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企業の社会的責任

空き家問題に事業として関わる

共通価値が成り立つ領域と、成り立たない領域の切り分け

富士ヶ丘サービス株式会社代表取締役 大石 浩之初出 2026.08.23

要旨

空き家への取り組みは、始めることより続けることが難しい。地域の事業者が無償の相談窓口を開き、見回りを引き受け、行政の会議に出席する。数年後、その活動は静かに縮んでいることが多い。担当者が替わったからでも、志が薄れたからでもない。活動が自らの費用を賄っていなかったからである。本稿の問いは、空き家の解消という社会課題への関与を、慈善ではなく事業として持続させる条件は何か、である。

分析の枠組みには、ポーターとクラマーが二〇一一年に提示した共通価値の創造(CSV)を用いる。この概念は、社会の課題を解決することと企業が利益を上げることが重なりうる領域を探す方針として読める。ただし本稿は、重なりを強調するためではなく、重ならない部分を正確に見つけるためにこの枠組みを使う。共通価値論に対しては、企業と社会の緊張関係を過小に見積もっているという批判が提出されており、その批判は空き家という対象において特に当たるからである。

検討の結果、重なる領域は、事実確認への前払いが後の取引で回収される案件、地域固有の情報が費用の優位に転じる案件、そして評判が将来の相談として戻ってくる関係に限られることを示す。重ならないのは、価格に比例する収益と価格に比例しない費用が交差する低価格帯、価値が負になる物件、権利者が確定しない案件である。そのうえで、報酬規制の特例・件数の集約・担い手の分担という三つの経路で境界線がどこまで動くかを検討し、動かせない残余を誰が引き受けるかという問いに接続する。

共通価値の創造企業の社会的責任空き家収益構造持続可能性地域社会

1. はじめに——問題の所在

空き家への取り組みには、よく似た形の失敗がある。始めることではなく、続けることに失敗するのである。地域の事業者が無償の相談窓口を開く。近所の空き家の様子を見に行く。行政の協議会に席を置き、士業の勉強会に顔を出す。開始の時点では関係者の誰もがこれを歓迎する。ところが数年が経つと、窓口の受付時間は短くなり、見回りの間隔は空き、協議会の出席者は別の担当に替わっている。志が薄れたのではない。その活動が、自分の費用を自分で賄っていなかったのである。

この現象は、善意の不足として語られやすい。しかし善意の量で説明する限り、対策は「もっと熱心にやる」以上のものにならない。熱意は個人に属し、個人は異動し、退職し、老いる。地域の課題が数十年単位で続くものである以上、個人の熱意に載せた解決は、その個人の在職期間より長くは持たない。持続を望むなら、熱意ではなく構造を問う必要がある。

1.1 本稿の問い

本稿の問いは一つである。空き家の解消という社会課題への関与を、慈善ではなく事業として持続させる条件は何か。ここでいう事業とは、その活動がもたらす収入で、その活動に要する費用と、担い手が生活を続けるための報酬を賄えている状態を指す。逆に慈善とは、費用を別の収入源から補っている状態を指す。両者に道徳的な優劣はない。違うのは、続く条件である。慈善は補填元が痩せれば止まる。事業は、需要が続く限り続く。

分析の枠組みには、マイケル・ポーターとマーク・クラマーが二〇一一年に提示した共通価値の創造(Creating Shared Value、以下 CSV)を用いる。社会の課題を解決することと企業が利益を上げることは、対立するとは限らず、重なる領域があるという主張である。ただし本稿は、重なりを称揚するためにこの枠組みを使わない。重ならない部分を正確に見つけるために使う。重なりを過大に見積もった取り組みほど、静かに縮んでいくからである。

地域の課題
事業者
続く条件
空き家への関与が続くかどうかを決めるのは熱意ではなく、その活動が自分の費用を自分で賄えているかという構造である。

1.2 方法と、本稿がとらない立場

方法は概念による整理である。CSV の三つの経路を空き家という対象に当て、経済的な重なりが生じる条件を特定し、その条件が満たされない領域を反対側から描く。実証分析ではない。個々の企業の収支を推計する材料を持たないため、扱うのは費用と収益がどのような形で発生するかという構造であり、その大小の実測ではない。

本稿がとらない立場を先に書いておく。第一に、本稿は特定の企業の取り組みを紹介するものではない。筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者であり、その立場は分析に影響しているが、自社の活動を事例として提示することはしない。宣伝と分析は、同じ文章の中では両立しにくい。第二に、社会的な意義を掲げる企業を称賛する立場も、それを偽善と断じる立場もとらない。問うのは動機ではなく、その活動が翌年も存在しているかどうかである。

第三に、買い取って再販する事業形態を否定しない。後述するとおり、価格の低い物件や権利関係の複雑な物件を引き受ける仕組みとして、それは一つの解である。本稿は媒介の側から書かれているが、媒介だけが正しいという主張は含まない。

