1. はじめに——問題の所在
築二十五年の木造住宅を売りたい、という相談を受けたとき、査定の説明はしばしば次のように始まる。建物は法定耐用年数の二十二年を超えているので価値はゼロ、したがって土地の値段だけで考えましょう、と。売主の側もこの説明をおおむね受け入れる。二十二年という数字には、それ以上の議論を打ち切るだけの力があるからである。
この数字の出所は明確である。減価償却資産の耐用年数等に関する省令が、木造・合成樹脂造の住宅用建物の耐用年数を二十二年と定めている。同じ省令は、鉄筋コンクリート造の住宅用建物を四十七年とし、金属造の住宅用建物を骨格材の厚みに応じて十九年から三十四年までに区分している。いずれも、事業に用いる資産の取得価額を各年の費用へ割り振るための年数である。
問題は、この年数が何のために作られたかである。減価償却は、長期にわたって使う資産の支出を、その資産が収益に貢献する期間へ配分する会計上の手続である。配分の期間を納税者ごとに実測させれば、測定の費用も税務当局との争いも際限なく増える。そこで国が構造と用途で区分した一律の年数を定め、全員がそれに従う。二十二年は測定の結果ではなく、課税を運用するための取り決めである。
取り決めであることは、それが誤りだという意味ではない。制度としては合理的である。問題が生じるのは、この年数が本来の目的から切り離され、建物がいつまで使えるかという物理の問いや、買主がいくら払うかという市場の問いに、そのまま転用されるときである。三つの問いは別のものであり、答えが一致すべき理由はどこにもない。
本稿の問いは二つある。第一に、税務上の期間がなぜこれほど強く市場評価の言語になったのか。第二に、その言語が支えている「建物ゼロ・土地のみ」という評価慣行は、どのような条件のもとで妥当し、どのような条件のもとで崩れるのか。前者は制度の趣旨をたどる作業であり、後者は市場の構造を読む作業である。
先に結論を述べる。慣行は不合理な思い込みではない。中古住宅の品質は同じ築年数のあいだでも分散が大きく、その分散を外から検証する費用が高い。検証できない以上、買主も評価する側も安全側の一点に寄せる。土地値だけで見るという慣行は、この状況で判断の費用を節約する解として成立している。しかしそれは条件付きの解であり、検証費用が下がるか、買主の構成が変わるか、解体費用が無視できない大きさになれば、成立しなくなる。
方法について一言添える。本稿は不動産鑑定評価基準の原価法の手続——再調達原価をどう見積もり、減価修正をどう行うか——には立ち入らない。それは別稿で扱った。本稿が扱うのは、その手続に投入される「耐用年数」という変数の性格そのものである。同じ道具でも、目盛りが何を測っているかを知らずに使えば、出てくる数字の意味を取り違える。
以下、第2節で減価償却制度の趣旨を確認し、法定耐用年数が何を約束し何を約束していないかを整理する。第3節で建物の寿命を物理的・機能的・経済的の三つに分け、第4節で経済的残存耐用年数の考え方を導入する。第5節で建物ゼロという慣行が生き延びた理由を、第6節でそれが崩れる条件を検討する。第7節で売主の実務に落とし、第8節で残された課題を述べる。
筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者である。自社で買い取る事業を持たないため、建物に価値を認めるかどうかが自社の仕入れ値に跳ね返ることはない。この立場が本稿の視角を作っていることは、あらかじめ断っておく。建物を高く見ることが常に正しいと言いたいのではない。年数だけで結論を出す手続が、売主にも買主にも情報を残さないことを問題にしている。
2. 法定耐用年数は何を約束しているか
二十二年という年数の性格を見定めるには、それが置かれている制度の目的にさかのぼる必要がある。減価償却は資産の値打ちを測る手続ではない。支出を期間へ配分する手続である。この違いは言葉の綾ではなく、年数がどこまで信用できるかを決めている。
2.1 減価償却は資本を維持するための約束事である
ヒックス(1939)は所得を、一期間に消費してなお期末に期首と同じだけ豊かでいられる最大額として定義した。この定義に従えば、資産が磨り減った分を差し引かなければ、所得は過大に測られる。減価償却は、この差し引きを毎期の費用として計上する仕組みであり、その本質は資本の維持にある。売却時の値段を当てにいく仕組みではない。
