1. はじめに——問題の所在
住宅ローンの返済が滞り続けると、やがて債権者は担保に取った不動産を裁判所の手続にかける。競売である。税の滞納が続けば、行政庁が差し押さえた財産を公売にかける。どちらも所有者の同意を要さずに不動産を金銭へ換える手続であり、あわせて強制換価の手続と呼ばれる。これに対し、所有者が債権者の同意を得たうえで通常の市場で売り、その代金を弁済に充てる売り方を、実務では任意売却と呼んでいる。同じ不動産、同じ債務、同じ時期であっても、どちらの経路に乗るかで成立する金額は異なる。
本稿の問いは、この二つの経路のあいだに生じる価格差が、どこから来るのかである。競売や公売で決まる価格が、同じ不動産を通常の市場で売った場合の価格を下回るという観察は、実務でも研究でも広く共有されている。しかしその理由を「買いたたかれるから」と説明してしまうと、対処のしようがなくなる。差の大半は、買主の悪意ではなく、手続の設計そのものから生じている。設計に由来するのであれば、どの要素がどれだけ削っているかを分解でき、分解できれば、どこを取り戻せるかも見えてくる。
方法は制度の読解である。民事執行法と国税徴収法が定める手続を、条文の順に追うのではなく、買主が引き受ける費用とリスクの一覧として読み直す。買主が引き受けるものが多いほど、買主が支払える上限は下がる。この単純な対応関係だけで、価格差の主要部分は説明できる。逆に言えば、買主が引き受けずに済むものを一つずつ増やしていけば、価格は回復する。任意売却とは、その回復の作業に名前を付けたものにすぎない。
あらかじめ範囲を限っておく。本稿は、入札という価格決定方式そのものの理論には立ち入らない。参加者の数が期待落札額をどう動かすか、同一条件の提示が比較可能性をどう生むかといった論点は、オークション理論を主題とする別稿に譲る。本稿が扱うのは、入札の前後に置かれた手続の性質である。すなわち、内覧ができるか、引渡しを誰が負うか、品質の不適合について誰が責任を負うか、期日を動かせるか。同じ入札方式であっても、これらの条件が違えば結果は違う。
もう一点、先に断っておく。滞納が始まった局面での判断には、不動産をどう売るかという問題と、債務そのものをどう処理するかという問題が同時に含まれている。後者、すなわち債務整理、民事再生における住宅資金貸付債権に関する特則の利用、破産、時効の援用といった論点は、弁護士および司法書士の職域であり、不動産業者が判断してよい領域ではない。弁護士法72条は、報酬を得る目的で法律事務を取り扱うことを弁護士以外に禁じている。本稿は不動産の売り方に限って論じ、債務の処理に触れる箇所では、そのつど専門職へ引き継ぐべき点を明示する。
以下、第2節で競売と公売の手続構造を確認する。第3節で価格が削られる四つの経路を分解し、第4節で任意売却がそのうち何を回復し何を回復しないのかを検討する。第5節では任意売却が成立する条件と、成立しない場合の帰結を扱う。第6節で滞納の開始から開札までの時間を資源として設計しなおし、第7節で売主の実務手順に落とし、第8節で本稿の限界と残された課題を述べる。
2. 強制換価の手続はどう組み立てられているか
価格差を論じる前に、比較の対象を正確にしておく必要がある。競売と公売は日常語では一括りにされるが、根拠法も担い手も異なる。共通するのは、所有者の意思にかかわらず換価が進む点と、手続を主宰する主体が売主として振る舞わない点である。この二つ目の性質が、後の節で見る価格差のほとんどを生む。
2.1 競売——債権者の申立てから代金納付まで
住宅ローンの担保として設定された抵当権に基づく競売は、担保不動産競売と呼ばれ、民事執行法が定める不動産強制競売の規定を広く準用して進む。債権者の申立てを受けて執行裁判所が開始決定を出し、差押えの登記がなされる。次に執行官が現況調査を行い、評価人が評価を行う。裁判所はその評価に基づいて売却基準価額を定める。買受けの申出は、この売却基準価額から10分の2を控除した買受可能価額を下回ることができない。つまり法は、あらかじめ2割の下振れ余地を制度として織り込んでいる。