1.3 構成

以下、第2節で社会的責任という概念が慈善から戦略へと移った経緯を確認し、CSV の位置を定める。第3節で CSV の三つの経路を空き家に当てる。第4節で経済的な重なりが成立する領域を、第5節で成立しない領域を特定する。第6節では、その境界線を制度と協働がどこまで動かせるかを検討する。第7節で共通価値論への批判に応答し、第8節を売主の実務に落とし、第9節で残された課題を述べる。

2. 慈善から戦略へ——社会的責任という概念の移動

企業の社会的責任(CSR)という言葉は、六十年以上のあいだに意味を変えてきた。その移動を追うことは、単なる学説史ではない。空き家に関わる事業者が自分の活動をどの層に置いているかを自覚するための座標になる。

2.1 責任の発見と、その否定

出発点はハワード・ボーエンが一九五三年に刊行した『経営者の社会的責任』に置かれるのが通例である。企業が社会に大きな影響を及ぼす存在になった以上、経営者は株主以外に対しても責任を負うという主張であった。これに正面から反対したのがミルトン・フリードマンで、一九七〇年の論説において、企業の社会的責任とは法と慣習の範囲内で利潤を増やすことであると述べた。経営者が株主の金を使って自分の考える社会的善を追求することは、選挙で選ばれていない者が課税と支出を行うに等しい、という論法である。

この批判は、単なる冷淡な言明として片づけられない部分を持つ。空き家の文脈に置き直せば、こう読める。事業者が本業の利益を削って地域の空き家の見回りを行うとき、その費用を負担しているのは誰か。従業員か、株主か、他の顧客か。負担している者がそれを望んでいるかは確かめられているか。そして、その費用が続かなくなったとき、頼りにしていた地域はどうなるのか。フリードマンの問いは、持続の問いと重なる部分を持っている。

2.2 責任を層に分ける

議論を前に進めたのは、責任を一枚岩として扱わず、層に分ける発想であった。アーチー・キャロルが一九九一年に示したのは、経済的責任・法的責任・倫理的責任・裁量的(慈善的)責任という四つの層である。土台にあるのは利益を上げることであり、その上に法の遵守、社会の期待への応答、任意の貢献が積み上がる。土台が崩れれば上の層も維持できないという含意が、この図の要点である。

同じ時期に、R・エドワード・フリーマンが一九八四年に提示したステークホルダー・アプローチは、企業が応答すべき相手を株主に限定せず、従業員・顧客・取引先・地域社会へと広げた。空き家において、この「地域社会」は抽象的な言葉ではない。隣家の住民であり、自治会であり、通学路を歩く子どもであり、火災の際に出動する消防である。誰が利害関係者かは、現地に立てば具体的に見える。

空き家における例続く条件
経済的責任取引を成立させ、報酬を得て、次の年も営業を続ける収入が費用を上回ること
法的責任重要事項の説明、報酬額の上限、名義と権利の確認法令を守れば満たされる
倫理的責任売れる見込みの薄い事情を、早い段階で正直に伝える評判を通じて長期に回収される
慈善的責任報酬に結びつかない相談への応対、地域の清掃や見回り他の収益による補填が続く限り

2.3 共通価値の創造という提案

ポーターとクラマーは二〇〇六年の論文で、社会的責任が本業と切り離された寄付や広報の活動として扱われている現状を批判し、競争優位と結びつく領域を選ぶべきだと述べた。続く二〇一一年の論文で提示されたのが共通価値の創造である。企業の競争力を高めることと、その企業が事業を営む地域社会の経済的・社会的条件を向上させることを、同時に進める方針と実践を指す。

重要なのは、これが慈善の否定ではなく、位置の指定であるという点である。キャロルの図でいえば、CSV は最上層の裁量的責任を、土台の経済的責任と重ねようとする試みにあたる。重なった部分は、補填を必要としない。したがって続く。ドラッカーが一九七三年の著作で、社会の問題を事業の機会へ転換することが企業の機能であると述べたのも、同じ方向を向いている。本稿の残りは、空き家という具体的な対象において、その重なりがどこまで実在するかを確かめる作業である。

3. 共通価値の三つの経路を空き家に当てる

ポーターとクラマーは、共通価値が生まれる経路を三つに整理した。製品と市場を再構想すること、バリューチェーンの生産性を再定義すること、事業を営む土地に産業の基盤(クラスター)を築くことである。この三つは、抽象度の高い枠組みとして提示されている。空き家に当てはめると、それぞれがまったく違う難易度を持つことが見えてくる。

3.1 経路①——製品と市場の再構想

第一の経路は、これまで顧客と見なされてこなかった層に対して、その層の課題を解く財やサービスを設計することである。空き家に置き換えれば、これまで不動産業の顧客として想定されてこなかった所有者に届く仕組みを作ることを指す。想定外に置かれてきたのは、遠方に住む相続人、判断を先送りしている高齢の所有者、価格が数十万円の水準にとどまる物件の名義人である。

