない。制度の密度が違う二つの空間が、車で30分の距離に並んでいる。この対比は、規制が価格に何をしているのかを取り出す実験場になる。
以下、第2節で外部不経済とその内部化という理論の骨格を確認する。第3節で日本の用途規制が都市計画法と建築基準法の二層で組み立てられていることを示し、第4節で規制が価格を支える経路を、第5節で価格を抑える経路を分解する。第6節で二つの力の合成と規制が届かない領域を扱い、第7節で森町との比較を行う。第8節を売主の実務に落とし、第9節で結論と限界を述べる。
2. 外部不経済と内部化——規制を読むための理論
土地利用の規制を価値の側から読むには、まず外部性という概念を置く必要がある。外部性とは、ある主体の行為が市場を介さずに他の主体の利益や損失をもたらす状態をいう。利益をもたらす場合を外部経済、損失をもたらす場合を外部不経済と呼ぶ。近隣という空間は、この外部性が濃く集積する場所である。
2.1 ピグーとコース——二つの処方箋
外部性を経済学の主題として定式化したのは、アーサー・C・ピグーの『厚生経済学』(1920)である。ピグーは、私的な費用と社会的な費用が乖離するとき、市場に任せた資源配分は最適から外れると論じた。処方箋は、その乖離を課税や補助金によって埋めることである。行為者に、他人へ与えた損失に相当する負担を負わせれば、行為者の計算は社会全体の計算と一致する。これが内部化という言葉の原義である。
半世紀後、ロナルド・H・コースが「社会的費用の問題」(1960)で別の角度を示した。コースの指摘は二段構えである。第一に、外部性は一方が他方に損害を与える関係ではなく、両立しない二つの利用が同じ空間を争う関係である。工場の煙が住宅に及ぶとき、工場が住宅を害しているとも、住宅が工場の操業を制約しているとも記述できる。第二に、権利の所在が明確で交渉の費用が無視できるなら、当事者の交渉によって効率的な利用が実現し、権利を誰に与えたかは配分を変えるが効率は変えない。
この定理の実務的な意味は、しばしば逆向きに読まれる。交渉で解決するという結論よりも、交渉の費用が高いときには制度が必要になるという含意のほうが重い。近隣の外部性は、まさに交渉の費用が高い典型である。当事者は多数にのぼり、一人あたりの損失は訴訟に見合わないほど小さく、しかも損失は日々更新される。誰かが同意しなければ全体が動かないという構造も加わる。この条件のもとでは、当事者間の合意によって望ましい土地利用に到達することは期待できない。
2.2 相互拘束としてのゾーニング
そこで採用されるのが、一律の規則という粗い道具である。地域ごとに建てられる用途と量をあらかじめ定め、個別の交渉を省略する。この方式をゾーニングと呼ぶ。アメリカでは1926年のVillage of Euclid v. Ambler Realty Co. 判決によって、ゾーニングが州の警察権の行使として憲法上許容されることが確認され、その後の普及の基礎となった。日本では、1919年の旧都市計画法と市街地建築物法に用途地域の原型が置かれ、戦後の建築基準法(1950年)と新しい都市計画法(1968年)によって現在の骨格ができた。
ゾーニングの本質は、規制であると同時に相互の拘束契約に近い点にある。ウィリアム・A・フィッシェルは『The Economics of Zoning Laws』(1985)で、ゾーニングを財産権の集合的な再編として読む視角を示した。各所有者は自分の土地の利用可能性の一部を差し出し、その見返りとして隣人の土地の利用可能性に対する事実上の請求権を得る。差し出した分だけが費用であり、受け取った分だけが便益である。
この見方に立てば、規制が価値を減らすか増やすかは、あらかじめ決まらない。差し出した分と受け取った分の大小によって決まる。土地の使い道が広い所有者ほど差し出す分が大きく、周囲の環境に依存する住宅の所有者ほど受け取る分が大きい。同じ規制が、同じ地域の内部で、所有者ごとに逆向きの効果を持ちうる。
