1. はじめに——問題の所在
不動産を売ろうとする人が実際に向き合うのは、会社ではなく一人の担当者である。査定額の根拠を説明するのも、売り出し価格を提案するのも、内覧の後に買主側の反応を伝えるのも、値下げを相談してくるのも、名刺を渡したその人である。売主が受け取る情報の質と速さは、この一人の行動でほとんど決まる。
ところが、その担当者が何によって動かされているかは、売主からはほぼ見えない。会社が受け取る仲介手数料の仕組みは法令と告示で公開されており、金額を計算することもできる。だが、その手数料のうちどれだけが個人の処遇に移されるのか、何か月を一区切りとして成果が締められるのか、社内で成果と呼ばれているのは件数なのか金額なのか、案件は誰がどう割り振られるのか。これらはいずれも社内の制度であり、外からは輪郭さえ見えない。
本稿が扱うのはこの二段目である。売買価格に比例する仲介手数料が、価格を上げる誘因としては弱く早期の成約を促す誘因としては強いという構造は、契約理論の側から別稿で論じた。会社が何を数えると売主の利益に近づくかという指標の設計も、別稿で扱った。本稿が問うのは会社の内側である。成果連動の色が濃い報酬と評価の制度は、担当者のどの行動を増やし、どの行動を減らすのか。減らされた行動が売主の利益に直結しているとき、人的資源管理の側で何を組み替えられるのか。
先に結論の骨格を述べる。成果連動報酬そのものが誤りなのではない。問題は、成果として数えられる行動と売主の利益をつくる行動のあいだにずれがあり、そのずれが三つの形で現れる点にある。第一に短期志向。評価期間の締めに向けて、売主の期限とは無関係な判断が提案される。第二に案件の選り好み。手間のかかる案件が受任されないか、受任されても手が入らない。第三に情報の抱え込み。買主と地域の情報が担当者個人に留まる。
そのうえで強調したいのは、これらが担当者の怠惰から生じるのではないという点である。媒介は一件の金額が大きく年間の件数が少ないため、成果の分散が大きい。分散の大きい成果に報酬を強く連動させると、人はリスクを下げる方向に動く。三つの副作用は、いずれもそのリスク回避の合理的な帰結である。合理的である以上、精神論では動かない。この点は第4節で改めて論じる。
補正の方向も先に述べておく。連動を弱めれば副作用は減るが、努力の誘因も一緒に落ちる。人的資源管理が用意してきたのは、連動の強さを下げるのではなく連動先を増やすという処方である。説明の品質を記録できる行為に翻訳して行動評価に組み込むこと、顧客からの評価を満足度ではなく事前に聞いていたかを問う形で入れること、個人の成果とチームの成果を階層に分けて配分すること。いずれも代償を伴う。
方法としては、動機づけ理論と人事評価論の知見を土台に置き、それを宅地建物取引業の実務に当てる。固定給と歩合給の最適な組み合わせを報酬関数から導く労働経済学の議論は隣接するが、本稿の関心はそこにはない。人的資源管理が扱うのは、報酬・評価・配置・育成・案件配分といった施策を一つの束として設計する作業である。
なお筆者は静岡県磐田市で不動産の媒介を業とする者であり、自社で買い取る事業を持たない。社内で何を成果と呼ぶかという問いは、筆者自身の会社の問いでもある。第6節で述べる設計上のトレードオフは、外から観察した理論ではなく、選択の結果として引き受けているものである。
以下、第2節で人的資源管理から見た報酬と評価の構造を整理する。第3節で三つの副作用を型に分け、第4節でそれが媒介という仕事でとくに強く出る理由を検討する。第5節と第6節で補正の設計とその代償を扱い、第7節で売主が外から使える手がかりに落とす。第8節で限界と残された課題を述べる。
2. 人的資源管理から見た報酬と評価
制度の副作用を論じる前に、人的資源管理がこの主題をどう扱ってきたかを確認しておく。ここを飛ばすと、議論は「歩合を減らせばよい」「減らせば働かなくなる」という水掛け論に落ちる。以下の四つはいずれも古典的な枠組みであり、重ねて見ると、報酬という装置がどこまで届き、どこから先には届かないかが浮かび上がる。
2.1 報酬は動機づけの一部でしかない