この経路は、需要が存在しないから届かないのではなく、届く形式がないから需要が現れないという状況を前提にする。事実、売却の相談に至らない所有者の多くは、売る意思がないのではなく、何から手をつけるかを知らない。ここに設計の余地はある。ただし後述するとおり、届く形式を作る費用を誰が負担するかという問題は残る。

3.2 経路②——バリューチェーンの生産性の再定義

第二の経路は、原材料の調達から販売までの各工程を見直し、社会的な負荷を減らすことが同時に費用の削減にもなる箇所を探すことである。製造業であれば、包装材の削減が廃棄物と輸送費を同時に減らすといった例が挙げられる。

不動産の媒介にバリューチェーンを見出すなら、それは情報の加工工程である。所有者から事情を聞き、登記と公図を取り、現地を歩き、境界と建築の可否を確かめ、家財の量を見積もり、価格の見当をつけ、買主に届く形へ整える。この工程の大半は、物を動かさずに情報を確定させる作業である。そして、確定していない事実こそが空き家を市場に出られなくしている以上、この工程を効率化することは、地域の課題を解くことと重なる。第二の経路は、三つの中で最も現実味がある。

市場の再構想
工程の再設計
地域の基盤
共通価値の三つの経路。空き家に当てると、最も現実味があるのは第二の経路、すなわち事実確認の工程を効率化することである。

3.3 経路③——地域の基盤づくり

第三の経路は、単独の企業では解けない条件を、地域の関係者と共同で整えることである。空き家でいえば、解体を担う工事業者、家財を運び出す業者、登記を扱う司法書士、税務を扱う税理士、境界を確定する土地家屋調査士、そして行政の窓口が、同じ案件に順序よく関われる状態を指す。どれか一つが地域に不在であれば、その工程で案件が止まる。

この経路が生む便益は、参加した全員に広く薄く配分される。したがって、誰か一人が費用を負担して基盤を作る誘因は弱い。公共財の供給と同じ構造がここにある。逆にいえば、この経路こそ行政が関与する根拠が強い領域であり、単独の企業が背負い込もうとすると慈善に転落しやすい。

3.4 三つの経路の難易度は同じではない

三つを並べると、成果が誰に戻るかで順位がつく。第二の経路は成果が自社の費用低減として戻る。第一の経路は成果が戻るまでに時間がかかるが、戻る相手は開拓した本人である。第三の経路は成果が地域に散らばり、単独では回収しにくい。続く見込みはこの順で下がる。空き家の取り組みが縮んでいく事例の多くは、第三の経路を単独の善意で担おうとした結果であるように見える。

4. 重なる領域——事業として続く部分の条件

地域の課題解決と企業の収益が実際に重なるのは、どのような場合か。本節では四つの条件を挙げる。いずれも、社会的に望ましい行為が、その行為をした主体自身に金銭または将来の取引として戻ってくる経路を持っている点で共通する。戻る経路を持たない善行は、どれほど望ましくても事業にはならない。

4.1 前払いした事実確認が、その取引で回収される

空き家の多くは、事実が確定していないまま置かれている。境界標がどこにあるか、建て替えが可能か、家財がどれだけ残っているか、名義人が誰か。これらを確かめる作業には時間と実費がかかる。しかも売却が成立しなければ回収されない。前払いであり、かつ条件付きの回収である。

それでもこの前払いが成り立つのは、確定した事実が売却の成立確率そのものを引き上げるからである。事実が曖昧な物件は、買主の住宅ローン審査や決済直前で止まる。止まればそれまでの工程がすべて無駄になる。したがって、事実確認への投資は、社会的に望ましい行為であると同時に、投資した本人の期待収入を増やす行為でもある。ここに最も明瞭な重なりがある。ただし重なるのは、成立時に得られる報酬が前払いの費用を上回る場合に限られる。

4.2 地域固有の情報が、費用の優位に転じる

誰がその家をいつ空けたか、隣地の所有者は誰で何を望んでいるか、その区画にかつて何があったか。こうした情報は、文書化されておらず、遠方からは取得しにくい。現地にいる主体に偏って蓄積される性質を持つ。同じ事実確認の工程を回すのに要する費用が、現地の主体では低く、遠方の主体では高い。

この差は、地域の課題解決と収益の重なりを支える。近隣関係の調整や隣地との交渉が必要な案件、すなわち放置されやすい案件ほど、現地の情報の価値が高いからである。難しい案件ほど地域の主体に優位があるという構造は、社会的に望ましい方向へ働く。もっとも、この優位は情報が公開情報に置き換わるほど薄れる。境界が全て確定し、履歴が電子化された地域では、遠方の主体との差は縮む。

4.3 正直な説明が、繰り返される関係で回収される

売れる見込みの薄い事情を早い段階で伝えることは、短期的には受任の機会を失う行為である。しかし地域の市場では、同じ相手と再び会う確率が高い。相続はきょうだいの数だけ続き、その子の世代にも続く。近隣は同じ自治会に属し、口伝えの範囲は狭い。取引が一回限りではなく繰り返される場では、正直であることが将来の取引として戻ってくる。