売却は通常、期間入札の方法で行われる。入札期間が公告され、期間内に投じられた入札を開札期日に開き、最高価買受申出人が定まる。売却許可決定が確定すると、買受人は定められた期限までに代金を納付し、その納付の時に所有権を取得する。占有者が任意に退去しない場合、買受人は代金納付後の一定期間内に限って引渡命令を申し立てることができる。手続は精緻だが、そこに登場しないものがある。売主である。所有者は換価の対象を提供するだけで、価格の形成にも引渡しにも関与しない。
2.2 公売——租税債権の自力執行
公売は、国税徴収法が定める滞納処分の一環である。租税債権には自力執行力が認められており、裁判所の関与なしに、徴収の権限を持つ行政庁が自ら財産を差し押さえ、換価することができる。市町村税の滞納処分についても、地方税法が国税徴収法の例によると定めている。固定資産税や住民税の滞納から公売に至る経路は、この規定によって開かれている。
手続の骨格は競売と似ている。差押え、見積価額の決定、公売公告、入札または競り売り、最高価申込者の決定、代金納付という順序をたどる。見積価額は競売の売却基準価額に相当し、これを下回る買受けの申込みは効力を持たない。他方で、競売にあるような引渡命令に相当する仕組みは用意されていない。占有の解消は買受人が自らの負担で行うほかない。この一点で、公売は競売よりもなお買主に厳しい設計だと言える。
2.3 二つに共通する設計思想
競売も公売も、目的は債権の回収であって、財産を最も高く売ることではない。もちろん高く売れれば債権者の回収も所有者の残債圧縮も進むから、両者の利害は部分的に一致する。しかし手続が優先するのは、公正さと迅速さである。誰に対しても同じ条件で門戸を開き、定められた期日どおりに終える。この二つを守るために、通常の売買であれば当然に行われる作業——買主の求めに応じて内見の機会を設ける、契約後に判明した不具合を調整する、引渡し日を交渉する——が、いずれも手続の外に置かれている。
つまり強制換価とは、売主が果たすべき役割を空席にしたまま行う売買である。空席は消えるのではなく、買主に移る。移された分だけ、買主が払える額は下がる。次節では、その移転がどこで起きているかを四つに分けて見ていく。
3. 価格を削る四つの経路
買主が支払える上限は、想定する転売価格や利用価値から、自分が負担する費用と、負担するかもしれない損失の期待値を差し引いた額である。強制換価の手続は、この差し引きの項目を通常の売買より確実に増やす。以下、増える項目を四つに分ける。
3.1 内覧できない——建物の内部が推定の対象になる
競売では、購入を検討する者に対して物件明細書・現況調査報告書・評価書のいわゆる三点セットが公開される。執行官が撮影した内部の写真が含まれることも多い。しかし、それは調査時点の限られた枚数であって、買主が自分の関心に沿って見て回った結果ではない。2003年の民事執行法改正で内覧の制度が設けられたが、差押債権者の申立てを前提とし、占有者の協力が得られない場面もあるため、実施される例は限られているとされる。
内部を確認できないことは、単に情報が少ないという以上の意味を持つ。買主は、確認できない部分について最悪に近い想定を置かざるをえない。給排水管の状態、雨漏りの有無、シロアリの食害、残置された家財の量。どれも実際には問題がないかもしれないが、確認できない以上、修繕費用の期待値を高めに見積もることが合理的な行動になる。情報の欠如は平均値ではなく、安全側の値を採らせる。この非対称な効き方が、内覧不可の削り幅を大きくしている。
3.2 引渡しが保証されない——占有の解消を買主が引き受ける
通常の売買では、売主は買主に物件を引き渡す債務を負う。残置物を撤去し、鍵を渡し、必要なら退去の日程を調整する。強制換価にはこの債務者がいない。競売では代金納付後の一定期間内に限り引渡命令を申し立てられるが、申立て、審理、確定、そして応じない場合の強制執行という段階を踏むため、時間と費用がかかる。公売にはこの命令すら用意されていない。
買主が見積もるのは、費用そのものよりも幅である。すんなり退去する占有者もいれば、長引く相手もいる。前の所有者が住み続けている場合と、賃借人がいる場合と、第三者が居座っている場合とでは、要する期間も費用もまったく異なる。幅の大きい費用は、期待値ではなく上限に近い値で織り込まれる。ここでも安全側の見積もりが働く。
3.3 品質の不適合について責任を問えない