註:外部性への対処には、課税による是正(ピグー的手段)、当事者間の交渉(コース的手段)、一律の規則(ゾーニング)の三つの系統がある。日本の都市法は第三を主軸に据え、第一を補助的に用いる構成をとっている。第二は、建築協定や地区計画の合意形成の場面に部分的に残っている。
3. 日本の用途規制は二層で組み立てられている
日本の用途規制を読むうえで最初に押さえるべきは、指定する法律と効力を与える法律が分かれているという構造である。都市計画法が地域を指定し、建築基準法がその指定に具体的な数値と禁止を結びつける。この二層構造を知らないと、都市計画図だけを見て建てられる量を誤って見積もることになる。
3.1 指定する側——都市計画法
都市計画法第8条は、都市計画区域について定める地域地区の一つとして用途地域を挙げ、第9条が各用途地域の性格を定義している。用途地域は現在13種類ある。2018年4月に施行された改正によって田園住居地域が加わり、それまでの12種類から増えた。同法第13条は、市街化区域については用途地域を定めるものとし、市街化調整区域については原則として定めないものとしている。
この原則には、資産価値の観点から見過ごせない含意がある。用途地域による近隣の質の保証は、市街化区域の内側にしか及ばないということである。磐田市の都市計画に関する資料では、市の総人口のおよそ45%が市街化調整区域に居住しているとされる。単純に言えば、市民の半数近くの住環境は、用途地域という保証装置の外に置かれている。
3.2 効力を与える側——建築基準法
指定された用途地域に実際の拘束力を与えるのは建築基準法である。第48条と別表第二が、用途地域ごとに建てられる建築物と建てられない建築物を定める。第52条が容積率——敷地面積に対する延べ面積の割合——の限度を、第53条が建蔽率——敷地面積に対する建築面積の割合——の限度を定める。低層住居専用地域等では第54条が外壁の後退距離を、第55条が高さの最高限度を定める。さらに第56条が道路斜線・隣地斜線・北側斜線を、第56条の2が日影規制を置く。
重要なのは、これらが積み重なる点である。用途地域ごとの数値は上限にすぎず、実際に使える数値はさらに小さくなることがある。代表例が第52条第2項の規定で、前面道路の幅員が12メートル未満の場合、容積率は都市計画で定められた数値と、前面道路の幅員に一定の係数を乗じた数値のうち小さいほうに制限される。係数は住居系の用途地域では10分の4、その他の地域では10分の6が原則である。
逆方向の調整もある。第53条第3項は、特定行政庁が指定する角地や、防火地域内の耐火建築物について、建蔽率を10分の1加算する仕組みを置いている。また第91条は、敷地が二つ以上の地域にわたる場合について、用途の制限は敷地の過半が属する地域の規定を敷地全体に適用する旨を定めている。建蔽率と容積率については、第52条と第53条がそれぞれ面積按分によって限度を求める仕組みを置く。用途地域の境界を跨ぐ土地では、これらの規定が価格を左右する。
3.3 三つの系統と資産価値
13種類の用途地域は、住居系・商業系・工業系の三つの系統に整理できる。売却の観点から意味があるのは種類の名称そのものではなく、その指定が買主層をどう切り、建てられる量をどう決めるかである。
| 系統 | 含まれる用途地域の例 | 規制の主眼 | 売却時に効く点 |
|---|---|---|---|
| 住居系 | 第一種・第二種低層住居専用地域、第一種・第二種中高層住居専用地域、第一種・第二種住居地域、準住居地域、田園住居地域 | 住環境の保護。用途と高さを厳しく制限する | 近隣の質が保証され住宅需要に届くが、事業用の買主は入りにくい |
| 商業系 | 近隣商業地域、商業地域 | 商業機能の集積。容積率が大きく用途の幅が広い | 使い道が広く買主層が厚い。反面、隣地に何が建つかの保証は薄い |
| 工業系 | 準工業地域、工業地域、工業専用地域 | 工業の利便。工業専用地域では住宅を建てられない | 住宅需要が入れない地域があり、買主層が事業者に限定される |
