1. はじめに——問題の所在
査定書は、たいてい敷地の中を測っている。土地の面積、間口、接道の幅、建物の構造と築年数、設備の更新履歴。どれも重要な項目である。しかし実際の売却が止まる理由を数えていくと、その少なからぬ部分が敷地の外側にある。隣の家が長く空いたままで、草木が塀を越えて伸びている。境界に沿った樹木の枝が敷地に入り込んでいる。前面の通路が公道ではなく数人の共有で、水道管を引き直すのに承諾が要る。これらは登記事項証明書にも査定表にも現れないが、買主の判断と金融機関の担保評価にははっきり現れる。
本稿の問いは二つである。第一に、敷地の外側で起きていることは、どのような経路を通って自分の物件の価格になるのか。第二に、その経路に対して所有者は何ができるのか。経済学はこの現象を扱う語をすでに持っている。外部性——ある主体の行動が、市場での取引を経ずに他の主体の利得や費用に影響を及ぼすこと——である。
外部性という語を用いる利点は二つある。第一に、話を人格の問題から構造の問題へ移せる。隣人が非協力的だという語りは対処の手がかりをほとんど与えないが、費用が市場を経由していないという記述は、ではどう内部化するかという次の問いを開く。第二に、負の側面だけでなく正の側面を同じ枠組みで扱える。手入れの行き届いた街並みや、補修されている共有の通路は、誰かの支出が他人の資産価値を支えている状態であり、これもまた外部性である。近隣要因は減点項目の一覧ではない。
本稿はさらに、2023年4月1日に施行された民法の相隣関係規定の改正を扱う。越境した枝の切除、隣地の使用、ライフライン設備の設置。いずれも長く実務家を悩ませてきた論点に、条文上の道筋が付いた。この改正が何を変え、何を変えなかったのかを、外部性の内部化という観点から評価する。制度の解説そのものが目的ではなく、制度が交渉の費用をどこまで下げたかを測ることが目的である。条文が用意した道筋と、その道筋を実際に通るために要する手間とは、区別して評価しなければならない。
方法は理論の適用である。統計的な推定は行わない。近隣要因の価格への影響を数値で示すには、同じ地域で条件の揃った取引が多数必要になるが、地方都市の市場ではその数が得られにくい。粗い推定値を一律の減価率として提示することは、読者を誤らせる。代わりに本稿は、価格に転写される経路を言葉で特定し、そのうち売主が観察できる変数と操作できる変数を切り分けることに集中する。
以下、第2節で外部性の理論構造を確認する。第3節で近隣要因を分類し、価格への転写経路を三つに整理する。第4節で隣接地の管理不全を、第5節で越境と相隣関係の改正を、第6節で私道とライフラインを扱う。第7節では周辺環境の評価が買主ごとに分かれる問題を検討する。第8節で売主の実務に落とし、第9節で限界と残された課題を述べる。
なお筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者である。当社は自社で買い取る事業を持たず、買取や買取保証を率先して行わない。近隣要因は、価格を引き下げる根拠として持ち出されやすい項目でもある。その意味でこの立場は本稿の記述に影響しているはずであり、隠さずに書いておく。
2. 外部性の構造——ピグーとコース
2.1 市場を経由しない影響
外部性の概念は、アルフレッド・マーシャルが『経済学原理』(1890)で外部経済を論じたことに遡り、アーサー・C・ピグーが『厚生経済学』(1920)で体系化したとされる。ピグーの着眼は明快である。ある活動が他者に費用を負わせながら、その費用が価格に反映されていないなら、その活動は社会的に見て過剰に行われる。逆に他者に便益を与えながら対価を受け取れないなら、その活動は過少にしか行われない。市場が資源を効率的に配分するという命題は、影響のすべてが価格を通るという前提の上に立っている。
不動産ほどこの前提が崩れやすい財も少ない。土地は動かせず、隣り合った状態が数十年続く。一方の所有者が建物の手入れをやめても、その費用は自分の資産価値の下落として一部は跳ね返るが、残りは隣接地と街区の所有者に散らばる。逆に、庭木を整え塀を塗り直す支出は、自分の資産価値を支えると同時に、対価を受け取らないまま近隣の資産価値も支えている。私的な費用と社会的な費用が一致しない構造が、そこに常時存在している。
2.2 内部化の二つの経路