民法は、強制競売および担保権の実行としての競売について、買受人の救済を限定的にしか認めていない。権利に関する不適合や数量の不足については、債務者に対する解除や代金の減額請求の余地が残されているが、種類または品質に関する不適合、すなわち通常の売買であれば契約不適合責任の中心をなす建物の欠陥については、これらの規定が適用されない。公売についても、換価に伴う担保責任は競売と同様の枠組みで扱われる。
この配分は、手続の性格から見れば筋が通っている。売主にあたる者が自ら売っているわけではないのだから、その者に品質を保証させることはできない。しかし買主の側から見れば、購入後に発見した欠陥はすべて自己負担になるということである。通常の売買であれば、個人売主が免責特約を付す場合でも、告知書によって既知の事実は開示され、隠していた事実については免責が及ばないという歯止めがある。強制換価には、その歯止めもない。
3.4 期日が動かない——手続の側に締切がある
四つ目は時間である。入札期間、開札期日、代金納付期限は、いずれも手続の側で定められる。買主は自分の資金調達の都合に合わせて期日を延ばせない。金融機関の融資は、期限内の納付という条件と、担保評価の前提となる現地確認の制約から、通常の売買より組みにくい。結果として、参加できる買主は自己資金で動ける層に偏り、買い手の層が狭まれば競り上がる圧力も弱まる。所有者の側から見れば、期日の硬直性はさらに直接的である。開札を過ぎれば、売り方を選ぶ余地そのものが失われる。
| 負担の項目 | 通常の売買(任意売却を含む) | 競売 | 公売 |
|---|---|---|---|
| 内部の確認 | 売主の協力で内覧できる | 三点セットが中心。内覧は限定的 | 資料の閲覧が中心 |
| 引渡し・占有の解消 | 売主が引渡し義務を負う | 引渡命令の申立てが可能 | 買受人が自ら解決する |
| 品質の不適合 | 契約不適合責任と告知書が働く | 品質については責任を問えない | 競売と同様の枠組み |
| 期日 | 当事者間で調整できる | 入札期間・納付期限が固定 | 公告された期日が固定 |
| 買主の資金 | 住宅ローンを組みやすい | 自己資金の比重が高くなる | 自己資金の比重が高くなる |
表を縦に読むと、削り幅の合計が見えてくる。四つが同時に効くうえ、いずれも安全側に見積もられる。評価の実務でも、通常の市場価値からこれら競売固有の減価要因を考慮した額を評価額とする扱いが一般的だとされる。法自身が2割の下振れ余地を用意していることは、制度がこの構造を織り込んでいる証左と読める。
4. 任意売却は何を回復し、何を回復しないか
任意売却という言葉は法令に定義がない。実務上の呼称であり、内容は「担保権者の同意を得て担保権を抹消し、通常の売買として市場で売る」ことに尽きる。売買契約それ自体は、宅地建物取引業法と民法が規律する普通の売買である。特殊なのは、代金の配分について債権者の事前の合意が要る点だけである。この一点を除けば、売主は通常の売主として振る舞える。前節で見た四つの負担のうち、三つはここで買主の手を離れる。
4.1 回復される三つ
第一に、内覧が回復する。所有者が居住していれば日程を調整して見せられるし、空き家であれば鍵を開けて案内できる。買主は自分の関心で確認できるため、確認できない部分に置いていた安全側の見積もりを外せる。第二に、引渡しが回復する。売主が残置物を撤去し、引渡し日を約束できる。買主は占有解消の費用と期間の幅を織り込む必要がなくなる。第三に、責任の配分が回復する。物件状況報告書によって既知の事実が開示され、契約不適合責任をどう配分するかを条項として設計できる。免責特約を置く場合でも、開示された事実の上で合意された免責は、情報のない免責とは意味が違う。
この三つの回復は、単に価格を上げるだけではない。買主の層そのものを広げる。内部を確認でき、引渡し日が決まり、責任の所在が書面にあるという条件は、金融機関の融資審査が前提とする条件でもある。住宅ローンを使う実需の買主が参加できるようになれば、購入目的が転売益から居住へと広がる。転売を前提とする買主は、再販価格から経費と利益を差し引いた額しか出せない。居住を目的とする買主にはその差し引きがない。買主層の入れ替わりは、負担項目の減少とは別の経路で価格を押し上げる。
4.2 回復されない一つ