この表から読み取れるのは、規制の強さと価格の高低が単純な反比例にはならないということである。住居系は制限が厳しいが住環境の保証が厚く、商業系は自由度が高いが保証が薄い。どちらが高く売れるかは、その土地に対してどの買主層が厚く存在するかによって決まる。次の二節で、この二つの向きの力を分けて検討する。
4. 規制が価格を支える経路——保証としての規制
規制が価格を支える側の力を、四つの経路に分けて検討する。いずれも、規制が自分の土地にではなく隣の土地に働くことによって生じる。この点を取り違えると、規制は不利な条件であるという一面的な理解から抜け出せない。
4.1 第一の経路——将来の近隣に上限を与える
買主が買うのは、現在の近隣ではなく将来の近隣である。住宅の使用期間は数十年に及ぶから、いま隣が空き地であっても、そこに何が建ちうるかが購入判断に入る。規制のない空間では、隣地に何が建つかについて買主は最悪の場合を想定せざるをえない。用途地域と高さの制限は、その最悪の場合に上限を与える。
第一種低層住居専用地域を例にとれば、建てられる用途は住宅を中心に限定され、高さには最高限度が置かれ、外壁の後退距離が定められる地域もある。買主は、南側の隣地に高層の建物が現れる可能性を、実質的に検討から外してよい。この安心は費用をかけずに得られるものではなく、その地域のすべての所有者が自分の建築の自由を差し出すことで作られている。
4.2 第二の経路——探索と情報の費用を下げる
規制がなければ、慎重な買主は隣地の所有者の意向を一軒ずつ確かめなければならない。実際にはそれは不可能に近い。所有者は将来売却するかもしれず、次の所有者の意向は誰にも分からないからである。用途地域は、この確認作業を制度が肩代わりする仕組みである。図面を一枚見れば、周辺で起こりうることの範囲が読める。
ヘドニック・アプローチの言葉で言えば、用途地域は住宅という財を構成する属性の一つとして価格に組み込まれている。シャーウィン・ローゼン(1974)が定式化したように、差別化された財の価格はその属性ごとの暗黙価格の合計として読める。用途地域は、日照や接道と並ぶ属性であり、しかも土地そのものの物理的性質ではなく制度によって与えられた属性であるという点で特異である。
4.3 第三の経路——長期の担保価値を安定させる
住宅の取得は多くが借入によって行われるため、金融機関の評価が買主の支払能力を規定する。ここで規制が効くのは、返済期間にわたる担保価値の予測可能性という点である。近隣の環境が制度によって枠づけられている地域では、二十年後三十年後の処分価格の見通しが立てやすい。逆に、隣接地の利用が大きく変わりうる地域では、長期の評価に幅を持たせざるをえない。
ただしこの経路は、規制の有無そのものより、地域の市場の厚みに強く影響される。取引の事例が乏しい地域では、規制が整っていても評価の根拠となる比較対象が足りない。制度は予測の枠を与えるが、予測に用いる材料までは与えない。
4.4 第四の経路——住民自身が規制を需要している
第四の経路は、価格形成の背後にある政治のメカニズムである。ウィリアム・A・フィッシェルは『The Homevoter Hypothesis』(2001)で、持ち家所有者は資産の大部分を一つの住宅に集中させており、その価値の変動を分散できないため、地方政治において近隣の質を守る方向に強く動くと論じた。持ち家所有者は投票する住民であると同時に、分散されない資産の保有者である。
この視角に立つと、用途規制は行政が住民に押し付けた制限ではなく、住民が資産価値を守るために需要した制度として現れる。用途地域の指定や地区計画の合意形成が、しばしば既存の住民の側から起こるのはこのためである。同時に、この需要は新規の参入者や開発を望む所有者の利益と衝突する。規制の分配的な側面は、この衝突の産物である。
四つの経路に共通するのは、規制が価格を支えるのは、その保証に価値を認める買主層が現に存在する場合に限られるという条件である。静けさに支払う買主がいなければ、静けさを保証する制度は価格に現れない。この条件は第6節と第7節で改めて検討する。