この経路が働くには二つの条件がいる。第一に、事業者が同じ地域に長く留まる見込みがあること。撤退が視野にある主体には将来の回収がないため、この誘因は消える。第二に、評判が伝わる経路が存在すること。人口の多い都市ではこの経路が薄まり、範囲の狭い地域では濃くなる。人口およそ十六万三千人の磐田市(二〇二六年七月末現在)や、約一万五千九百人の森町(二〇二六年四月一日現在)の規模は、後者に近い。

事実を確定
地域の情報
戻ってくる評判
重なりが成立する三つの経路。いずれも、望ましい行為が金銭または将来の取引として行為者自身に戻る構造を備えている。

4.4 近隣への波及が、自らの他の案件に返る

管理されない空き家が近隣の資産価値を下げることは、外部不経済として広く論じられてきた。ここで注目したいのは、その裏返しである。ある区画の空き家が解消されれば、近隣の物件は売りやすくなる。同じ地区に複数の案件を扱う主体にとって、この波及の一部は自分の取引条件の改善として戻ってくる。

これは外部性の部分的な内部化である。コースが一九三七年に論じたように、市場を通じた調整に費用がかかるときは、組織の内側に取り込むほうが安くなる場合がある。地区を面として扱う主体は、点として扱う主体より外部性を自分の勘定に取り込みやすい。ただし取り込めるのはごく一部で、近隣に及ぶ便益の大半はその区画の住民に散り、事業者には戻らない。第5節はこの「戻らない部分」から始まる。

5. 重ならない領域——価格が費用を下回るところ

共通価値という言葉の危うさは、重なりがどこまでも広がるかのように響く点にある。実際には、重なりは限られた範囲にしか存在しない。本節はその外側を描く。外側を正確に知ることは、悲観のためではない。そこを誰が引き受けるかという問いを立てるためである。

5.1 収益は価格に比例し、費用は比例しない

不動産の媒介では、受け取れる報酬の上限が売買代金に対する割合で定められている(宅地建物取引業法第46条と、これに基づく国土交通大臣の告示)。収益は価格の関数である。ところが、一件の売却に要する工程は価格の関数ではない。所有者から事情を聞く時間、登記事項と公図を読む時間、現地を歩く時間、境界と接道を確かめる時間、写真を撮る時間、重要事項説明書を作る時間、決済に立ち会う時間。これらは代金が三千万円でも三十万円でも、ほとんど変わらない。むしろ価格の低い物件ほど権利関係が整理されておらず、工程は長くなる傾向がある。

収益の線は価格とともに下がり、費用の線はほぼ水平のまま、ある水準で二本は交差する。交差点より下の価格帯では、丁寧に扱うほど損が増える。ここに、空き家問題の中核をなす構造がある。放置されている家ほど価格が低く、価格が低いほど扱う主体の採算が合わない。社会的な必要と、事業としての成立が、正面から逆を向く。

価格に比例する収益
比例しない費用
交差点の下
収益は売買代金に比例し、工程の費用はほぼ一定である。二本の線が交差する水準より下では、丁寧に扱うほど損が増える。

5.2 価値が負になる物件

交差点よりさらに下には、価格そのものが負になる領域がある。老朽化した家屋の解体費と家財の処分費を合計すると、土地の見込み価格を上回る場合である。この物件は、売主が費用を負担して引き取ってもらう形でしか動かない。買主にとって購入とは支出であり、対価ではないからである。

この領域には、報酬の割合をどう設定しても事業は成り立たない。掛ける元の数字が存在しないためである。ここでは、費用を誰かが外から入れる以外に方法がない。相続財産の他の部分から補うか、公的な補助を充てるか、寄付や公益的な団体が担うか、あるいは所有者が保有し続けて費用を将来へ繰り延べるか。最後の選択が最も多く選ばれ、それが放置の実態を作っている。

5.3 権利者が確定しない案件

相続人が多数に分かれ、一部が所在不明であり、あるいは判断能力に不安のある方が含まれる案件では、合意が整うまでの期間が読めない。ここで問題になるのは費用の総額ではなく、費用と収益の時間の形である。費用は関与した期間に比例して積み上がる。収益は成立の瞬間にしか発生しない。期間が読めないということは、費用の総額が読めないということであり、期待値の計算そのものが成り立たない。

組織が案件を選別するとき、期待値が低い案件よりも、期待値が計算できない案件のほうが先に外される。前者は価格で調整できるが、後者は調整の手がかりがないからである。放置されている空き家に権利の複雑なものが多いのは、単に難しいからではなく、難しさの量が測れないからである。

論点重なる領域重ならない領域
物件の価格帯工程の費用を上回る報酬が見込める水準報酬が工程の費用を下回る水準、または負の価値
権利関係決められる人が確定している相続人が未確定、所在不明、判断能力に不安
期間着手から成立までの見通しが立つ期間が読めず、費用の総額を計算できない
便益の帰着成立した取引の報酬として行為者に戻る近隣・行政・将来世代に薄く散り、戻らない
続く条件需要が続く限り自力で続く外からの補填が続く限りにおいてのみ続く