理論的には、資産の価値を将来の収益の現在価値と定義すれば、各期の減価はその価値の差として導かれる。ホテリング(1925)が減価償却率を数学的に定式化したのはこの筋道である。しかしこの定式化は、将来の収益が観察できることを前提とする。自ら住む住宅の場合、収益にあたるのは住むことから得られる効用であり、外から観察できない。観察できない量を毎期測らせるわけにいかないから、制度は一律の年数という近似を採る。近似であることを忘れなければ、この選択に問題はない。
2.2 一律であることが切り捨てているもの
省令の年数は、構造と用途だけで決まる。屋根を二度葺き替え、外壁を塗り替え、給排水を更新してきた木造住宅も、雨漏りを二十年放置した木造住宅も、同じ二十二年を与えられる。制度はこの粗さを知ったうえで一律にしている。個別の実態を反映させれば公平のようでいて、実際には測定の精度に応じた不公平と、膨大な確認作業を生むからである。
つまり法定耐用年数は、建物の個体差を意図的に見ないことで成り立っている。ところが市場評価が求めているのは、まさにその個体差である。手入れをした家とそうでない家の違いを価格に映したいのに、その違いを見ないことを設計思想とする道具を持ち込んでいる。転用が噛み合わないのは当然である。
2.3 税務自身は中古建物に法定耐用年数を使わせていない
見落とされやすい事実がある。税務は、中古資産を取得した場合に法定耐用年数をそのまま使うことを求めていない。耐用年数省令は簡便法を用意しており、法定耐用年数の全部を経過した資産についてはその年数の二十%に相当する年数を、一部を経過した資産については残りの年数に経過年数の二十%を加えた年数を用いる。いずれも一年未満は切り捨て、結果が二年未満のときは二年とする。
木造住宅にこれを当てると、築二十二年を超えた建物を事業用に取得した場合の耐用年数は四年になる。短い年数ではあるが、ここで確認すべきはその長短ではない。新たな償却期間が与えられるということは、取得価額のある資産として扱われるということである。価値がゼロであれば、償却すべきものが存在しない。税務の内部ですら、二十二年を超えた木造住宅はなお使用に耐える資産として扱われている。
2.4 自宅を売るときの計算は三十三年で行われる
さらに、事業に使っていない建物——つまり自宅——を売却したときの譲渡所得の計算では、別の年数が使われる。所得税法施行令第85条は、非事業用資産の減価の額を、法定耐用年数を一・五倍した年数に対応する旧定額法の償却率によって求めると定める。木造住宅であれば三十三年、償却率は〇・〇三一である。しかも償却できるのは取得価額の九十五%相当額までとされている。
したがって、自宅として使ってきた木造住宅は、税の計算のうえでは二十二年ではなく三十三年かけて減価し、それでも取得価額の五%は取得費として残る。二十二年でゼロという理解は、税制のうちでも事業用資産に関する一場面を、居住用の建物へそのまま持ち込んだものにすぎない。売主が譲渡所得を計算する局面では、この違いがそのまま納税額の差になる。
2.5 課税の世界でも建物はゼロにならない
固定資産税の家屋評価はさらに明確である。総務省の固定資産評価基準は、家屋を再建築価格から評価し、そこに経過年数に応じた経年減点補正率を乗じる方式を採る。この補正率には最低限度が置かれており、木造の専用住宅では〇・二を下回らない。築何十年を経た木造住宅にも、なお再建築費のおよそ二割にあたる評価額が残り続ける。
整理すると、建物の価値をゼロと扱う法制度は見当たらない。事業用の償却では二十二年、中古取得では四年、譲渡所得では三十三年、固定資産税では下限二割。年数も方式も目的ごとに異なり、どれ一つとして市場価値を表すものではない。にもかかわらず、そのうちの一つだけが市場評価の共通語として流通している。次節では、その共通語が覆い隠している建物の実体を、三つの寿命に分けて見る。
3. 建物には三つの寿命がある
建物の寿命という言葉は、少なくとも三つの別々のものを指して使われている。使えなくなるまでの寿命、求められる水準に届かなくなるまでの寿命、そして使い続けることが有利でなくなるまでの寿命である。この三つを分けないまま「あと何年もつか」を論じても、話が噛み合わない。