5. 規制が価格を抑える経路——残余としての土地価格
反対側の力を見る。規制が価格を抑える経路は、土地の価格がどのように決まるかという原理そのものに根ざしている。したがってこの力は、保証の効果より計算しやすく、数値として示しやすい。
5.1 土地の価格は残余として決まる
土地は、それ自体が効用を生むというより、その上で行われる利用を通じて価値を生む。したがって土地の価格は、その土地で実現できる利用から得られる総価値から、建物の建築費・造成費・販売経費・事業者の利潤といった費用を差し引いた残りとして決まる。不動産鑑定評価基準がいう開発法の考え方も、この残余の論理に立っている。
この構造から直ちに導かれるのが、容積率の意味である。容積率は延べ面積の上限を定める。延べ面積は、住宅であれば居住できる床の量、賃貸であれば賃料を生む床の量に対応する。したがって容積率は、その土地から取り出せる総価値の天井を決めている。天井が下がれば残余も下がる。容積率が土地価格の主要な決定要因として扱われるのは、この経路が単純かつ強力だからである。
建蔽率は別の効き方をする。建蔽率は建築面積の上限、すなわち土地をどれだけ覆えるかを定める。同じ延べ面積を確保しようとすれば、建蔽率が低いほど階数を増やすか敷地を広げる必要がある。低層住居専用地域のように建蔽率も高さも抑えられている地域では、住宅一棟あたりに必要な敷地面積が制度的に押し上げられる。この効果は、広い土地を区画分割して売る場面で最も強く現れる。分割後の各区画が必要な面積を満たせなければ、分割そのものが成立しない。
5.2 用途制限は買主層を切る
第二の抑制経路は、買主の数を通じて働く。建築基準法第48条と別表第二は、用途地域ごとに建てられない建築物を列挙している。第一種低層住居専用地域では、一定の規模と条件を満たす兼用住宅などの例外を除き、店舗や事務所は建てられない。工業専用地域では住宅を建てられない。
この制限は、その土地に対して支払意思を持つ買主の集合を制度的に切り取る。事業用の需要が入れない地域では、住宅需要だけが価格を決める。住宅需要が入れない地域では、事業者だけが価格を決める。買主の数が少ないほど、最も高い評価額と二番目に高い評価額の差は開き、成約価格は上位の評価額から離れやすくなる。取引の薄い地方都市では、この効果は都市部より強く出る。
5.3 負担は隣り合う土地に非対称に配分される
第三に、規制の負担が土地のあいだで偏る点を挙げておく。建築基準法第56条の北側斜線制限は、北側の隣地の日照を確保するために、南側に位置する土地の建築物の高さを制限する。日影規制も同様に、影を落とす側に負担を課す。ここでは、便益を受ける土地と負担を負う土地が空間的に分離している。
第2節で述べた相互拘束の論理は、地域全体としては成り立つが、個々の土地の水準では成り立たない。北側の区画は保証を受け取る側に、南側の区画は差し出す側に立つ。同じ用途地域の同じ面積の土地でも、道路のどちら側にあるかで規制の実質的な重さが違う。売主が自分の土地の条件を確かめるとき、用途地域の名称だけでは足りないのはこのためである。
5.4 境界を跨ぐ土地の非連続性
最後に、用途地域の境界に接する土地の扱いを確認しておく。第3節で触れたとおり、敷地が二つの用途地域にわたる場合、用途の制限は敷地の過半が属する地域の規定が敷地全体に適用され、建蔽率と容積率はそれぞれ面積按分によって限度が求められる。過半がどちらに属するかで用途の制限が入れ替わるため、境界近くでは、わずかな面積の違いが建てられるものを変える。分筆や隣接地の一部取得によって過半が動くこともある。境界に接する土地の査定は、図面の上での位置関係の確認から始まる。
6. 二つの力の合成と、規制が届かない領域
支える力と抑える力を並べたところで、次の問いが立つ。ある土地について、どちらが勝つのか。本節の答えは単純である。その場所の需要の厚みが決める。