5.4 時間軸の不一致

最後に、重なりを妨げる第四の要因として時間軸の違いを挙げておく。空き家が解消されたことによる地域の便益は、数十年にわたって薄く発生する。防災上の危険が減り、景観が保たれ、近隣の資産価値が維持される。一方、事業者の資金繰りは月単位で回っている。将来に薄く広がる便益を、現在の費用と釣り合わせるには、極めて低い割引率が必要になる。地域社会はその低い割引率を持てるが、単独の企業は持てない。

註:ここから、しばしば内部補助(採算の取れる案件の利益で取れない案件を賄う運用)が現れる。これは短期には機能するが、補填元の収益が細れば真っ先に削られる。景気の良い時期にだけ存在する社会貢献は、最も必要とされる時期に消えている可能性が高い。

6. 境界線は動かせるか——制度・集約・分担

第4節と第5節で引いた線は、固定されたものではない。線の位置は、報酬の制度、案件の集め方、担い手の組み合わせによって動く。本節では三つの経路を検討し、最後に、どの経路によっても動かない残余を確認する。

6.1 報酬の制度で線を下げる

第一の経路は、低い価格帯における報酬の上限そのものを引き上げることである。宅地建物取引業者が受け取れる報酬の額は国土交通大臣の告示(昭和45年建設省告示第1552号)で定められており、その中に、価格の低い空家等の売買の媒介について、現地調査等に要する費用を勘案した額を受け取れるとする特例が置かれている。この特例は令和六年に改正され、対象となる代金の上限が引き上げられるとともに、受け取れる額の上限も引き上げられた。加えて、従来は売主側からの受領に限られていた部分が見直されている。

この改正は、本稿の枠組みでいえば、収益の線を低価格帯で持ち上げ、交差点を左下へ移す操作である。制度の設計者が、価格が低い物件ほど工程の費用が回収できないという構造を認識していたことを示す点で、注目に値する。ただし限界もある。第一に、上限が上がっても、その額を誰かが実際に負担しなければ収入にはならない。第二に、上限の引き上げ幅は、権利が複雑な案件の工程を賄う水準には届かない。制度は交差点を動かしたが、消したわけではない。

6.2 件数を束ねて固定費を割る

第二の経路は、一件あたりの費用そのものを下げることである。第5節で挙げた費用の多くは、初めて扱うときに高く、同種の案件を反復するほど下がる。どの窓口に何を尋ねれば足りるか、家財の量から処分費をどう見積もるか、農地が混じるときに誰へ先に相談するか。こうした知識は反復によって定型化し、定型化した工程は短くなる。第3節でいえば、第二の経路——バリューチェーンの生産性の再定義——にあたる。

この経路には前提がある。定型化が費用に効くほどの件数が、その地域に存在することである。地域の取引が薄ければ反復は起きず、一件ごとに手探りが繰り返される。件数が集まらない地域ほど単位費用が高く、単位費用が高い地域ほど扱われない案件が増えるという循環が生じる。空き家の問題が、市場の薄い地域でより深刻に現れる理由の一つがここにある。

報酬の特例
件数の集約
担い手の分担
境界線を動かす三つの経路。制度は低価格帯の収益を持ち上げ、集約は単位費用を下げ、分担は一主体が背負う範囲を狭める。

6.3 担い手を分けて、背負う範囲を狭める

第三の経路は、一つの主体が全工程を抱えないことである。空き家の解消には、権利の整理、家財の処分、解体、税務、近隣との調整、そして市場への接続という異質な工程が含まれる。これらの工程は、必要とする資格も、費用の性格も、便益の帰着先も異なる。ひとつの主体が全部を無償で引き受ければ、重ならない領域まで背負い込むことになり、活動は慈善へ傾く。

分担の設計では、それぞれの工程を、その工程の便益が最も帰着する主体に寄せるのが原則になる。近隣の安全や景観という広く薄い便益に対応する工程は公共の側に、権利の確定は士業に、市場への接続は事業者に置く。この分担が機能すると、事業者は重なる領域に集中でき、活動が続く。行政による情報の仲介がどこまで届くかという論点は本稿では扱わず、別稿に譲る。

6.4 それでも動かない残余

三つの経路をすべて動員しても残る領域がある。解体費が土地の価格を上回る物件、相続人が数十人に分かれた物件、そもそも所有者が判明しない物件である。ここは報酬の設計でも、件数の集約でも、分担でも動かない。動かすには、費用を外から入れるか、所有という関係そのものを終わらせる制度が要る。相続によって取得した土地を一定の要件のもとで国庫に帰属させる制度が令和五年に施行されているが、建物が存する土地は対象外とされるなど要件は狭い。

残余が存在することは、共通価値という枠組みの敗北ではない。この枠組みを正しく使えば残余の輪郭が描け、そこは事業に期待すべき領域ではないと判断できる。期待の宛先を間違えないことは、政策の側にとっても所有者の側にとっても実益がある。