ピグーが示した処方は、課税と補助金による内部化であった。外部費用に相当する額を課し、外部便益に相当する額を補助すれば、私的な計算と社会的な計算が一致する。都市計画法の用途地域や建築基準法の各種制限は、この延長にある規制的な内部化と読める。管理の行き届かない空き家に対する課税上の扱いの変更も同じ系統に属する。この点は第4節で扱う。
これに対しロナルド・H・コースは「社会的費用の問題」(1960)で別の経路を示した。権利の所在が明確で、交渉に費用がかからないなら、当事者どうしの交渉によって効率的な結果に到達する。誰に権利を割り当てるかは、誰が得をするかという分配を変えるが、最終的な資源配分は変えない。枝を切る権利が隣にあるなら費用を払って切ってもらえばよく、こちらにあるなら自分で切ればよい。どちらでも枝は切られる、というのがこの命題の含意である。
現実の含意はしかし、その逆側にある。交渉費用がゼロという条件が満たされないからこそ、枝は切られないまま残る。誰が所有者か分からない。連絡が取れない。切除の費用を誰が負うのかで折り合わない。話を持ち出すこと自体が近隣関係に響くことを恐れる。近隣要因をめぐる実務上の行き詰まりの大半は、権利の欠如ではなく、権利を行使するための費用の高さに由来している。この読み替えが本稿の中心にある。
2.3 不動産に固有の三つの事情
第一に、位置の固定性である。工場の煤煙であれば移転や操業方法の変更という選択肢があるが、隣接する土地から離れることはできない。第二に、長期性である。近隣の状態は資産価値としてストック化され、売却の場面でその累積が一度に価格として顕在化する。日々の生活で少しずつ受け入れてきた不便が、売却の見積書では一つの減額として現れる。
第三に、当事者が特定少数であることである。相手の顔が見え、関係が長く続く。これはコース的な交渉の余地が大きいことを意味すると同時に、交渉が決裂したときの費用も高いことを意味する。経済的には合理的な要求でも、関係を壊す危険があるなら持ち出されない。近隣をめぐる交渉が金銭以外の要素に強く縛られる理由がここにある。
註:本稿は外部性を、市場での取引を経ずに他者の利得や費用に及ぶ影響という広い意味で用いる。所有者間の権利義務として法が定めた部分(相隣関係)は、外部性の一部を制度的に内部化したものと位置づける。
3. 近隣要因の分類と、価格への三つの転写経路
近隣要因という語は広すぎる。隣家の樹木と、街区全体の街並みと、二キロ先の幹線道路を同じ言葉で括っても、対処の手がかりは出てこない。ここでは二段階で整理する。まず要因を分類し、次に価格へ届く経路を切り分ける。
3.1 四つの軸で分ける
分類の軸は四つ置く。第一は発生源の距離である。隣接する一筆から生じるものか、街区の共有物から生じるものか、より広い範囲の土地利用から生じるものか。距離が近いほど影響は強く、同時に交渉の相手が特定しやすい。第二は可逆性である。枝の越境や草木の繁茂は原状に戻りうるが、道路の位置や接道の幅員は構造として固定されている。
第三は観察可能性である。内覧に来た買主がその場で見て分かるものか、資料を調べて初めて分かるものか。前者は価格交渉の材料になり、後者は契約後の紛争や白紙解除の火種になる。第四は売主の操作可能性である。自分の行動で状態そのものを変えられるのか、状態は変えられないが情報として整えられるにとどまるのか。この四つ目が、実務では最も効く。
| 近隣要因 | 主に効く経路 | 可逆性 | 売主に残る余地 |
|---|---|---|---|
| 隣接地の管理不全(草木・老朽家屋) | 支払意思額・内覧時の印象 | 隣地所有者の対応で戻りうる | 行政への相談と経緯の記録 |
| 越境した枝・根・工作物 | 取引費用・引渡し条件 | 切除や是正で解消しうる | 催告と覚書で処理できる |
| 私道の権利と承諾の有無 | 担保評価・融資の可否 | 権利関係は構造的 | 承諾書の事前取得で下げられる |
| 接道・幅員・セットバック | 建築可能性・買主層の広さ | 構造的 | 調査と明示で誤解を防げる |
| 街並みの管理水準・景観 | 支払意思額(正負の両方向) | 地区計画や協定で維持される | 資料として提示できる |
| 周辺の土地利用(道路・鉄道・商業・工場・農地) | 買主ごとの評価の分散 | 構造的 | 届ける買主層の設計 |