6.1 規制が拘束するのは、需要が上限を押しているときだけ
容積率が土地価格の天井を決めるという第5節の議論は、重要な前提を含んでいる。実際に建てたい量が、制度の上限に達しているという前提である。需要が旺盛な都市の中心部では、事業者は与えられた容積を使い切ろうとする。ここでは容積率の一段の違いが、そのまま残余価格の違いになる。
ところが、需要が上限に届かない場所では事情が変わる。戸建住宅が中心の地方都市の住宅地では、実際に建てられる住宅の延べ面積は、制度が許す上限をはるかに下回ることが多い。上限に触れていない規制は、価格を拘束していない。この場合、容積率の数値が大きいことは、その土地の価格を押し上げる材料にならない。売主が容積率の余裕を価値として主張しても、買主の計算には入らない。
抑制の力が弱まるということは、相対的に保証の力が前に出るということでもある。地方都市の住宅地における用途地域の主な働きは、開発可能量を制限することではなく、近隣の質を枠づけることにある。この認識は、売却資料に何を書くかを変える。指定容積率の数値を並べるより、その地域で将来にわたって何が建ちにくいかを説明するほうが、買主に届く。
6.2 用途規制は建てないことを規律しない
ここで、内部化装置としての用途規制の射程の限界を指摘しておく。用途地域と建築基準法の各規定が規律するのは、建築という行為である。何を建てるか、どれだけ建てるか、どのような形で建てるか。これらは規律されている。しかし、建てないこと、使わないこと、手入れをしないことは規律されていない。
この非対称は、人口が減少する地域では決定的な意味を持つ。近隣に及ぶ外部不経済のうち、いま最も強く働いているのは、隣に工場が建つことではなく、隣が空き家のまま放置されることである。屋根が抜け、庭が藪になり、動物が棲みつき、防犯上の懸念が生じる。この損失は隣接する土地の価格を確実に押し下げるが、用途地域はこれを止められない。
この空白を埋めるために置かれたのが、空家等対策の推進に関する特別措置法(2014年)である。同法は、放置すれば著しく保安上危険となるおそれのある状態等にある空家等を特定空家等として、市町村が助言・指導・勧告・命令を行える枠組みを定める。ただしこれは事後的な対処であり、用途地域のように事前に期待を安定させる装置ではない。制度の性格が違う。
6.3 既存の建物は規制の外にある
もう一つの限界は、時間の方向に関わる。建築基準法第3条第2項は、法令の改正や都市計画の変更によって既存の建築物が新しい規定に適合しなくなった場合、その建築物には新しい規定を適用しない旨を定めている。いわゆる既存不適格である。これは既存の所有者を保護する合理的な仕組みだが、副作用がある。
第一に、近隣の現況が現行の用途地域を反映しているとは限らない。用途地域が住居系に変更された後も、以前から操業している工場は残る。買主が図面から読んだ環境と、現地で見る環境がずれる。第二に、売却の場面では、既存不適格の建物は建て替え時に同じ規模を確保できないという制約として現れる。建蔽率や容積率の超過は、買主の住宅ローンの審査で問題になることがある。
したがって、用途地域の指定は価格の説明の出発点にはなるが、終着点にはならない。制度が何を保証しているかと、現地で何が起きているかを、別々に確かめる作業が残る。
7. 非線引きの町と比べる——森町の場合
規制が価格に何をしているかを取り出すには、規制の密度が異なる空間を並べるのが早い。磐田市の北に接する周智郡森町は、区域区分を持たない非線引き都市計画区域である(中遠広域都市計画)。市街化調整区域という区分がないため、調整区域だから建てられないという説明が成り立たない。かわりに効いてくるのが、用途地域の指定と、農業振興地域の区分である。
7.1 用途地域の定めのない区域で何が起きるか
非線引き都市計画区域にも用途地域を定めることはできる。森町にも用途地域の指定された区域があり、町の都市計画図(用途図)で確認できる。しかし網羅的ではなく、用途地域の定めのない区域——実務でいう白地地域——が広く残る。この白地地域の扱いが、本稿の主題にとって示唆的である。