7. 反論への応答——共通価値論はごまかしではないか

共通価値の創造という概念には、提示の直後から批判が寄せられてきた。クレインらが二〇一四年に発表した論考は、その批判を四点に整理したものとして知られる。本節では、そのうち空き家という対象に強く関わる三点を取り上げ、応答を試みる。批判を退けるためではない。批判の大半は当たっており、当たっている部分を引き受けることが、この枠組みを使い続ける条件だからである。

7.1 「先行する議論の言い換えにすぎない」

第一の批判は、共通価値の内容が既存の企業倫理やステークホルダー論の蓄積とほとんど変わらないというものである。この指摘には理がある。第2節で見たとおり、社会的責任を本業と結びつけよという主張自体は、ドラッカーの一九七三年の議論にも読み取れる。

ただし、概念の新規性と道具としての有用性は別の評価軸である。本稿がこの枠組みを使ったのは、重なる部分と重ならない部分を同じ一枚の図の上で扱える点が便利だからである。倫理の言葉では、望ましさを論じられても、望ましい行為が続く条件を論じにくい。収益の言葉だけでは、なぜその活動を行うのかを論じにくい。二つを同じ平面に置けることには、理論的な新しさとは別の効用がある。

7.2 「企業と社会の緊張関係を過小評価している」

第二の批判はより重い。共通価値の議論は、企業の利益と社会の利益が対立する場面を軽く扱い、重なりばかりを語るというものである。空き家において、この批判は正面から当たる。第5節で見たとおり、社会的な必要が最も大きい物件——低価格で、老朽化し、権利が複雑な物件——ほど、事業としては成立しにくい。必要と採算は、しばしば逆を向く。

この対立を認めないまま共通価値を掲げると、何が起きるか。表向きには「地域の空き家に取り組む」と述べながら、実際には成立する案件だけを選別するという運用になる。選別そのものは組織として当然の行為であり、非難されるべきではない。問題は、選別していることが表明されない点にある。選別を認めないと、選別された側は「なぜ自分の相談は前に進まないのか」を理解できない。本稿が重ならない領域の記述に一節を費やしたのは、この理由による。

なお、価格が低く権利の複雑な物件を、価格の危険を自ら負う形で引き受ける事業形態——買い取って再生し再販する形——は、この対立に対する一つの実際的な解答である。負の外部性を自らの勘定に取り込む主体が現れることで、動かなかった物件が動く場合がある。本稿は媒介を業とする者の視点から書かれており、自ら買主となる事業を率先して行わない立場からの叙述であることを明示しておく。この立場は分析に偏りを与えうる。

重なる部分
対立する部分
線を明示する
共通価値論への批判は、対立の軽視に向けられている。応答は重なりの強調ではなく、線がどこにあるかを明示することにある。

7.3 「土台の責任を飛び越えてしまう」

第三の批判は、社会的な価値の物語が、法令の遵守という基礎の上に立つべきことを見えにくくするというものである。キャロルの層でいえば、経済的責任と法的責任という土台を飛ばして、最上層の物語だけが語られる状態である。

不動産の媒介において、この土台は具体的である。重要事項として説明すべき事項を漏らさないこと、報酬の上限を超えないこと、売主と買主の双方から依頼を受ける場面で生じる利益の相反を処理すること。空き家の解消という社会的な目的は、これらの手続を簡略化する理由にならない。むしろ、価格の低い案件ほど工程を省く誘因が働くため、土台の遵守は低価格帯でこそ問われる。社会的意義を掲げる活動が、その活動の内部で手続を粗くしているとすれば、それは最も批判されるべき形の逸脱である。

7.4 三つの応答条件

以上を踏まえると、共通価値を掲げる主体が、掲げるだけの活動に堕さないための条件は三つに整理できる。

  • やらない領域を明示すること。引き受けられる案件の条件を先に述べれば、断りは選別ではなく設計として理解される
  • 収益の出どころを開示すること。その活動の費用が何によって賄われているかを説明できない活動は、いつ止まるかも説明できない
  • 引き受けない案件を、放り出すのではなく別の担い手へ渡すこと。第6節の分担が働くのは、渡す先が具体的に指し示せる場合に限られる

三つに共通するのは、範囲を語ることである。社会貢献の表明は、多くの場合、範囲を語らない。範囲のない表明は検証できず、検証できない表明は、続いているかどうかすら誰にも分からない。

8. 売主の実務への含意

ここまでの議論は事業者の側から書かれてきた。しかし、その構造を知って最も得をするのは、空き家を持っている側である。相談する相手がどのような費用と収益の中で動いているかを理解すれば、返ってくる答えの理由が読める。以下、所有者が実際にできることを順に述べる。

8.1 相手の収益がどこから出るかを尋ねる

最初に確かめるべきは、その相手がこの案件で収益を得るとすれば、それはどの時点の、どの行為に対する対価かという点である。買主を探して媒介の報酬を得るのか、自ら買主となって再販の差益を得るのか、解体や工事の受注を見込んでいるのか、あるいは相続や税務の別の業務につなげようとしているのか。どれも正当な収益であり、優劣はない。ただし、収益の出どころが違えば、勧められる方向も違う。