ダグラス・マグレガーが1960年に示したX理論とY理論の対比は、人は本来働きたがらないと考えて統制するか、条件が整えば自ら方向づけると考えて委ねるかという、経営者側の前提の違いを浮かび上がらせた。前提が違えば制度が違い、制度が人の振る舞いを実際に変えるため、前提は自己成就しやすい。細かく統制する制度は、統制しなければ動かない人を育てる。
フレデリック・ハーズバーグが1966年に整理した二要因理論は、この論点を実務的な形にした。給与・労働条件・人間関係は、不足すれば不満を生むが満たしても満足を生みにくい。彼はこれを衛生要因と呼んだ。一方、達成・承認・仕事の内容・責任は満足と動機づけを生む。含意は明快である。報酬を厚くしても、報酬が結びついていない仕事が自動的に行われるようにはならない。しかし報酬が不公平だと知覚されれば、他のすべての施策が効かなくなる。
2.2 努力と成果と報酬の連鎖——期待理論
ヴィクター・ヴルームが1964年に定式化した期待理論は、動機づけを三つの主観的な見積もりの積として捉える。努力すれば成果が出るという見込み、成果が出れば報酬が得られるという見込み、その報酬に価値があるという評価である。和ではなく積であることが重要で、どれか一つがゼロに近ければ全体がゼロに近づく。
この枠組みを媒介に当てると、弱いのは第一項だと分かる。報酬の規定は明文化されており第二項は強い。金銭に価値があるという第三項も揺るがない。しかし、努力すれば成果が出るという見込みは、この仕事では確かなものになりにくい。周辺の成約事例を洗い、法令上の制限を確認し、買主側の懸念に一つずつ答えても、その時期にその地域で買主が現れなければ成約はしない。この弱さは媒介の構造から来ている。
2.3 比較が動機を左右する——公平理論
J・ステイシー・アダムスが1965年に示した公平理論は、人が自分の投入と報酬の比率を他者のそれと比べて評価することを指摘した。不公平が知覚されると、人は比率を戻そうとする。投入を減らす、比較の相手を変える、報酬の見方を変える、あるいは関係そのものから離れる。
媒介の現場では、案件の割り振りが比較の主戦場になる。同じ時間を投じても、駅に近い築浅の物件と、境界が確定しておらず共有者が三人いる古家とでは、成果として現れる金額が違う。この違いが努力の差ではなく配分の結果であることが説明されないまま数字だけ並べられると、公平理論が予測する反応が起きる。重要なのは、結果の公平だけでなく配分の手続きが説明されているかが効くという点である。
2.4 報酬が動機を押し出すとき
エドワード・デシが1971年に報告し、デシとリチャード・ライアンが1985年に体系化した一連の研究は、外的な報酬が内発的な動機づけを弱める場合があることを示した。もともと面白いと感じて取り組んでいた活動に金銭報酬を付けると、報酬がなくなったときの取り組みがかえって減る。行為の理由が、自分の内側から報酬の側へ移るためである。
実務的な含意は、報酬を付けるかどうかより、報酬が付いていない行動がどう読まれるかにある。成果連動の色が濃い制度のもとでは、報酬に結びついていない行動は、やらなくてよい行動として読まれるようになる。売り出し前に法令上の制限と境界を洗うこと、売主に不利な見通しを早く伝えること、買主側の資金計画の確からしさを見極めること。いずれも成約に間接的にしか結びつかず、報酬の計算式には現れない。制度が何も言わなければ、これらは職業的な良心の問題に還元される。良心に頼る設計は、繁忙期の前で崩れる。
2.5 目標は、含まれた次元だけを動かす
エドウィン・ロックとゲイリー・レイサムが1990年に集大成した目標設定理論は、具体的で困難な目標が成果を高めることを繰り返し確認してきた。見落とされやすいのは、高まるのは目標に含まれた次元だけだという点である。含まれない次元は、しばしば下がる。ベングト・ホルムストロームとポール・ミルグロムが1991年に複数業務の代理人について示した分析も同じ方向を指す。
註:本節の枠組みは、いずれも製造業や大規模組織の観察から構築された。数名の規模で、一件あたりの金額が大きく成果の確定が遅い仕事にそのまま当てはまるかは、それ自体が検討を要する。切り分けは第4節で行う。
3. 成果連動報酬が生む三つの副作用
ここから本題に入る。成果連動の色が濃い報酬・評価制度が担当者の行動に何を起こすかを、三つの型に分けて述べる。三つは同時に起こりうるが、現れ方も対処も異なるため、まとめて成果主義の弊害と呼んでしまうと処方が立たない。以下ではそれぞれについて、どういう仕組みで生じ、売主の側からはどう見えるかを分けて書く。