用途地域の定めのない区域では、建築基準法別表第二による用途の制限は働かない。住宅の隣に工場や倉庫が建つことを、用途規制の側から止める仕組みが基本的に存在しない。形態規制についても、用途地域ごとの数値がないため、建蔽率と容積率は特定行政庁が一定の選択肢の中から指定する数値によることになる(建築基準法第52条・第53条の関係規定)。
この状態を第2節の枠組みで読み直せば、外部不経済の内部化装置が働いていない空間ということになる。所有者の自由は大きい。同時に、隣地に何が建つかについての保証も薄い。同じ一つの事実が、自由と不確実の両面を持つ。どちらが価格に強く出るかは、その土地の買主が誰かによる。事業用の買主にとっては自由が価値であり、住宅を求める買主にとっては不確実が費用である。
7.2 農業振興地域という別系統の規制
森町でもう一つ効くのが、農業振興地域の整備に関する法律に基づく区分である。農用地区域、実務でいう青地に入っている土地では、農地転用の許可はまず期待できない。白地であれば手続きの余地があるが、それでも農業委員会の判断が入る。
この規制は、本稿がここまで論じてきた用途規制とは目的が異なる。用途地域が近隣の外部不経済を内部化する装置であるのに対し、農振の区分は農業生産の基盤を面的に確保するための装置である。守ろうとしている外部性が違う。前者は隣接する土地どうしの関係を、後者は農地がまとまって存在することの価値を守る。目的が違えば、緩和の見込みも、確認すべき窓口も違う。
7.3 規制の強さは価格の高さを説明しない
ここで、比較から引き出せる最も重要な論点に触れる。規制が緩いほど土地が安いという関係は、成り立っていない。森町の土地の相場は2026年時点で1平方メートルあたりおよそ26,900円(前年比マイナス0.74%)、地区別では森がおよそ31,800円、睦実がおよそ23,400円とされる。一方、線引きがあり用途地域も網羅的に指定されている磐田市の住宅地の公示地価の平均は50,086円である(2026年地価公示)。規制の密度が高い側のほうが、単価は高い。
この対比が示すのは、因果の順序である。規制が価格を作っているのではなく、需要のあるところに規制が置かれている。都市計画区域の指定も用途地域の指定も、市街地が形成されている、あるいは形成される見込みがある場所を対象として行われる。規制の密度は、需要の厚みの結果でもある。
したがって、第4節と第5節で分解した二つの力は、需要という土台の上に乗っている。土台がなければ、保証も抑制も価格に現れない。磐田市の駅ごとの平均を見ても、磐田駅周辺が57,111円、豊田町駅周辺が44,160円、御厨駅周辺が43,242円と差があるが(いずれも2026年地価公示に基づく駅別の平均値)、この差を生んでいるのは用途地域の種類ではなく、雇用の所在と生活の利便である。
| 空間の類型 | 近隣の質を保証する装置 | 利用可能量の制限 | 売却で確かめる先 |
|---|---|---|---|
| 磐田市の市街化区域 | 用途地域と建築基準法の各規定 | 建蔽率・容積率・高さ・斜線 | 磐田市 都市計画課・建築住宅課 |
| 磐田市の市街化調整区域 | 原則として用途地域は定められない | 開発許可・建築許可の可否が先に立つ | 磐田市 都市計画課・建築住宅課 |
| 森町の用途地域指定区域 | 用途地域と建築基準法の各規定 | 建蔽率・容積率など | 森町 建設課 都市計画係 |
| 森町の白地地域 | 用途規制による保証は薄い | 特定行政庁が指定する数値による | 森町 建設課・農業委員会 |
表の四類型は、買主の探し方が変わる単位でもある。同じ遠州の里山的な環境でありながら、制度の層が違えば、確認の手順も、売却資料に書くべきことも変わる。制度の名称を並べるのではなく、その土地に現に効いている条文を一つずつ特定する作業が要る。