3.1 物理的寿命は部位ごとに違う
木造住宅を一つの塊として扱うと見えなくなるが、建物は寿命の異なる部位の集合体である。基礎と軸組という構造体、屋根・外壁・防水という雨仕舞い、給排水・電気・空調という設備。この三層は取り替えの周期がまったく違う。設備は十年から二十年で更新の時期を迎え、雨仕舞いはそれよりやや長く、構造体はさらに長い。
重要なのは三層の依存関係である。雨仕舞いが破れたまま放置されると、雨水が構造体に達し、木部の腐朽や金物の腐食を招く。逆に雨仕舞いが保たれている限り、木造の構造体はきわめて長く持ちうる。つまり物理的寿命を決めているのは経過年数そのものではなく、雨仕舞いを更新してきたかどうかという維持行為の履歴である。同じ築三十年でも、屋根と外壁に手が入っている家と入っていない家では、残された時間の長さが違う。
この点だけでも、年数を建物の実体の代理変数として使うことの弱さが分かる。維持行為の履歴は年数と相関するが、決定するのは年数ではない。相関する変数で代理させるという判断は、その相関が強いときにだけ許される。中古住宅における年数と状態の相関は、代理変数として頼れるほど強くない。
3.2 機能的寿命は時代の側が動かす
第二の寿命は、建物が劣化していなくても訪れる。買主が住宅に求める水準そのものが時代とともに上がるためである。耐震については、建築基準法の耐震基準が1981年6月に大きく改められ、木造については2000年にも接合部や基礎に関する規定が強化された。断熱・気密、水回りの仕様、駐車台数、収納の量。いずれも新築時には標準だったものが、いつのまにか下回る側に置かれる。
機能的な陳腐化には、回復できるものとできないものがある。設備の更新や断熱改修は費用をかければ回復できる。耐震補強も、診断のうえで対応できる場合が多い。他方、天井の高さ、柱の位置に縛られた間取り、敷地の間口や接道といった条件は、改修では動かしにくい。売主が建物の価値を主張するときは、この二種類を分けて話す必要がある。回復できる項目は費用の問題であり、回復できない項目は買主層の問題である。
3.3 経済的寿命は建物の外側で決まる
第三の寿命がもっとも見落とされる。経済的寿命とは、その建物を存置して使い続けることが、その敷地の最も有利な使い方でなくなる時点をいう。建物が健全であっても、敷地をさら地にして別の使い方をしたほうが得られる価値が大きければ、経済的寿命はそこで尽きる。都心の低層住宅が築浅で取り壊されるのは、この理由による。
逆もまた成り立つ。土地の価値が小さい地域では、さら地にして得られる価値も小さい。多少くたびれた建物でも、存置して住み続けたり貸したりするほうが有利であり続ける。つまり経済的寿命は建物の状態だけでは決まらない。敷地の価値と地域の需要が、建物の側の事情と同じだけの重みを持って効いてくる。同じ築三十年の木造住宅が、土地の高い場所では経済的にすでに死んでおり、土地の安い場所ではまだ生きているということが起こる。
| 寿命の種類 | 何が尽きるか | 主に決めているもの | 法定耐用年数との関係 |
|---|---|---|---|
| 物理的寿命 | 構造体・雨仕舞い・設備の機能 | 維持と修繕の履歴 | 年数では代理しきれない |
| 機能的寿命 | 現在の買主が求める水準への適合 | 基準と選好の変化 | 対応関係がない |
| 経済的寿命 | 存置して使い続けることの有利さ | 敷地の価値と地域の需要 | 対応関係がない |
三つのうち、市場価値に対応しているのは第三の寿命である。買主が支払う金額は、その建物を存置して使い続けることから得られる便益の反映であり、物理的にあと何年もつかでも、税務上あと何年償却できるかでもない。したがって建物の評価に用いるべき年数は、経済的寿命の残り——経済的残存耐用年数——である。次節でこの概念を正面から扱う。
4. 経済的残存耐用年数という考え方
経済的残存耐用年数とは、現在の時点から、その建物の経済的寿命が尽きるまでの年数をいう。過去に何年経ったかではなく、これから何年使えるかを問う。この向きの違いが、建物評価の性格を変える。