3.2 価格へ届く三つの経路
第一の経路は、買主の支払意思額の低下である。最も分かりやすく、最も語られやすい。隣の敷地が荒れていれば、内覧時の印象が下がり、提示される金額も下がる。ただしこの経路の効き方は買主ごとに大きく異なる。ヘドニック分析の枠組み(ローゼン1974)でいえば、属性の暗黙価格は市場全体の需給から決まるのであって、個々の買主の評価がそのまま価格になるわけではない。買主が少ない市場では、たまたま現れた一人の評価が価格を決めてしまう。
第二の経路は、金融機関の担保評価と融資可否である。これは支払意思額よりも硬く効く。前面道路が私道で持分がない、掘削の承諾が取れない、越境の解消が確約できない。こうした事情は、買主本人が気にしなくても融資審査の段階で問題になりうる。結果として現れるのは値引きではなく、買える人が減るという形の縮小である。売主から見ると価格が下がったようには見えず、ただ問い合わせが来ないという症状になる。
第三の経路は取引費用の増加である。承諾書の取得、隣地所有者との立会い、越境の是正工事、行政窓口での確認。いずれも時間と費用を要する。売り出してから着手すれば、その分だけ販売期間が延びる。販売期間の延長は、保有費用の増加としてだけでなく、長く売れ残っているという情報として買主に伝わる。近隣要因が価格を削る経路のうち、売主が最も安く塞げるのがこの第三の経路である。
4. 隣接地の管理不全という外部不経済
近隣要因のうち、売主が受け手の側に回る典型が、隣接地の管理不全である。自分の家は手入れをしてきたのに、隣が長く空いたままで、草が伸び、塀が傾き、屋根材が浮いている。この状態は自分の資産価値を確実に押し下げるが、押し下げている費用を負担しているのは自分であって、状態を作っている側ではない。外部不経済の教科書的な形がここにある。
4.1 私的費用と社会的費用の乖離
管理をやめた所有者の私的な計算を追ってみる。草刈りや通風のために遠方から通う費用、修繕の費用、解体の費用。いずれも支出として明確に意識される。他方、管理しないことの費用は、自分の資産価値の下落として一部だけ返ってくる。その下落も、売る意思がない限り帳簿にも家計にも現れない。近隣に及ぶ分の費用に至っては、そもそも本人の計算に入らない。支出は目に見え、便益は見えにくい。放置が選ばれやすい構造である。
この構造をさらに押していたのが、保有課税の仕組みである。地方税法は住宅用地について課税標準の特例を定めており、住宅が建っている土地は税負担が軽くなる。小規模住宅用地の部分では課税標準が六分の一とされる。老朽化して使えなくなった家屋でも、建っている限り土地の税負担は軽いままである。解体すれば費用がかかるうえに税負担も上がる。使われない家屋を残す方向に、私的な誘因が働いてきた。
4.2 制度による内部化と、その射程
空家等対策の推進に関する特別措置法(平成26年法律第127号)は、この乖離に対する制度的な応答であった。同法は、そのまま放置すれば著しく保安上危険となるおそれのある状態などにある空家等を特定空家等と位置づけ、助言・指導、勧告、命令、行政代執行という段階的な手続を用意した。そして勧告を受けた場合には、住宅用地に対する課税標準の特例の対象から外れる。ピグー的な内部化——外部費用を私的費用に付け替える操作——を、税の特例の解除という形で行っている。
2023年に成立した同法の改正は、この網を一段手前に広げた。従来は危険な状態に至った特定空家等が対象であったが、改正により、そのまま放置すれば特定空家等になるおそれのある状態にあるものを管理不全空家等として位置づけ、指導・勧告の対象とした。勧告を受ければ、やはり課税上の特例から外れる。危険になってから動くのではなく、危険になる前に所有者の計算を変えるという設計である。
ただし制度の射程には限りがある。行政の手続は段階を踏み、時間を要する。隣地の状態を理由に自分の売却を止めておける期間は、通常それより短い。制度は市場全体の平均的な状態を底上げする装置であって、いま売ろうとしている個別の売主を直接救う装置ではない。この区別を踏まえずに行政に期待すると、待つだけで時間を失う。
4.3 秩序の劣化が呼ぶ劣化