8. 売主の実務への含意
ここまでの議論を、売主が売り出し前に実行できる手順に落とす。順序には理由がある。前の工程で確定させた数値が、次の工程の入力になるからである。
8.1 指定されている内容を、名称ではなく数値で書き出す
最初にすべきは、その土地に何が指定されているかを一枚の紙にまとめることである。用途地域の名称、指定建蔽率、指定容積率、防火地域・準防火地域の別、高度地区や高度利用地区の有無、日影規制の内容、地区計画や建築協定の有無。磐田市であれば都市計画課、森町であれば建設課の都市計画係が照会先にあたる。
名称だけを控えて帰らないことが肝心である。第一種低層住居専用地域という名称は、それだけでは建てられる量を教えない。同じ名称でも建蔽率と容積率の組み合わせは複数あり、その組み合わせが買主の設計を決める。買主が最初に知りたいのは名称ではなく数値である。
8.2 指定された数値ではなく、使える数値を出す
次に、指定された数値を実際に使える数値へ補正する。第3節で述べた三つの補正が主なものである。
- 前面道路の幅員が12メートル未満なら、容積率は都市計画で定められた数値と、幅員に係数を乗じた数値の小さいほうに制限される(建築基準法第52条第2項)。住居系では10分の4、その他では10分の6が原則の係数である
- 特定行政庁が指定する角地、または防火地域内の耐火建築物では、建蔽率が10分の1加算されることがある(同法第53条第3項)
- 敷地が二つの用途地域にわたる場合、用途の制限は過半が属する地域の規定が敷地全体に適用され(同法第91条)、建蔽率と容積率はそれぞれ面積按分によって限度を求める(同法第52条・第53条)
この補正を経た数値が、買主とその設計者が実際に使う数値である。売主が先にこれを出しておけば、買主が自分で調べて減額の材料にする余地が狭まる。数値を出さないことは、買主に安全側の想定を選ばせることと同じである。
8.3 既存の建物と現行規制のずれを確認する
現に建物が建っている場合は、その建物が現行の規定に適合しているかを確かめる。建築確認済証と検査済証の有無、建築面積と延べ面積、増築の履歴。建蔽率や容積率を超過している場合、それが既存不適格なのか、当初から適合していなかったのかで、買主に説明すべき内容が変わる。第6節で述べたとおり、この点は買主の融資審査に影響しうる。
書類が残っていないことは珍しくない。その場合でも、確認できたことと確認できなかったことを分けて記録しておけば、後の交渉での立ち位置が違う。分からないという状態を分からないまま伏せるか、分からないと書いたうえで売り出すかで、契約後に生じる争いの形が変わる。
8.4 規制を、買主に届く言葉へ翻訳する
第4節で見たとおり、規制の保証としての側面は価格を支える。しかしそれは、買主がその保証を認識している場合に限られる。売却資料に用途地域の名称だけを載せても、保証は伝わらない。伝えるべきは、その指定によって周辺で何が建ちにくいかである。
- 低層住居専用地域なら、高さの最高限度と用途の制限によって、周辺で大きな建物や店舗が現れにくいこと
- 準工業地域・工業地域なら、住宅以外の用途にも使えることを、事業用の買主に向けて示すこと
- 地区計画や建築協定があるなら、最低敷地面積や外壁の制限などの内容を先に開示すること。分割して売れるかどうかに直結する
- 白地地域なら、用途規制による保証が薄いことを前提に、買主層を事業用や自己利用の層まで広げて考えること
規制は、買主層を選ぶ指標として読める。どの層に届けるべきかが決まれば、広告の出し方も、内覧で説明すべき点も決まる。価格を決める前に、届ける相手を決める順序である。
8.5 買取の申し出を受けたとき
規制の内容が複雑な土地では、調べる手間を省く形で買い取りたいという申し出を受けることがある。その際に最初に確かめるべきは金額ではなく、相手の立場である。その会社がその取引の買主なのか、買主を探す仲介なのか。買主にとって査定額は自社が支払う金額であり、仲介にとっては市場で目指す金額である。同じ語が正反対の性格を帯びる。なお筆者の会社は自ら買主となる事業を持たず、買取・買取保証を率先して行わない。買取という売り方そのものを否定するものではないが、その場合も同一の条件を書いた資料を複数社に同時に示し、金額を並べて比較する余地は残る。