3.1 短期志向——評価期間の締めが、判断の期限になる
どの会社にも締めがある。月次であれ四半期であれ半期であれ、成果はどこかで区切られ、区間ごとに数字が並べられる。締めの前日に成約すれば当期の成果になり、翌週なら翌期の成果になる。担当者にとってこの差は小さくない。評価の面談も、賞与の算定も、社内での位置づけも、区間ごとの数字を土台に決まるからである。
ところが売主にとって重要なのは自分の期限である。相続税の納期限、施設の入居費の支払い、住み替え先の引渡し日。これらは会社の締め日とは何の関係もなく、たまたま一致することはあっても、構造的に一致する理由はない。にもかかわらず、締めが近づくほど、締めに向けた判断が提案として持ち込まれやすくなる。値下げの相談が特定の時期に集中する、契約条件の詰めが甘いまま契約日が前倒しされる、締めを過ぎた直後に連絡が減る。売主の側からはどれも個別の事情として説明されるため、背後に区間の存在があることは見えにくい。
短期志向にはもう一つの現れ方がある。媒介契約を預かること自体が短期の成果として数えられる制度では、預かるための行動が強められる。他社より高い査定額を示して契約を結び、売り出してから時間をかけて価格を下げていく流れがその典型である。裏づけのない数字が費用なしに発せられるという論点はゲーム理論の主題として別稿に譲るが、その数字を出す誘因が社内のどこから生まれているかは、評価制度の問題である。
3.2 案件の選り好み——受けるか、受けてから手をかけるか
選り好みには二つの段階がある。受任するかどうかの段階と、受任した後にどれだけ資源を割くかの段階である。売主にとって深刻なのは後者である。前者なら、断られた売主は他社に行ける。後者では、媒介契約は結ばれ、指定流通機構にも登録され、書類の上では欠けているものが何もないのに、実質的な作業が進まないという状態が生じうる。
どういう案件が後回しになるかは、成果の期待値と手間の積で決まる。金額が小さい、権利関係が複雑で共有者が多い、境界が確定していない、建築の可否を役所で確認する必要がある、農地や山林が付随している、残置物が大量に残っている。地方都市の相続案件は、この条件を複数同時に満たすことが珍しくない。つまり、最も手間のかかる案件と、最も助けを必要としている売主が重なりやすい。
3.3 情報の抱え込み——社内で止まる情報
第三の副作用は論じられることが少ないが、売主への影響は小さくない。抱え込まれる情報は二種類ある。買主の情報——誰がどういう条件で家を探しているか、資金の裏づけがどこまで確かか——と、地域の情報——どの区画に以前は何があったか、隣地の所有者は誰でどんな事情を抱えているか、過去に同じ通りで相談を受けたことがあるか——である。
個人の成果で評価される制度のもとでは、情報を共有することは自分の成果を他人に渡す行為になる。自分が抱えている買主候補を同僚の物件に紹介すれば、成約は同僚の数字になる。逆に同僚の買主候補を借りようとすれば、成果の分け方をめぐる調整が発生する。調整の手間と自分の取り分が減る可能性を天秤にかければ、共有しないほうが安全だという判断は合理的である。ここでも問題は個人の資質ではなく制度の側にある。
売主の側から見ると、この抱え込みは静かな損失として現れる。同じ会社の別の担当者が、条件の合う買主候補をすでに把握していたかもしれない。ところが自分の物件はその担当者に届いていない。業者間で情報を止める行為については多くの議論があるが、同種のことが一つの会社の内部で起こる場合がある。外形的には何も違法ではなく、登録も広告も規定どおり行われている。それでも、届くはずの買主に届いていない。
抱え込みには時限的な副作用もある。地域の情報が個人の頭の中にしか存在しない状態では、担当者が離職したときに情報が消える。数年にわたって売却を検討していた売主が、久しぶりの連絡で一から説明し直すことになるのは、この構造の帰結である。
4. なぜ媒介という仕事で副作用が強く出るのか
前節の三つの副作用は、成果連動報酬を用いるどの業種でも観察されうる。ただし現れの強さは仕事の性質によって大きく違う。媒介という仕事には、副作用を増幅させる条件が四つそろっている。この四つを特定しておかないと、他業種で有効とされた処方をそのまま持ち込むことになり、うまくいかない。