管理不全がやっかいなのは、影響が一方向で止まらない点である。ジェームズ・Q・ウィルソンとジョージ・L・ケリングが1982年に提示した議論は、放置された小さな無秩序が、この場所は誰も気にかけていないという合図として働き、さらなる無秩序を招くというものであった。犯罪政策としての評価には批判を含む論争があり、本稿はその当否には立ち入らない。ただ、資産価値の文脈に限れば、示唆は残る。街区に一軒の管理不全があると、隣の所有者の手入れの動機も削がれる。誰も対価を受け取れない支出は、周囲が支出をやめた瞬間に割に合わなくなるからである。
静岡県磐田市は2021年4月1日に空き家バンクを開設し、空き家に関する相談の窓口も設けている。森町も定住推進課の移住交流係が空き家・空き地バンクを運営している。隣接地の管理不全に直面した所有者にとって、これらの窓口は情報を届ける先として使える。自分の物件を売るという目的から見れば遠回りに見えるが、街区の状態は自分一人では動かせない以上、動かせる主体に情報を渡すことには意味がある。
5. 越境と相隣関係——2023年施行の改正が変えたもの
境界を越えて伸びた枝は、実務でしばしば取引を止める。金額としては小さい。数万円で片づく作業のために、数百万円から数千万円の取引が延び、ときに流れる。なぜ小さな問題が大きな取引を止めるのかを、コース的な視点から読むと分かりやすい。権利の所在は明確であったのに、権利を行使する費用が高すぎたのである。
5.1 改正前の非対称
改正前の民法233条は、隣地の竹木の枝が境界線を越えるときは、その竹木の所有者に枝を切除させることができると定めていた。文言は切除させることができるであって、自分で切ることができるとは書かれていない。所有者が応じない場合、土地の所有者は訴えを提起して判決を得たうえで代替執行によるほかなかった。他方、根については、越えてきた部分を自ら切り取ることができるとされていた。枝と根で扱いが分かれる、この非対称が長く指摘されてきた。
実務への影響は明白である。相手が応じないとき、あるいは相手が誰か分からないとき、費用に見合う手段が存在しなかった。相続が重なって共有者が増え、そのうち一人でも所在が分からなければ、話はそこで止まる。越境は物理的には小さな事象だが、権利行使の費用がこれほど高ければ、放置されるほうが合理的になる。取引費用が正であるときにコースの命題が働かない、その実例であった。
5.2 改正が用意した三つの場合
令和3年法律第24号による民法の改正は、2023年4月1日に施行された。改正後の233条は、原則として竹木の所有者に切除させることができるという構造を維持しつつ、三つの場合に土地の所有者が自ら枝を切り取ることを認めた。第一に、竹木の所有者に枝を切除するよう催告したにもかかわらず、相当の期間内に切除しないとき。第二に、竹木の所有者を知ることができず、またはその所在を知ることができないとき。第三に、急迫の事情があるときである。あわせて、竹木が共有である場合には各共有者が枝を切り取ることができるとされた。
同時に209条の隣地使用権も改められた。改正前は隣地の使用を請求することができるという請求権の形であったが、改正後は、境界やその付近における障壁・建物等の築造や収去・修繕、境界標の調査や境界に関する測量、そして233条3項による枝の切取りという目的のために、必要な範囲で隣地を使用することができるという構成になった。住家に立ち入る場合には居住者の承諾を要し、使用の日時・場所・方法は隣人にとって損害が最も少ないものを選び、あらかじめ通知することが求められる。
| 論点 | 改正前の扱い | 2023年4月1日以降 |
|---|---|---|
| 越境した枝 | 所有者に切除させることができるにとどまる | 催告・所在不明・急迫の三つの場合に自ら切除しうる |
| 越境した根 | 自ら切り取ることができる | 同じ(枝との非対称が縮まった) |
| 隣地の使用 | 使用を請求することができる(請求権) | 目的を限定したうえで必要な範囲で使用しうる |
| 境界の測量・調査 | 明文の位置づけが弱かった | 隣地使用の目的として明記された |
5.3 改正が変えなかったもの
評価は慎重にしたい。改正は行き詰まりを解く道筋を作ったが、費用をゼロにしたわけではない。催告をした事実、相当の期間が経過した事実は、後に争いになれば示す必要がある。相当の期間がどれほどかは事案による。切除に要した費用を誰が負担するのかも、当然に相手方に転嫁されるとは限らない。所在が分からないことを確認する調査にも手間がかかる。つまり改正後も、証跡を残しながら手順を踏むという実務の骨格は変わっていない。
