1. はじめに——問題の所在
一戸建ての所有者は、自分の家の管理者でもある。屋根を直すか直さないか、外壁をいつ塗るか、その判断はすべて自分の手の内にある。売却の準備が遅れたのなら、遅らせたのは自分である。ところが分譲マンションの所有者は、この立場に立てない。自分が売ろうとしている資産の価値を支えている部分の大半について、決定権を単独では持っていないからである。
売買契約の対象は専有部分と、それに伴う敷地利用権である。しかし専有部分の居住価値を実際に支えているのは、屋上防水、外壁、給排水管、エレベーター、機械式駐車場、共用廊下といった共用部分であり、これらは区分所有者全員の共有に属する。誰がいつどこまで直すかは、管理組合の集会で多数決によって決まる。売主一人の意思では動かせない領域に、価格の相当部分が置かれている。
実務の世界には「マンションは管理を買え」という言い伝えがある。経験則としては正しい。しかし言い伝えのままでは、売主の側では使えない。買え、と言われても、売る側にできることが示されていないからである。本稿の問いは二つある。第一に、管理の質はどの経路を通って専有部分の価格になるのか。第二に、その経路のうち、売却を決めた売主が短期間で働きかけられるのはどこか。
方法は次のとおりである。まず区分所有法という制度の骨格を確認する。次に、共用部分の管理を集合行為の問題として読み直し、なぜ費用負担が過少になりやすいのかを説明する。そのうえで、積立金・滞納・長期修繕計画という三つの指標が、買主の評価と金融機関の審査という二つの回路を通って価格に転写される様子をたどる。最後に、それを売主が売り出し前に用意すべき資料の一覧に落とす。
あらかじめ本稿の禁欲を宣言しておく。修繕積立金の月額がいくらであれば適正か、滞納率が何%を超えると危険か、といった水準の数値は本稿では扱わない。これらは建物の規模・構造・仕様・設備・立地によって大きく変わるうえ、筆者が確かな出典を示せる数値を持たないためである。出典のない数値を並べれば説得力は増すが、それは読者の判断を助けるのではなく、誤らせる。本稿が扱うのは、水準ではなく構造である。
構成は以下のとおりである。第2節で区分所有という所有形態の構造を確認する。第3節で管理を集合行為の問題として分析する。第4節で長期修繕計画と積立方式を将来費用の平準化として読む。第5節で買主が何を見て価格を割り引くかを追い、第6節で融資審査という経路を扱う。第7節で売主の実務に落とし、第8節で限界と今後の課題を述べる。
なお筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者である。磐田市の人口は2026年7月末時点で163,224人、72,421世帯(磐田市統計)であり、住宅地の市場は戸建てを中心に動いている。分譲マンションの流通量は大都市圏ほど厚くない。厚くないということは、比較できる事例が少なく、管理の良し悪しが価格に現れるまでに時間がかかるということでもある。地方都市の売主にとって、本稿の論点はむしろ切実である。また当社は自社で買い取る事業を持たないため、以下で述べる査定や価格の話は、当社が支払う金額の話ではない。
2. 区分所有という所有形態の構造
一棟の建物を階層と壁で切り分け、その一区画ごとに独立した所有権を認める。この発想は民法の共有の規定だけでは支えきれない。共有であれば、共有物の管理は持分の過半数、変更は全員の同意という原則に服し、数十戸の建物では意思決定が事実上不可能になるからである。建物の区分所有等に関する法律(昭和37年法律第69号、以下「区分所有法」)は、この不可能を解くために置かれた特別法である。
2.1 三つの権利対象——専有部分・共用部分・敷地利用権
区分所有法は、一棟の建物をめぐる権利を三つに分ける。第一に専有部分、すなわち構造上区分され独立して住居等の用途に使える部分であり、これが区分所有権の対象となる。第二に共用部分であり、これは廊下・階段・エレベーターのように性質上当然に共用となる法定共用部分と、集会室・管理人室のように規約によって共用と定める規約共用部分に分かれる。第三に敷地利用権、すなわち建物の敷地を利用する権利である。