4.1 成果の分散が大きく、努力と結果の連関が弱い
媒介は、一件あたりの金額が大きく、一人が年間に扱う件数が少ない仕事である。年間の数字は少数の大きな成約でほぼ決まる。この構造のもとでは、同じ努力をした二人のあいだに偶然だけで大きな差がつく。第2節で見た期待理論の第一項——努力すれば成果が出るという見込み——が、構造的に弱くなるということである。
地方都市ではこの条件がさらに強まる。静岡県磐田市の人口は163,224人(2026年7月末時点、磐田市統計による)、周智郡森町はおよそ15,900人(2026年4月1日時点)である。この規模の市場で、特定の学区の特定の広さの土地を探している買主がいま何人いるか。数十人ではなく数人であることのほうが多い。
ここから本稿でもっとも重要な論点が導かれる。分散の大きい成果に報酬を強く連動させると、人はリスクを下げる方向に動く。確実に決まる案件を選び、確実に決まる価格帯に寄せ、確実に自分の成果になる情報だけを手元に置く。第3節の三つの副作用は、いずれもこのリスク回避の帰結として読める。担当者は怠けているのではなく、分散を下げようとしているのである。したがって、もっと丁寧にという呼びかけでは行動は変わらない。分散を引き受ける側を制度が用意しなければならない。
4.2 成果の確定が遅く、前工程が数字に現れない
売り出しから決済まで、順調に進んでも数か月を要する。売り出す前の調査に費やした時間は、当期の数字にはまったく現れない。役所で建築の可否を確認し、法務局で公図と登記を突き合わせ、隣地との境界の状況を確認し、周辺の成約事例を精査する。これらは成約の確度を上げる作業だが、成果として計上されるのは早くても数か月先である。
評価期間より成果の確定までの期間が長い仕事に、期間の短い評価を当てると、力は前工程を削る方向に働く。調査を簡略化して早く市場に出すほうが、当期の数字には有利に見えるからである。ところが調査の不足は、契約の直前や決済の直前に問題として表面化する。売主にとっては、そこで失われる時間のほうがはるかに大きい。前工程の省略は、当期の数字を守り、売主の期限を削る。
4.3 案件が一つずつ違い、難易度を調整できない
同じ物件は二つとない。この当たり前の事実が、評価制度にとっては厄介な条件になる。標準化された商品を扱う仕事なら、件数で比較しても大きな不公平は生じない。媒介では、扱った案件の難易度が違いすぎるため、件数も金額もそのままでは比較できない。
難易度を評価に織り込む試みは可能だが、織り込み方そのものが恣意的になりやすい。誰がどの基準で判定するのか。判定する人が案件を配分する人と同じであれば、判定は配分の正当化に流れる。結果として多くの組織は調整を諦め、成約金額という比較しやすい尺度に落ち着く。落ち着いた瞬間に、難しい案件を避ける利得がそのまま残る。第3節の選り好みが制度的に支えられる経路である。
4.4 顧客が繰り返さないため、顧客側からの規律が効きにくい
売主にとって不動産の売却は生涯に一度か二度である。次は別の会社にするという選択が、その担当者に不利益を及ぼすまでには長い時間がかかる。日常的な商品であれば、顧客の離反はただちに数字に現れ、それ自体が規律として働く。媒介ではこの経路がほぼ働かない。
働きうる経路は紹介である。地域で誠実に扱われた売主が、親族や近隣に名前を伝える。ただしこの経路は時間差が大きく、誰の紹介であるかが記録されていなければ担当者個人の評価には結びつかない。人的資源管理の観点から言えば、紹介という遅くて弱い信号をいかにして評価の中に取り込むかという問題になる。第5節で顧客評価を論じるのは、この空白を埋めるためである。
5. 評価に何を組み込むか——説明品質と顧客評価
副作用が報酬の連動から生じるのなら、連動を弱めればよい。この処方は素直だが、それだけでは足りない。連動を弱めれば副作用は減るが、努力の誘因も一緒に落ちる。しかも落ちた努力が、望ましい方向の仕事に自動的に振り替わる保証はない。人的資源管理が用意してきたのは、連動の強さを下げるのではなく、評価の対象を広げるという別方向の処方である。
5.1 結果評価と行動評価を分ける