回復されないのは時間である。任意売却は、競売の手続が進行している最中に、その外側で行われる。競売が取り下げられるか取り消されない限り、開札期日は近づき続ける。しかも、入札があった後に申立てを取り下げるには最高価買受申出人らの同意を要すると定められているから、実務上の締切は開札より手前に置かれる。売主は、通常の売買と同じ作業を、通常より短い時間で終えなければならない。
この制約は、回復されたはずの三つを部分的に打ち消す。価格を上げるための工程——境界の確認、残置物の撤去、必要な修繕、複数の買主候補を並べての比較——には、いずれも時間がかかる。時間が足りなければ、内覧できる状態に整える前に売り出すことになり、比較する相手を待たずに最初の申込みを受けることになる。第3節の四つの負担のうち期日の硬直性だけが残るのではなく、それが他の三つの回復幅を削る。時間は、独立した第四の項目であると同時に、他の三つに掛かる係数でもある。
4.3 差額はどこへ行くのか
任意売却で価格が上がったとき、その差額は誰の利益になるのか。ここは誤解が生じやすい。差額はまず債権者の回収額を増やす。所有者の手元に直接入るわけではない。しかし売却後に残る債務——残債——が減るという形で、所有者にも確実に及ぶ。担保割れの状態で売る場合、売却価格が上がった分だけ、売却後に背負い続ける金額が減る。手取りがゼロであっても、残債が減ることの価値は小さくない。
さらに、実務では配分の中から引越費用等の名目で一定額が控除されることがあるとされる。これは債権者が任意に認める扱いであって、権利として請求できるものではない。認められるかどうか、いくらかは、債権者の方針と物件の状況による。あらかじめ確定した金額として期待すべきではないが、交渉の対象になりうる項目として知っておく意味はある。
5. 任意売却が成立する条件と、しない場合
前節の議論は、任意売却が常に選べることを前提にしていない。任意売却は所有者が単独で決められる売り方ではなく、複数の関係者の同意が揃ってはじめて成立する。ここを飛ばして「競売より任意売却が有利である」とだけ述べるのは、実務的には無責任である。本節では成立の条件を分解し、条件が揃わない場合に何が起きるかを見る。
5.1 担保権者の同意という関門
抵当権は、代金が支払われただけでは消えない。登記を抹消するには権利者の協力が要る。買主は担保権の付いたままの不動産を買わないから、決済と同時に抹消できることが売買の前提になる。したがって任意売却の第一の関門は、抵当権者が「この価格で抹消に応じる」と言うかどうかである。
住宅ローンの場合、この相手は当初の金融機関とは限らない。保証会社が代位弁済を行っていれば、以後の窓口は求償権を持つ保証会社になる。債権が債権回収会社に譲渡されていれば、その会社が判断する。誰が現在の権利者なのかの確認が交渉の出発点であり、代位弁済や債権譲渡の通知は書面で届いているはずである。
5.2 後順位の権利者と、配分の設計
第二の関門は、抵当権が複数設定されている場合、または税の差押えが入っている場合である。競売では、配当は順位に従って行われ、後順位の権利者に回らないことも珍しくない。ところが任意売却では、後順位の権利者にも抹消への協力を求めなければならない。順位からいえば一円も回らない相手に、判子を押してもらう必要がある。
実務では、この局面で「判子代」と呼ばれる少額の配分が設定されることがあるとされる。上位の債権者が自らの回収額を減らしてでも下位の同意を買うのは、任意売却で得られる価格が競売より高いと見込めるからである。つまり第3節と第4節で論じた価格差そのものが、この配分交渉の原資になっている。逆に価格差が小さいと見込まれる物件では、上位債権者が同意する動機が弱まる。
5.3 成立しない場合に何が起きるか
条件が揃わない場合、手続は競売あるいは公売へ戻る。ここで押さえておくべきは、競売が常に最後まで進むとは限らないという点である。差押債権者に優先する債権と手続費用の見込額に売却の見込額が満たないとき、執行裁判所は手続を取り消すことがある。いわゆる無剰余取消しである。取り消されれば換価は止まるが、債務が消えるわけではなく、担保権も抵当権として残り続ける。所有権は所有者に残り、固定資産税と管理の負担も残る。
入札で買受けの申出がない場合も、手続は一度で終わらない。売却基準価額を見直したうえで改めて売却が実施されるのが通例であり、回を重ねるごとに基準は下がる。売却が成立しない状態が続くこと自体は、所有者にとって有利ではない。