実務上重要なのは、これらが自由に切り離せないという点である。区分所有法は、原則として専有部分と敷地利用権を分離して処分することを禁じている。共用部分の持分も専有部分の処分に従う。したがって売買の対象は「三〇一号室」という一室ではなく、専有部分・共用部分の共有持分・敷地利用権という束である。買主が値踏みしているのは束の全体であって、内装ではない。
| 区分 | 対象の例 | 費用の負担者 | 売買での扱い |
|---|---|---|---|
| 専有部分 | 住戸の内部、内装、専有配管 | 所有者が単独で負担 | 売買契約の直接の対象 |
| 共用部分 | 屋上、外壁、廊下、給排水本管、エレベーター | 管理費・修繕積立金で全員が負担 | 共有持分として専有部分に従う |
| 敷地利用権 | 土地の所有権または借地権の持分 | 土地の公租公課等 | 専有部分と分離して処分できない |
| 専用使用部分 | バルコニー、玄関扉、専用庭、駐車場 | 共用部分だが専用使用権者が通常の維持を負う | 使用権の内容は規約・細則による |
2.2 加入も脱退もできない団体——管理組合
区分所有法は、区分所有者が全員で建物および敷地の管理を行う団体を構成すると定める。ここでいう団体は、設立の意思表示によって生まれるのではなく、区分所有関係が成立した瞬間に法律上当然に成立する。実務でいう管理組合はこれを指す。組合員資格は区分所有者であることに結び付いており、脱退の自由はない。管理費を払いたくないから抜ける、という選択肢は制度上存在しない。
この強制加入は、後の議論で決定的な意味を持つ。任意加入の団体であれば、費用対効果に不満のある者は退出して意思を示せる。退出できない団体では、不満は退出ではなく、無関心・不参加・不払いという形をとる。集会に出ない、役員を引き受けない、管理費を滞納する。いずれも脱退の代替行動として現れる。
2.3 決議要件の階層と、管理会社の位置
管理組合の意思は集会(総会)の決議で決まる。区分所有法は決議要件を事柄の重さに応じて階層化しており、通常の管理は区分所有者および議決権の各過半数、共用部分の重大な変更や規約の設定・変更・廃止は各四分の三以上、建替えは各五分の四以上を要するのが原則である。重い決定ほど多数を必要とするこの設計は、少数者の財産を守る一方で、老朽化した建物の再生を遅らせる要因にもなる。
ここで誤解されやすいのが管理会社の位置である。管理会社は管理組合から管理事務を委託された受託者であり、意思決定の主体ではない。清掃・点検・出納・理事会の運営補助を担うが、修繕をするかどうかを決めるのは組合である。管理会社が優良であることと、管理組合の財務と合意形成が健全であることは、別の事柄である。買主が確かめようとしているのは後者であり、売主が説明すべきなのも後者である。
註:決議要件には規約で加重できるもの、法律上の例外があるものが含まれる。実際の要件は当該マンションの規約を確認して判断する必要がある。
3. 共同管理はなぜ痩せるのか——集合行為としての管理
制度の骨格を確認したところで、なぜ現実の管理組合が痩せるのかを説明しなければならない。区分所有法は決め方を定めているが、決める意欲までは与えない。ここは経済学の領域である。
3.1 共用部分は組合の内側で共同消費される
屋上防水を打ち直せば、その便益は全戸に及ぶ。一階の住戸だけを除外することはできないし、ある住戸が便益を受けたからといって他の住戸の取り分が減るわけでもない。組合という閉じた集団の内側では、共用部分は公共財に近い性質を持つ。ここから、経済学が繰り返し扱ってきた問題が生じる。各人にとっては、自分が払わずに他人が払ってくれるのが最も得だという構造である。
マンサー・オルソン(1965)は、共通の利益がある集団でも、集団が大きくなるほど集合行為は成立しにくくなると論じた。一人あたりの取り分が小さくなり、自分一人の不参加が結果に与える影響が見えにくくなるためである。マンションに当てはめれば、戸数が多いほど総会の出席率は下がり、役員のなり手は減り、他人任せが増える。小規模なマンションは一戸あたりの負担が重い一方で、顔の見える関係が合意を支えることがある。規模の大小はどちらにも効くのであって、大きいほど安心とは限らない。