人事評価は一般に、結果・行動・能力の三層に分けて組まれる。成果主義という言葉が指しているのは、このうち結果の層に重みを寄せた設計にすぎず、一層だけを使うと決めたわけではない。行動を評価に入れると主観に流れるという批判に人事評価論が用意してきた答えが、尺度を行動の記述で書くという手法である。行動基準による評定と呼ばれるこの考え方では、「顧客対応が丁寧である」ではなく「売り出し前に法令上の制限を役所で確認し、その結果を書面にして売主に渡している」と書く。前者は評価者の印象を測り、後者は事実の有無を測る。
5.2 説明の品質を、記録できる行為に翻訳する
第2節で確認したとおり、報酬が結びつかない行動は、やらなくてよい行動として読まれていく。売主の利益をつくる仕事の多くは、まさにこの領域にある。これを評価に取り込むには、測りにくい仕事を記録として残る行為に分解する作業が要る。媒介の実務では、次のような形にまで落とせる。
- 売り出し前に建築の可否・境界の状況・法令上の制限を確認し、その結果を書面で売主に渡したか
- 売主にとって不利な見通しを伝えた日付と内容が、記録に残っているか
- 査定額の根拠とした成約事例を、その事例を選んだ理由とともに書面にしたか
- 勧めなかった売り方や、受け入れなかった値下げの提案について、その理由を残したか
- 引渡し後に判明した不具合の有無と、事前の告知内容との照合を行ったか
これらはいずれも成約したかどうかとは独立に判定できる。第4節で見た分散の問題に対する最も直接的な手当てであり、運に左右されない部分を評価の対象に入れることで、担当者が引き受ける分散が下がる。ただし記録には固有の副作用がある。様式が増えるほど、記入のための時間が本来の仕事から差し引かれる。項目は少数に絞り、記入のための記入にならない粒度に留めなければならない。
5.3 顧客評価を、満足度ではなく事前の説明の有無で測る
顧客からの評価を人事評価に取り込む発想そのものは新しくない。問題は測り方にある。満足度をそのまま尺度にすると、それは価格の高低にほとんど引きずられる。想定より高く売れれば満足と答えられ、そうでなければ不満と答えられる。これでは価格を上げる誘因の劣化した代理指標にしかならず、説明の品質を測ってはいない。
そこで設問を、満足したかではなく、事前に聞いていたかに置き換える。値下げの可能性を事前に説明されていたか。測量・解体・残置物の処分に要する費用の見込みを、売り出す前に聞いていたか。想定より反響が少ないという事実を、早い段階で知らされたか。いずれも事実の有無を問う設問であり、結果が良かったか悪かったかとは独立に答えられる。
この設計には副次的な効果がある。悪い知らせを早く伝えた担当者ほど高く評価される構造になることである。組織の中で不利な情報が上がりにくいことは古くから知られており、売主に対しても同じ抑制が働く。伝えれば叱られ、黙っていれば何も起きないという状況では、伝えないほうが安全である。事前の説明の有無を顧客に問うことは、この抑制を制度の側から反転させる操作にほかならない。
落とし穴も明記しておく。第一に回答の偏りで、強い不満を持った人と強い満足を得た人が答えやすく中間が抜け落ちる。第二に件数の少なさで、一人が年間に扱う案件が数件であれば数字としての安定性は期待できない。第三に迎合で、良く評価されようとして言いにくいことを言わなくなる可能性がある。第三の危険には5.2の記録との組み合わせが効く。伝えた記録が残っていることと、事前に聞いていたと顧客が答えることは、同じ事実の両側からの確認になる。
5.4 誰が評価するか——第二の目を置く
評価の設計を論じるとき、評価者側の誤差はしばしば忘れられる。一つの目立つ長所が全体の印象を染めるハロー効果、全体に甘くつける寛大化傾向、差をつけずに中央に寄せる中心化傾向。いずれも評価項目を精緻にしても、評価者が一人であれば残る。実務的にもっとも効く手当ては、査定額そのものに第二の目を置くことである。担当者が出した数字を、根拠となる事例と補正の内容ごと別の者が点検する。第3節で述べた預かるための高い査定額は、社内で根拠を説明する場が一度あるだけで出しにくくなる。
6. チーム単位の評価と、その代償
前節で扱ったのは評価の対象を広げる処方であった。本節で扱うのは、評価の単位を動かすという別の処方である。個人ではなくチームで評価すれば、第3節で述べた情報の抱え込みは直接に弱まる。ただしこの処方は大きな代償を伴う。