この質問は相手を疑うためのものではない。明確に答えられる相手は自分の事業の輪郭を把握しており、引き受けられない案件も早い段階で教えてくれる。

8.2 無償の申し出は、誰の費用で成り立っているかを見る

査定が無料であること、相談に費用がかからないこと、見回りを引き受けてもらえること。これらはありがたい申し出だが、費用がゼロなのではなく、費用を相手が先に払っている状態である。その先払いは、いずれ何かで回収される想定になっている。回収の想定が媒介の受任であれば、話は自然に受任へ向かう。回収の想定が説明されていれば健全であり、説明のない先払いほど、後で理解しにくい提案として現れる。

所有者にとっての実務的な含意は単純である。先払いの多い申し出を受けるほど、断りにくくなるという事実を意識しておくことである。断りにくさは、費用の一種として支払われている。

8.3 前払いの費用を、着手の前に割り振る

第4節で述べたとおり、事実確認は前払いであり、成立しなければ回収されない。測量、家財の処分、解体、建物の状況調査。これらを誰がどこまで負担するかを、着手の前に決めておく。決めずに進めると、実費が発生する局面ごとに交渉が起き、そのたびに時間が失われる。

  • 境界の確定を行うか、行うなら費用は誰が出し、いつまでに終えるか
  • 家財の処分を、売主が行うか、費用を価格から差し引く形で買主に委ねるか
  • 解体を売却の前に行うか、更地渡しの条件として契約に書き込むか
  • これらの実費が、成立しなかった場合に誰の負担として残るか

四つ目が最も見落とされる。成立しなかった場合の負担を先に決めておくことは、相手が案件を途中で放置しにくくする効果も持つ。

8.4 自分の物件が線のどちら側にあるかを早く知る

第5節の三つの軸——価格帯、権利関係、期間——で自分の物件を見る。土地の見込み価格が解体費を上回るか。決められる人が確定しているか。合意までの見通しが立つか。三つとも問題がなければ、その物件は重なる領域にある。通常の販売活動で扱われる。

一つでも欠けている場合、市場に出す前にその一点を処理するのが順序として正しい。決められる人が確定していないまま売り出せば、買主が現れた時点で止まる。逆に、三つのうち二つ以上が欠けている物件は、当面は市場の外にあると認識したほうがよい。その場合の宛先は事業者ではなく、権利を扱う士業、行政の窓口、あるいは近隣や親族への直接の譲渡である。宛先を間違えると、断られ続けたという経験だけが残る。

8.5 判断の期限を、日付で決める

空き家は、決めないでいるあいだも費用が発生し続ける。固定資産税、管理の手間、家屋の劣化。しかも劣化は解体費を押し上げ、時間の経過は相続人の数を増やす。放置は現状維持ではなく、条件の悪化である。

したがって、判断そのものに期限を置く。売り出すかを決める日、価格を見直す日、市場での売却を断念して別の方法に切り替える日。日付で決めておけば、決断は感情の問題ではなく手順の問題になる。これは第5節で述べた「期間が読めない案件は期待値が計算できない」という構造への、所有者の側からの対処でもある。期間の見通しを自分で作れる案件は、扱われやすくなる。

9. 結論と今後の課題

空き家の解消という社会課題への関与を、慈善ではなく事業として持続させる条件は何か。本稿の答えは、望ましい行為の便益が、その行為をした主体自身に、金銭または将来の取引として戻ってくる経路が存在することである。戻る経路のある領域では、活動は補填を必要とせず、需要が続く限り続く。戻る経路のない領域では、どれほど熱心な活動も、補填元が細った時点で止まる。

範囲を決める
期限を決める
続く関係
持続の条件は熱意ではなく範囲である。引き受ける範囲と期限を明示できる活動だけが、翌年も同じ場所に存在しうる。

重なる領域として本稿が特定したのは四つである。前払いした事実確認が成立時の報酬で回収される案件、地域固有の情報が費用の優位に転じる案件、正直な説明が繰り返される関係を通じて戻る場、そして近隣への波及の一部が自らの他の案件に返る場合である。重ならないのは、報酬が工程の費用を下回る価格帯、価値が負になる物件、権利者が確定せず期間の読めない案件、そして便益が数十年に薄く広がるために現在の費用と釣り合わない領域である。

この線は制度と工夫によって動く。報酬の告示に置かれた価格の低い空家等に関する特例は、収益の線を低価格帯で持ち上げる操作であり、同種案件の反復による定型化は費用の線を下げる操作である。担い手を工程ごとに分ければ、単独の主体が背負う範囲は狭くなる。しかし三つを動員しても、解体費が土地の価格を上回る物件と、所有者が判明しない物件は残る。この残余を事業に期待するのは、期待の宛先を誤っている。