4.1 基準はもともと残存年数に重点を置いている
見落とされがちだが、不動産鑑定評価基準は耐用年数に基づく減価修正について、経過年数よりも経済的残存耐用年数に重点を置いて判定すべきものとしている。つまり、あと何年使えるかを先に判断し、そこから逆算して減価の割合を求めよ、という順序である。築年数を割り算の分子に置いて機械的に処理する手続は、基準の想定した順序を逆にしている。
順序を逆にすると何が失われるか。経過年数から出発する方式では、判断の対象が過去の一点——建築年——だけになり、現況を見る余地がない。残存年数から出発する方式では、現況を見なければ数字が出せない。基準が後者に重点を置くのは、建物評価の情報がすべて現況の側にあることを踏まえてのことである。
4.2 残存年数を伸ばすもの、縮めるもの
経済的残存耐用年数を実際に見積もるとき、判断材料は建物の内側と外側の両方にある。内側は、構造体の健全性と雨仕舞いの更新履歴、設備の更新年、耐震性能の水準。外側は、敷地の用途上の可能性と地域の住宅需要である。以下に、残存年数を伸ばす方向に働く材料と、縮める方向に働く材料を並べる。
- 伸ばす方向:屋根の葺き替え・外壁の再塗装・防水の更新が記録として残っている
- 伸ばす方向:新耐震基準に適合している、あるいは耐震診断と補強の履歴がある
- 伸ばす方向:給排水・電気・空調の更新年が新しく、当面の更新費用が読める
- 伸ばす方向:増改築が確認申請を経ており、図面と検査済証が揃っている
- 縮める方向:雨漏りやシロアリの履歴が未修補のまま残っている
- 縮める方向:改修では動かせない条件(間口・接道・天井高・敷地形状)が現在の需要と合わない
- 縮める方向:敷地の価値が高く、さら地にして使うほうが有利になっている
この一覧を見ると、経過年数がどこにも現れないことに気づく。年数は、これらの材料を一つも集めなくても分かる唯一の情報であるがゆえに、既定値として使われている。集める費用がゼロの情報に頼るのは合理的な省略だが、省略は省略であって測定ではない。
4.3 建物の残存価値の重みは、土地の値段で変わる
経済的残存耐用年数が敷地の側の事情に左右される以上、地域の土地単価は建物評価の外部条件になる。ここで、当社の営業範囲にあたる二つの地域の公的な数値を使って、単純な試算をしてみる。磐田市の住宅地の公示地価は2026年で一平方メートルあたり50,086円(前年比プラス0.16%)、周智郡森町の土地の相場は同じ2026年時点でおよそ26,900円(前年比マイナス0.74%)である。
敷地を二百平方メートルと仮定すると、土地の部分はそれぞれおよそ1,002万円と538万円になる。ここで建物に三百万円の残存価値を認めるかどうかを考える。認めた場合の総額は1,302万円と838万円であり、建物が総額に占める比率は前者で約23%、後者で約36%になる。同じ三百万円でも、土地の安い地域のほうが総額に与える影響がはるかに大きい。
ここに一つの逆説がある。建物の残存価値を丁寧に見積もることの利得は、土地の安い地域ほど大きい。ところが、その見積もりを支える比較事例や検証手段がもっとも乏しいのも、同じ地域である。利得の大きいところで手段が足りないという構図が、地方の中古住宅市場に建物ゼロの慣行を根づかせている。
なお、この試算は敷地面積と建物価値を仮に置いた計算例であり、特定の物件の評価を示すものではない。公示地価の平均値は個別の土地の価格ではなく、実際の成約価格とも異なる。ここで示したかったのは金額そのものではなく、建物をゼロと置く判断の重みが地域によって違うという構造である。
5. 建物ゼロという慣行はなぜ生き延びたか
ここまでの議論は、法定耐用年数を市場評価に転用する手続の弱さを指摘してきた。しかし弱いだけの慣行が何十年も生き延びることはない。慣行が続いているなら、それを支える利得がどこかにあるはずである。本節では建物ゼロ・土地のみという評価を、参加者それぞれにとって合理的な選択が重なった均衡として読む。
5.1 品質を確かめる費用が高い
第一の柱は検証費用である。中古住宅の品質は、床下・小屋裏・壁の内部といった見えない場所に宿る。買主が内覧で確かめられるのは表層にすぎず、専門家に調査を依頼すれば費用と日数がかかる。しかも調査の結果が良好であっても、その情報が価格に反映される保証は買主の側にない。費用を負担する主体と、便益を受ける主体が一致しにくい。