6.1 チーム評価が抱え込みを弱める仕組み
情報の抱え込みが起きるのは、共有が自分の成果を他人に渡す行為になるからであった。同僚の物件に自分の買主候補を紹介しても、成約はチームの成果になる。渡したのではなく共同で得たことになり、抱え込みの利得が制度的に消える。
効き目は情報だけに留まらない。案件の引き継ぎが可能になることが、売主にとっては大きい。担当者の休暇、離職、異動によって進行が止まらない。さらに手間のかかる案件を複数人で分担できるため、選り好みにも間接的に効く。境界の確認と役所での調査を、一人で抱えなくてよくなるからである。
6.2 代償——努力が見えなくなること
チーム評価の代償は、社会的手抜きと呼ばれる現象である。ビブ・ラタネらが1979年に整理したところによれば、人は集団で同じ作業に取り組むとき、一人あたりの努力を下げる。自分の寄与が全体に埋もれるほど、また集団が大きいほど、この傾向は強まる。チーム評価は、抱え込みを抑える代わりに努力の可視性を下げるのである。
注目すべきなのは、この代償の大きさが組織の規模に依存する点である。数十人が同じ数字を共有する組織では、自分が一日手を抜いても数字はほとんど動かない。数名の組織では、互いの仕事が日常的に見えているため寄与が埋もれにくい。すなわちチーム単位の評価は、規模の小さい事業者においてこそ機能しやすい。
6.3 階層と期間で分散させる
実務的には、個人の成果・チームの成果・会社全体の成果の三層に配分するのが現実的である。抱え込みが深刻ならチームの比重を上げ、努力の可視性が落ちているなら個人の比重を戻す。もう一つの調整軸が期間で、評価の期間を延ばすか前期の取り組みを次期に繰り越すことで、第4節で述べた前工程の切り捨てを緩められる。代償は、評価と行動の距離が開くことである。
固定給の比率も同じ文脈で読み直せる。ハーズバーグの整理でいえば固定給は衛生要因であり、厚くしても動機づけにはならないが、薄ければ他のすべての施策が効かなくなる。生活が不安定な担当者は締めに近い判断を選びやすい。固定給を一定水準に保つことは、それ自体が短期志向への手当てになっている。
6.4 案件配分のルールを先に決める
第2節で見た公平理論の含意は、結果の公平だけでなく手続きの公平が効くというものであった。媒介の組織における手続きの公平は、案件配分のルールにほぼ集約される。問い合わせを受けた者がそのまま担当する自由獲得型は、取りに行く動機を強めるが選り好みを助長する。順に割り当てる順番制は、難しい案件を平準化するが動機を弱める。
折衷の方法はいくつかある。手間のかかる案件に時間や評価点の加算を置く、配分の記録を社内で共有する、難案件は複数人での担当を既定とする。配分がどういう基準で行われたかが説明されているだけで、公平理論が予測する反応はかなり弱まる。
| 設計の選択肢 | 主に抑えられる副作用 | 引き受ける代償 |
|---|---|---|
| 個人の成果連動を弱める | 短期志向・選り好み | 努力の誘因が全体に下がる |
| 評価の期間を延ばす・繰り越す | 前工程の切り捨て | 評価と行動の距離が開き実感が薄れる |
| チーム単位の評価を加える | 情報の抱え込み | 社会的手抜き・寄与の見えにくさ |
| 行動と記録を評価に入れる | 測りにくい仕事の切り捨て | 書式が増え、記入自体が仕事になる |
| 顧客評価を評価に入れる | 説明の省略・悪い知らせの先送り | 回答の偏り・顧客への迎合 |
| 案件配分を順番制にする | 案件の選り好み | 案件を取りに行く動機が弱まる |
6.5 予想される三つの反論
第一の反論は、成果連動を弱めれば人は働かなくなるというものである。半分は正しい。ただし本稿の提案は連動を弱めることではなく、連動先を増やすことである。期待理論が積の構造で示したとおり、報酬に価値がないと感じさせる設計は動機づけ全体を壊す。
第二の反論は、顧客評価は主観であって評価には使えないというものである。主観であることは事実である。だからこそ5.3では、満足したかという主観ではなく、事前に聞いていたかという事実の有無を問う形に設計した。事実の有無であれば、担当者側の記録と突き合わせて検証できる。