売却の場面での含意はこうである。越境がある物件は、引渡しまでに物理的に解消するか、解消しないまま覚書で扱いを定めるかの二択になる。買主側の金融機関が越境の解消や将来の是正に関する取り決めを求めることがあるため、契約直前に持ち出すと日程が崩れる。売り出す前に、境界に沿って一周し、越えているもの・越えられているものを写真に残しておく。この作業の費用は、後日の日程の崩れに比べればはるかに小さい。
6. 私道とライフライン——共有される近隣資産
近隣要因のうち、価格に対して最も硬く効くのが前面道路である。しかも硬く効くわりに、売主本人が状態を正確に把握していないことが多い。生活の実感としては毎日通っている道であり、公道か私道かを意識する機会がないためである。ここでは私道を、共有される近隣資産として読む。
6.1 二つの類型と、承諾という関門
私道には大きく二つの類型がある。一筆の道路を複数人が共有持分で持つ共同所有型と、道路部分を分筆して各自が自分の前を単独所有し互いに通行を認め合う相互持合型である。後者では、自分の敷地から公道へ出るまでに他人の所有地を通る区間が生じる。建築基準法との関係では、42条1項5号の位置指定道路、幅員四メートル未満で特定行政庁の指定を受けた同条2項の道路など、種別によって扱いが異なり、2項道路であれば将来の建て替えの際に後退が求められる。
権利の側から見ると、通行と掘削は別の話である。民法210条は、他の土地に囲まれて公道に通じない土地の所有者に、公道に至るための通行を認めている。しかし通行が認められることと、道路を掘削して水道管やガス管を引き直すことが認められることは同じではない。給排水管の更新や新設に際して所有者の承諾を求められるのは、このためである。承諾が取れるかどうかが、買主の建築計画と融資審査を左右する。
宅地建物取引業法35条は、重要事項として私道に関する負担に関する事項の説明を求めている。制度は、私道が取引の判断に関わる事項であることを前提にしている。しかし説明の対象になるのは調べて分かったことである。持分の有無、承諾書の有無、過去の取り決めの記録。これらが揃っていない状態で売り出すと、調査の過程で不明が判明し、そこから承諾の取得に入ることになる。
6.2 2023年改正が加えた設備設置権
この領域にも2023年4月1日施行の改正が及んでいる。改正民法213条の2は、他の土地に設備を設置し、または他人が所有する設備を使用しなければ電気・ガス・水道水の供給といった継続的給付を受けることができない土地の所有者に、必要な範囲でそれを行う権利を認めた。行使にあたっては、他の土地や他人の設備にとって損害が最も少ない場所と方法を選び、あらかじめ目的・場所・方法を通知することが求められ、生じた損害に対する償金や、設備の使用開始にあたっての費用の負担についても定めが置かれている。
外部性の観点からいえば、これは権利の所在を明確化することで交渉を可能にする措置である。従前は、承諾するかしないかが相手方の裁量に委ねられ、承諾が得られないまま袋小路に入る事案があった。改正は、必要性が認められる場合に権利として構成し、相手方の負担には償金で応じるという形をとった。コースの命題が示したとおり、権利の所在が定まれば交渉は始められる。
同じ改正は共有制度にも及んでいる。形状または効用の著しい変更を伴わない変更、いわゆる軽微変更が持分の価格の過半数で決められるようになり、所在等が不明な共有者がいる場合には、裁判所の関与のもとで残る共有者による決定を可能にする仕組みが置かれた。私道の補修や舗装のやり直しは、共有者の一人と連絡が取れないという理由で止まりがちであった。この改正は、その停止を解く方向に働く。
6.3 共有資源としての私道
私道は、経済学でいう共有資源の性質を帯びている。誰も進んで補修費用を出さないまま劣化が進む一方で、放置の費用は沿道の全員の資産価値として現れる。ギャレット・ハーディンが1968年に描いた図式が当てはまるように見える。しかしエリノア・オストロム(1990)が多数の事例から示したのは、共有資源が私有化か公的管理かの二択に追い込まれるとは限らず、当事者が自ら取り決めを作って管理しうるということであった。境界の明確さ、費用分担の合意、違反への対応、これらが備わった集団は資源を維持できる。