こうした状況で買主が取る合理的な行動は、品質の分散を見込んだうえで安全側の一点に寄せることである。良い個体と悪い個体を見分けられないなら、悪い個体を引いても損をしない水準で買う。売主の側から見れば、手入れを重ねてきたことが価格に反映されない。反映されないなら手入れの記録を残す誘因も薄れ、分散はさらに検証しにくくなる。
5.2 比べる相手がいない
第二の柱は比較事例の乏しさである。土地の評価は取引事例の比較によって支えられるが、建物の状態まで揃った比較事例は成約情報に残らない。屋根を葺き替えた家がいくらで売れたかという記録があっても、葺き替えた事実が記録されていなければ、その分の価格差を取り出せない。統計的に建物の属性を分離するには、同種の取引が一定量必要になる。
取引の件数そのものが少ない地域では、この条件が満たされない。年間の成約が数えるほどしかない地区では、建物の状態による価格差を推定するだけの標本が集まらない。推定できないものは主張できず、主張できないものは慣行に飲み込まれる。薄い市場ほど、一律の年数という単純な規則が強く働く。
5.3 融資が慣行を自己実現させる
第三の柱がもっとも強力である。買主の多くは住宅ローンを用いて購入し、金融機関は担保となる建物の評価と、融資の期間を判断する。この判断において、建物の構造ごとの年数が一つの目安として参照されることは広く知られている。個々の金融機関の運用は公表されておらず、ここで具体的な年数を挙げることはしないが、築年数が融資期間の判断材料になっているという点については、実務上ほぼ争いがない。
融資期間が短くなれば、同じ借入額でも毎月の返済が重くなる。返済負担率という上限が働く以上、期間の短縮はそのまま借入可能額の縮小になり、買主が提示できる価格の上限を押し下げる。つまり評価上の慣行が、買主の予算制約を経由して実際の成約価格になる。建物に価値がないと評価されるから安くしか売れず、安くしか売れないから建物に価値がないという観察が積み上がる。
この循環は、社会学でいう自己成就的予言と同じ構造をしている。予言が原因となって予言どおりの結果を作り出すため、外から見ると予言が正しかったように見える。慣行の妥当性を成約価格の実績で検証しようとすると、この循環に足を取られる。実績は慣行の帰結であって、慣行の外側にある証拠ではない。
5.4 均衡であって怠慢ではない
三つの柱をまとめると、建物ゼロという慣行は、検証費用の高さ、比較事例の乏しさ、融資による増幅という条件のもとで、参加者それぞれが合理的に振る舞った結果として成立している。誰かが手を抜いているのではない。査定する側にとっては判断の費用を節約でき、買主にとっては見えない品質のリスクを避けられ、金融機関にとっては審査を標準化できる。
この見方には実務上の含意がある。慣行を批判しても状況は動かない。動かすには、慣行を支えている条件のどれかを実際に変える必要がある。売主が個別にできることは限られているが、限られてはいても存在する。次節では、条件が変わるときに何が起きるかを四つに分けて検討する。
6. 慣行が崩れる四つの条件
均衡は条件のうえに乗っている。条件が変われば均衡も動く。本節では、建物ゼロという評価が成り立たなくなる条件を四つ挙げ、それぞれについて何が起きるかを検討する。四つのうち三つは制度と市場の側の変化であり、一つは売主が自分で作れる変化である。
6.1 品質が第三者に検証できるようになるとき
第一の条件は検証費用の低下である。この方向には制度の積み重ねがある。住宅の品質確保の促進等に関する法律(1999年)が住宅性能表示の枠組みを作り、特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律(2007年)が新築住宅の瑕疵担保責任に資力の裏づけを与えた。長期優良住宅の普及の促進に関する法律(2008年)は、長く使う住宅を認定する仕組みを設けた。
中古住宅については、宅地建物取引業法の改正により2018年4月から、媒介契約の際に既存住宅状況調査——いわゆるインスペクション——を実施する者のあっせんに関する事項を書面に記載し、調査が実施されている場合はその結果の概要を重要事項として説明する仕組みが始まった。調査を義務づける制度ではないが、売買の過程に第三者の目を入れる導線が制度として置かれた点に意味がある。