9. 結論と今後の課題
本稿は、用途地域・建蔽率・容積率・高さ制限という規制群を、近隣に生じる外部不経済を内部化する装置として読み、それが個別の土地の価格に及ぼす力を二つの向きに分解した。結論を順に確認する。
第一に、近隣の外部性は当事者が多数で損失が広く分散するため、交渉による解決が期待できない。だから一律の規則という粗い道具が選ばれた。ゾーニングは規制であると同時に相互の拘束契約に近く、各所有者は自分の利用可能性の一部を差し出して、隣人の利用可能性に対する事実上の請求権を受け取っている。差し出した分と受け取った分の大小によって、規制が価値を減らすか増やすかが決まる。
第二に、規制が価格を支える経路は四つある。将来の近隣に上限を与えること、隣地の意向を確かめる探索費用を制度が肩代わりすること、長期の担保価値の予測可能性を高めること、そして持ち家所有者自身がこの保証を需要していることである。第三に、価格を抑える経路は、土地価格が利用の総価値からの残余として決まるという構造に根ざす。容積率は総価値の天井を決め、建蔽率は一棟あたりの必要面積を押し上げ、用途制限は買主層を切る。
第四に、どちらが勝つかは需要の厚みが決める。建てたい量が制度の上限を押していない地域では、抑制の力は働かない。地方都市の住宅地における用途地域の主な働きは、開発可能量の制限ではなく近隣の質の枠づけにある。第五に、規制の射程には限界がある。用途規制は建築を規律するが、建てないこと・使わないことを規律しない。人口が減少する地域で最も強い外部不経済である空き家と管理不全は、この装置の外にある。
そして第六に、規制の密度と価格の高低は比例しない。線引きも用途地域も持つ磐田市のほうが、非線引きの森町より単価は高い。これは規制が価格を作っているからではなく、需要のあるところに規制が置かれているからである。規制の価格効果は、需要という土台の上に乗った二次的な効果である。
9.1 制度側に残された課題
本稿の観点から見て、制度に残された課題を二つ挙げる。一つは、用途規制が建築の局面にしか働かないという非対称である。人口が増える局面では、規律すべきは新しい建築であった。減少する局面では、規律すべきものが不使用と不管理へ移っている。空家等対策の推進に関する特別措置法は事後的な対処を用意したが、事前に期待を安定させる装置は、いまのところ用途地域のほかにない。
もう一つは、指定内容が所有者に届く経路の細さである。用途地域も建蔽率も容積率も公開情報であり、行政の窓口で確認できる。しかし、自分の土地に何が指定されているかを数値で言える所有者は多くない。売却や相続という局面で初めて確認するため、その時点では確認に費やせる時間が限られている。第8節で示した手順が売り出しの前に置かれるべき理由は、ここにある。
9.2 別稿に委ねる論点
本稿で扱いきれなかった論点を記しておく。第一に、用途地域の指定が価格に与える効果の実証である。属性の暗黙価格を推定する枠組みを用いれば、用途地域を説明変数として扱うことはできるが、規制の指定と需要の分布が相関しているため、因果を取り出すには工夫が要る。第二に、地区計画・建築協定という、より細かい合意の装置が価格に何をしているかである。第三に、人口減少下での用途地域の見直しと、集約型の都市構造への政策転換が、既存の住宅地の価値に与える影響である。
最後に本稿の限界を述べる。ここで行ったのは、制度の条文と実務の観察を突き合わせて価格が決まる経路を論理的に分解する作業であり、統計的な検証ではない。二つの力のどちらがどれだけの重みを持つかは、地域と時期によって変わる。理論が示せるのは、どこを見ればよいかという地図までである。実際にその土地を測るのは、現地に立った当事者の仕事になる。