沿道の所有者が費用分担の覚書を作り、補修の記録を残している私道は、その記録自体が売却時の資料になる。買主にとっては、将来の補修に関する不確実性が下がるからである。逆に、取り決めも記録もない私道は、権利関係の調査からやり直しになる。私道の価値を左右しているのは、路面の状態よりも、そこに積み上がった合意の記録である。
7. 周辺環境の評価は、なぜ買主ごとに分かれるのか
ここまで扱ってきた隣接地の管理不全、越境、私道は、いずれも影響の向きが比較的はっきりしていた。これに対し、周辺の土地利用や景観をめぐる要因は、向きそのものが買主によって反転する。同じ条件が、ある買主には利点として、別の買主には難点として評価される。この節ではその構造を扱う。
7.1 同じ属性が正にも負にも働く
例を並べてみる。幹線道路に近い立地は、通勤や買い物の時間を短くする一方で、交通量に伴う環境の変化をもたらす。鉄道に近い立地は、移動の選択肢を増やすと同時に音の問題を伴う。商業施設が近ければ日常の買い物は楽になり、その分だけ人と車の出入りが増える。事業所や工場が近い立地は、そこに通う世帯にとっては職住近接という価値になる。農地に隣接する宅地は、眺望と日照と静けさを得る代わりに、農作業に伴う環境を受け入れることになる。河川に近い立地は水辺の環境を提供し、同時に水害の想定区域との関係を確認する必要を生む。
これらを一律に減価要因として分類する語法が、実務には根強く存在する。本稿はその語法を採らない。理由は三つある。第一に、事実として評価は一様でない。第二に、評価は世帯の構成・就業地・年代・車の保有状況によって変わり、時間とともにも変わる。第三に、特定の施設や、そこで働き暮らす人々を否定的にラベルづけする記述は、分析としても粗く、記述の姿勢としても適切でない。近隣要因を扱う語彙は、買主の選好の分散を記述する語彙であるべきで、優劣の判定表であってはならない。
選好の分散を認めると、実務上の含意が一つ出てくる。分散が大きい属性については、価格を下げることよりも、その属性を正に評価する層に届けることのほうが効率的である。価格の引き下げは市場全体に対する一律の譲歩であり、分散の存在を無視している。一方、届ける先を設計する作業は、分散を利用する行為である。もっとも、これは買主層が十分に厚い場合の話であって、後述するように地方の薄い市場では成り立ちにくい局面もある。
7.2 正の外部性を制度が固定する
近隣要因には正の側面もある。整った街並み、統一感のある外構、維持されている緑。これらは誰かの支出が他者の資産価値を支えている状態であり、対価が支払われない以上、放っておけば過少にしか供給されない。制度はこれを固定する装置を用意している。都市計画法の地区計画は、区域を定めて建築物の用途・形態・敷地の最低面積などを細かく定める。建築基準法の建築協定は、土地所有者などの合意によって基準を定め、その効力を後の所有者にも及ぼす。景観法(2004年)は景観計画や景観地区の枠組みを与えている。
これらの制度の経済的機能は、将来にわたる近隣の質を担保することにある。買主が支払う価格は、いま見えている街並みだけでなく、それが十年後も維持される見込みを反映している。制約は不自由に見えるが、その不自由が価格を支えている。売却の場面では、地区計画や協定の存在は制約として説明されがちだが、同時に価値の裏づけとして説明されるべき情報である。
7.3 薄い市場では分散が価格を不安定にする
選好の分散は、買主が多い市場では平均化される。ある属性を嫌う買主がいても、好む買主がいれば、価格は両者の間で落ち着く。ところが買主の数が少ない市場では、この平均化が働かない。たまたま現れた一人の評価が、そのまま成約価格になってしまう。地方都市の売却で価格のばらつきが大きく感じられるのは、物件の質のばらつき以上に、買主の数の少なさに由来している面がある。
地域の数字で見ておく。静岡県周智郡森町の土地の相場は、2026年時点の目安で1平方メートルあたりおよそ26,900円、前年比マイナス0.74パーセントとされ、地区別では森がおよそ31,800円、睦実がおよそ23,400円と開きがある。磐田市の住宅地の公示地価の平均は2026年で1平方メートルあたり50,086円、前年比プラス0.16パーセントである。地区間・市町間のこうした差には、交通・生活利便・地形など多くの要因が重なっており、そのすべてを近隣要因に帰することはできない。ただ、同じ町の中でこれだけの幅があるという事実は、平均値を自分の物件に当てはめることの危うさを示している。