評価の側でも動きがある。国土交通省が2014年3月に示した中古戸建て住宅に係る建物評価の改善に向けた指針は、築後一定年数で建物価値を一律にゼロとみなす従来の評価実務を見直し、基礎や躯体といった長く保つ部分と、内外装・設備のように更新される部分を分けて評価すること、適切な維持管理や改修が価値として反映される評価へ移行することを求めている。指針であって強制力はないが、慣行の根拠が公的に否定されたという事実は、売主が交渉の場で使える材料になる。
6.2 融資年数に縛られない買主が現れるとき
第二の条件は買主層の変化である。前節で見た増幅装置は、買主が住宅ローンを用いることを前提としている。前提が外れれば装置は働かない。現金で購入する買主、賃貸に転用する買主、事業として再販する買主、自ら手を入れることを織り込んで購入する買主。これらの買主にとって、建物の価値は融資期間ではなく、使える状態にするまでの費用と、その後に得られる便益で決まる。
ここから実務的な帰結が出る。建物に残存価値を認めてもらいたい売主にとって、届ける相手を選ぶことは価格を主張することと同じ意味を持つ。同じ建物でも、融資に依存する買主に向けて売り出すか、そうでない買主にも届く経路を確保するかで、建物部分の評価が変わりうる。販売経路の設計は、価格の話と切り離せない。
6.3 解体費用が建物に負の値を与えるとき
第三の条件は、逆の方向から慣行を崩す。建物ゼロという評価は、建物にプラスの価値を認めない一方で、マイナスの価値も認めていない。さら地を求める買主にとって、建物は解体費用という負担であり、その分だけ土地の価格から差し引かれる対象になる。土地値そのままで売れるという理解は、この場合むしろ楽観である。
したがって建物ゼロという言葉は、二つの異なる状態を覆い隠している。建物を使う買主にとっては、認められなかったプラスがある状態。さら地を求める買主にとっては、まだ差し引かれていないマイナスがある状態。どちらの買主を想定するかで、同じゼロという数字の意味が反転する。査定の場でこの前提が示されないなら、それは示されていない情報である。なお、解体するか古家付きのまま売るかという判断そのものは別稿の主題である。
6.4 新築の費用が上がるとき
第四の条件は代替費用の変化である。中古住宅の価値は、同等の効用を新築で得るために要する費用と背中合わせにある。資材価格や人件費の上昇によって新築の建築費が上がれば、既存の建物が提供している居住性能を新たに得る費用も上がる。相対的に、いま使える建物の価値は上がる。ただしこれは建物が使える状態にあることが前提であり、修補に要する費用が代替費用の上昇分を超えるなら、この経路は働かない。
| 崩れる条件 | 何が変わるか | 売主が用意できるもの |
|---|---|---|
| 品質の検証が可能になる | 見えない品質の分散が縮む | 調査結果、修繕の記録、図面と検査済証 |
| 買主層が変わる | 融資年数の制約が外れる | 融資に依存しない層にも届く販売経路 |
| 解体費用が効く | 建物が負の値を持ちうる | 解体費用の見積もりと、前提の明示 |
| 新築の費用が上がる | 代替費用が上がる | 現在の状態で使えることの裏づけ |
6.5 反論——開示すれば評価されるのか
ここまでの議論に対しては、当然の反論がありうる。売主が建物の良さを説明したところで、買主はそれを信じない、というものである。この反論は正しい。売主自身による申告は、費用をかけずに発することができるため、情報としての信頼性が低い。手入れをしていない売主も同じ言葉を言えるからである。
だからこそ、費用のかかる裏づけが要る。第三者による調査結果、工事業者の発行した明細と写真、確認済証と検査済証、耐震診断書、瑕疵保険の付保証明。これらは発するのに費用がかかるため、手入れをしてきた売主だけが用意できる。開示が価格に転写されるのは、それが誰にでも言える言葉ではなくなったときである。この点で、本節の四つの条件のうち第一のものが決定的な位置を占めている。