ギャレット・ハーディン(1968)が描いた共有地の悲劇は、この構造の極端な帰結である。ただしエリノア・オストロム(1990)は、現実の共同資源が一様に荒廃するわけではないことを示し、自治が成立する条件を抽出した。境界が明確であること、費用と便益の配分に納得があること、決定に参加できること、違反が監視され段階的な制裁があること、紛争を処理する場があること。これらである。
3.2 区分所有法は自治の条件を制度で補っている
区分所有法の主要な規定は、オストロムの挙げた条件を法律の形で与えたものとして読める。専有部分と共用部分の区別は境界の明確化であり、規約と管理費・積立金の負担割合は費用配分の合意であり、集会は参加の場である。滞納に対しては、区分所有法が共益費用等の債権について先取特権を認め、共同の利益に著しく反する行為に対しては使用禁止や競売の請求といった手段まで用意している。
とりわけ売買に直結するのが、管理費等の債権を専有部分の特定承継人に対しても行使できるという規定である。前の所有者が滞納したまま部屋が売られても、管理組合は新しい所有者に請求できる。滞納は部屋に付いてくる。これは組合の債権を守るための規定だが、副作用として、滞納住戸は市場で扱いにくくなる。買主から見れば、購入と同時に他人の未払いを引き受ける可能性があるということだからである。
3.3 それでも制度が働かない場面
制度が用意されていることと、実際に使われることは違う。滞納の督促には手間と気まずさが伴い、役員は輪番で毎年替わる。法的手続きに進む決断は、隣人に対する訴えという性格を帯びる。結果として、少額の滞納は放置され、時効の問題を抱えたまま累積することがある。オストロムの条件でいえば、監視と段階的制裁が実際には作動していない状態である。
もう一つの機能不全は、意思決定の側に現れる。修繕の先送りや積立金の値上げ見送りは、いま住んでいる者にとっては目先の負担を軽くする選択であり、総会では通りやすい。負担を引き受けるのは将来の所有者であって、その多くはまだこの組合にいない。将来の所有者は総会で票を持たない。ここに、区分所有という仕組みに構造的に埋め込まれた偏りがある。売主が売却時に直面する価格は、この偏りが積み重なった結果である。
4. 長期修繕計画——将来費用を現在の積立に翻訳する
建物の劣化は連続的に進む。ところが支出は連続しない。防水も外壁も、傷んだ日に少しずつ直すのではなく、足場を組んで一度に直す。劣化が滑らかで支出が跳ねるという、この時間軸のずれを埋める装置が修繕積立金であり、そのずれを設計図にしたものが長期修繕計画である。
4.1 計画は見積書ではなく、時間の割り付けである
国土交通省の長期修繕計画作成ガイドラインが示す考え方は明快である。将来行うと見込まれる修繕工事の項目を洗い出し、実施の周期を置き、数量と単価から概算費用を積み上げ、それを計画期間で割って必要な積立額を導く。ここで決まっているのは金額そのものではなく、いつ何をどれだけの規模でやるかという時間の割り付けである。金額はその割り付けから逆算された結果にすぎない。
したがって計画は、作った瞬間から古びていく。想定した周期どおりに劣化するとは限らず、資材価格も労務費も動く。設備の更新方法には技術的な選択肢が増える。ガイドラインが定期的な見直しを求めているのは、この陳腐化を前提としているからである。買主や金融機関が計画の作成年月を確認するのは、金額の妥当性を見ているのではない。組合がこの陳腐化に向き合っているかどうかを見ている。
4.2 均等積立方式と段階増額積立方式
積立の仕方には、計画期間を通じて毎月の額を一定に保つ均等積立方式と、当初を低く抑えて段階的に引き上げる段階増額積立方式がある。分譲時には後者が採られることが少なくない。毎月の負担が軽いほうが売りやすいためである。この選択自体は不合理ではないが、重要な条件が付いている。段階増額方式は、将来の値上げが計画どおり決議されることを前提として初めて成立する。
前節で見たとおり、値上げの決議は、いま住んでいる者に負担を課し、便益の一部を将来の所有者に渡す決定である。総会で通りにくい構造がある。予定された値上げが先送りされれば、計画上の積立残高と現実の残高は乖離していく。この乖離は、計画書と会計報告を並べて初めて見える。どちらか一方だけを見ても分からない。
4.3 不足が明らかになったときの四つの道