8. 売主の実務への含意
以上を、売主が実際に取れる手順に落とす。順序には理由がある。近隣要因は、調べる・決める・書面にするという三つの工程に分かれ、後の工程は前の工程の成果物を使うためである。売り出してから着手すると、この三工程がそのまま販売期間の延長になる。
8.1 売り出す前に、敷地の外側を一周する
最初にすべきは調査である。特別な技能は要らない。境界に沿って歩き、写真を撮り、資料を取り寄せる。以下は最低限の項目である。
- 隣接する各筆の地番と所有者、境界標が現地に存在するかを確認する
- 境界線を越えている枝・根・工作物・屋根・塀の有無を、日付の分かる写真で残す
- 前面道路の種別(公道か、位置指定道路か、幅員四メートル未満の指定道路か、それ以外の私道か)と幅員を確認する
- 私道であれば、持分の有無、通行と掘削に関する承諾書の有無、過去の補修の取り決めを確認する
- 上下水道・ガスの引込み経路が他人の土地を通っていないかを、配管図で確認する
- 隣接地に管理不全の建物や土地がある場合、その状況と、行政の窓口への相談の有無を確認する
- 地区計画・建築協定・景観に関する定めがその区域にかかっていないかを行政の窓口で確認する
この作業でしばしば起きるのは、自分の物件について知らなかった事実が出てくることである。私道の持分がない、配管が隣地を通っている、境界標が一本ない。いずれも売却の途中で判明すれば日程を崩す事項であり、先に分かっていれば対処の順序を組める。調査は不利な事実を掘り起こす作業に見えるが、実際には日程の主導権を確保する作業である。
8.2 越境は、解消するか合意するかを先に決める
越境が見つかったときの選択肢は二つに整理できる。引渡しまでに物理的に解消するか、解消しないまま将来の扱いを覚書で定めるかである。前者は費用と隣地との調整を要し、後者は買主と金融機関の理解を要する。どちらが有利かは、越境の程度、隣地所有者との関係、売却の期限によって変わる。決めておくべきなのは、どちらを選ぶかを買主が現れる前に決めておくという点である。買主が現れてから検討を始めると、検討期間そのものが交渉材料になる。
第5節で見たとおり、催告や所在不明といった要件を満たす場合には自ら切除する道が開かれた。ただし手順と証跡が要る点は変わらない。隣地に話を持ちかける段階から、いつ何を伝えたかを記録に残しておく。関係を悪くしないための配慮と、記録を残すことは両立する。
8.3 書面は、それ自体が価格の一部である
承諾書、覚書、確定測量図、配管図、補修の取り決め。これらは物件の物理的な状態を一切変えないが、買主の不確実性を下げる。第3節で見た第二・第三の経路——融資可否と取引費用——に直接効くのはこちらである。同じ土地建物でも、書面が揃っている物件と揃っていない物件では、買える人の数が違う。
近隣に関する書面には、もう一つの性質がある。作成に相手の協力を要するため、時間がかかり、売却が近づくほど取りにくくなる。事情を伝えないまま急いで承諾を求めれば、相手は身構える。逆に、売却の予定を早い段階で伝え、余裕のある日程で依頼すれば、応じてもらいやすい。書面の取得は交渉であり、交渉の条件は時間である。
8.4 価格で処理するか、条件で処理するかを分ける
最後に、近隣要因への対処を二つの引き出しに分けておく。価格で処理するとは、要因を残したまま金額に織り込むことである。条件で処理するとは、覚書・特約・引渡し前の是正といった形で、金額以外の取り決めに落とすことをいう。実務では、この二つが混ざったまま値引き交渉になり、結果として両方を渡してしまうことがある。
切り分けの目安はこうである。買主ごとに評価が分かれる要因は、価格の一律引き下げではなく届ける先の設計で対処する。融資や建築可能性に関わる要因は、価格ではなく条件と書面で塞ぐ。誰が見ても不利益になる要因で、かつ解消に費用がかかるものだけを、価格に織り込む。この三分法を先に置いておけば、交渉の場で判断を組み立て直さずに済む。
9. 結論と今後の課題