註:本節で挙げた法令・指針は、建物の価値を一律にゼロと扱う慣行を制度の側が是認していないことを示すために引いた。個別の取引で建物にいくらの価値が認められるかは、買主と市場の判断による。
7. 売主の実務への含意
議論を、売主が実際に取れる手順に落とす。順序には理由がある。査定を受ける前にやっておくべきことと、査定を受けた後に確かめることは別であり、後者だけでは遅い場合があるためである。
7.1 査定書の建物欄が何行あるかを見る
査定書を受け取ったら、まず建物に関する記載の分量を見る。築年数から算出された一行で終わっているなら、現況を見る工程が省かれている可能性が高い。第4節で述べたとおり、経済的残存耐用年数から出発する評価は、現況を見なければ数字が出せない。逆にいえば、現況に関する記載が一つもない建物評価は、経過年数だけで組み立てられている。
確かめるべき問いは単純である。この建物にあと何年の使用を見込んでいるか、その年数はどこから来たか、屋根と外壁と設備の状態は評価に入っているか。答えが得られなくても、問いを発した事実は残る。土地と建物の内訳を分けて示してもらうことも、あわせて求めておきたい。
7.2 残存年数を語るための材料を集める
建物に価値を主張するには、費用のかかる裏づけが要る。第6節の最後で述べたとおり、誰にでも言える言葉は情報にならない。集められる書類を、売り出しの前に手元に揃える。
- 新築時の図面一式(配置図・平面図・立面図・構造図)
- 建築確認済証および検査済証(増改築があればその分も)
- 屋根・外壁・防水の工事の見積書・請求書・施工写真
- 給湯器・水回り設備・空調・分電盤などの更新年が分かるもの
- シロアリ防除・点検の履歴、耐震診断書や補強工事の記録
- 雨漏りや不具合があった場合の、修補した内容と時期の記録
これらが揃わないことも多い。実家を相続した場合、書類がどこにあるか分からないのが普通である。その場合でも、建築時期の分かる登記事項証明書、確認申請の記録の有無、工事を請け負った地元の工務店の記憶といった手がかりから、部分的に再構成できることがある。完全に揃わなくても、揃った分だけ主張の強度は上がる。
7.3 既存住宅状況調査を入れるかどうかを判断する
第三者による調査を売り出し前に実施するかどうかは、費用と便益の比較になる。便益の側には、建物の状態を価格の根拠として示せること、買主の不安を減らして交渉の材料を一つ減らすこと、契約後に不具合が判明する事態を減らすことがある。費用の側には、調査の費用と日数、そして不利な結果が出たときにそれを開示する立場になることがある。
判断の目安は、建物が価格に占める比率である。第4節の試算で見たとおり、土地の単価が低い地域ほど、建物の評価が総額に与える影響は大きい。建物の比率が高い物件ほど、調査に投じた費用が回収される見込みも高い。逆に、建物が明らかに使用に耐えず、さら地としての売却が現実的な物件では、調査より解体費用の見積もりのほうが先に要る。
7.4 建物ゼロと言われたら、二つのことを確かめる
査定で建物ゼロと説明されたとき、確かめるべきことが二つある。第一に、その査定がどちらの買主を想定しているか。建物を使う買主を想定しているなら、使えることの価値がなぜ計上されないのかを問う余地がある。さら地を求める買主を想定しているなら、解体費用が土地の価格から差し引かれる前提になっているかを問う必要がある。第6節で見たとおり、同じゼロという言葉が二つの異なる状態を指している。
第二に、土地の単価そのものが妥当かを確かめる。建物をゼロと置いた瞬間、査定額のすべてが土地の単価と面積の積になる。したがって議論の重心は建物から土地へ移る。近隣のどの事例を参照したか、間口や接道や形状の補正をどう行ったかを、建物の話と同じだけの熱量で確認する。建物ゼロという説明は、土地の評価への注意をそらす方向にも働きうる。
7.5 税の計算では建物はゼロになっていない
最後に、売却後の税の計算を忘れないでおきたい。第2節で見たとおり、居住用の建物の取得費は、法定耐用年数を一・五倍した年数——木造なら三十三年——に対応する償却率で減価させて計算し、取得価額の九十五%相当額までしか償却されない。市場で建物ゼロと評価されたことと、税務上の取得費がゼロであることは、別の話である。