工事の見積もりが積立残高を超えたとき、組合が取りうる道は限られている。積立金を引き上げる、一時金を徴収する、工事の範囲や仕様を縮める、あるいは借り入れて後年度の積立で返す。住宅金融支援機構にはマンションの共用部分のリフォームを対象とした融資の仕組みがあり、借入は現実的な選択肢の一つである。どれを選んでも、負担が消えるわけではない。負担が誰に、いつ、どの形で現れるかが変わるだけである。
| 不足への対応 | 組合内での意味 | 売却時に買主が読む意味 |
|---|---|---|
| 積立金の増額 | 全戸の月額負担が恒久的に増える | 毎月の固定費が上がり、払える価格が下がる |
| 一時金の徴収 | 決議時点の所有者が一括で負担 | 引渡し時期しだいで誰が払うかが争点になる |
| 工事の縮小・先送り | 当面の支出を回避できる | 劣化と二次被害の危険が将来に積み増される |
| 借入れ | 工事を予定どおり実施できる | 組合に負債があり、返済分だけ将来の余力が減る |
表の三行目は、他の三つと性質が違う。増額・一時金・借入れは負担の時期と主体を動かす操作だが、先送りは負担そのものを増やす操作である。傷んだ状態で放置された防水は次の工事の下地補修を増やし、漏水が起きれば専有部分の内装や家財にまで被害が及ぶ。売主にとって重要なのは、先送りが会計上は何も起きていないように見えることである。何も起きていない決算書と、劣化した現物は同時に存在しうる。
本節では、積立金の水準がいくらであれば適正かという問いには答えていない。答えないのは、適正額が建物の規模・構造・設備の内容・立地条件によって大きく変わり、単一の目安に還元できないからである。売主が確認すべきなのは水準ではなく、計画があること、更新されていること、計画と実際の残高が説明できる関係にあること、この三点である。
5. 買主は何を見て割り引くのか
ここからが本稿の中心である。管理の質は、どのような経路を通って専有部分の価格になるのか。買主の側の回路を三つに分けて追う。毎月の支出という回路、将来の不確実性という回路、そして観察可能な代理指標という回路である。
5.1 毎月の支出は、払える価格を直接に削る
住宅を買う個人の多くは、価格の総額ではなく毎月の支払額から発想する。手取りのうち住居に回せる額があり、そこから逆算して借入可能額が決まる。マンションの場合、この毎月の枠を分け合うのは住宅ローンの返済だけではない。管理費、修繕積立金、駐車場使用料、場合によっては町内会費や専用庭の使用料が同じ枠に入る。
したがって管理費等が高い物件は、同じ買主にとって、その分だけ払える価格が下がる。これは値引き交渉の結果として起こるのではなく、買主の予算制約の中で自動的に起こる。管理の水準が高く、それに見合う共用施設や管理体制があるなら、支出の高さは価値の高さでもある。問題は、支出は毎月確実に見えるのに、それが生む価値は目に見えにくいことである。価値の説明がなければ、支出だけが差し引かれる。
5.2 将来の不確実性は、割引として価格に入る
毎月の支出が確定的な減額なら、将来の値上げ・一時金・大規模修繕の予定は不確実な減額である。買主は、いつ来るか分からない出費を、いくらか大きめに見積もって割り引く。ここで働いているのは、資産の価値をその資産が将来生む便益と費用の現在価値で捉える考え方であり、不確実性が高いほど割引は大きくなる。
この不確実性を左右するのが、前節までに見た三つの指標である。積立金の残高と計画の関係、値上げ予定の有無、そして滞納の状況。滞納には二つの層がある。売却しようとしている住戸自身の滞納と、他の住戸の滞納である。前者は決済時に精算すれば消える。後者は消えない。区分所有法上、滞納債権は特定承継人にも行使しうるため、買主は他人の未払いを引き受ける可能性を計算に入れる。滞納が組合全体で常態化していれば、それは会計上の未収金であると同時に、合意形成能力の低さを示す指標として読まれる。
5.3 買主は議事録を読めないが、ゴミ置場は見える
情報の経済学が繰り返し指摘してきたとおり、買主は財の質を直接には確かめられず、観察できる特徴から推測する。アカロフ(1970)が中古車について述べたこの構造は、管理という見えない品質についてよく当てはまる。総会議事録や長期修繕計画書は、売主か管理組合が出さなければ買主の手元に届かない。ところが共用廊下の清掃状態、掲示板の掲示物、駐輪場の放置自転車、ゴミ置場の様子、植栽の手入れは、内覧に来た誰もが無料で観察できる。