第三の反論は、小規模な事業者に人事制度は要らないというものである。これは制度がないという主張ではなく、明文化されていない制度が動いているという事実の言い換えにすぎない。誰がどの案件を担当し、何が評価され、何が黙認されているかは、明文化されていなくても存在する。他方で、互いの仕事が見えるという利点は、大きな組織が費用をかけても得られない。
7. 売主の実務への含意
ここまでの議論は、依頼を受ける側の組織設計についてのものであった。売主は他社の人事制度を変えられない。それでも本節を書くのは、制度の輪郭が外から推し量れるからであり、推し量った結果が依頼先の選択と依頼後の進め方に使えるからである。以下の五つは、いずれも初回の面談か、媒介契約を結ぶ前に確かめられる。
7.1 評価の期間と決算期を尋ねる
成果がどの期間で締められているか、会社の決算期はいつか。この二つを尋ねておくと、後の会話の読み方が変わる。値下げの相談や契約日の前倒しの提案を受けたとき、その提案が売主の期限から出たものか、会社の締めから出たものかを区別する材料になる。
誤解のないように書いておくが、締めの直前に出された提案が不当だという意味ではない。市況から見て妥当な提案であることも多い。区別できることに意味があるのであって、疑うことに意味があるのではない。締めの存在は売主から見えないところにあり、見えないものは検討の対象にならない。尋ねるという行為は、それを検討の対象に載せる操作である。
7.2 担当者が一人で抱えていないかを確かめる
第5節の第二の目と第6節のチーム評価が働いているかどうかは、外形的に確かめられる。査定額の根拠を社内の別の誰かが点検したか。担当者が不在のときに会社の別の人と話が通じるか。これまでの経緯が記録として残っているか。
三つ目がとくに効く。相談の内容が記録として残されている組織では、担当者が替わっても説明の質は大きく落ちない。記録がない組織では、担当者の交代がそのまま情報の消失になる。売却の検討が数年にわたることも珍しくない以上、この差は小さくない。尋ね方としては、これまでのやりとりはどういう形で残りますか、と聞けば足りる。
7.3 手間のかかる案件をどう扱ってきたかを聞く
境界が確定していない、共有者が多い、建築の可否が不明、農地や山林が付随している。自分の物件がこうした条件を持つ場合、同種の案件を扱った経験を尋ねるのは自然なことである。ここで見るべきなのは、経験があるかないかよりも、返ってくる答えの具体性である。
選り好みの強い組織では、この問いに具体的な工程が返ってこない。難しいですね、時間がかかりますね、という一般論で終わる。実際に扱っている組織であれば、何を先に確認したか、どこで待ち時間が発生したか、どの順番で潰したかが具体的に出てくる。第3節で述べた受任後の資源配分は外からは見えないが、過去の案件についての語り方には現れる。
7.4 説明の記録を、売主の側でも持つ
第5節で述べた設計の要は、事前に何を聞いていたかを後から確認できることであった。これは組織の内側だけの話ではない。売主の側で記録を持てば、同じ機能が働く。日付と、誰が、何を言ったか。難しい形式は要らず、手帳の一行で足りる。
書き留めておく価値が高いのは次の四つである。値下げの可能性について何と説明されたか。売り出す前に確認した法令上の制限と境界の状況はどうだったか。測量・解体・残置物の処分に要する費用の見込みはいくらか。想定より反響が少ない場合に、いつどうやって連絡が来ることになっているか。いずれも記憶が食い違いやすく、しかも判断を左右する項目である。
記録を持つ目的は相手を監視することではない。数か月後の自分が当時の判断を検証できるようにすることである。売却は一回限りの取引であり、自分の判断の履歴だけが唯一の比較対象になる。副次的に、記録が存在するという事実そのものが、説明の粒度を上げる方向に働く。
7.5 買取の提案は、社内での位置づけとあわせて読む
早期の現金化を勧める提案を受けたときは、まずその会社がその取引において何者であるかを確かめる。買主になるのか、買主を探す媒介者なのか。そのうえで一歩踏み込むなら、買い取った案件が社内でどう評価されるのかを尋ねてもよい。買い取る事業を持つ会社では、安く仕入れることが成果として数えられうる。査定額という数字の意味が立場によって変わるという、事実の確認である。