5.4 判断を専門職に返す線
ここまでの論点のうち、不動産業者が扱えるのは物件の売り方に関する部分に限られる。すなわち、いくらで売れる見込みか、どの層の買主に届くか、内覧や引渡しをどう整えるか、決済までに何日必要か。これらは宅地建物取引業の範囲である。他方、債務そのものの処理は別の職域に属する。
註:債務整理の方針選択、民事再生における住宅資金貸付債権に関する特則の利用可否、破産手続の選択、消滅時効の援用、債権者との弁済協議の代理といった事項は、弁護士および司法書士の職域である。弁護士法72条は、報酬を得る目的で法律事務を取り扱うことを弁護士以外の者に禁じている。本稿の議論は不動産の売却方法に限られ、これらの判断を代替するものではない。滞納が生じている局面では、売却の検討と並行して、早い段階で弁護士または司法書士に相談することを勧める。
この線を引くことには、実務上の利点もある。債務の処理方針が定まらないまま売却だけを進めると、売却後の残債の扱いが宙に浮く。逆に、売却の見込額が分からないまま債務整理の方針を決めると、選択の前提が欠ける。二つの検討は並行して走らせ、それぞれの担い手が自分の領域の数字を出し合うのが望ましい。当社は債務の法的処理について判断を率先して行わず、売却の見込みという材料の提供に徹する立場をとっている。
6. 時間という資源をどう使うか
第4節で述べたとおり、任意売却が回復できない唯一の項目は時間である。そして時間は、他の三つの回復幅に掛かる係数として働く。したがって滞納の局面における実務上の主題は、価格交渉ではなく時間の配分になる。本節は、滞納の開始から開札までを一本の工程として並べ、どの段階で何が失われるかを確認する。
6.1 選択肢は段階的に閉じていく
住宅ローンの契約には、一定回数の遅滞によって期限の利益を失う旨の定めが置かれているのが通例である。期限の利益を失うと、残額の一括弁済を求められる状態になる。保証会社が付いていれば代位弁済が行われ、窓口が移る。その後、抵当権の実行として競売が申し立てられ、開始決定と差押えの登記がなされる。現況調査と評価を経て売却基準価額が定まり、期間入札が公告され、開札期日を迎える。
重要なのは、この各段階で所有者に残された選択肢の幅が違うことである。滞納が始まったばかりの段階では、返済条件の変更を相談する余地があり、売却を選ぶとしても通常の期間をかけて売り出せる。代位弁済の後は、返済条件の変更という選択肢はほぼ閉じるが、任意売却の期間はまだ確保できる。開始決定の後になると、現況調査のために執行官が訪れ、近隣に手続の存在が伝わりうる。期間入札が公告されれば、物件の情報は公開される。そして開札の直前には、実質的に選べる道は残っていない。
| 段階 | 残っている主な選択肢 | この段階で失われるもの |
|---|---|---|
| 滞納の開始 | 返済条件の相談/通常の売却/任意売却 | まだ大きくは失われない |
| 期限の利益の喪失 | 任意売却/債務整理の検討 | 分割弁済を続ける前提 |
| 代位弁済・債権の移転 | 任意売却(新しい窓口と交渉) | 当初の金融機関との関係 |
| 競売の開始決定・差押登記 | 任意売却(期間は圧縮される) | 手続の非公開性 |
| 現況調査・評価 | 任意売却(買主探しと並走) | 近隣に知られない状態 |
| 期間入札の公告 | 取下げを前提とした任意売却 | 物件情報の非公開 |
| 開札期日 | 実質的にはない | 売り方を選ぶ余地 |
表の右列が示すのは、価格ではなく可能性の減少である。滞納の局面で最も費用の高い判断は、値付けの誤りではなく、判断を先送りすることである。先送りは、失った選択肢の分だけ、後の交渉力を削る。
6.2 薄い市場では、時間の価値がさらに高い
必要な時間の長さは、市場の厚みによって変わる。取引が頻繁な地域であれば、買主候補は短期間で複数現れる。取引の少ない地域では、条件の合う買主が現れるまでの待ち時間そのものが読みにくい。磐田市の人口は163,224人、世帯数は72,421世帯である(磐田市統計、2026年7月末現在)。住宅地の公示地価の平均は1平方メートルあたり50,086円、前年比プラス0.16パーセントであり(2026年地価公示による市町村別平均)、大きく上下しない落ち着いた市場である。落ち着いているということは、値下げによって短期間に買主を呼び込む効果も限られるということでもある。