そのため買主は、観察できるものを、観察できないものの代理として使う。ゴミ置場が荒れているマンションは、積立金も足りていないだろうと推測する。この推測は統計的には当たることもあれば外れることもあるが、外れることが問題なのではない。問題は、書類の側で健全であっても、見える部分が荒れていれば低く評価されるという非対称である。逆に言えば、書類を整えて提示することは、この代理推論を打ち切らせる操作にほかならない。
議事録が果たす役割も同じ文脈にある。買主にとって議事録は、漏水の履歴、近隣との紛争、管理会社の変更、役員のなり手不足、駐車場の空きの増加といった、写真にも図面にも出てこない事実の唯一の情報源である。機械式駐車場を抱えるマンションで空き区画が増えれば、使用料収入が減る一方で維持費と更新費は残る。この種の事実は、決算書の数字より先に議事録の議題として現れることが多い。
6. 融資審査という第二の関門
前節の経路は、買主が価格をいくらに評価するかの話であった。本節で扱うのは、それ以前の関門である。買主が融資を受けられなければ、その買主は市場から消える。管理の状態は、価格を下げるだけでなく、需要そのものを削ることがある。
6.1 融資が付かないことは、買主の数が減ることである
現金で住宅を買う個人は多くない。融資が付きにくい物件では、買主の候補は自己資金の厚い層か、投資として買い、賃料利回りで評価する層に限られる。前者は数が少なく、後者は居住目的の買主より低い価格しか提示しないのが通例である。つまり融資の可否は、需要曲線の高い側を切り落とす操作として働く。価格交渉が始まる前に、交渉相手の顔ぶれが変わっている。
この効果は、比較事例の乏しい地方都市の市場で強く出る。分譲マンションの流通量が厚くない地域では、そもそも買主の母数が小さい。そこから融資条件で一部が抜ければ、残るのはごく少数である。薄い市場では、一人の買主が抜けることが価格に直結する。
6.2 金融機関が見る三つの層
住宅ローンの審査には、借りる人を見る層と、物件を見る層がある。物件を見る層はさらに、担保としての評価と、商品ごとの適合要件に分かれる。担保評価では、敷地の持分と建物の残存価値が見られ、構造と築年数が借入期間の上限に影響する。返済期間が短くなれば、同じ年収の買主が借りられる額は減る。ここでも管理の話は間接的に効いてくる。適切に維持された建物ほど、長い期間にわたって担保価値を保つと評価されやすいためである。
耐震性は独立した論点として扱われる。建築基準法の耐震基準は1981年6月に大きく改められており、それ以前に建築確認を受けた建物は一般に旧耐震と呼ばれる。旧耐震のマンションでは、耐震診断や耐震改修が行われているかどうかで、金融機関の扱いも買主の態度も分かれる。診断が行われていること自体が、組合が現実に向き合っている証拠として読まれる。
6.3 管理を評価する制度が、金利に接続している
近年の制度設計で注目すべきは、管理の質が公的に評価され、その評価が融資条件に接続され始めた点である。住宅金融支援機構の長期固定金利住宅ローンでは、中古マンションについて技術基準への適合が求められ、適合証明が必要とされる。この基準には住宅そのものの性能に関する項目のほか、管理規約が定められていること、長期修繕計画が一定の期間にわたって定められていることなど、管理に関する項目が含まれる。管理は、買主の主観的な好みの問題から、融資の可否を左右する客観的な要件へと移動しつつある。
もう一つが管理計画認定制度である。マンションの管理の適正化の推進に関する法律の改正により2022年4月に始まったこの制度は、管理組合が作成した管理計画を地方公共団体が一定の基準に照らして認定する仕組みである。認定を受けたマンションについては、住宅金融支援機構の融資で金利の引下げを受けられる仕組みが用意されている。引下げの幅や適用の条件は制度の運用によって変わりうるため、本稿では幅を示さない。重要なのは幅ではなく、接続そのものである。