当社は自社で買い取る事業を持たず、買取や買取保証を率先して行わない。買取という売り方そのものを否定するものではない。事情があって早期の現金化を選ばれる場合も、当社は買主の側には立たず、同じ条件で複数の会社に見積もりを出してもらい、手元に残る金額に直して比較していただく側で動く。第5節と第6節で述べた設計上の選択は、この立場と切り離せない。
8. 結論と今後の課題
成果連動報酬の副作用をどう抑えるか。本稿の答えは三点に要約できる。第一に、副作用は短期志向・案件の選り好み・情報の抱え込みという三つの型で現れ、それぞれ生じる仕組みも対処も異なる。第二に、これらは担当者の怠惰ではなく、成果の分散が大きい仕事におけるリスク回避として現れる。第三に、補正の方向は報酬の連動を弱めることではなく、連動先を増やすことにある。
第二の点をもう一度確認しておきたい。媒介という仕事では、一件あたりの金額が大きく、年間の件数が少なく、成果の確定が遅く、案件が一つずつ違う。この条件のもとで報酬を成果に強く連動させれば、担当者が引き受ける分散は大きくなる。分散を下げようとする行動が、確実な案件を選び、確実な価格に寄せ、確実に自分の成果になる情報だけを握るという形をとる。合理的な反応である以上、丁寧にやろうという呼びかけでは変わらない。
第三の点についても補足する。本稿が提案したのは、成果として数えるものを増やす設計である。売り出し前に確認した内容を書面にしたか、不利な見通しを伝えた記録が残っているか、査定額の根拠を選んだ理由とともに示したか。これらは成約したかどうかと独立に判定でき、したがって運に左右されない。運に左右されない部分を評価に入れることが、分散を制度の側へ移す作業にほかならない。
8.1 制度の側に残された論点
宅地建物取引業法は、事務所ごとに一定数の専任の宅地建物取引士を置くことを求め、重要事項の説明を誰が行うかを定めている。しかし、その担当者が社内でどう評価され、どう処遇されるかには及ばない。免許制度と資格制度が担保しているのは参入の資格と説明の担い手であって、社内の誘因ではない。ここに空白がある。
この空白を法令で埋めるべきかどうかは、簡単に答えの出る問題ではない。社内の評価制度は経営の裁量に属し、規制になじみにくい。ただし、業務処理状況の報告に何を書くかという法定の様式の側からであれば、間接的に触れる余地はある。誰が何をいつ確認したかが報告に残る様式は、売主の判断材料であると同時に、社内での行動評価の素材にもなるからである。
8.2 小規模事業者という条件
本稿が挙げた施策の多くは明文化と記録を伴う。明文化には費用がかかり、数名の組織ではその費用が相対的に重い。他方で第6節で見たとおり、互いの仕事が見えるという条件は、チーム単位の評価を機能させるうえで有利に働く。小さいことは不利ばかりではない。ただし危険もある。互いの仕事が見えることは、相互の点検が身内の甘さに転じやすいことと表裏である。第5節で述べた第二の目は、関係が近いほど形骸化しやすい。この緊張をどう扱うかは、本稿の枠内では扱いきれなかった。
8.3 本稿の限界と、別稿に投げる論点
最後に限界を記す。本稿が行ったのは動機づけ理論と人事評価論による整理であり、日本の不動産業の人事データを用いた実証ではない。どの設計がどれだけ副作用を抑えるかを、この地域の取引で測ったわけではない。参照した理論の多くは製造業や大規模なサービス組織の観察から構築されており、第4節で挙げた四つの条件をそなえた仕事にどこまで及ぶかは、それ自体が検討を要する。
別稿に投げる論点を三つ挙げる。第一に、固定給と歩合給の最適な組み合わせを報酬関数から導く作業。これは労働経済学の主題であり、本稿は施策の束としての設計に留めた。第二に、担当者の離職によって地域の情報が失われる問題。個人の頭の中にある知識を組織の形に外化する経路は、知識経営の枠組みで論じるべき主題である。第三に、社内の評価軸が顧客への説明の言葉づかいそのものを変えていく経路であり、これは組織文化の問題として別に扱う。
読者にできる点検は単純である。依頼を検討している会社に、成果はどの期間で締められるのか、案件はどう割り振られるのか、これまでのやりとりはどういう形で残るのかを尋ね、返ってきた答えの具体性を見ること。制度そのものを見ることはできないが、制度がつくった習慣は答え方に現れる。