隣接する森町では、土地の相場は1平方メートルあたりおよそ26,900円、前年比マイナス0.74パーセントとされ(2026年時点の公示地価・取引データに基づく平均の目安)、磐田市の住宅地のおよそ半分の水準にある。価格帯が低いほど、値下げによって増える買主の数は限られる。薄い市場では、価格を下げて時間を買うという通常の手段が効きにくい。だからこそ、時間そのものを早い段階で確保しておくことの価値が相対的に高くなる。
6.3 並走させるべき二つの検討
限られた時間を有効に使うには、順番に処理するのではなく並走させる必要がある。売却の側では、権利関係の確認、境界と越境の状況、残置物の量、内覧できる状態への整備、売り出し価格の設定を進める。債務の側では、現在の債権者の特定、残債額の確定、債務整理の方針の検討を進める。前者は不動産業者が、後者は弁護士または司法書士が担う。どちらか一方が終わるのを待って他方を始めると、開札期日に間に合わない。
7. 売主の実務への含意
以上の議論を、所有者が実際に取れる手順に落とす。順序には理由がある。後の工程で使う数字を、先の工程で作っておかなければならないためである。滞納がまだ起きていない段階で読んでいる場合も、順序そのものは変わらない。
7.1 まず、締切がいつなのかを確定させる
最初にすべきことは価格の検討ではない。自分がどの段階にいるのかを確かめることである。届いている書面を時系列に並べる。督促状か、期限の利益喪失の通知か、代位弁済の通知か、債権譲渡の通知か、競売開始決定の通知か。書面の種類が段階を示し、段階が残り時間を示す。第6節の表は、この照合のために作った。
開始決定が届いていれば、以後の期日は裁判所の手続に従って進み、期間入札が公告された時点で確定する。まだ督促の段階であれば、時間は最も潤沢である。この確認を経ずに売却の相談だけを始めると、間に合う工程と間に合わない工程の区別がつかない。
7.2 現在の債権者を特定し、残債額を確定させる
次に、いま誰に対していくら負っているのかを確定させる。代位弁済が済んでいれば相手は保証会社であり、債権が譲渡されていれば譲受人である。ここを取り違えたまま交渉を始めると、その時間は回収できない。残債額には、元本のほか遅延損害金が加算されている。売却の見込額と並べるべきは、この確定した額である。
この作業は債務整理の検討とも共通の前提になる。弁護士または司法書士に相談する際にも同じ資料が要る。売却のためだけの作業ではない。
7.3 売却の見込額を、手取りではなく配分で見る
通常の売却では、売主が見るべき数字は手取りである。売却価格から仲介手数料、登記費用、税、引越費用を引いた額が、自分の口座に残る。ところが担保割れの局面では、この見方は成り立たない。代金は債権者への配分に充てられ、所有者の口座には残らないのが通常だからである。
したがって比較すべき数字は、売却後に残る債務の額である。競売で成立した場合の見込額と、任意売却で成立した場合の見込額を、それぞれ残債から差し引いて並べる。差が出るのは、第3節で分解した四つの負担のうち三つが買主の手を離れるからであり、加えて第4節で述べた買主層の広がりが働くからである。この差額こそが、時間を確保することで得られる利益の大きさである。
7.4 売れる状態に整える工程を、先に日付で置く
任意売却で価格が回復するのは、内覧できること、引渡しを約束できること、責任の所在を書面にできることによる。これらは自動的に整うものではなく、作業を要する。時間が限られている以上、作業の順序と日付を先に決めておく。
- 登記事項証明書と公図を取り、権利者と筆の構成を確認する
- 境界標の有無を現地で確認し、越境の有無を写真で記録する
- 残置物の量を把握し、撤去の見積もりと着手日を決める
- 内覧を受けられる状態にする日を決め、その日から売り出す
- 物件状況報告書を先に作り、既知の不具合を書き出しておく
- 決済に必要な日数を逆算し、申込みを受けられる最終日を決める
六つ目が最も忘れられやすい。買主が住宅ローンを使う場合、申込みから決済までには審査と契約の期間が要る。開札の直前に申込みを受けても、決済が間に合わなければ意味がない。売り出しの締切ではなく、決済の締切から逆算した申込みの最終日を、売り出す前に決めておく。