この接続が意味するのは、管理という共同事業の成果が、個々の売主の売却条件に外部から与えられるようになったということである。認定を受けているマンションの一室を売る売主は、自分では作っていない資産を使って売ることができる。受けていないマンションの売主は、その差を説明で埋めるほかない。同じ立地・同じ間取りの二戸の価格が離れていく原因は、しばしばこの層にある。民間の団体による管理状況の評価制度も並行して運用されており、評価の可視化は今後さらに進むと考えられる。
7. 売主の実務への含意
以上を、売主が売り出しの前後に取れる手順に落とす。順序には理由がある。取得に日数のかかる資料が先で、その内容に応じて価格の組み立てが変わるためである。
7.1 まず、管理組合と管理会社に資料を請求する
宅地建物取引業法は、区分所有建物の取引について、通常の重要事項に加えて、共用部分に関する規約の定め、専有部分の用途その他の利用の制限、専用使用権、計画的な維持修繕のための費用の積立ての状況、通常の管理費用の額、管理の委託先などを買主に説明することを求めている。これらの多くは管理組合の側にしかない情報であり、売主が動かなければ集まらない。
実務では、管理会社に対して所定の様式による調査報告書を依頼する。有料であることが多く、回答までに日数を要する。売り出す直前に依頼すると、買主が現れてから資料が揃うという順序になり、交渉の途中で不利な事実が出てくる。先に取ることが望ましいのは、開示の順序を売主が選べるようにするためである。
- 管理規約と使用細則(ペット、楽器、リフォーム、駐車場、専用庭の扱い)
- 直近数期分の総会議事録と、理事会議事録があればその写し
- 長期修繕計画書と、その作成年月・見直し年月
- 収支決算書と貸借対照表、修繕積立金の残高
- 管理費・修繕積立金・駐車場使用料など、自室の月額負担の内訳
- 自室の支払い状況(滞納の有無)と、組合全体の未収金の状況
- 大規模修繕工事の実施履歴と、次回の予定時期
- 管理組合の借入れの有無と返済の予定
- 管理計画認定の有無、民間の管理状況評価を受けている場合はその内容
- 耐震診断・耐震改修の実施状況(旧耐震の場合)
7.2 自室の滞納は、売り出しより前に片付ける
自室に管理費等の滞納があれば、原則として引渡しまでに解消する。理由は二つある。第一に、第3節で述べたとおり滞納債権は特定承継人にも行使しうるため、残したまま引き渡せば買主に請求が及び、紛争の種になる。第二に、滞納の事実は重要事項として説明される。説明の場で初めて出てくれば、それは価格交渉の材料になる。先に精算しておけば、説明すべき事実そのものが消える。
7.3 不利な事実は、順序を選んで先に出す
積立金が計画に対して不足している。来年に一時金の徴収が予定されている。組合に借入れがある。これらは伏せておきたくなる事実だが、いずれも重要事項説明の段階で買主に届く。伏せた場合に起きるのは、発覚と、そこから始まる再交渉である。同じ情報でも、売主が先に出せば条件の一部として扱われ、後から出れば減額の理由として扱われる。
先に出すことには、買主を絞り込む効果もある。条件を承知した買主だけが申込みに進むため、内覧の数は減るが、契約が白紙に戻る確率は下がる。マンションの売却では引渡しまでの期間が住み替えの日程に直結することが多く、確実さは価格と同じだけの価値を持つ。
7.4 買主の毎月の支払いから逆算して見せる
第5節で見たとおり、買主は毎月の枠で考える。したがって販売資料も、価格だけを示すのではなく、管理費・修繕積立金・駐車場使用料を含めた月々の負担を並べて示すほうが、買主の判断を助ける。共用施設や管理体制がその支出に見合うものであれば、そこを言葉にする。支出だけが見えて価値が見えない状態が、最も割り引かれる。
あわせて、買主が使いそうな融資の種類に照らして、適合の見込みを事前に確かめておく。長期固定金利の融資を使う買主が想定されるなら、適合証明の取得に何が必要かを先に把握しておく。管理計画の認定を受けているなら、それは販売資料に書くべき事実である。これらは価格の話ではなく、買主の候補を減らさないための準備である。
7.5 管理は、売る直前には変えられない
最後に、正直に述べておくべきことがある。ここまでの手順は、いずれも情報の扱い方に関するものであって、管理そのものを良くするものではない。積立金の水準も、長期修繕計画の質も、総会の決議を経なければ動かない。売却を決めてから三か月で変えられる性質のものではない。