9.1 政策の側に残された課題

本稿の観点から見て、政策の設計に残る論点は二つある。第一に、費用を補う仕組みが、投入に対して支払われるのか、成果に対して支払われるのかという設計の違いである。投入に対する補助は使途の管理が容易だが、成立しない案件にも支出され続ける。成果に対する支払いは費用対効果に優れるが、成果が測れなければ設計できず、空き家の解消がもたらす便益は測りにくい。この測定の困難が、制度設計の中心にある。

第二に、残余の担い手をあらかじめ制度の中に置いておく必要がある。市場が扱えない領域が存在すること自体は、市場の欠陥ではなく仕様である。仕様として認めたうえで、その領域を誰が受けるのかを先に決めておかなければ、案件は宛先を失って滞留する。空家等対策の特別措置法が行政の側に段階的な関与の階梯を用意しているのは、この意味では合理的だが、階梯の入口に至るまでの案件をどう扱うかは空白のままである。

9.2 別稿に投げる論点

本稿は費用と収益の構造に議論を限定したため、扱えなかった論点が三つある。第一に、地域の事業者が持つ情報の優位が、公開情報の整備によってどこまで薄れるかという問題である。優位が薄れることは所有者にとって望ましいが、同時に、重なる領域を支える柱の一本が細ることを意味する。第二に、企業ではなく非営利の組織や地域の共同体が担い手となる場合の条件である。これらの組織は営利の主体より低い割引率を持ちうるため、第5節で述べた時間軸の不一致は担い手を替えることで緩和される可能性がある。第三に、行政による情報の仲介がどこまで届くかという論点は、別稿で扱った枠組みに委ねる。

9.3 本稿の限界

最後に限界を記す。本稿は概念による整理であり、実証ではない。収益と費用が交差する価格の水準を数値で示していないのは、地域と案件によってその位置が大きく動き、一般的な数値を挙げれば誤解を招くからである。線がどこにあるかは、それぞれの物件と、それぞれの地域で確かめるほかない。

また本稿は、空き家に関わる活動が続くかどうかを判定する基準として、収益による自立を置いた。この基準は、続くことを重視する立場からは妥当だが、続かなくてもよいから今すぐ手を入れるべき物件が存在するという反論はありうる。倒壊の危険が差し迫った家屋がその例である。緊急性の高い領域では、持続を条件にすること自体が誤りになる。持続を語る本稿の枠組みが適用できるのは、時間の余裕がある案件に限られる。この境界もまた、本稿が引いた線の一つである。

参考文献

  1. マイケル・E・ポーター/マーク・R・クラマー(2011)「共通価値の創造」(ハーバード・ビジネス・レビュー)
  2. マイケル・E・ポーター/マーク・R・クラマー(2006)「戦略と社会——競争優位と企業の社会的責任の関係」(ハーバード・ビジネス・レビュー)
  3. アンドリュー・クレイン/ギド・パラッツォ/ローラ・J・スペンス/ダーク・マッテン(2014)「『共通価値の創造』の価値を問う」(カリフォルニア・マネジメント・レビュー)
  4. ミルトン・フリードマン(1970)「企業の社会的責任とは利潤を増やすことである」(ニューヨーク・タイムズ・マガジン)
  5. ハワード・R・ボーエン(1953)『経営者の社会的責任』
  6. アーチー・B・キャロル(1991)「企業の社会的責任のピラミッド」(ビジネス・ホライズンズ)
  7. R・エドワード・フリーマン(1984)『戦略経営——ステークホルダー・アプローチ』
  8. ピーター・F・ドラッカー(1973)『マネジメント——課題・責任・実践』
  9. ロナルド・H・コース(1937)「企業の本質」
  10. 空家等対策の推進に関する特別措置法(平成26年法律第127号)
  11. 宅地建物取引業法(昭和27年法律第176号)
  12. 国土交通省「宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買等に関して受けることのできる報酬の額」(昭和45年建設省告示第1552号。低廉な空家等に関する特例を含む)
  13. 磐田市「磐田市の人口 令和8年度」(2026年7月末現在)
  14. 相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律(令和3年法律第25号)
  15. 静岡県「静岡県推計人口」(周智郡森町、2026年4月1日現在)
富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役 大石 浩之

大石 浩之

富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役
宅地建物取引士(静岡県知事 第027186号)

富士ヶ丘サービス株式会社 代表取締役。宅地建物取引士(静岡県知事 第027186号)。静岡県磐田市見付5789番地1で不動産業を営む。

自社で買い取る事業を持たず、仲介一本で売主の側に立つことを事業の前提に置いている。買主になれば「安く買いたい人」になり、同じ口で価格の妥当性を説明できなくなる、という理由による。買取・買取保証という売り方そのものは否定せず、売主が選んだ場合は買主にならずに複数社の見積もりを比較する立場に回る。

同社は不動産業のほか、磐田市内で介護事業を営む。高齢期の住み替え、施設入居、実家の処分という一連の局面に事業として接してきたことが、本シリーズの問題意識の背景にある。

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