7.5 買取の提案を受けたときの読み方
この局面では、買主となる会社から直接の提案を受けることがある。時間の制約が強いほど、その提案は魅力的に見える。判断のために確認すべきは、金額の前に立場である。その会社がこの取引の買主なのか、買主を探す仲介なのか。買主であれば、提示額には再販の経費と保有のリスクと利益があらかじめ織り込まれている。それは不当という意味ではなく、価格の意味が違うということである。
そのうえで、残債からの差し引きという同じ土俵に載せて比較する。時間が足りない場合に買取が合理的な選択になることはある。当社は自ら買主となる事業を持たず、買取や買取保証を率先して行わないが、買取という売り方そのものを否定はしない。判断の材料は、比較可能な形に整えた数字と、残り日数である。
8. 結論と今後の課題
本稿は、競売・公売と任意売却の価格差を、買主が引き受ける負担の量として読み解いてきた。結論は三点にまとめられる。
第一に、価格差の主要部分は手続の設計に由来する。内覧が行われないこと、引渡しの保証がないこと、品質の不適合について責任を問えないこと、期日が動かないこと。この四つが、それぞれ別の理屈で買主の支払意思額を押し下げる。しかもいずれの項目も、幅の大きい費用として安全側に見積もられるため、期待値以上に価格を削る。買主の側に悪意を想定しなくても、価格差はこの四項目だけで説明がつく。
第二に、任意売却はこのうち三つを回復するが、時間だけは回復しない。そして時間は、他の三つの回復幅に掛かる係数として働く。内覧できる状態に整えるにも、引渡しを約束できる状態にするにも、責任の配分を書面にするにも、日数が要る。任意売却が競売より高く売れるという命題は、時間が確保されている限りにおいて成り立つ条件付きの命題である。
第三に、この局面の判断は二つの職域にまたがっている。不動産の売り方の設計と、債務そのものの法的処理である。後者は弁護士および司法書士の職域であり、不動産業者が判断してよい領域ではない。二つを並走させ、それぞれの担い手が自分の領域の数字を出し合うことが、限られた時間の中では最も効率がよい。
8.1 本稿の限界
限界を三つ挙げておく。第一に、本稿は価格差の大きさを数量的に示していない。競売の落札価格が市場価格の何割にあたるかという問いには、公表された取引データから答えを出す余地があるが、物件の属性を揃えた比較が難しく、本稿では踏み込まなかった。四つの負担のそれぞれがどれだけ削るかという内訳の推定も、同じ理由で残された課題である。
第二に、本稿は居住用の不動産を暗黙の前提としている。賃借人のいる収益物件や、事業用の不動産では、占有の解消をめぐる法律関係が異なり、価格差の構造も変わる。とくに対抗力のある賃借権が付いている場合、買受人が引き受けるものの中身が根本的に違ってくる。
第三に、公売についての記述は競売より薄い。租税債権の徴収という目的の違いが手続の細部にどう反映され、それが価格にどう効くかは、独立して扱うに値する主題である。固定資産税の滞納から公売に至る経路は、空き家の滞留とも接続しており、保有課税を論じた別稿と合わせて検討すべき論点を含んでいる。
8.2 別稿に投げる論点
入札という価格決定方式そのものの性質——参加者の数と期待落札額の関係、同一条件の提示が生む比較可能性——は、オークション理論を主題とする別稿に委ねた。本稿の関心は方式ではなく、方式の前後に置かれた手続の条件にあったからである。両者を接続すれば、同じ入札でも条件が違えば結果が違うという命題を、より精密に扱えるはずである。
また、早期の現金化が持つ価値をどう評価するかという問題も、本稿では扱いきれなかった。時間が足りない局面で買取を選ぶことの合理性は、売主が直面する実効的な割引率に依存する。この論点は、流動性への対価と割引率を扱う別稿で検討されている。本稿の貢献は、その割引率を当てる前提として、手続の違いが価格に及ぼす作用を分離したことにある。
最後に、実務者としての立場を確認しておく。滞納の局面で最も避けたいのは、選択肢が残っているうちに誰にも相談しないまま時間が過ぎることである。売却の見込額を知ることと、債務の処理方針を決めることは、どちらも早いほど選べる幅が広い。本稿がその一歩の材料になれば足りる。