だからこそ、売却の可能性が視野に入った段階で総会に出ることに意味がある。議案を読み、質問し、議事録に自分の関心が残る形にしておく。将来の所有者は総会で票を持たないと第3節で述べたが、これから売る者は、将来の所有者の利害を代弁できる唯一の現在の組合員である。自分の資産を守る行為と、組合の合意形成に加わる行為は、この一点で重なっている。
8. 結論と今後の課題
本稿の結論は表題のとおりである。マンションの管理は価格である。この命題は比喩ではなく、二つの具体的な経路を指している。第一に、管理費と修繕積立金という毎月の固定支出が買主の予算制約を圧迫し、将来の値上げ・一時金・大規模修繕の不確実性が割引として上乗せされる経路。第二に、担保評価と融資商品の適合要件を通じて、買える買主の数そのものを増減させる経路である。前者は価格の高さに、後者は買主の厚みに効く。
この二つの経路の上流にあるのが、区分所有という所有形態の構造である。区分所有者は脱退できない団体の構成員であり、共用部分は組合の内側では公共財に近い性質を持つ。負担を先送りする決定は総会で通りやすく、そのつけを負うのはまだ組合にいない将来の所有者である。売主が売却時に受け取る価格は、この構造のもとで積み重ねられた選択の総和として現れる。管理は、売る段になって発見される変数ではなく、長い時間をかけて価格に織り込まれてきた変数である。
そのうえで、売主にできることは限られているが、無ではない。管理そのものは短期間では変えられない。しかし管理の状態がどう伝わるかは変えられる。買主は見えない品質を、見える指標から推測する。書類を先に整えて提示することは、この代理推論を打ち切らせ、実際の状態にもとづいて評価させる操作である。第7節に挙げた資料の一覧は、その具体化にほかならない。
8.1 本稿の限界
限界は三つある。第一に、本稿は水準の議論を意識的に避けた。積立金の適正額、滞納率の危険水準、大規模修繕の標準的な周期といった数値は、確かな出典を示せないため扱っていない。実務でこれらを判断するには、当該マンションの計画書と会計書類を、専門家とともに個別に読む必要がある。本稿が提供したのは判断の枠組みであって、判断そのものではない。
第二に、本稿は主に居住用の単棟型マンションを念頭に置いている。団地型、複合用途型、リゾートマンション、賃貸化率の高い投資型では、組合の構成も合意形成のあり方も異なる。所有者の多くが遠隔地に住む物件では、集会の成立自体が課題となる。これらの類型については、共通の枠組みが当てはまる範囲と当てはまらない範囲を分けて論じる必要がある。
第三に、本稿は管理の質と価格の関係を経路として記述したが、その関係の大きさを測っていない。同じ立地・同じ間取りで管理状態だけが異なる二戸を比べれば差は出るはずだが、比較可能な事例が乏しい地方都市の市場で、その差を統計的に切り出すのは難しい。価格を構成する要素を分解して測る方法については、別稿に譲る。
8.2 今後の課題
最も大きな課題は、建物の高経年化と区分所有者の高齢化・所在不明化が同時に進むときに、合意形成をどう成り立たせるかである。決議に必要な多数を集められないマンションでは、修繕も、建替えも、敷地売却も動かせない。マンションの建替え等の円滑化に関する法律をはじめとする制度の整備は進んできたが、要件を満たせない物件が残る問題は解けていない。この論点は、共有不動産一般の意思決定不全と同じ根を持っており、その系譜の議論とあわせて検討すべきものである。
もう一つの課題は、管理の質を外から評価する仕組みが、市場にどこまで浸透するかである。管理計画認定制度と、民間の団体による管理状況の評価は、これまで書類の山の中に隠れていた情報を、外部から参照できる形に変換する試みである。これが定着すれば、買主は代理推論に頼る必要が減り、良い管理を続けてきた組合はその成果を価格として受け取れるようになる。逆に、評価が形式的な手続きに終われば、書類を整える費用だけが増えることになる。どちらに転ぶかは、制度そのものよりも、買主と金融機関がその評価をどれだけ見るかにかかっている。
註:本稿で触れた法令・制度の内容は、条文の趣旨を平易に言い直したものである。実際の売却にあたっては、当該マンションの規約と、その時点の制度の運用を、資料にもとづいて確認されたい。