この差は納税額に直結する。取得費を過小に見積もれば譲渡所得が過大になり、納める税が増える。売買契約書、建築工事の請負契約書、当時の領収書。これらは建物の価値を主張するための材料であると同時に、取得費を証明するための材料でもある。同じ書類が二つの局面で働く以上、探す手間は二重に報われる。
8. 結論と今後の課題
本稿は、木造二十二年という数字がどこから来て、何を語っておらず、それでもなぜ市場評価の共通語になったのかを追ってきた。得られた結論を三点にまとめる。
第一に、法定耐用年数は課税所得を計算するための費用配分の期間であり、建物の物理的寿命でも市場価値でもない。しかもその年数は制度の目的ごとに異なる。事業用資産の償却では二十二年、中古取得の簡便法では四年、居住用建物を売却したときの取得費計算では三十三年、固定資産税の家屋評価では再建築費の二割という下限が置かれる。建物の価値をゼロと扱う法制度は見当たらない。
第二に、市場価値に対応するのは経過年数ではなく経済的残存耐用年数である。それはその建物を存置して使い続けることが敷地の最も有利な使い方でなくなるまでの年数であり、維持と修繕の履歴、現在の買主が求める水準への適合、そして敷地の価値と地域の需要によって決まる。不動産鑑定評価基準自身が、経過年数よりも残存年数に重点を置くことを求めている。
第三に、建物ゼロ・土地のみという慣行は、検証費用の高さ、比較事例の乏しさ、融資を通じた増幅という三つの条件のもとで成立した均衡である。批判すべき怠慢ではなく、条件が変われば動く構造として扱うほうが実務の役に立つ。条件が変わる局面は四つある。品質が第三者に検証できるようになるとき、融資年数に縛られない買主が現れるとき、解体費用が建物に負の値を与えるとき、新築の代替費用が上がるときである。
8.1 本稿の限界
限界を三つ挙げる。第一に、経済的残存耐用年数を実際に何年と見積もるかについて、本稿は判断材料の一覧を示したにとどまり、地域ごとの推定値を与えていない。それを与えるには、建物の状態を記録した成約事例が一定量必要であり、そうしたデータは現状では蓄積されていない。データがないことこそが慣行を支えている条件の一つである以上、この限界は本稿の議論そのものと不可分である。
第二に、検証への投資が回収されるかどうかは、取引の厚みに依存する。取引の少ない地域では、調査に投じた費用が価格に反映されないまま終わることがありうる。本稿は投資が回収される方向の論理を述べたが、回収されない場合の条件を厳密に切り分けてはいない。個別の判断は、建物が価格に占める比率と、その物件に現れうる買主層の見立てに委ねられる。
第三に、制度の変化が実務に浸透する速度を本稿は扱えていない。評価の指針が示されてから、金融機関の審査や査定の現場の運用が変わるまでには時間がかかる。指針の存在を根拠に交渉できる場面と、まだ根拠として通用しにくい場面がある。この見極めは地域と相手によって異なり、一般論として書けることは少ない。
8.2 別稿に投げる論点
本稿から分岐する論点を四つ記しておく。第一は、建物を残して売るか解体してさら地で売るかという判断である。本稿では解体費用が建物に負の値を与えうることを指摘したにとどまるが、この判断には固定資産税の住宅用地特例の喪失や、さら地にしたまま売れ残る危険も絡む。第二は、売却前の修繕や改装がどこまで価格に回収されるかという問題である。本稿の枠組みでいえば、残存年数を伸ばす投資のうち、伸びた分が価格に転写される投資はどれかという問いになる。
第三は、住宅が世帯から世帯へ移っていく過程の問題である。日本で中古住宅の下方移行が滞る一因として、建物価値の減り方の速さが挙げられてきた。本稿が扱った評価慣行は、その減り方を制度の外側で加速させる装置として働いている可能性がある。第四は、価格を属性の束に分解する方法によって、建物の状態が実際にどれだけの価格差を生んでいるかを測る作業である。これは本稿の限界の第一点に直接応答する主題でもある。
最後に、本稿の実践的な含意を一文にまとめておく。二十二年という数字は、建物について何も測っていない。何も測っていない数字が結論を決めているなら、測るべきものを測った者が、そこに情報を持ち込む余地がある。売主にできるのは、その余地を書類の形で用意しておくことである。