本稿は、敷地の外側で起きていることが自分の物件の価格になる経路を、外部性という概念で整理してきた。結論を三点にまとめる。
第一に、近隣要因が価格を削る経路は一つではない。買主の支払意思額の低下として現れる経路のほかに、金融機関の担保評価と融資可否を通じて買主層そのものを狭める経路と、調査・承諾取得・是正に要する時間として販売期間を延ばす経路がある。売主から見て最も見えにくいのは第二の経路であり、値引きではなく問い合わせが来ないという症状で現れるため、原因の特定が遅れる。一方、最も安く塞げるのは第三の経路であり、ここは売り出す前の準備でほぼ処理できる。
第二に、近隣をめぐる行き詰まりの多くは、権利がないことではなく、権利を行使する費用が高いことに由来する。コース(1960)の命題を裏返して読めば、そうなる。越境した枝が切られないまま残ってきたのは、切る権利が誰にもなかったからではなく、切らせるための手続が費用に見合わなかったからである。したがって制度の評価も、権利を新設したかどうかではなく、行使の費用をどれだけ下げたかで測るべきである。
第三に、2023年4月1日施行の相隣関係規定の改正は、この費用を下げる方向に確かに働いた。越境した枝について催告と所在不明の場合の道筋が付き、隣地使用が請求権から使用権へと再構成され、継続的給付のための設備設置権が明文化された。共有制度の改正とあわせて、共有者の一人と連絡が取れないという理由で止まっていた事案に出口が用意された。ただし手続と証跡を要する点は変わらず、費用がゼロになったわけではない。改正は交渉を可能にしたのであって、交渉を不要にしたのではない。
9.1 本稿の限界
限界を三つ挙げる。第一に、本稿は近隣要因の価格への影響を数値として推定していない。第1節で述べたとおり、地方都市の市場では条件の揃った取引数が限られ、推定値を示せば一律の減価率として独り歩きしかねないと考えたためである。ただしこれは、影響の大きさを測る作業が不要だという意味ではない。取引価格情報の整備が進むにつれ、この判断は見直されるべきである。
第二に、法改正の運用はまだ蓄積の途上にある。改正民法233条3項の相当の期間がどの程度を指すのか、切除の費用の負担がどう処理されるのか、設備設置権の行使に際して償金がどう算定されるのか。これらは事案の積み重ねによって輪郭が定まっていく領域であり、本稿の記述は現時点での条文の構造に基づく整理にとどまる。
第三に、地域差の扱いが粗い。本稿が素材とした静岡県磐田市と周智郡森町は、いずれも車の利用を前提とした生活圏を持つ地域であり、近隣要因の効き方は、徒歩と公共交通を前提とする市場とは異なるはずである。都市の密度が高い市場では、日照や騒音といった要因の比重が大きくなり、逆に私道や農地との関係の比重は小さくなると考えられる。本稿の整理をそのまま他地域に当てはめることはできない。
9.2 別稿に投げる論点
本稿が扱いきれなかった論点を、別稿に譲る。一つは、空き家が近隣に及ぼす費用そのものの分析である。本稿は隣接地の管理不全を、売主が受け手となる場面に限って扱ったが、私的費用と社会的費用の差をどの手段で埋めるべきかという問題——課税特例の解除、行政代執行、補助という三つの手段の比較——は、公共経済学の枠組みで独立に検討する必要がある。
二つ目は、用途地域をはじめとする土地利用規制の評価である。本稿は地区計画・建築協定・景観の制度を正の外部性を固定する装置として簡単に触れたが、規制が価値の源泉であると同時に利用可能性の制約でもあるという両面性は、それ自体で一本の論を要する。三つ目は、境界確定に要する費用と便益の比較である。本稿では調査の一項目として扱ったが、確定測量・現況測量・公簿売買のどれを選ぶかは、費用と買主層の広がりを天秤にかける独立の意思決定である。四つ目は、共有持分が細分化した不動産の処分不能の問題であり、これは共有地をめぐる議論の裏返しとして検討されるべきである。
最後に一点を確認しておく。近隣要因は、所有者にとって不利な条件の一覧ではない。手入れの届いた街並みも、記録の残る私道の取り決めも、長く保たれてきた隣地との関係も、いずれも誰かの支出が他者の資産を支えてきた結果である。売却とは、その蓄積を市場で評価してもらう場面でもある。調べ、記録し、書面にする作業は、不利を隠すための防御ではなく、蓄積を見える形にするための手続である。
